第四話 : 幽霊騒ぎ
ナツが気を失っていたのと同時刻のこと。
ナツたちの通う学園では、ミオに頭を『火事の焼け跡』呼ばわりされたハゲの人、教頭が職員室の戸締りをしているところだった。
「さて、後は用務員に任せて帰るとするか」
今日も一日終わった終わった、後はうちに帰ってビールでも飲みながらプロ野球でも観戦しようかな。そんなことを思い浮かべながら、教頭は愛車のセダンの停めてある駐車場へと向かった。最近ようやく買い換えたばかりの自慢の愛車セダン。夕暮れで薄暗くなり始めた景色にもずっしりとした存在感をあらわにするその重厚さ。ああ、セダン 十年ローンの マイ・セダン。(教頭、心の短歌)
そんなマイ・セダンに乗り込み、教頭が帰路に着こうとエンジンをふかした、まさにその時。
――わた――――ライ――
――キィッ。
動き始めたセダンが急ブレーキをかけた。
なんだ今の声は? 女の子の声? まだ生徒が残っているのか? そう思って教頭は窓から辺りを見回したが、誰の姿も見えない。
「……気のせいか?」
再びアクセルを踏み込む教頭。動き始めたセダンのエンジン音が車内に響くのよりも先に、それは教頭の耳に飛びこんできた。
――どうか笑ってくれないか どうか応えてくれないか――
今度ははっきりと、女の子の歌声が聴こえた。
教頭はバッと背後を振り返る。しかし、そこにはやっぱり誰もいない。冷や水を浴びせかけられたように、一瞬で身体がすくみあがる。
「……なんだ? なんなんだ、この声は?」
駐車場の奥、学園の裏手にある雑木林。その物悲しい歌声はそこから聴こえてくるようだった。
その歌声の出所に、その林の奥に、教頭の視線は釘付けになっていた。――アクセルを踏みこんだままなのも忘れて。
◇
「あ〜、今日もいい天気だなぁ! 背中がちょいイテェけど、いい天気だぁ!」
窓を開いて開口一番、ナツは今朝も元気です。
背伸びしながら昨日ミオさんに蹴られた背中をゆっくりさするナツ。ミオさん曰く『背骨に当たるとやばいから正中線から少しズラして蹴ったから大丈夫♪』らしいのですが、それでも痛いものは痛いです。なんてったってとがったパンプスで思い切り蹴られたのです。そりゃ刺さります。サヤ曰く『こんな色した肌、初めて見た』というくらいやばい色になっているのですが、ナツはケロッとしているのでした。丈夫だね。
「父さんも母さんもおはよ〜! 今朝もいい天気だ、やっほぅ!」
「おはよう。ナツは朝から元気ね」
「おはようナツ。もう朝食できてるぞ。さぁ食え食え」
食卓ではすでにナツの両親が朝食の準備をしていました。ナツのうちでは両親が一緒に朝食の準備をします。なかなかに仲のよろしいオシドリ夫婦なのでした。
「うん」と言いながらバックするナツ。充分に助走距離を取って、イスに向かってダッシュです。
「とうっ!」
背もたれを飛び越してドタンバタンとやかましくイスに着席するナツ。
そのまま何事もなく朝食を取るナツと、全然その行動の意味に触れない両親。ナツはいつもこうやって着席するので、家族間では今さら触れるまでもないことのようです。すごい家族だ。
「あれ? サヤはまだ寝てんの?」
「サヤはもう学校行ったわよ」
「えっ? なんで? まだ七時になったばっかりじゃん」
「昨日の食パンが相当イヤだったみたいね」
妹のサヤがいないことに今さらながら気がつくナツ。いつもはドタンバタンと着席したあとに決まって低血圧のサヤが『うるさい。バカ。生まれてこなければよかったのに』と、朝に似つかわしくない、いつも以上にダークな罵声をあびせかけるのですが、それがないことに少し物足りない表情の、ちゃくちゃくとMの世界の住人になりつつあるナツなのでした。
「ちぇっ、今朝は葉っぱをくわえながら登校する予定だったのに。つまんねーなー、サヤの奴。しょうがない、ミオ姉ぇと二人でやるか」
「ミオちゃんももう学校行ったわよ」
「えっ、ミオ姉ぇも? なんで?」
「学校から呼び出しがあってね、職員は朝から緊急会議なんだって」
「緊急会議……?」
みそ汁をすすりながら眉をしかめるナツ。緊急会議という言葉になにかを感じ取ったのでしょうか。その顔はまるで今から難事件を解かんとする名探偵さながらの表情でした。一体ナツは今、何を思っているのでしょうか?
「……ミオ姉ぇ、ちゃんと職員として認められてたんだな」
そっちかよ。
◇
結局一人きりで葉っぱをくわえながら登校するナツ。今朝は昨日とは違って登校時間にも余裕があるのですが、それにしてもゆったりゆったりと、かなりのスローペースで歩くナツ。なんで彼はこんなスローリーな大股歩きをしているのでしょうか?
「葉っぱをくわえるなら歩き方はこうでなきゃダメなんだよ。『オウコウカッポな一匹狼』ってやつだな。……ところでフカちゃん、『オウコウカッポ』ってどういう意味だ?」
ナツはけっこう横行闊歩な生き様してますよ。猪突猛進とも言えますが。
「そっかそっか! オレってばオウコウカッポな男なんだな、わはは」
今度は何の漫画の影響を受けたのか、長〜い葉っぱをくわえ上機嫌なナツはオウコウカッポにゆったりゆったり歩くのでした。
そんなカッポなナツがようやく教室にカッポリたどり着いた頃、教室の中はやけにざわめき立っていました。何やらクラスメイトがあれやこれやと騒いでいます。
この光景を見て好奇心の塊のナツが黙っているわけがありません。すぐにその騒ぎの中心地へジャンピング&着地。毎朝のイスの背もたれ越えジャンプがまさかこんなところで役に立っているとは。
「なになになになに!? なんかあったのなんかあったの!?」
「うおぅ! いきなり飛んでくんなよ、ナツ!」
「スケ、おはよ! んで、なんかあったの?」
「だから俺の名前は……って、もういいや。なんかな、教頭が昨日校舎内で事故ったんだってよ」
「なに〜!? それはアレか、今流行りの四文字熟語で言うところの飲酒運転ってやつか!」
「四文字熟語って流行ってんの? 飲酒はしてなかったみたいなんだけど、その件で少し変な噂が立ってんだよ」
「さすがスケ、重要な部分を最後の最後までもったいつけやがって〜、このスケベ!」
「スケベは余計だから。でな、その噂ってのが……」
「う、噂ってのが……?」
「…………」
「…………」
必要以上に目をキラキラさせるナツと、必要以上に間をためる健介くん。み○もん○ばりの間のため方です。そういえばあの人もエロ顔で……ごほん、げほん。
「あ〜、もう! とっとと教えろよ!」
「……ファイナルアンサー?」
「なんだそりゃ? 日本語で言えよ。意味わかんねぇ」
健介くんのボケも未来人のナツには通じません。というか、未来人以前に英語がわかってないナツなのでした。
「教頭が事故ったのは、幽霊が原因だって言う噂が立ってんだよ」
「…………」
「?? どうした、ナツ? あ、どうせ『くだらねぇ』って言いたいんだろ? でも他にも何人か幽霊の声を聴いたって人が――」
「幽霊っ!!?」
「――どぅわっ! いきなり大声出すな! そんで目キラキラしすぎだから!」
ナツの目がさらに激しくキラキラしました。少女マンガ顔負けのキラキラ具合です。きらりんレボリューションです。
そのままナツは教卓の上へジャンピング&着地(二回目)。クラスのみんなに向けて声高に宣言するのでした。
「幽霊、チョー会ってみてぇーー!」
騒がしかった教室は、ナツの大声で一気にシンと静まり返るのでした。
序盤の地の文はフカちゃんのナレーションではありませんのでご注意を。今回のようにフカちゃん視点ではない場面もこれから出てきます。