第六話 : ウソと真実と家族愛
浮遊する魚がビルとビルの間をゆっくりと泳いでいく。
立体ホログラムで構成された魚。うろこの一枚一枚がキラキラと光を放ち、空中を泳ぐその仕草はこっちにまで波のうねりが届いてきそうで、本物の魚を見たことのないわたしにも躍動感や生命力が感じられるくらい、その映像はリアルでキレイだった。
魚はそのままビルの影へと消えていく。魚の泳いだ軌跡をなぞるように、キラキラ光った文字の羅列が後を追ってくる。
『魚ッとするおいしさ! パタヤ名物、パタヤクレープ!』
……あんなキレイな映像の後にこれって、いろんな意味で衝撃的だよね。
そんなホログラム魚の広告で有名なスイーツバー『パタヤ』で、わたしは今、恋敵と向かい合って座っている。
机の上にはパタヤのスイーツ。窓の外にはビルを一周してきたホログラム魚。向かいの席には、静かな笑みをたたえた恋敵が何種類かのスイーツを持って座るところだった。
「なんだ、待っててくれたの? 先に食べててもよかったのに」
そう言いながら、サヤ姉ぇはわたしのトレイにひょいひょいと持ってきたばかりのスイーツをのせていく。
……う〜ん、甘いものは別にキライじゃないんだけど……。
「サ、サヤ姉ぇ、ちょっと量多すぎない?」
「そう? 私がサンくらいの頃はそれくらい簡単に食べられたけどね」
む、なんか今の発言、ちょっとムカつく。
ちょうどいいや。どうせ今日はサヤ姉ぇととことん話し合うつもりできたんだ。前哨戦のつもりで食いまくってやる! ただでさえ色気じゃ勝てないってのに食い気でまで負けてたまるか〜!
「あ、コレおいしい! サヤ姉ぇ、その焼き菓子ヤバイよ!」
「ふうん、なかなかイケるね」
「ふわ〜ん! 何コレ〜、やわらかしゅぎる〜! とろけりゅ〜!」
「ふふ。サン、口調までとろけちゃってんじゃない」
「おほ〜♪ 甘〜い! うま〜い! パタヤ最高! シェフ呼んで、シェフ! ハグしたい気分だよ〜!」
「ふふ、シェフじゃなくてパティシエね。後で呼んでもらうから、今は思う存分食べちゃいなさい」
「らじゃ!」
ヤバイ、この調子じゃ今日だけで何キロか太っちゃうかも。ただでさえナツ兄ぃにペンダント買ってもらったばっかで幸せだってのに、こんだけスイーツ食べ放題ってヤバいよね。いくら別腹だって言っても幸せ太りしそうだよ〜!
……ん? アレ? 今日は何しに来たんだっけ?
たしか今日はサヤ姉ぇと一度ハッキリ話をしようと思って、電話で今日会おうって約束取り付けて、それで放課後にサヤ姉ぇと会って、それでここに……。
「あ〜〜ッ! わすれてた!」
「ん? どうしたの?」
も〜、スイーツに囲まれてすっかり目的見失ってたよ! 今日こそはサヤ姉ぇの本心をハッキリ訊き出そうと思って気合入れてミイちゃんにもいろいろアドバイスもらってたってのに!
くそ、サヤ姉ぇめ。食べ物でこっちの気をそぐなんて、なんて怖ろしい手を使うんだ。さすが最強の恋敵。相手にとって不足なしだよ!
「ん、コホン。サヤ姉ぇ、少し真剣な話があるんだけど」
「そうなの? 残念。もう少しだけサンの幸せそうな顔を見ていたかったんだけど」
……そういうことをそんなキレイな笑顔で言われたら、大抵の男の人はメロメロになっちゃうんだろうなぁ。さすが兄妹だけあってそこらへんはナツ兄ぃと似てるよね。
ナツ兄ぃもサヤ姉ぇも、意識はしてないんだろうけど相手をドキッとさせる一言を突然言ってくるところがある。ナツ兄ぃは普段は結構はおちゃらけたり無茶な行動ばっかりしてるのに突然カッコいいこと言ってきたり、サヤ姉ぇは普段冷静な言葉しか言わないのにこういう優しい言葉をかけてきたりするんだ。日高家には何かそういう根本的に人を惹きつける何かが備わっていたりするのかな?
まぁとにかく。
今はそんな優しい言葉なんかにほだされてる場合じゃないんだ! 女同士の真剣勝負なんだから!
「単刀直入に訊くね! サヤ姉ぇはナツ兄ぃのことどう思ってるの!?」
「う〜ん。バカな奴、かな」
「……へ? それだけ?」
「うん、そうだよ。他に質問は?」
「えと、えと。……わ、わたしはナツ兄ぃのこと大好きだよ! この気持ちだけはサヤ姉ぇにも誰にも負けてないつもりだから!」
「知ってるよ。サンはお兄ちゃんのこと、ホントに好きだよね」
「……へ?」
なに? なにこの感覚?
階段がもう一段あると思ったのに無かった時のあの感覚みたいな、隣を歩いていると思ってた友達に話しかけたのに居たのは全然違う人だったみたいな、この感覚。
……ようするに、わたし、スカされてる?
「もーッ! サヤ姉ぇ、ちゃんと話聞いてよ! わたし真剣に話してるんだよ!」
「ふふ、そんな怒らないでよ。かわいい顔が台無しだよ」
「え? わたし、かわいい?」
「うん、かわいいよ。ほら、ケーキ食べなよ」
「おほ〜、甘〜い♪ ――って、だから話聞いてよ〜!」
くそ、ダメだ。サヤ姉ぇに直球勝負を挑もうとしたのが間違いだったんだ。
もう、こうなったら最後の手段! とっておきの最終兵器をここで投入してやる!
「わたし、こないだデートしてきたんだ。ナツ兄ぃと」
「へぇ、そうなんだ。楽しかった?」
「そりゃあね! そ、それでね。その時にナツ兄ぃにこ〜んなのプレゼントしてもらったんだよね〜」
うげ。我ながら気持ち悪い。親にもらった高級ブランドのバッグとかを見せびらかしてる奴みたいで吐き気がする。
でもこれは勝負なんだ! わたしのプライドがどうとか言ってる場合じゃないんだ!
隠しておいた最終兵器をサヤ姉ぇにまざまざと見せ付ける。ナツ兄ぃと同じロケット型のペンダント。それを見た瞬間、サヤ姉ぇの表情が初めて変わった。
「サン、それって……、お兄ちゃんの、ペンダント?」
「そう、ナツ兄ぃの持ってるのと同じ型のペンダントだよ! おそろいだよ、おそろい! いいでしょ〜、こないだデートした時に買ってもらったんだ〜」
うわわ、うわ。わたしってば今、最高にイヤな女だ。ドラマとかで見るようなヒロインの敵役みたいなイヤな奴だ。
でもこれがミイちゃん曰く相手への最大の牽制とかなんとか。『ねだったとかなんとかは別としてプレゼントされたのは本当のことなんだから、その事実を突きつけろ!』ってのがミイちゃんの作戦。『意中の人が、自分が身につけている物と同じ物を他の女にプレゼントするなんて、同じ人を好きな側としては相当焦るはずだから!』と熱弁されたワケだけど、果たしてサヤ姉ぇに通じるのかな?
「……そっか、そのペンダントってお兄ちゃんのじゃないんだ。あのペンダントをサンにあげたワケじゃないんだね。……そっか」
そう言いながら、サヤ姉ぇはため息をついて憂い顔を浮かべた。
えっと、この表情は焦ってるって感じじゃないような。どっちかって言うと残念がってるような、そんな感じ。
……『残念がる』? なんで? このペンダントがナツ兄ぃの持ってた方じゃなかったから? どうしてそれでサヤ姉ぇが残念がって――、
「あ。……そっか。そうだった」
そこで思い出した。ようやく思い出せた。
あのペンダントが秘めているものを。ナツ兄ぃがあのペンダントに込めていた想いを、わたしはようやく思い出せた。
ああ、そうか。そうだ。そうだった。あのペンダントには『フカちゃんの記憶』が眠っていたんだ。忘れようとしても忘れられない後悔が、知りたくても知ることのできない答えが、あのペンダントには詰まっていたんだ。
――そんな宝なら、いっそのこと捨ててしまえばいい。
あの時わたしはそう思った。持っていても辛いだけの思い出なら、開くこともできずに苦しむだけなら捨ててしまえばいいって、そう思ったんだ。
サヤ姉ぇもわたしと同じことを思ってたんだ。だから、こんなに悲しそうな顔をしてるんだ。
もしわたしが今持っているペンダントがナツ兄ぃがくれたものだったなら。それは、ようやくナツ兄ぃが過去と決別できたってことだから。過去を振り切れたってことになるから。だからサヤ姉ぇはこんなに残念そうな顔をしているんだ。だから悲しそうな顔をしているんだ。
やっぱりサヤ姉ぇはナツ兄ぃのこと……。
「あれ、なんだか変な空気になっちゃったね。ほら、食べよ。しばらく勉強漬けになっちゃうからサンにもこういう風に簡単には会えなくなっちゃうからさ」
「……勉強って、将来『管制塔』で働くための勉強?」
「あれ、知ってたんだ? なんかね、時航法とか空間技術とか、やたらと難しい勉強しないといけないから結構大変なんだ。自分で決めた道だから、文句は言ってられないけどね」
「それってナツ兄ぃのため?」
「――ッ!」
サヤ姉ぇの言葉が止まった。
サヤ姉ぇは昔から突然の攻撃に弱い。予想もしていなかったところを攻められるとボロを出すことがある。それは反応しにくいことだったり、答えにくい質問をされたらなおのこと。
それって、つまり――、
「もしかしてサヤ姉ぇ、管制塔に勤めようとしてるのはフカちゃんを捜すため? フカちゃんの行方を探るためなの?」
「…………」
やっぱりそうだ。サヤ姉ぇは違うことはハッキリ違うって言う性格だ。そんなサヤ姉ぇがこんな風に黙り込むなんていうのは、それが本当のことだからだ。
真剣な顔で黙り込むサヤ姉ぇ。答えを待つわたし。
窓の外にいるホログラム魚が何周目かの旋回を始めた頃、沈黙は破られた。
「……そうだね。認める。私が管制塔で働こうと決心した理由の中に、確かにその目的も含まれてる。サンの言う通りだよ」
「それじゃあ、サヤ姉ぇがそんなに一生懸命勉強してるのは全部ナツ兄ぃのためってことじゃない! やっぱりサヤ姉ぇはナツ兄ぃのこと――ッ!」
「待ってよ。サンが思ってるようなことはないって。私とお兄ちゃんはあくまで家族だから。それ以上の存在として見たことはないよ」
「ウソだよ!」
「ウソじゃない」
「じゃあそれ以外の目的って何!? ナツ兄ぃのためにフカちゃんを探し出す、それ以外の目的って一体なんなの!?」
「それは、……今は言えない」
「なにそれ? やっぱりウソなんだ!」
「ウソじゃないよ、サン。私の言うこと信じられない?」
う。……それを言われちゃったら何も反論できないんだけど。
だってサヤ姉ぇはいつだってわたしにウソはつかなかったから。いつだってわたしにだけは優しかったから。
「確かに、私にとってお兄ちゃんはかけがえのない存在。だけどそれは恋愛感情なんかじゃなくて、両親やミオ姉ぇ、サンに抱いてるのと同じ感情なんだよ」
「……家族愛ってやつ?」
「言葉にするとウソっぽくなっちゃうけどね」
家族愛、かぁ。……なんか納得いかないなぁ。サヤ姉ぇのナツ兄ぃに対する行動は家族愛じゃ説明できないもののような気がするんだけど。
でもいいや。この際ナツ兄ぃのことだけでもここでハッキリさせておこう。
「じゃあサヤ姉ぇは、ナツ兄ぃを男の人として好きになったことは一切ないし、行動として示したこともない。そういうことでいいんだよね?」
「体で迫ったことなら何度かあるけどね」
「え――、えぇッ!? マ、マジ!?」
な、何言っちゃってんだこの人! さっきまで家族愛とかなんとか言ってたばっかじゃん! か、体で迫ったって、ど、どど、どういうことよー!?
「お兄ちゃんが寝ている間に添い寝して、起きるのを待ってね。起き立てで頭がまだ働いてない時にささやくの。『このまま、抱いて』ってね」
「だ、だだ、だ、だ……!」
「頭がボーッとしてる時だと言われた通りに動いちゃうことあるでしょ? それでそのまま……ね?」
『ね?』! 『ね?』って何!? その一文字の中にどんだけ深い意味が込められてんの!? なんでそこの部分だけそんな色っぽい表情で言うの!? 意味わかんない、意味わかんない!
「ふふふ。サン、顔真っ赤だよ」
「だ、だって、だって! ……マジっすか?」
「マジって、どっちが? さっきの話? それとも顔が真っ赤かどうかが?」
「さっきの話に決まってるでしょー!」
「ああ、ウソだよ」
「……は?」
あっさりすぎるほどあっさりと、サヤ姉ぇは白状した。
わたしの顔を見てクスクス笑うサヤ姉ぇ。……ああ、そりゃ真っ赤だろうさ。気恥ずかしさと怒りも混ざって相当真っ赤だろうさ。
「……ぶー。なんでそんなウソ言うかなぁ。サヤ姉ぇはわたしにはウソ言わないって思ってたのに」
「あはは、ごめんね。しばらくサンとも会えなくなるからね、その分充電しておこうと思ってね」
「充電って、何を?」
「サンの可愛らしさ、かな」
……なんだかいろいろとはぐらかされてるような気もするけど、サヤ姉ぇのこの笑顔を見てたらどうでもよくなっちゃったな。
まったく、美人はこれだから得だよね。
結局この後、どれだけ突っ込んだ質問しても回りくどく攻めても、スカされたりはぐらかされたりでサヤ姉ぇの本心を知ることは出来なかった。窓の外を泳ぐ魚のように、同じところをグルグルしてるだけ。
「やっぱりサヤ姉ぇ、強敵だよね……」
「ん? なにか言った?」
ケーキを一口食べながら、サヤ姉ぇはニコッと微笑んだ。
少し遅くなりましたが、第二部の登場人物の紹介をさせていただきます。
◇第二部・登場人物紹介◇
●夕凪サン
第二部の主人公。小学一年生。名付け親であるナツにベタ惚れだが、幼いためにまったく相手にされていない。勉強は出来る方で運動も得意。思い込んだら一筋。何が何でも貫き通す強い意思を持っている。名前の由来は『山』。
●日高ナツ
この物語の主人公。現在二十歳。第二部の主人公・サンとの関係はいとこ違い(従姉妹である夕凪ミオの子がサン)。六年前の過去旅行で同行していた『俯瞰の眼』のフカちゃんとの別れにより、過去に強い未練を残している。『彼女』のことは忘れたままである。
●夕凪ミオ
ナツの従姉。現在三十歳。日高家の過去旅行に同行していたが、旅行中に妊娠が発覚。旅行から帰還後に結婚し、無事に出産。独自の女性観を持ち、娘であるサンにも刷り込み中。
●日高サヤ
ナツの妹。現在十六歳。何かと熱中しやすいナツと比べて冷静に物事を見ることが多い。やたらと発言にトゲがある。妹代わりであるサンを溺愛している。
●仙堂(名前は不明)
現時点でプロローグと幕間のみ登場。初老の男性。フライングマンについて調べている。目的、一切不明。
●柳(名前は不明)
現時点でプロローグと幕間のみ登場。過去旅行を統括している組織『管制塔』の幹部。仙堂と共にフライングマンについて調べている。仙堂とは別に目的がある様子だが、いまだ不明。
●フライングマン
プロローグにて登場。仙堂によって殺害される。少女であること以外素性は不明。
以上が第二部の主要人物です。簡単すぎる人物紹介ですが、紹介しすぎるとネタバラシになってしまうかもしれないのでご了承くださいませ。