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第五話 : 未来人の幽霊事情

「……みんな席についたわね」


 不自然なまでに神妙な面持ちで呟くミオさん。

 いつもなら教室の扉を開いた瞬間に「はい、とっとと座りなさい!」とか言いながらチョークをばら撒いて(本人はマンガやアニメのようにビシッと投げているつもり)さらにはそれを生徒に拾わせるくらい破天荒な彼女のその深刻そうな表情に、生徒たちは一体何事かと息を呑むのでした。

 ふぅっ、という静かな、それでいて教室中に響き渡るため息をついた後、ミオさんは静かに語りだしました。


「……教頭先生が事故にあったのはみんな知ってるわね? 今朝、その件で職員会議があったの。そこでわかったことなんだけど……、教頭、先生は……う、っく……」


 ノドをつまらせ顔を伏せるミオさん。その様子を見て生徒たちはざわめたちます。

 教頭先生がどうしたの? まさか、まさか……!

 生徒たちの頭には教頭先生の無残な姿が浮かびます。とても厳しかったけど、とても優しかったあの教頭先生は、もう……。


「教頭、先生は……、っく、くっく、くはっ!」


 耐え切れず、ついに声をあげてしまうミオさん。その声と顔はなぜか笑っているように見えます。というか、完璧に笑っています。大爆笑です。


「教頭先生の、頭は、ぎゃっはは! じ、事故のショックで、ぷぷっ、見事につるっぱげになりました〜! 『火事の焼け跡』がきれいなサラ地になったのよ、もうあたし、職員室で笑いこらえるのに必死で必死で、ぷっ、ギャハハハ!」


 おなかを抱えて大爆笑のミオさん。それに引き換え、生徒たちはかなり引いてます。ドン引きです。

 どうやら教頭先生は事故を起こしたものの生死を問うような怪我もなく、一応念のためにしばらくは静養をかねて休暇を取ることになったようです。普段から大事にしている愛車が事故でペシャンコになり、さらにはそれ以上に大事にしていた箇所がサラ地になってしまったのですから、精神的にやばいです。心に深いキズを負っただろう教頭先生が学校に復帰できるのはいつになることやら。

 さて、そんなクラスメイトがドン引きしてる中、ナツは珍しく黙り込んでいるのでした。普段ならミオさんと一緒にバカ騒ぎしてもおかしくない彼ですが、どうやらミオさんの爆笑も気にならないくらいに何やら考え込んでいるようです。一体彼は今どんなことを考えているのでしょうか?


「……やっぱスイカだな」


 スイカのことでした。……って、なんでスイカ?




  ◇




「はい、みんな集合〜!」


 放課後。陽も暮れ始め辺りも薄暗くなる、俗に『逢魔が刻』と呼ばれる時間帯。そんな時刻に学園の裏手に集まる複数の人影がありました。

 やけにハイテンションな様子で皆に集合を呼びかけたのが、皆さんもご存知の天然未来人、なぜかランニング&半ズボン姿のナツ。そしてナツの集合で集まった面々は、いずれもお馴染みの顔ぶれの皆さんなのでした。


「な、なぁ、ナツ。本気でやんのか? やめるなら今のうちだぞ? いや、怖がってるわけじゃないぞ? ただ俺は女の子たちのことを心配してだな、そうであってな。いや、ホント、怖いわけじゃないから」

「そ、そうですよ。何かあったらどうすんですかぁ。って言うか、なんで私も参加することになってんですかぁ?」


 思いっきり怖がっているのがザ・エロフェイスの健介くん。半分涙目。

 そしてなぜか強制的に参加させられているのがサヤの親友の紀子ちゃん。全開の涙目。

 二人ともこういう話は苦手なのに、誰かさんにほぼ強引に、半ば拉致気味な感じでこの場に連れてこられ、泣く泣く参加しているのでした。――え? こういう話とはどういう話かって? 今のナツの様子を見ればわかるはずです。ヒントはランニング&半ズボン。そして手に握りしめられている虫取りアミ。そう、答えは――。



「やいのやいの言うな! さぁ、さっさと幽霊捕りに行くぞ!」


 答えは『幽霊捕り』でした。わかってしまった人は今後の自分の人生を一度見直してみることをおすすめします。

 さて、そんな虫捕りに行くような出で立ちでナツが今から臨もうとしているのは、例の教頭の事故の原因となった幽霊に会いに行くことなのでした。

 この話をナツにしてしまったがために付き合わされるハメになった健介くんは、なんとかしてこの催しを止めようと必死です。


「だからやめとけって、ナツ! ……そうだ、サヤちゃんもなんとか言ってよ。サヤちゃんだって幽霊なんてこわ――じゃなくて、バカバカしいと思うだろ?」

「そ、そうだよ! サヤちゃんだって行きたくないよね? ね〜?」


 ナツ、健介くん、紀子ちゃん、そしてもう一人の幽霊捕りのメンバーであり、唯一のナツの抑止力であるサヤに期待の眼差しを向ける二人。そうです、普段からナツの奇行を幾度となく止めている彼女を何とかしないとこの幽霊捕りは成立しないのです。さぁ、ナツは一体どうするのでしょうか?

 腕組みしながらナツを睨みつけるサヤ。虫捕り網を掲げ、その視線を真っ向から受け止めるナツ。

 そして次の瞬間――日高兄妹はがっしりと固い握手を交わすのでした。


「えぇ〜〜!! なんで? なんでぇ!?」


 紀子ちゃんの悲鳴がこだまします。それもそのはず、いつもなら「幽霊捕り? お兄ちゃんのバカっていつまで進行形なの?」などと言いながらさっさとナツを連れ帰りそうなものです。それなのに、なぜサヤはナツとがっしりと握手しているのでしょうか?


「幽霊……(ポッ)」


 握手をしながらポッとなるサヤ。その顔は無表情ながらもほんの少し赤く染まっています。鼻息も少し荒めです。フンフン言わしてます。

 そう、サヤは興奮しているのです。サヤがこんなにフンフンするなんて滅多にありえない貴重な光景です。普段は何に対しても冷めているサヤ。兄が何事に対しても熱狂的な分、冷静に物事を見るクセがついてしまったサヤ。だけど幽霊だけは興奮しちゃうんです。だって未来人だもん。

 彼らのいた未来では『幽霊』を見る機会などまったくありません。その噂を聞くこともまったくもってないのです。時間を越えるだけのハイテクノロジーを生み出した文化が原因なのか、情報の真偽がすぐに確かめられてしまうため、噂話などの根も葉もない情報が飛び交うことはかなり少なくなってしまいました。幽霊などの概念も身近なものとは言いがたく、墓場やお寺などの心霊的な場所もほとんどなくなり、そういう話に興味はあっても遠い存在になってしまったのです。

 そこに今回の幽霊騒ぎです。そんな未来ではありえない内容の噂が学園中に周知のものとして広がっているのです。そりゃいくらサヤだって興奮します。ポッとなっちゃいます。だって未来人だもん。

 唯一の抑止力であるサヤまでもがノリノリの状態に、幽霊捕り反対組の二人はもう打つ手がありません。目をキラキラ、鼻をフンフン言わせる日高兄妹の後をしぶしぶ付いていくしかないのでした。

 ところで、どうしてもう一人の未来人であるミオさんは今回の催しに参加していないのでしょうか? ねぇナツ、まさかミオさんは誘ってないのですか?


「ミオ姉ぇも一応誘ったんだけどさ、他に用事があるからってそっち行っちゃったんだよ。幽霊捕りに勝る用事なんて、そんなもんがあんのか?」


 そりゃたくさんあるでしょうに。

 しかしミオさんだって未来人です。幽霊に対して並々ならぬ興味があってしかるべきです。なのに今回の話に飛びつかないなんて、まったくもってミオさんらしくありません。う〜ん、気になる。ミオさんの方に『視点』を移して何をしているのか視ることも出来ますが、そこはほら、何と言うか。やっぱりわたくしも未来で生まれた者としてはこっちの方が気になると言うか、そんな感じでして。はい。


「まあ参加できないものはしょうがないよな。さぁ行くぞ! いざ、幽霊捕りへ!」


 そうして無理やり引っ張られる二人と、やけに目がキラキラした二人は学園裏の雑木林の中へと進んでいくのでした。

 辺りはまるでうすい布をかぶせられたように仄暗く、その布の隙間に見える今宵生まれたばかりのお月さまは、次第にその存在感をあらわにしていくのでした。


 ……ところでスイカって一体なんだったんでしょうか?



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