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第三十八話 : 応える者

 天気? 多分、晴れです。

 景色? 全然見えません。見えるわけがありません。

 場所? そうですね、多分、学園正門から中央広場の間のどこかです。

 ……光景が想像できない? 小説としてそれはどうなんだ、ですって? ――じゃああなたが代わって説明してくださいよ! わたくしのこの状況を!


「飛んでけーーッ!」


 ――ブォン!

 何かを投げた時ってそんな音しますか? 普通は『ブン』とか『ヒョイ』とかでしょう? 『ブォン』ってどんだけ風を切ってんだって音ですよ。半端ないです。

 そう、もともと半端ないスピードでナツはこの学園正門前まで爆走していたのです。車とかバンバン追い越すほどのスピードです。ありえないです、ありえないのです! そんな勢いのまま投げられたら、そりゃあーた、周りの光景なんか説明する余裕なんてないわけですよ!

 まぁ、そんなわけで。――フカちゃん、ただいま、光の速度を体感中!


「フカちゃん、そのままブチ当たれーーッ!」


 背後(それとも前方?)からナツのものらしき声がします。

 ブチ当たれって、何にですか? そもそも、なぜわたくしは投げられたんでしょうか? なぜわたくしは光になっているのでしょうか?

 ああ、そうでした、わたくしが投げられたのは、たしか――、


 バチィッ!!


 うひょおぉお〜〜〜〜〜!

 投げられた理由を思い出したその瞬間、わたくしの意識はきれいにトんでいました。

 ま、まさかナツ……、トんでけって、こういう、意味で……、

 …………。

 ……。

 …。


 ――――活動、一時停止。




  ◇




『うひょおぉお〜〜〜〜〜!』


 場の雰囲気を壊すような間抜けな叫びが少女の耳に響いた。

 再び開かれた少女の瞳に映ったものは、虚ろな目をしたまま立ち尽くすサヤと、宙を舞うスタンガンと、バッテン印が大きくその『眼』に描かれた『俯瞰ふかんの眼』の姿だった。

 カラン、と音を立てて地に落ちるスタンガン。

 ゴツン、と音を立てて頭(?)から落ちる『俯瞰ふかんの眼』。

 そして――、


「うおーーッ!」


 雄叫びをあげながら猛スピードで駆けてくる少年。

 その少年こそが少女が待ち望んでいた者――『応える者』だった。




  ◇



 ――――再起動、開始。


 ……む。あれ? 一体、何が起こったんでしょうか?

 え〜っと、たしかわたくし、ナツにブン投げられて、どっちが上か下かも何もわからなくなって……、そしたら急にバチッときて……。

 ――ああ! 思い出しました! ナツ、なんてことしてくれるんですか!? いくらサヤのスタンガンを弾き飛ばすためとは言え、あんまりですよ! 人権侵害です!


「で? なんでこんなことになってんだ?」


 『人権侵害って、フカちゃん人間じゃないじゃん』とかそんなツッコミを期待していたわたくしのことなど思い切りスルーして、ナツはフゥにそう尋ねました。

 虚ろな目をしたままフラフラしているサヤの肩を支えながら、フゥをまっすぐ見つめるナツ。問いかけられたフゥは儚げな笑顔を浮かべたまま、ナツの質問に答えます。


『ネガイヲ、カナエルタメ』


 その言葉を聞いて、サヤが反応します。

 口をパクパクさせながら、サヤがナツに何かを言おうとします。しかし、言葉はナツの耳に届く前に掻き消えてしまいます。ナツの視線は相変わらずフゥに向いたままで、何かを言おうとするサヤの様子には気付きません。


「……フゥの願い、か」


 ナツのその言葉に、悲しむような表情を浮かべて、フゥは一瞬言葉を止め、そして続けます。


『……ワタシハ、モウ、『フゥ』ジャナイ』

「はぁ? 何言ってんだ?」

『モウワタシハ、『ヒト』ジャナイ。ソンナワタシニ、ナマエナド、アッテイイハズガナイ』


 目を伏せながら、まるで懺悔するかのように、フゥはそんなことを言いました。

 フゥが今この場にいること。サヤがスタンガンを持っていたこと。フゥの懺悔。それらの情報から導き出せる答えは、いくつもありませんでした。


「…………」


 ナツに支えられながら、サヤは射抜くような視線をフゥに送り続けます。フゥのしたことがどんなことなのか、どんな事態を引き起こしたのか、ほんの少し涙を浮かべたその視線が物語っていました。


『ナツ。ドウカ、ワタシノネガイニ、コタエテホシイ。アナタヲ、ドレホドキズツケタノカ、ワタシニハ、マダ、ワカラナイ。――ソレデモ、コタエテホシイ』

「……まだ、そんなことを……」


 弱々しくも怒りを隠しきれない声。《言霊》を当てられたのが相当負担になっているのか、ナツに強くしがみつくサヤ。果たしてサヤのそれは、ナツを守ろうとしていたのかもしれません。

 顔を伏せたままのフゥ。それを睨みつけるサヤ。そんな緊張感に充ちた二人とは逆に、ナツはとても落ち着いていました。

 それはまるで、あの時のような佇まいで。あの時のような優しい目で。あの時のような微笑みを浮かべながら、ナツはあの時の言葉を口にしました。


「何も怖がることなんてない。何も悲しいことなんてないから」


 サヤとフゥ、どちらに向けて言った言葉なのか、わたくしにはわかりませんでした。

 二人がナツの顔を見ます。一人は、不思議そうに。一人は、悔しそうに。


『カナシイ、コトハ、ナイ? ……ウソダ』

「ウソじゃない」

『ナラバ、ナゼイッテクレナカッタ!』

「……何を?」

『アナタタチハ、モウスグイッテシマウ! ワタシヲヒトリノコシテ、カエッテシマウ!』

「――え?」

『……ドウシテ、ミナ、イッテシマウ? ドウシテ、ワタシダケガ、トリノコサレル? ドウシテ、ドウシテ……!』


 ――涙。

 一筋の涙がフゥの頬をつたい、地へこぼれ落ちます。地を濡らすはずのソレは音もなく宙にこぼれ、音もなく消えていきました。


『ソシテ、アナタモイッテシマウ! ワタシノネガイニ、コタエテクレルコトナク!』

「…………」

『イヤダ! モウ、ヒトリボッチハ、イヤダ! ソレナラバ、シヌホウガヨッポドイイ! ダカラ、ワタシハウタウ! ゼツボウヲフリマク、イマワシキウタヲ!』

「そ、んなこと、絶対にさせない……!」


 身体をふらつかせながら、声を震わせながら、涙を浮かべながら、サヤが叫びます。

 それぞれの叫びが響きます。それぞれの思いが交錯します。

 一人は『守る』ために。一人は『求める』ために。

 ――そしてもう一人は、『応える』ために。


「サヤ、一人で立てるか?」

「……うん。大丈夫」


 サヤを支える手をゆっくり解き、ナツは前を見据えます。

 そこにいるのは一人の少女。消え入る涙を流しながら悔しそうに顔を歪ませる、まっしろな少女。

 感情をむき出しにしながら、狂ったように取り乱しながら、フゥはさらに叫びます。


『ワタシノウタヲ、トメタイノナラ、ワタシヲコロセ! ワタシノネガイニ、コタエテ、――ナツ!』

「ああ、そのつもりだよ」


 ――ふいに。あまりにもあっさりと。ナツはその言葉を口にしました。

 一切の迷いのないその表情に、フゥは思わず言葉を呑んで、歓喜と困惑の表情を浮かべ、それ以外の言葉が見つからなかったかのように、呟きます。


『ホントウ、ニ?』

「ああ。俺は、フゥの願いを叶える。そのためにここに来たんだ」

『……ホントウニ? ホントウニ!?』

「ああ、俺はウソをつかない。それ、けっこう自慢だったりする」

「つかないんじゃなくて、つけない。バカ正直」

「……サヤ、うっせ」


 サヤの鋭い指摘に思わず口をとんがらせるナツ。日高兄妹のやり取りに、場の雰囲気が少し和みます。

 そんな二人を見つめながら、フゥが一歩近寄ります。

 フゥとナツ。互いに手の届く距離。フゥが例の唄を歌ったとしても、すぐに止められる距離。


『シンジテ、イイノ?』

「ああ」


 即答でした。

 フゥが瞳を閉じます。手を胸の前で組み、祈りを捧げるような格好をしながら、呟きます。


『ホウホウハ、アナタニマカセル。ドウセワタシハ、イタミヲカンジナイ』

「…………」

『サァ、シヲクレナイカ。コノトザサレタウンメイヲ、トキハナッテハクレナイカ』


 言葉と共に顔を上げるフゥ。それは空を見上げるためなどではなく、自らの命を差し出すためでした。

 顔を上げたことで覗く、あまりにも細く白い首。ナツの片手にも余るほどソレは弱々しくて、ナツが見とれるほどキレイでした。


 ――――静寂。


 風も時間も止まってしまったかのような、水を打ったような静けさ。フゥは手を組んだまま、無言でナツの『応え』を待っていました。

 ナツの手が動き出します。

 悩んで、苦しんで、それでも必死に考えて、そしてようやく見つけた答え。それを実行するために。


「俺は、……フゥの願いを、叶える」


 ゆっくりとフゥの元へ伸ばされる手。怯むことなく目的の箇所へ伸ばされる手。

 ――そしてその手は、『そこ』に添えられました。


『……エッ?』


 開かれたフゥの目に、ナツの顔が映ります。

 しっかりと両肩に添えられた手。

 互いの息を感じ取れるほどの距離。

 その距離が少しづつなくなって――、


 二人の唇は、ゆっくりと重なりました。


  

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