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第三十五話 : 絶望の唄

 愛海さんが公園を去って数十分。空の頂点にいた太陽もやや西に傾き始めてきた頃。

 噴水の周りを元気にキャッキャとはしゃぎまわる子供たち。

 「う〜ん」と唸りながら眉をひそめて悩むナツ。

 「う〜ん」と唸りながら眉をひそめて子供たちを睨んでいる怪しげな学生を見てヒソヒソとささやきあう主婦たち。……あ、携帯でどこかに電話かけてますね。あれ、通報? 通報ですか? ナツ、逮捕の危機ですか?


「う〜〜ん」


 ナツ、ナツ。場所を変えましょうか。このままこの場にいるのは少々やばそうですよ。


「う〜〜ん」


 あ、ダメですねこりゃ。聞いちゃいねぇ。

 腕を組んだままさらに考え込むナツ。悩みと比例してさらに目つきが鋭くなります。その目つきの鋭さに比例して主婦たちのヒソヒソ声もさらに大きくなっていきます。もうヒソヒソどころかザワザワしてます。

 そんな主婦たちのヤな感じの視線を一身に浴びながら、ナツはさらに唸ります。ウ〜ンウ〜ン唸りまくりです。もうなんかそのまま発車しそうなくらいに唸りまくりです。


「だぁーーッ! もうわっかんねーーッ!」


 あ、発車した。て言うか爆発した。

 叫びながらいきなり猛ダッシュのナツ。

 そんな猛ダッシュしてくるナツにビビリまくる主婦たち。

 相変わらずキャッキャしている子供たち。

 そんな光景を後に残し、公園をズバヒュンと走り去るナツなのでした。




  ◇




 『視点移動』――対象、日高ナツ。


 眼を開くと、そこは高速の世界でした。走っているナツ以外の景色が全然見えません。まったく、視点移動でやっと追いつけるって一体どんなスピードなんですか。速すぎですよナツ。バンバン車追い越してるし。


「うおーーッ!」


 雄叫びをあげながら街中を猛スピードで走り回るナツ。あまりにも速すぎて背後に土煙がモッコモコです。あれって本当に出るんですねぇ。

 そう言えば最近のナツは悩んでばかりで、こんな風に走り回る姿を見ることがありませんでしたね。

 たまったうっぷんとモヤモヤを晴らすかのように、猛烈な勢いで走り回るナツ。その顔にはとても久しぶりに見る眩しいほどの笑顔が嬉々として浮かんでいるのでした。

 でもナツ、そろそろスピードを緩めてはいかがですか? このままだとスピード違反で逮捕されますよ。またもや逮捕の危機ですよ。


「うおーーッ!!」


 うおー、じゃねーよ。人の話聞けよ。


「――はっ、ハハハハッ! ワハハハッ!」


 ……ナツ? なんで爆笑? なんで爆走しながら爆笑?

 も、もしや悩みすぎでおかしくなってしまったのでしょうか? あまりにも悩みが重すぎて壊れてしまったのでしょうか?

 ナツ〜! 戻ってきてください! いくら最近シリアス展開が続きすぎたからと言って主人公が壊れてしまっては物語がグダグダになってしまいますよ! ナツ、カムバ〜ック!


「ハハッ、別に壊れてなんかねぇよ! むしろ清々しいくらいにスッキリしてんだよ!」


 その言葉通り、ナツの顔には先ほどまでのしかめ顔はなくなっていました。まるで全ての悩みが吹き飛んだような清々しい表情です。

 もしやナツ、答えが出せたのですか? フゥの願いに対してどう行動すべきか、答えが見つかったと言うのですか?


「見つかったって言うか、気付いたんだ! こんな簡単でとっても肝心なこと、なんで気付かなかったかな、――でぇいッ!」


 その瞬間、わたくしの視界からナツは姿を消してしまいました。

 消失の正体は、すさまじい勢いの猛スピードを一瞬で殺すほどの急ブレーキ。

 もちろんわたくしにはそんなブレーキングテクなどなく、数十メートル先まで空中をごろごろ。……ごろごろ。

 そんなわたくしの無様な姿をニヤニヤしながら見つめているナツ。憎たらしい顔をしながらこちらに向かって歩いてきます。うわ、なんかムカつく。その余裕な態度がめっさムカつく!


「ハハッ、な〜に転がってんだよフカちゃん。大丈夫か?」


 余計なお世話ですよ! ナツこそどんな足腰してんですか! あんなスピードで走っといて一瞬で止まれるなんて信じられないですよ! 急発進、急ブレーキは事故の元ですよ!


「そう、つまりそういうことなんだよフカちゃん」


 ?? ……そういうこと、とは?


「走り出したらどこまでも突っ走るくせに、いざ止まった時にはどこにも行けなくなっちまう。これって、どっかの誰かの性格とよく似てんだろ?」


 ……確かに、似てますね。どこかの誰かさんに。


「急発進、急ブレーキは事故の元って言ったよな。……そう、事故っちゃったんだよ俺。フゥの望みを聞いてから、あの時からずっと止まったままだった。そんでどこにも進めなくなっちまったんだ。……そんな状態で答えなんか出るわけないんだよな」


 どこに向かって走り出していいのかわからない鉄砲玉と言うところですね。確かに、ナツはジッと考え込むよりも、とにかく身体を動かしてる方が性に合ってる気がします。

 あ、もしかして先ほど突然走り出したのも、どこにでもいいからとにかく走り出してみたとそう言うことですか?


「そうそう、なんでこんな簡単なことに気付かなかったかな俺。――んで、答えは出たよ」


 ――ふいに。あまりにもあっさりと。ナツは待望のその言葉を言い放ってしまうのでした。

 少年らしい清々しい目つきのナツ。その目には一点の迷いも曇りもありません。その言葉がウソではないことを、その目が物語っています。

 ……それで、ナツの出した答えとは……?


「ああ。――俺は、フゥの願いを叶える!」


 …………ッ。

 その言葉に、失意の念を少しも抱かなかったと言えてしまうほど、わたくしの願いは浅はかなものではなかったつもりです。

 フゥの願いを叶えること。それはつまり――。

 そして、その決意を笑顔で言ってしまうナツに、わたくしは少しだけ失望してしまいました。

 しかし、その言葉にはまだ続きがありました。


「そしてもう一つ、俺の願いも叶える!」


 『ナツの願い? どういうことですか?』

 そう訊こうとした瞬間、ナツはまたもわたくしの視界から消えてしまいました。

 消失の正体は、残像をも作り出しかねない程の急発進。ふと遠くを見ると、土煙を出しながら猛スピードで走るナツの姿がはるか遠くに。ってか速すぎだろオイ。

 もちろんわたくしにはそんなスタートダッシュなんて備わってないわけで。

 いくら頑張っても追いつくことなんてできないわけで。

 またも視点移動に頼るしかないわけで。


 『視点移動』――対象、日高ナツ。


 ――だから速すぎだって言ってるでしょうがぁッ! 子供がまだ食べてる途中でしょうがぁッ!!


「うわッ! いきなり出てきて何キレてんだよフカちゃん! そんでもって言ってること意味わかんねぇし! なんだそのキャラ?」


 ちょっと北国方面のキャラになってしまうほどプンプンしているフカちゃんなのでした。

 それはそうと、どこに向かって走っているのですか? 猛スピードのナツに『視点』を合わせているため、周りの景色がいまいちわかりません。なんとなく建物の形はわかるのですが、すぐに背後に消えていってしまうため、今どこに居るのかまったく参考になりません。

 そんな尋常でないスピードを保ったまま、ナツはわたくしの問いに答えます。


「今向かってんのは学校だよ! さっき言ったろ、フゥの願いを叶えるって!」


 ええ、覚えてますよ。そして『自分の願いも叶える』と言っていたのも覚えてます。あの言葉は一体どういう意味なのですか?


「それに答える前に俺からもフカちゃんに質問! ――《言霊》のことについて、詳しく教えてくれ!」




  ◇




「なんだか今日のサヤちゃんは昨日よりもピリピリしてるよね〜。どうかしたの?」 


 学園の中央広場を見つめていたサヤの視線は、その言葉の主に向けられた。

 視線の先に映るのは親友の紀子の姿。気を張り詰め、緊張感をむき出しにしたまま窓から広場を睨みつけるサヤを心配して、紀子は普段と同じユルい口調を保ったままサヤに話しかける。


「な〜んでそんな怖い顔してるかなぁ? せっかく可愛い顔に生まれてきたんだからそんなブスッとした顔しちゃもったいないよ〜。ほらほらサヤちゃん、笑って笑って〜♪」

「…………プッ。紀ちゃん、その笑顔、反則」


 紀子の無邪気な笑顔。サヤの大好きな笑顔。その笑顔に、サヤは張り詰めていた気が解けたかのように微笑んだ。

 サヤが警戒していたもの。それは、ナツが登校してくることだった。

 今朝、サヤはわざとナツを起こさなかった。昨夜のナツの様子から、遅刻してまで学園に来ることはないだろうと考えたからだった。しかし、その予想に反してナツが登校してきた場合、何としてでもあの少女の元に向かうのは止めなければならない。サヤはそれを警戒していた。

 しかし、時刻は正午をまわり、ナツが登校してくる様子はない。紀子の笑顔だけでなく、その事実もサヤの警戒心を和らげる要因となっていた。


 ――まるでそのタイミングを計っていたかのように、白い少女は中央広場に現れた。


 学園の制服を着ているでもなく、髪や肌や服まで真っ白な少女。その異様な存在に、広場を横切る生徒の誰もが気付くことは出来なかった。唯一その存在に気付くことの出来るサヤは、紀子との会話で少女の出現に気付かない。

 少女は広場の中央に立ち、辺りを一瞥する。小等部、中等部、高等部の校舎の中心に位置する広場からは、どの校舎の様子をも窺うことが出来た。

 少女はゆっくり瞳を閉じる。心に浮かぶのは『風』を冠する名。そしてその名を授けてくれた一人の少年の姿。


『ワタシハ、ヒトヲステル。……アナタガクレタ、コノナマエモ、ステル』


 少女は再び瞳を開く。そこに居たのは『フゥ』と呼ばれた少女ではなく、ただの一人の『フライングマン』だった。

 フライングマンは息を吸う。ソレが辺りに響くように。ソレが深く染み渡るように。ソレが心に突き刺さるように。



 ――ああ 私はフライングマン――

 ――哀れで滑稽こっけいなフライングマン――

 ――どうか笑ってくれないか どうか聴いてはくれないか――

 ――孤独をまとったこの唄を 絶望にまみれたこの唄を――

 ――哀れな夢を見続ける者 叶わぬ願いを捨てきれぬ者――

 ――フライングマンの悲しき唄を どうか聴いてはくれないか――



 その瞬間、学園を包んだもの。――それは、一人の少女の深い絶望だった。

  

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