第二話 : おてんば姫の救出劇
七夕の織姫とか、人魚姫とか、かぐや姫……はちょっと違うか。
昔話なんかでは主人公のお姫様と想いを寄せている相手との間には何かしらの障害があるもの。障害があると盛り上がるのは物語だけじゃなく、恋だってそうだ。それぞれの物語のお姫様たちも自分の想いを叶えるために一生懸命だったんだろうなぁ。年に一度のチャンスを健気に待ったり、違う世界の住人になったりしたりね。
そんな先人の苦労に比べればわたしはかなり恵まれている方だし、乗り越える障害だってささいなもの。『研究室』と名札のついた薄いドア一枚という、ホントに小さな小さな障害。
……問題は、その部屋の中でナツ兄ぃと一緒にいる邪魔者なんだけど。
「サン、この部屋には入ってはダメだといつも言ってるでしょう」
――ち、バレた。かなりそ〜っと忍び込んだはずなのに。相変わらず鋭いな、あんにゃろ。
三つか四つくらいのマイクロスコープの画像を見つめながら背中越しに警告するパパ。こっちを見てもいないくせに、どうしていつも侵入したのがバレるかなぁ? 背中に目でもついているのか、それとも何かの隠れた達人とかだったのかな? ママが惚れたくらいだし、もしかしたらただ者じゃないのかもしれない。パパ、おそるべし。
「あれ、サン? どうした、何か用か?」
「あ、ナツ兄ぃ! 見て見て、ポテサラ作ったんだよポテサラ! わたしの初めての手料理だよ! 冷めないうちに一口どーぞ!」
「へ〜、温かいポテトサラダか。どれどれ。……お、うめぇじゃん。やるなサン、すげぇうめぇぞ」
「うっきゃ〜! マジすかマジすか!」
――キィ。
あ、やばい。悪魔のゆりかごが揺れる音だ。わたしとナツ兄ぃの恋路を邪魔する、あの隠れ達人の座ったイスがこっち側に回転する音だ。
「……サン。パパとの約束を忘れたんですか? この部屋にだけは入ってはいけないと、いつも、常日頃、口すっぱく言ってたと思っていたのだけど、まだ言い足りなかったかな?」
「フンだ。ナツ兄ぃが居なかったら頼まれたって入りませんよーだ」
「ナツくんが居ても居なくてもダメです。この部屋の中にあるものがどんなものか説明しましたよね? サンは頭のいい子だから、忘れているハズはありませんよね?」
「大事な研究道具とか研究結果とか栽培中の人工苗とかでしょ? そんなのどうでもいいし、どうにかするつもりもないもん。ねぇねぇナツ兄ぃ、そろそろお昼だしリビングにおいでよ! 一緒にお昼食べよ!」
「サン、どうでもいいとは何事ですか!」
「もー、パパうるさい! わたしはナツ兄ぃと話してるのー!」
「ふ、二人とも落ち着けって!」
ヒートアップするパパとわたし。そしてそれを必死な顔で仲裁するナツ兄ぃ。
実はわたし、ナツ兄ぃのこの必死な顔がかなり好きだったりする。こんな風にパパに怒られるのを覚悟で研究室に入ったりするのは、実はそれが目的だったりして。
……こんな性格になったのもママの遺伝なんだろうなぁ、きっと。
「教授、自分の娘相手に大人げないっすよ。サンも教授の言うことはちゃんと聞けよ。この部屋には危険なモンとかもあるんだから、それでケガしないようにってことで教授は入るなって言ってんだからな」
「うん、わかった!」
「おお、いい返事だな。そんじゃ教授、サンの言うとおりそろそろ昼食にしましょうか。ミオ姉ぇの手料理が待ってますよ」
「はいは〜い、それじゃリビングまでご案内いたしま〜す。ナツ兄ぃ、こっちこっち〜!」
「ハハ、サンは元気だな。……んで、教授は何を落ち込んでんすか?」
「……はぁ。ちょっと前までは私の言うことも素直に聞いてくれてたんですけどねぇ……」
後ろでパパが何か言ってるみたいだけど、そんなの関係ない。ナツ兄ぃさえ居てくれれば別にパパなんてどうでもいいし。
まぁとにかく、ナツ兄ぃの手を引きながら研究室から脱出成功! サン姫は愛しの王子様を見事隠れ達人の魔の手から救い出せたのでした! めでたしめでたし♪
アレ? お姫様が王子様を救うって普通逆じゃない? ……ま、どっちでもいっか。