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第四十話 : 時を越えた別れと約束

 

「――はい、じゃあ今日の授業はここまで」


 担任のその言葉と同時に、生徒たちから「はぁ〜」という息がもれます。あ〜、今日もやっと全部授業終わった〜、さぁこれから何しようかな〜ってな感じのゆるい顔です。そんなゆるい顔の生徒たちに、ミオさんの代わりに担任に繰り上がったばかりの元・副担任A(ミオさん命名)の一言が響きます。


「さて、今日はみんなにお知らせしなきゃいけないことがあるんだ。――え〜、日高ナツくん。前へ来てくれるかな」


 その言葉で、クラス中の視線がナツへと向けられます。なんだか照れくさそうな顔を浮かべながら、教卓へと歩くナツの横で「おいナツ、ついにシャレにならないことでもやったのかお前」とか「まさかこないだの食中毒事件、お前が犯人か?」とか「少年刑務所って差し入れ大丈夫だっけ?」とか、なんだか物騒な会話でざわざわしています。褒められることで呼ばれるなんて誰一人考えてちゃいないんですね。

 そんなヤナ感じのざわめきの中、ついに教卓の前にたどり着くナツ。ゴクッと固唾を飲んで見守るクラスメイトたち。副担任Aが口を開くのがなぜかスローモーションなのは、彼なりの演出です。余計なこといいから。


「え〜、日高くんにこうして前に出て来てもらったわけなんですが。……実は日高くん、今日をもちましてみんなとはお別れになります」


 その瞬間、クラス中が悲しみの叫びに包まれました。悲しみのワケは……まぁ、言わずもがなですね。


「さぁ日高くん。みんなにあいさつを」

「はい。え〜と、なんて言えばいいか……、その……」

「いいんだ、ナツ! 何も言うな! お前があっち(刑務所)に行っちまっても、俺らずっと友達だからな!」

「ス、スケ……! そうだよな! あっち(未来)へ行っても、俺ら友達だよな!」

「当たり前だろ! ……ぐすっ、寂しくなるけど手紙とか書くからな」

「いや、手紙はムリだろ。届かねぇし」

「手紙もダメなのか! くそ、なんて厳しいトコ(刑務所)なんだ!」

「ナツくん! あっち(刑務所)に行っても、私たち『ナツくん観測隊』のこと、忘れないでね!」

「おお、わかった! ……てか、なんだ『観測隊』って? 初めて聞いたんだけど」


 ――ガタン、バタ。


「ああ、隊長が倒れた!」

「ナツくん、言いすぎよ! ……でも、隊長がどこか幸せそうな顔なのはなんで? そして私も、ナツくんにひどい言葉を言って欲しいと思うのはなんで? なんでなの〜〜!」

「なんだ? 『観測隊』ってのは変態集団のことなのか?」


 ――バタバタバタバタ。


「ああ、何人か女子が倒れた! しかも皆、鼻血を出して微笑んだまま倒れてる!」

「なんて破壊力なんだ! おそるべし、ナツ!」

「お、俺のせいか? これ、俺のせいなのか!?」

「うお〜! ナヅ〜、元気でな〜! うお〜〜ん!」


 思わぬ展開にたじろぐナツ。至福の表情で倒れていく観測隊。そんな観測隊の看病に回る女子たち。ナツとの別れに号泣する健介くん。騒ぎに便乗してとにかく騒ぐ男子たち。やかましいことこの上なしです。


「……卯月先生。私にはこの子らの統率は、ムリです……」


 転校のあいさつをさせようとしただけでこの騒ぎ。そんな生徒たちを見つめながら涙と途方に暮れる元・副担任Aなのでした。




  ◇




 フゥの『絶望の唄』の騒ぎから三日が経っていました。

 吐き気。気絶。幻覚。幻聴。そんな現象が学園中の生徒や教員に同時多発したのです。問題にならないわけがありません。一時、学園閉鎖の話まで持ち上がったこの騒ぎを鎮めたのは、意外にもミオさんでした。フゥの唄を聴いた人間、つまりフゥの存在を認める人間が多くなれば、それはフゥを別の時代へと飛ばすきっかけになってしまいます。


 ――せめてこの時代にいられる間だけはフゥと一緒にいたい。


 そんなナツの切なる願いに応えて、一肌脱いだミオさんなのでした。

 さて、その解決方法とは――、


「――食中毒事件。あんなでっち上げ、よくみんな信じたよね」


 学園からの帰りの道中、サヤがポツリと呟きます。独り言のようなその呟きは隣を歩くミオさんにしか聴こえず、前を歩く三人――ナツ、愛海さん、紀子ちゃんには聴こえてはいません。


「まぁ、あたしの手腕を持ってすれば、そのくらいの情報操作は朝メシ前よ。これぞ、母の力ってね」

「誤った情報を意図的に流すような母親、わたしならヤだけど」

「そう? ……でも、全部が全部デタラメの情報ってわけでもないんだけどね」


 思わせぶりな表情でそう語るミオさん。あの『食中毒事件』の中にいくつかは真実が含まれてると、そう言いたいのですか?


「実はね、あの時はとっさに『食中毒を原因にしちゃえ!』なんて思いついたんだけど、後で調べてみたら、実際にこの時代のこの学園で食中毒事件が発生したって言う記録がちゃんと残されてたのよね」

「……それって、どういうこと?」

「つまり、あたしたちは知らないうちに歴史の筋道通りに動いてたってこと。――『動かされてた』のかもしれないけど」

「あの人、……フゥを助けるためにミオ姉ぇがそんな情報を流すことが、もうすでに決まってたことだった。……そういうこと?」

「かもしれないし、ただの偶然かもしれない。まぁどっちにしてもあたしたちまで『フライングマン』になる心配はないってことよね。結果的には『歴史改変』の禁忌は何一つ破ってないわけだし」

「…………」


 あっさりしているミオさんとは対照的に納得いかない表情のサヤ。もしその仮説が正しいのなら、あの日の早朝にサヤがフゥに会いに行ったことすら予定調和の一つだったと言うことになってしまうのです。

 ――自分の意思ではなく、誰かの意思に動かされている。そんなこと、サヤでなくてもいい気分にはならないでしょう。……わたくしも含めて、ですが。

 そんな複雑な心境のわたくしたちをよそに、前を歩く三人の陽気な声が聴こえてきます。


「あはは、ナツくんも罪作りだね〜。たったの一言で何人もの女の子を気絶させちゃったわけだ?」

「ナツ先輩、女泣かせ〜」

「なんでだよ? 後で聞いたらその『観測隊』って結構有名な変態集団だったって聞いたぞ? 俺、全然悪くないじゃん」

「ナツくん。男は、自分の行動に言い訳しない。……そうでしょ?」

「ぐっ……! そ、そうだよ。俺は女泣かせの作り笑いだよ!」

「あはは。『罪作り』だから」

「そう、『ツミツクリ』! ……ところで愛海、『ツミツクリ』ってどんな意味なんだ?」


 相変わらずおバカなナツなのでした。

 罪作りの意味をわかりやすくかつ冗談を交えながら教える愛海さんと真剣に話を聞くナツの姿を、サヤはまだ複雑そうな顔をしながら見ていました。


「……愛海先輩とお兄ちゃん、いつの間に仲良くなったんだろ?」

「サヤの知らないところでナツにもいろいろあるってことよ。男はいい女に出会って成長していく生き物だからね。そして女は誰かを好きになることで成長していく。たとえそれが身内でもね」

「……なんでそんなニヤけた顔でこっち見るかな」

「べっつに〜♪」


 意味深な笑みを浮かべたまま、ミオさんがひょこひょこと前の三人に近寄っていきます。そのひょこひょこ具合がいかにも遊ばれてる気がして、サヤの額には怒りマークがポコンと浮かぶのでした。

 そんなひょこひょこ歩きで三人に近寄りながら、ナツの頭をヘッドロックしながらミオさんが楽しそうに叫びます。


「さぁナツ、うちに帰ったら『引越し』の準備よ。気合いれなさいよ〜!」

「いってぇ! ミオ姉ぇ、なんでヘッドロック!? あいててて!」

「いいじゃないヘッドロックくらい。うちに帰ったらい・と・し・のフゥちゃんが待ってるんだから〜♪」

「ぐッ! ミ、ミオ姉ぇ……」

「フゥちゃん? フゥちゃんってまさか前にサヤちゃんが言ってた、ナツくんが想いをよせてるっていう娘?」

「家で待ってるってことは、もうすでに家族公認の仲なんですかぁ〜? うわぁ、ナツ先輩、やりましたね〜」

「ちょ、ちょっと待て! なんだよその『すでにある程度の事情は知ってます』ってな感じ! なんで紀子も愛海もフゥのこと知ってんだよ!?」

「最近よくサヤちゃんからいろいろとグチを――じゃなくて、事情とか聞いてるしね。……すでにキスしたこととかも知ってたりして」

「うおぉぉお〜〜〜! サヤ、何しゃべってんだよお前ッ!」

「うるさい黙れだったら人の目の前で赤面しながらキスなんかするなバカ」


 一瞬で凍りついたナツの横を何事もなかったような無表情のまま通りすぎるサヤ。その額には怒りマークがポコポコ浮かんでいるのでした。




  ◇




「じゃあね、サヤちゃん。明日見送りに行くからね」

「……はい」


 日高家の玄関前、サヤは愛海さんと紀子ちゃんと最後のお別れをしています。二人からすれば明日の見送りの時がお別れの時なのですが、実際には違いました。

 今夜、日付が変わるその瞬間、日高家を未来へ還すための『到着ゲート』が開くのです。

 もちろん二人はそのことを知りません。今この時が、数百年の時を隔てた永久の別れであることなど、知りえるはずがないのです。


「……紀ちゃん。友達になってくれて、ホントにありがとう。愛海先輩、優しいお姉ちゃんができたみたいで、嬉しかった……」


 去っていく二人の背中に向けて、けれど聴こえないようにポツリとサヤが呟きます。そんなサヤの頭にポンと優しく手を添えるナツ。二人とも何も言わず、去っていく紀子ちゃんと愛海さんの背中をただただ見つめるのでした。

 ……兄妹、って感じですね。フカちゃん、ちょっぴり涙々の光景です。


『――ミンナ、オカエリ』

「フ、フゥ! ただいま〜!」


 扉の奥から聴こえたその声に、涙々の光景は一瞬にして終了です。

 サヤの頭に添えていた手をムギュッと押し付けながら、声の主、フゥの元へと一目散に家の中へ駆けていくナツ。その後についてゆっくりと家の中へ入っていくサヤ。……頭から湯気のようなものが出ているように見えるのは気のせいでしょうか? その煙を払いながら、ミオさんは笑いをこらえながら家の中へと入っていくのでした。


 日付が変わるまで――ゲートが開くまで、あと六時間。


 わたくしに与えられた任、日高家の監視ももうすぐ終わろうとしています。フライングマンであるフゥの記録はわたくしの記録(ログ)からは消されてしまうでしょう。ナツの記憶からもフゥのことは一旦は消えてしまうのでしょう。それでもきっと、ナツはフゥのことを思い出し、その人生をかけてフライングマンの呪縛を解く方法を探し出すことでしょう。

 しかし、……しかし。

 例えフゥのことを思い出せたとしても。例えその方法が見つけ出せたとしても。


 ――二人が再び出会える確率は、ほぼ『ゼロ』と言っていいでしょう。


 ナツもフゥも、そのことに気付いてはいません。気付いているのはわたくしだけです。そして、二人が再会できる方法を実行できるのも、……おそらくわたくしだけです。

 ナツは答えを出しました。しかしそれだけでは足りないのです。フゥを救うためにはもう一つ答えが必要なのです。『俯瞰(ふかん)の眼』である、わたくしの答えが。

 かつてのわたくしの同胞がフゥと交わした約束――『応える者を連れていく』。長い時を有しましたが、その約束は果たされました。……次は、わたくしの番です。新しい約束を、わたくしは交わさなければなりません。

 しかし、……しかし。

 家の中からナツの笑い声が聴こえます。希望の未来を信じてやまない、とても晴れやかな笑い声。

 ……ナツ、どうか勇気をください。覚悟の決まらない臆病なわたくしに、どうか一欠けらでもいい。あなたの、勇気を――

  

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