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第一話 : 夕凪家の家庭の事情

  

 どこまでもまっすぐでまっすぐでまっすぐで。

 自分の信念に忠実で、ついでに本能にも忠実で、そのくせ意地っ張りで恥ずかしがり屋。

 わたしに名前をつけてくれたのは、そんな人だった。


「『サン』ってのはどうだ? 夕凪ゆうなぎサン! どうだよ、これいいんじゃないかミオ姉ぇ!」


 『何事に対してもどんと構えていられるような女になってほしい』――そんなママのリクエストを叶えた名前を考えた末に、その人はそう答えた。

 なんでも山から思いついた名前だとか。確かにどんと構えてることこの上なしの名前だけど、せめて逆読みにして『マヤ』とかの女の子らしい名前でもよかったのに。

 ……まぁ、でも、なんだかんだ言ってもわたしはこの名前が気に入っている。だってこの名前は、ナツ兄ぃがつけてくれた名前なんだから。


 わたしの名付け親。

 わたしのママ、夕凪ミオの従兄弟。

 わたしの初恋の人。

 その人の名前は――、




  ◇ ◇ ◇




「…………ぶー」


 不思議な響きを含んだ声が、狭い室内の壁に反射して返ってくる。

 一切のムダなものを排除した殺風景なリビング。あるのは食卓とイスだけ。テレビはアパートに備え付けで壁に内臓されてあるし、ソファなんて大きな家具を入れてしまったらこのリビングのスペースの半分はそれだけで潰れてしまうし、来客用に準備するべきものなんてのはこのうちには必要がない――と言うか、そんなかたっくるしい来客なんかうちにはやってこないし。

 そもそもうちにはリビングどころか玄関や自室にさえもほとんどものがない。

 ママの徹底した節約術を小さい頃から教え込まれたわたしは、うちの中に意味のないムダなものを置くのは良くないことなんだと言う妙な教えを脳の奥底に植えつけられてしまった。……呪いって言っても遜色ないんじゃない、これ?

 友達の家に遊びに行った時なんかサイアク。

 部屋の中に入った途端にこれでもかと目に飛び込んでくる女の子らしい装飾品やぬいぐるみやインテリア。本来可愛らしいはずのそれらをまったく可愛いと思えない、ムダなものの寄せ集めにしか思えないという、ある意味女の子として致命的に思えるような感想ばかりが頭の中をぐるぐるしてんだから、気持ち悪くてしょうがない。

 さらにその感想をポロッと本人を前にして言ってしまうのは、間違いなくママの遺伝だと思う。……だって、しょうがないじゃない。言わないと気持ち悪いんだから。

 そんな始末の悪い性格を作り上げてしまった本人にそのことを言うと、決まって同じ台詞が返ってくる。


「うんうん、それで良いのよ。ムダなものがムダなものだってわかるってことは、本当に必要なものを見分けられるってことなんだから。――いい、サン? 人生にはムダなものは確かにちょっとは要るけど、決定的に必要になるものはいつだってそのムダなものに紛れてこっそりやってくるんだから、ちゃんと見分けなくちゃダメよ?」


 ママ曰く、それは人生に於いても男に於いても言えることらしい。……まだ小学生になったばかりのわたしにそんなこと言われてもなぁ。

 そんなことを普段から口にするママの選んだ相手であるパパは相当ハイクラスな男のはず、……なんだけど。

 娘であるわたしの目から見て、……いや、どっからどう見たってそうだと思うんだけど、ごく普通のどこにでもいるおじさんにしか見えない。

 一応大学の教授なんて言う名前だけは立派な肩書きを持ってるんだけど、その実大学では自分のしたい研究をあまりさせてもらえないなんて言う情けないご身分。専攻が専攻だから、ということもあるんだろうけど。


 パパの本当の専攻は『緑地開発』。

 緑が失われたこの世界に再び緑を蘇らせようと言う、ある種夢物語じみたものだった。


 過去旅行さえ可能になった現代に於いて、人間が生活上必要な酸素や有機物を自然の恩恵なく得ることなんてそう難しいことじゃない。――むしろ、問題はそこにこそあった。

 必要でなくなったものに対して人類が行うこと。ママが部屋の中からムダなものを一切排除したように、人類は天からの恵みである緑を切り捨てた。それが自らの首をしめる要因になることをわかっていながら、だ。

 おかげで生態系はメチャクチャ。季節なんてものはとうの昔になくなった言葉だし、数少ない人間以外の生物なんかは保護されていて一般には目にすることすらもできない。

 そんな現代に於いて人類を守るものは己が生み出した科学のみ。それが自然の恩恵にかなうはずなんかないのはまぁ、わかりやすいっちゃわかりやすい。

 そんなわけで、人類は静かに緩やかに滅亡の危機ってやつを待つだけ。その滅亡の時期にもまだ何百年かは余裕があるようでそれまでには解決策が見つかる。……らしいんだけど、もう何十年も前からも同じこと言ってるし、このまま終末を迎えるのは火を見るより明らか。

 パパの専攻している研究はその解決策の一つであり、最も期待薄だと思われている研究だった。

 「そんな研究に費用を回すくらいなら他の研究に回すぞ」ってな感じのある意味解雇通告っぽいことを大学から宣告されて、大学ではしょうがなく他の研究をして、本当にしたい研究は自分で費用を捻出してまで自宅でやってるのがうちのパパなわけで。そのおかげでママは節約術を身に付けて、わたしは女の子として致命的な欠陥を抱えてしまっているわけで。そりゃハイクラスな男なんて言えるはずもないのはしょうがないでしょ?

 ……まぁ、ある一点においてのみ、パパにはすっごい感謝してるんだけど。


「…………ぶー」


 二度目のため息。またも反響してくる不思議な響き。待ち人はまだこない。

 ――そう、わたしはずっとこの殺風景なリビングであの人を待っている。食卓のイスに座って、足をブラブラと揺らしながらあの人を待っている。

 その人はパパの唯一の助手。

 ママの従兄弟。

 わたしの名付け親。

 その人の名は――、


 ピンポーン。


『ミオ姉ぇ〜、サン〜、教授〜、誰か居るか〜?』

「――ッ! 居るよ居るよ! 今開けるから!」


 チャイムの音が待ち人の来訪を告げる。イスから勢いよく飛ぶように下りて玄関へと向かった。

 せまい我が家。リビングから玄関までなんか三秒もあればたどり着く。で、ドアの前で十秒ほど待機。

 別にもったいつけているワケじゃない。こうしないと心の準備ができないだけ。いきなりあの人の顔なんか見たら舞い上がりすぎちゃってダメだ。もう小学生なんだから、少しはママを見習ってレディらしい余裕を持たないとね。


「……ふぅ、はぁ、ふぅ、はぁ」


 ――十秒。深呼吸と心の準備、完了。

 ゆっくりと開いたドアの向こうで、眩しい笑顔でその人が立っていた。


「よう、サン」

「――あ、」


 ……甘かった。十秒くらいじゃ全然足りなかった。

 そんな笑顔を真正面から見ちゃったら、余裕なんかどっかにブッ飛んじゃったわけで。


「おはよ、ナツ兄ぃ!」


 気付いたらわたしはナツ兄ぃにややタックル気味に抱きついていたのでしたとさ。

 ……うん、まだ小学生なんだしレディらしくなんてどうでもいいよね、なんて誰に言うでもない言い訳が浮かぶ。だってしょうがないじゃない、気持ちを抑える方法なんか知らないんだから。

 そんなわたしの頭を撫でながら、ハハハと気持ちのいい笑顔を浮かべるナツ兄ぃ。


 ――その人の名前は日高ナツ。それが、わたしの初恋の人の名前だ。



  

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