エピローグ : 天使の祝福
『……ココハ、ドコ?』
身を包んでいた光が消えたことに気付き、ゆっくりと目を開けるフゥ。
目の前には白いカーテン、白い壁、白い天井――、そこは一面真っ白で染まった小さな部屋の中だった。
その部屋の中央にあるベッドに、一人の青年が横たわっている。
何年も陽にあたったことがないような、白く染まったその顔にフゥは見覚えがあった。つい先ほどまで一緒に居た少年――再会の約束をした一人の少年の顔に、とてもよく似ていた。
フゥの気配に気付いたのか、青年は目を開き、辛そうに顔を歪めながらゆっくりと起き上がった。
「――ッ! ……し、慎吾? 慎吾ッ!」
カーテンで阻まれていた視界の端から一人の女性が現れる。腰まで伸びた長い髪。整然とした佇まい。何よりフゥにとって印象的だったのは、その女性の持つ凛とした強い瞳だった。
女性はベッドへと駆け寄り、青年の瞳を見つめた。何かを確かめるように。何かを訴えるように。
そんな女性の視線をまっすぐに受け止めて、青年は笑いながら言った。
「……愛海、そのブレスレット、つけてくれてたんだな」
「うん、うん……!」
「ずいぶん長いこと待たせちまったな。俺のこと、許してくれるか?」
「うん、うん……!」
「なんだよ、俺がちょっと眠ってる間に『うん』しか言えなくなっちまったのか?」
からかうような青年の言葉に、愛海と呼ばれたその女性は今にも泣きそうな顔を伏せて、怒ったような表情で顔を上げた。
「……おはよう、慎吾」
「ああ、おはよう、愛海。――うおッ」
慎吾と呼ばれた青年が言葉を聞き終わる前に、愛海は慎吾の胸に抱きついていた。
「待たせすぎ、だよ」
「だから悪かったって。ほら、俺って昔からよく寝坊する方だっただろ」
「……そっちじゃない」
「は? じゃあ、なんだよ?」
「……返事」
涙でぐしゃぐしゃになった顔で、愛海はそう詰め寄った。
「返事」の意味を考えて、ようやく思いついて、慎吾はなぜだか困ったような表情を浮かべていた。ジッと見つめている愛海の視線から逃げるように視線をさまよわせ、その視線がある一点で止まった。
視線の先にいたのは、白い少女と黒い球状の物体。見えない存在のはずのそれらに、慎吾の視線はまっすぐに向いていた。
――まさか、あの人には私たちの姿が見えている?
フゥがそう思った瞬間、慎吾の表情が変わった。視線を愛海へと向けなおし、そして言った。
「愛海。俺はお前が好きだ。ガキの頃からずっと、お前が好きだった。だから――、」
「……だから?」
「これからも俺のそばに居てくれ。俺の居場所になってくれ。……ダメか?」
その言葉に、愛海は不思議な感覚を覚えた。
その言葉はまるで全てを知っているかのような言葉だったから。愛海がすでに慎吾の気持ちを知っていることも、慎吾の居場所を守ろうと誓ったことも知っているような言葉だったから。
一瞬の戸惑い。しかし、返事は変わらなかった。
「イヤだったらこんなに待ってないよ、……バカ」
そう言って、愛海は再び慎吾の胸に抱きついた。まだうまく身体を動かせないのか、片手を震わせながらも愛海の頭にのせ、優しく撫でた。
再会の喜びを確かめ合うように抱き合う二人。その光景を見て、フゥは思う。
――この二人はきっと、やっと出会えた二人なんだ。
長い時を越えてようやく出会えた二人。絆に導かれて出会えた二人。その姿は、フゥの望む未来の象徴だった。
――私とナツもいつか再び出会えた時、あんな風に抱き合うのだろうか。
自らがナツに抱いている感情が何なのか、フゥにはわからなかった。
それは信頼と呼ぶものなのか、友愛と呼ぶものなのか、――それとも恋と呼ぶものなのか。
フゥにはわからなかった。そして、どちらでもよかった。どちらにしても、ナツに対する思いが変わるわけではないのだから。
目の前には幸せそうに抱き合う二人。フゥの心にある思いが湧きあがる。思いのままに、フゥは歌った。――『祝福の唄』を。
――歓喜の唄を贈ろう 巡り会えた二人に――
――祝福の唄を贈ろう 強く結ばれた二人に――
――見えない者から心を込めて 二人に祝福を贈ろうー―
――見えない絆 半分の糸――
――たぐり寄せたは信じる心 互いに出逢いを信じる心――
――見えない者から心を込めて 二人に感謝を送ろう――
――あなたたちは教えてくれた 絆は確かにここにあると――
――あなたたちは示してくれた 心は確かに繋がってると――
――いつか出会う彼に伝えよう この再会を この祝福を――
――いつか出会う彼に伝えよう 絆の強さを その偉大さを――
――見えない者から心を込めて 二人に祈りを捧げよう――
――福音の鐘の音が どうか途切れませんように――
――未来を照らす希望の光が どうか途絶えませんように――
――再び出会えたその時に どうか笑っていられるように――
――見えない者から心を込めて あなたに祈りを捧げよう――
――そしてあなたに捧げよう 偽りのないこの想いを――
突然響いてきた歌声に驚いて、愛海は辺りを見回した。
心に奥まで響いてくるような唄。とてもきれいで透き通った声。
――もしかして、これって天使の祝福ってやつかな?
そんなことを考えて、愛海は笑った。
「何笑ってんだよ、愛海」
「天使が私たちを祝福してくれてるんだよ、きっと」
「……天使、か。確かにそうかもな」
「きっとそうだよ」
「…………」
「…………」
『祝福の唄』が鳴り響く誰もいない病室の中で、二人はそっと口付けを交わした。
――見えない者から心を込めて 世界に祝福を贈ろう――
――この喜びを この希望を この気持ちを唄に込めて――
――皆に祝福を贈ろう 見えない者から 希望を込めて――
フゥの『祝福の唄』は病室をも突き抜け、遠く遠くまで鳴り響く。
その歌を聴いた者全ての心に、ある感情が湧きあがる。それは『悲しみ』などではなく、ましてや『切なさ』などではなく――、
一片の偽りもない『希望』だった。
作者の鮎坂カズヤです。『風が奏でる癒し唄』をお読みくださった皆様、本当にありがとうございまた!
以前あとがきでも書いた通り、この話には続きがあります。しかし、それは何話か書き溜めた後に投稿しようと思っています。別のタイトルで投稿するか、最終話設定を解除してそのまま書き続けるかはまだ未定ですが、とりあえず、この第一部は完結です。
いろいろ書きたかった設定はありました。フゥと日高家の両親とのエピソードや、健介くんと紀子ちゃんのその後なんかも思いついてはいたのですが、他の部分と繋がらない、あまり意味のないくだりだから、と言う理由でカットしました。続編でもし書けるところがあったならやってみたいと思っています。
「この部分は話としておかしい」「ここの文章の意味がわからない」「表現が間違っている」等のご意見ご感想がございましたら、じゃんじゃんお待ちしてます! うれしい意見も厳しい意見も次の作品への糧になりますので、ぜひお願いします!
それでは、あとがきまでお読みくださった皆様、――本当にありがとうございました! よろしければ続編もご覧になってくださいね! 鮎坂カズヤでした!