第三話 : 過去旅行、その後
「それにしても、アンタがうちに通うようになってもう二年になるのね」
相変わらず殺風景なリビング。それでも食事時のこの場所はわたしにとっては高級ホテルのスウィートルーム並みの最高の場所。ナツ兄ぃと一緒にご飯食べられるなんて、もう、なんて言うの、とにかく気持ちを抑えきれないって感じ!
そんなわけでナツ兄ぃの腕にからみついてるわたしの行儀を注意しながら、ママがふと思い出したようにそんなことを言ってきた。
「まさかアンタがクマさんの助手になるなんてねぇ。アンタが大学受かったのだって驚いたけど、クマさんの研究を理解できるってことも相当驚いたわよ」
「ミオ姉ぇ、俺はたしかに昔からバカだったけどさ、興味のあるものに対してだけはすげぇ集中力が増すってこと、ミオ姉ぇも知ってんだろ?」
なるほど、と納得の表情を浮かべるママ。
ちなみにクマさんって言うのはママだけが使うパパの愛称。口ヒゲ生やしておなかがまん丸だからクマさんだとか。パパも何も気にせず返事したりするあたり、この愛称を気に言ってるっぽくていやだ。そんな可愛いらしい顔してないくせに。
「そうだナツ兄ぃ! わたしとナツ兄ぃだけの愛称作ろうよ! ねぇねぇ、作ろうよ〜!」
「え、なんで? 別に今のままでいいじゃん」
「ぶ〜。ナツ兄ぃ、女の子の気持ちってもんがわかってないなぁ。好きな人と自分だけしか共有してない特別なものがあった方が『愛されてる〜』って実感できて女は安心するの!」
「ふ〜ん。そんなもんか?」
「ナツくんはサンに好かれてるなぁ。……ちょっと前までは『パパのお嫁さんになる』なんてことも言ってくれてたのになぁ……」
「ナツは小さい子に好かれやすいわよね。サヤだっていまだに小さいままだし」
「……ミオ姉ぇ、それサヤの前では絶対言うなよな。本人意外と気にしてるぞ。ちょっと前にサヤの前でカルシウムサプリ飲んでただけで『それ、嫌味?』なんてすげぇ目で見られたんだから」
「あっはっは。ナツ、それは愛情の裏返しってやつよ。アンタがどんどん背が高くなってくのが悔しいのと、自分の背が低いことで女性として魅力的に見られないんじゃないかって言う不安がそんな態度をとらせてんの。察しなさいよ」
「ったく、ミオ姉ぇは昔っからそういうこと言ってんだから。なんで俺とサヤをそうくっつけたがるかなぁ」
むむ。サヤ姉ぇ、いまだにナツ兄ぃをあきらめてないのか。あんなキレイなんだからとっとと彼氏作ればいいのに。
サヤ姉ぇ――日高サヤはナツ兄ぃの四つ下の妹。ナツ兄ぃが今二十歳だからたしか今は十六歳のはず。わたしの理想の女性像にして、最大の恋敵だ。
ママも美人だとは思うんだけど、サヤ姉ぇとは全然タイプが違う。むしろ真逆。静と動。月と太陽。白鳥とライオン。――ま、簡単に言っちゃうとママがワイルド、サヤ姉ぇはクールってとこ。なにせ、自分にポケ〜っと見とれていた同級生の男子に『用事があるなら早く言って。文句があるなら一応聞く。どっちもないのなら、こっち見ないで』って言い捨てた程だ。
ナツ兄ぃと同じキレ長の目。スラッと腰まで伸びたキレイな黒髪。普段物静かなくせに言うことはキツイ。なのに背丈は百五十センチ足らず。このギャップがいいのか、サヤ姉ぇと一緒に出かける時はいつも何人かから声をかけられる。……隣にいるわたしに声をかける奴は一人もいないのが多少ムカつく。
「あの娘、最近あまりこっちにも来ないけど学校忙しいの? 法律関係の学校行ってるんだっけ?」
「ああ、なんか『時航法』とかいう時空間移動に関する法律の専門学校行ってるよ。将来は『管制塔』に勤めたいとか言ってたな」
「管制塔ね……。ずいぶん懐かしい響きだわね」
「? なんで管制塔が懐かしいの? ――ママ、おかわり!」
「自分で入れなさい」
「ぶー!」
「あら、かわいい子ブタちゃん♪ でも我が家ではおかわりはセルフサービスだからいくらかわいくてもダメ〜」
「サン、私もおかわりするところだから一緒に入れてきましょうか?」
「わお! パパ、紳士じゃん! そんじゃわたしもレディらしく。――よろしくてよ、おほほほほ」
「それレディか? あ、教授。俺もおかわりお願いします」
「クマさん、あたしも」
「……ははは。まったく、しょうがないですねぇ」
少しひきつりながらもみんなの分のお茶碗を持って台所へ消えていくパパ。こんな時、大黒柱ってステキだなと思う。便利な人って言う意味でだけど。
「今ふと思ったんだけどさ、教授ってどことなくフカちゃんに似てるよな」
「あ、ナツもそう思う? 実はあたしもそう思ってたのよ〜。敬語の使い方とか丸いとことか、フカちゃんが人間だったらあんな感じだったのかもね」
「少しからかいがいのあるトコとかもな」
「あはは、わかるわかる〜!」
「……ぶー」
「あら、また子ブタちゃん? どうしたのサン?」
「フンだ。二人だけしか知らない話しちゃってさ。フカちゃんって誰のことだかわたし知らないもん」
「あれ? サンにフカちゃんの話ってしたことなかったっけ?」
「ないよ。わたし一度聞いた話は忘れないもん。ナツ兄ぃがしてくれた話ならなおさら忘れないもん」
ナツ兄ぃを困らせるためによくウソをつくことがあるけど、これは本当のこと。
ナツ兄ぃがうちに通うようになって二年。その間に『フカちゃん』なんて単語はわたしの前では一切出てこなかったし、ママやサヤ姉ぇからも一度も聞いたことはなかったし。正真正銘、今回が初耳だ。
「……別に避けてたわけじゃなかったんだけどな。やっぱまだ引きずってんのかな俺」
拗ねるわたしの頭をなだめるように撫でながら、ナツ兄ぃは少し寂しそうに笑った。
――ナツ兄ぃのこんな顔、初めて見た。
どうしよう、このまま『フカちゃん』のことを訊いてもいいのかな? あまり人に話したくないようなことだったのかな? 何かイヤなことでもあったのかな? ……どうしよう、どうしよう。
「ナツ。そんな顔しないの、辛気臭くなるから」
身もフタもない言葉でその場の空気を鎮圧するママ。
一歩間違ったらさらに雰囲気を悪くするような一言も、ママが言うとなぜだかカラッとした雰囲気になっちゃうからすごい。……う〜ん、こういうトコ見習った方がいいのかな? 正直、微妙。
「それじゃ、ナツの代わりにあたしが『フカちゃん』について話してあげようかしらね。ちょうどさっきの管制塔の話とも繋がるし」
まるで今朝見た夢の内容でも話すかのように軽い口調で切り出すママ。
それは、六年前に日高家が訪れた旅行先での話。
その旅行に一緒に同行していた、もう一人の家族の話。
――そして、その家族が突然いなくなってしまった話だった。