第四話 : 開くことのない宝箱
六年前、日高家は『過去』への旅路を果たし、帰還した。
それは何かの喩えなんかじゃなく、そのまんまの意味。
時と空間を隔てた、今は亡き緑の溢れる大地が存在していた『豊穣の時代』と呼ばれる時代。その時代へママとナツ兄ぃたち日高家は訪れて、そしてその旅の同行者であるフカちゃんと呼ばれる『俯瞰の眼』と別れた。
……とまぁ、言ってみればたったの数秒で事足りる物語。だけど、どうにも納得いかないことが一つ。
「過去旅行〜!? ウソだ! 絶対ウソだ! ママだったらそんな話が出たら『旅行なんてどうでもいいからチケット払い戻しで換金してくれない?』とか言い出すはずだよ!」
「う〜ん、それも考えなかったわけじゃなかったんだけどねぇ」
「……マジかよミオ姉ぇ」
「ま、卯月家でそんな話が出てたらそうしてたかもしれないけど、旅行に当選したのはナツだったからね、さすがに弟分の楽しみを奪っちゃうほどあたしも非道じゃないわよ。従姉妹のあたしまで旅行に参加させてくれたし、管制塔も粋な計らいするものよね」
「よく言うよな。『親族代表として一人くらい一緒に連れていってくれてもいいじゃない! 連れてかなかったら裁判沙汰よ! サイバーテロ起こしてやる〜!』とか騒いで無理やりついてきたくせに」
「もう、やあねぇナツ、大げさに言わないの。ジャロに通報しちゃわよ♪」
「全部ありのままのホントのことじゃねぇか!」
……うん、ナツ兄ぃの言ってることが正しいんだろうな。ママならそのくらいしそうだし。
つまり、過去旅行ってのはそのくらい莫大な費用が発生する、一般人には無縁の夢の旅行なんだ。
だってそうでしょ? 時空間移動なんてとんでもない技術を駆使して、一時的とは言っても大幅な情報操作まで施して、さらには現代に影響が出ないように後始末までしないといけないんだから、その労力に見合う金額って言ったら相当なものだ。実際いくらかかるのかなんて想像もつかない。その出費が仇を為したのか、ナツ兄ぃが当選したって言う『過去旅行プレゼント』を企画した大手お菓子メーカーは今じゃ頭に『元』をつけてそう呼ばれているし。
まぁそんなことはどうでもいいんだけど、納得いかないことがもう一つ。
「その『フカちゃん』って、なんで突然いなくなっちゃったの?」
わたしの素朴な質問に、ママとナツ兄ぃが同時にこっちに振り返る。
そう、それこそが話の本題。旅行の間ずっと一緒にいて、その独特の性格やしゃべり方であっと言う間に日高家に溶け込んでたって言う『俯瞰の眼』のフカちゃん。旅行の間中ずっと皆を見守ってきたフカちゃんは、向こうからこっちの時代へと戻るための『到着ゲート』が開く瞬間に姿を消してしまったのだと、ママはそう言った。
「……どうしてなのかしらね。理由はあたしにもわかんない。管制塔はただの故障だってことで処理しちゃったし」
「えぇ〜!? そういうのってちゃんと回収するんじゃないの!?」
「『俯瞰の眼』は過去の人間には認識されないように設定されてるしね、放っておいても大丈夫だってことになったみたいよ。……ま、そこにいる誰かさんだけは最後まで回収――じゃなくて、捜索願いを希望してたけどね」
チラリと視線を向けるママ。その先にいるのはキレ長お目々の誰かさん。
わたしたちが見ていることにも気付かないくらい真剣に、ナツ兄ぃはジッと手元にある何かを見つめていた。
「だけど今考えてもおかしい話なのよね。フカちゃんが壊れたとこなんてあたしたちは全然見てないし『俯瞰の眼』って管制塔と独自にコンタクトを取れるはずだから故障したかどうかなんてすぐにわかるはずなのよ。なのに原因がわからないってことは、考えられる原因は一つ」
「え、なになに?」
「――自律思考の停止、だろ?」
ロケット型のペンダントを机の上に置いて、ナツ兄ぃはそう言い切った。
ナツ兄ぃの発言に頷くママ。それに対してわたしは意味もわからずハテナ顔。
だってそうでしょ? 確かに行動の元となる自律思考を捨てれば管制塔と連絡を取り合うことはできなくなるけど、自律思考型のロボットが自律思考を捨てるなんて人間にしてみたら自殺するのと同じことだし。自分からすすんでそんなことするわけないのに。
「それ以外ありえねぇんだよ。……だけど、俺にはフカちゃんがそうしなけりゃいけなかった理由がわかんねぇし、その答えを知る術も持ってない。――答えは、この中に眠ってるってのにな」
「……ペンダント?」
さっきからナツ兄ぃが見つめていたロケット型のペンダント。その中にあったのは、小さなメモリーチップだった。
パパの研究資料でいくつかチップを見たことあるけど、そのペンダントの中に入っていたチップは初めて見る型だ。多分、規格外ってやつかな。特定のものでしか読み取りができないようにあえて他の規格とは合わないように作ってるんだろう。
チップが入ったペンダントをコツコツと突きながら、ナツ兄ぃはさっきと同じ、どこか寂しそうな表情を浮かべた。
……あ、やば。ちょっとキュンってきたかも。
「これさ、到着ゲートが開く前にフカちゃんから預かったものなんだよ。『これをあなたに託します』って言われてな」
「……それって、え? どういうこと?」
「さっき言った通りのことさ。フカちゃんはこれを俺に渡した時にはすでに『自殺』するつもりだったんだろうな。このチップの中にはフカちゃんの記憶が詰まってる。自殺しなけりゃならなかった、その原因も全てな」
「え? ちょっと待って、わかんない。それを管制塔に渡せば解決なんじゃないの? いくら規格外の製品だって製造元に調べてもらえばすぐに中のデータも取り出せるんじゃ――、」
「それがそうもいかなかったのよ。それね、中身が見れない常態になってるの。ロックとか暗号がかけられてるとかそんなレベルじゃなくて、チップ自体が拒否してるのよ。『中身を見せろ』って言うこっちの要求を受け付けないの」
「はぁ? そんなことってありえるの?」
「普通はないわね。管制塔の技術屋連中にもわからなかったくらいだし、あたしたちにどういう仕組みかなんてわかるはずはないってことよ。つまり、お手上げ」
「う〜ん……。あ、それじゃこれはこれは!? そのフカちゃんと同型機の『俯瞰の眼』にチップ入れちゃうってのは? これなら同じ規格だし抵抗なく読み取りできるんじゃない!?」
「へぇ、さすがね〜サン。そこに目をつけるなんて、さすがあたしとクマさんの娘だわ。……でも残念ながら、その方法ももうムリなのよ。フカちゃんって初期に製造されたモデルらしくてね、同じタイプのものはあたしたちが過去旅行から還ってきてすぐに廃棄されたのよ。『監視中に故障するといった事件がまた起こらないとも限らない』って理由でね」
うわ、ダメじゃん。これこそまさに八方塞がりってやつ? 答えはすぐそこにあるのにその答えを知る方法がないなんて、なんて言うか、やりきれないって感じ。
ナツ兄ぃがあんな表情する理由がやっとわかった。
捜し求めていた宝が目の前にあるのに、その宝箱を開けるカギがないんだ。やるせない思いとその宝を抱えながら、見つかるかどうかもわからないカギが見つかるのをずっと待ち続けるしかないんだ。
――そんなの、ナツ兄ぃがかわいそうだ。
いっそそんな宝なんて捨ててしまえばいい。開くことのできない宝箱なんて、ただの重荷にしかならないから。
だけど、ナツ兄ぃがそんなことできるわけがない。家族や親友、『絆』と言う名の宝を誰よりも大切にしているナツ兄ぃだから。そして、わたしはそのことを知ってるから。だからそんなこと言えるはずがないし、望めるはずもない。
だから代わりに、新しい宝をナツ兄ぃにあげよう。新しい絆を、ナツ兄ぃにあげるんだ。
「ねぇねぇ、ナツ兄ぃ! これからデートしようよ、デート!」
「……は? なんで? って言うかまだ研究が残ってるし」
「そんなのどうでもいいよ! 雇い主命令!」
「俺は教授の助手であってお前の助手じゃねぇぞ。遊びに行くんなら今度の日曜でもいいじゃん」
「やだやだやだやだ〜〜! どうしても今からじゃなきゃやだ〜!」
「おいおい、ムチャクチャ言うなよな」
ワガママだってわかってるよ。ムチャクチャ言ってるってこともわかってる。
だけど、しょうがないじゃない。まだ子供のわたしには、こんなことくらいしか他に方法を思いつかないんだから。
「デートしてくんなかったら死んでやる〜! それかパパを刺してやる〜! めった刺しにしてやるんだから〜!」
「……なにやら物騒なことになってますね」
「あ、教授。えと、……どうします?」
「我が子に刺されるのは勘弁したいところです。ナツくん、迷惑でしょうがサンに付き合ってあげてくれませんか?」
台所から戻ってきていきなりナイス発言のパパ。やばい、パパがやばいほど紳士に見える。四人分のお茶碗を抱えてるとこまで紳士的に見えてしまう。
紳士さんにまで頼まれちゃったら断る理由はないわけで、困り顔になりながらもナツ兄ぃはしぶしぶ承諾してくれた。
「うっしゃ! じゃあさっそく行くよナツ兄ぃ〜!」
「ま、待てって! 俺まだ白衣着たままだっての! それにまだメシ残ってんだろが!」
「似合ってるから問題なし! ご飯は途中で食べればいいし! いっくぞ〜!」
「……ったく。さすがミオ姉ぇの娘だよな、お前」
ナツ兄ぃの手を引いて外へ。とにかく連れまわしてやる。
フカちゃんのことを忘れるまではいかなくても、それに足る絆がここにあるんだってことを、イヤってくらいに思い知らせてやるんだ。
「うっきゃ〜! いっくぞ〜!」
ナツ兄ぃの手を引きながら、飛ぶように跳ね回る。半分はカラ元気だけど半分は本気。だってそうでしょ? 大好きな人と一緒に出かけられるんだから。
ナツ兄ぃの手は大きくて、暖かくて、優しくて。その手を引っ張ってるのはわたしのはずなのに、わたしの方が手を引かれてる気がして、ちょっとテレる。
テレ笑いとドキドキをごまかすように「うっきゃ〜!」なんて叫びながら、ただただ必死に走った。
空にはカンカンに照りつける太陽。出かけるには最高の天気。温かい陽の光の下、わたしたちは走り始めた。ナツ兄ぃの心の奥底に眠っているもう一つの絆のことなど、知る由もなく。