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第四十二話 : 俯瞰の眼の笑い方

 

「……何してるの、ミオ姉ぇ?」

「ん? あ〜サヤじゃない。ちょっとね、お月見。ほら、どうせ見るなら屋根の上からの方が眺めいいでしょ。――よっと」


 屋根の上の方から突然ニュッと出てきた足に相当驚きつつも、冷静にその足の主に問いかけるサヤ。その問いに答えながら無事に屋根の上からベランダへと降りて、ミオはそのまま何か思いついたようにサヤに問い返す。


「そういえばサヤ、あれからフゥちゃんと話した?」

「……別に話すことなんてないし」

「なんでよ〜? 将来のお姉さんになるかもしれないのに」

「話飛び過ぎだし。それに、あの人の方はお兄ちゃんのことを恋愛対象に見てるとかそういう感じじゃないし」

「まぁねぇ。何百年とか何千年も一人きりで過ごしてるとそういう感情とか忘れちゃうのかね? 自分が女だってことも忘れてたらしいし」

「……だからって、あの人がしたことをわたしは許せない」

「ん〜、そこらへんはあたしも同感だけどさ、あの娘にはあの娘なりの事情ってモンがあったわけだし、そこらへんは大人になったげてもいんじゃない?」

「わたしまだ子供だし」

「あら、普段は子供っぽくない発言するクセに」

「うるさいな」

「それが母親に向かって言う台詞?」

「母親じゃないし」

「言ってみたかっただけ〜♪ もう少ししたら実際に使うだろうし〜」

「……なんかムカつく」

「それが母親に向かって――、」

「いや、もういいから」

「――ハ〜イみんな〜、そろそろ時間よ〜。集まって〜」


 話し合いが不毛な方向へと転じようとしたまさにその時、公園で遊ぶ子供たちを呼ぶような調子で、リビングから母親の召集の声が響いた。

 そばにあった時計で時刻を確認し、二人はそれぞれの部屋へと荷物を取りに向かう。


「……あと一時間、か」

「……あと一時間ね」


 まるで示し合わせたかのように、二人は同じ言葉を呟きながらそれぞれの部屋へと入った。




  ◇




 『視点移動』――対象、日高ナツ。


 眼を開くと、そこにはナツのフゥの後ろ姿がありました。

 先ほどまでのわたくしと同じように、無言で月を見上げる二人。二人の間に流れる空気にはぎこちなさなど微塵もなく、言葉がなくても気持ちが通じているかのような長年連れ添った夫婦のような和やかな空気が、そこにはありました。


『なぁフゥ。あの林で一人きりで過ごすより、うちにこないか?』


 『絶望の唄』が学園を包んだあの日、ナツはフゥにそう提案しました。あまりにも長すぎる時間を一人きりで過ごし、家族の温もりに飢えていたフゥがこの申し出を断るはずがありません。パパさんは息子の初恋の娘を見て「うんうん」と何やら満足そうな表情を浮かべ、ママさんは「あらあら」といつもよりもゆるんだ笑顔であっさりとフゥの居候を許可しました。ミオさんも「あの唄をもう歌わないんなら別にいいわよ」と承諾。ただ一人、サヤだけは最後まで思い切り不満そうな顔をしていましたが。


「ナツ〜、フゥちゃ〜ん、そろそろ時間よ〜、準備して〜」


 ママさんの声が響き、二人がこちらへ振り返ります。


「うおッ! フカちゃん居たのかよ! ったく、居るんなら声くらいかけろよな。ただでさえ夜で暗いのに黒い目ン玉が浮かんでたら怖いっての」


 申し訳ありません。二人の雰囲気がよかったので、ジャマをするようで声をかけづらかったのですよ。


「い、いい雰囲気? 俺ら、そんな雰囲気出てたのか? 出まくりだったか?」


 はい、そりゃあもう。ナツの方からそんな雰囲気がモヤモヤと。


「……その擬音、おかしくねぇ?」

『ソロソロ、ヒラクノ?』


 ……はい、開きます。ナツたちを未来へ還すためのゲートが、開く時間です。


『……ソウ』


 寂しそうに、悲しそうに、フゥの呟きが響きます。

 ようやく出会えた『応える者』。ようやく触れられた家族の温もり。それらがもうすぐいなくなってしまう寂しさを、フゥの表情がありありと語っていました。――いつも無表情だった、あのフゥが。


「ナ〜ツ〜! 何やってんのよ、さっさと来なさい! フゥちゃんと二人っきりになりたいのはわかるけど、あんまりサヤを放っておくと寂しくて泣いちゃうわよ〜♪」


 リビングの方からミオさんの半笑い声が聴こえます。その後に小さな声で「そんなわけない」と言うサヤの声が。どうやら他の日高家のメンツはもうすでにみんな集まっているようですね。


「お、もうみんな集まってんのか。じゃあ行こうか、フゥ」

『…………』

「そんな寂しそうな顔すんなって。すぐに迎えに来る。すぐにまた会えるから。約束したろ?」

『……ン』

「ほら、行こう! みんなが待ってる!」


 寂しげな表情のフゥの手を取って、ナツは歩き出します。清々しいほどに晴れやかなナツの笑顔。不安や心配など微塵も感じさせないその笑顔がフゥの顔にも笑みを取り戻します。

 かつてフゥが恐れていた『希望』。さらなる『絶望』を背負うための足かせにしかならなかった『希望』。人が生きていくために必要なもの――愛海さんに教えてもらったそれをフゥに無意識に分け与えていることを、ナツは意識すらしていないでしょう。


「ほら、フカちゃんも早く来いよ!」


 ナツが振り返りながらわたくしを呼んできます。返事の代わりにウィンクをしておきましょう。……嫌そうな顔をされた理由がまったくわかりませんが。

 さぁ、リビングへ参りましょうか。そして、約束を交わすことにしましょう。

 『応える者』と『俯瞰ふかんの眼』の、――いえ、違いますね。『親友』としての約束を、今こそ交わすことにしましょう。




  ◇



「さぁ、もういつゲートが開いてもおかしくない時間だぞ。みんな忘れ物はないな?」


 パパさんの言葉に頷く日高家の皆さん。衣服や履物などはこちらの時代で調達したものなので、荷物はほとんどお土産ばかりです。パパさんは何やら怪しげな人形、ママさんは押し花つきのハガキ、サヤは何冊かの本、ナツとミオさんは何も持っていませんでした。


「ナツはお土産ないの?」

「ハッキリ言って、お土産なんて今の今まですっかり忘れてた!」

「せっかくの過去旅行だってのにもったいないわね」

「ミオ姉ぇだって何も持ってねぇじゃねぇか」

「あたしは――ほら、コレ」


 そう言ってミオさんが懐から取り出したのは、デジタルカメラでした。なるほど、この時代で写した写真がお土産と言うわけですね。


「そうそう。ついこないだも最高の写真が撮れたばっかだしね」

「どれどれ? ――げっ! こ、これは……! いつの間にこんなの撮ってたんだよ!」

「どんな写真? わたしにも見せて」

「だ、ダメだサヤ! 見ちゃダメだ! ってか見るな! 見ないでください!」


 ほほう、あの時の写真ですか。よく撮れてますね。


「だぁーッ! 何でフカちゃんに見せてんだよミオ姉ぇ!」

「だってこのカメラについてる画面じゃ小さくてみんなに見せられないし。フカちゃんに大きく投影してもらおうかと思って」


 ――『投影』開始。タイトル、『お前のチューは何味だ』。


「うわぁあぁ! やめろ〜〜!」


 もちろんやめるわけなどなく、皆によく見えるように最大出力でミオさんの写真を空中に投影。めっさ大画面で映し出されたその画像にはあの時の一場面、――ナツがフゥにキスした時の場面が映し出されるのでした。

 もちろん『記録されぬ者』であるフゥの姿は写真には収められていません。映っているのはナツだけです。ということは皆さん、おわかりですね? ミオさんが写した写真に映っていたのは、ナツが一人で空中に向かってキスしている場面なんです。うわ、これは恥ずかしい。


「あらあら。な〜に、これ? エアキス?」

「ナツはキスする時こんな顔になるんだな。……ふっ」

「うわぁ、母さん見るな〜! 父さんも鼻で笑うな〜!」

「…………」

「うおぉ! サヤ、笑ってくれ! そんな真顔でジッと見るくらいならいっそ笑い飛ばしてくれ!」

「ね、最高でしょ。フゥちゃんが映ってないところがミソよね。ナツの恥ずかしい瞬間が余計に際立ってるわ。ナツをイジるのに十年は使えるわね」

「ぐうおぉぉおお! ミオ姉ぇ、もういいだろ、この画像引っ込めろよ! フゥもなんとか言ってくれよぉ!」

『……ナツ、ナゼコノトキ、コンナコトヲ、シタノ?』

「――え?」


 フゥの突然の質問に、ナツをイジメて盛り上がっていた場が静まり返ります。そういえばそうだ、と皆もざわざわしだします。かくいうわたくしも、女の子の扱いなど知るはずもないナツがあんな時にキスなんて大技を繰り出すなんて予想すらしていませんでした。

 ナツ、なぜなのですか? なぜあの時、フゥにキスしたんですか?


「だ、だって……」

『だって?』


 ナツの言葉を復唱して詰め寄る日高家面々。黙って言葉の続きを待つフゥ。そんな中、ナツはついにあの時のキスの真相を口にしました。


「……だって、女の子の目を覚ますにはキスが一番なんだろ?」


 その瞬間、静寂が日高家を包みました。

 ナツの言葉の意味が全て理解できたのは、あの時ナツと一緒に愛海さんの話を聞いていたわたくしだけでしょう。確かに、あの時フゥは取り乱していました。錯乱していたと言ってもいいでしょう。叫び狂うフゥの気を落ち着かせるために――フゥの目を覚ますために、ナツはキスしたのです。

 その気持ちいい程のバカバカしさに、あまりにもナツらしいその解釈に、静寂は破られました。――わたくしの爆笑によって。

 ……げひゃ、げひゃひゃひゃひゃひゃ! そうだったのですね、そういうことだったのですねナツ! げひゃひゃひゃひゃ!


「な、なんで笑うんだよ! ってか、気持ちわりッ! なんだその笑い方、すっげぇ気持ちわりッ!」


 どこが気持ち悪いんですか! まったくあなたと言う人は、こんな時にまで初めて会った時と同じ台詞を言うんですから、……あぎゃ、げひゃひゃひゃひゃ!


『フカンノメガ、ワラッテル……!』

「う〜ん、フカちゃんが笑ってるとこ初めて見るけど、こんな気持ち悪い笑い方だったのね……」


 あぎゃぎゃぎゃ、げひゃひゃ、げひゃ、げひゃひゃひゃ――!

 ……ふぅ、ようやく落ち着きました。ナツ、あなたは本当にバカですねぇ。……バカですねぇ。


「うっせぇ! 二度も言うな! そんでしみじみと言うな!」


 おかげでようやく覚悟が決まりましたよ。決心したにも関わらずまごついていた気持ちが、ようやく腹を固めることができました。


「……? なんのことだ、フカちゃん?」


 あなたはバカです。とんでもないバカです。救いようのないバカです。……しかし、そこがあなたの最大の長所であり、最大の魅力なのです。わたくしもあなたのように、とんでもないバカをしてみたくなった、ただそれだけのことです。


「……フカちゃん、もしかして、何かしようとしてんのか?」


 ナツがそう問いかけた瞬間でした。

 先ほどまでわたくしが『投影』していたその空間に、縦に流れる一筋の光が走りました。縦長の光は左右に向かって伸び、一つの光の面を作り出します。

 午前0時。ナツたちを未来へと還す『到着ゲート』が、ついに開かれたのです。

 

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