第三十四話 : 見えない半分の糸
「このブレスレットはね、私と慎吾を繋ぐ糸。……絆なんだ」
――サンサンと照りつける太陽。公園の中央にある噴水が陽の光を受けてキラキラと反射します。その光に目を奪われることなく、愛海さんは右手首のブレスレットを見つめたまま、そう呟きました。
「絆って『半分の糸』って書くでしょ? 目には見えない半分の糸が、私たちを繋いでるの」
「見えない、半分の、糸……」
「この絆を信じている限り、私たちはまた会える。それが私の望み。私が生きていくための希望なんだ」
幼なじみで想い人でもある慎吾くんが愛海さんのために作ったブレスレット。
果たしてそれには慎吾くんの想いがどれだけ詰まっているのでしょう。どれほどの想いを込めて、愛海さんはそれを身に付けているのでしょう。
二人にしかわからない想い。二人だけが共有する想い。絆と呼んで差し支えないほどの想いが、そのブレスレットには詰まっていました。
「もしあの時答えを出さずにいたなら、私はこの絆にも気付くことなくずっと苦しんでたのかもしれない。……いや、きっとそうなんだと思う」
「…………」
「だから、あなたにも答えを出してほしいの。自分がどうするべきなのかを、何をするべきなのかを見出してほしいの」
「……なぁ、一つ訊いていいか?」
「はい、どうぞ」
「なんで俺にその話をしてくれんだ? アンタにとって今の話は、自分の弱いところとか、思い出したくもない辛い思いとか、心の中だけに閉まっておきたいような大切なものとかがいっぱい詰まった話じゃないのかよ? それをどうして俺なんかに? なんで一回会っただけの俺に話してくれんだよ?」
「ふふ、なんでだろうね。きっと君のその顔のせいかもね」
「顔?」
ナツの顔を見つめたまま、愛海さんはニコッと微笑みます。まるで懐かしいものでも見るような、とても優しい目をしたまま微笑むのでした。
「……なんだよ、人の顔ジッと見て」
「ふふ、ごめんごめん。つい見入っちゃった」
「意味わかんねぇ。……そういえば、さっきの話でも意味わかんねぇとこがあったんだけど」
「うん? なに?」
「『キスをしたら目が覚める』ってアレ、どういう意味なんだ?」
「あれ? 眠り姫、知らない? 有名なおとぎ話なんだけど。簡単に言っちゃうと、男の子のキスで女の子の目が覚めるっていう話だよ」
「お、女ってそういうもんなのか?」
「ふふ、そうだよ〜。女の子の目を覚ます時には気をつけなよ。キスじゃないと女の子は機嫌悪くなるからね」
「そ、そうだったのか。だからサヤの奴、いつも朝は機嫌悪いんだな」
納得の表情のナツ。サヤが朝機嫌が悪いのは単に低血圧が原因なのですが、ナツは長年の謎が解けたようなスッキリした顔で思い切り誤解しているのでした。
ナツのその表情を見ながらくすくす笑う愛海さん。冗談を真剣に捉えるナツの様子を見て心底楽しそうです。
「さてと」
ナツの様子を充分に堪能し終えたのか、愛海さんが脇にあるカバンを取って立ち上がります。そのままトコトコと公園の出口へ向かって歩き始めました。
「お、おい、どこ行くんだよ?」
「学生がカバン持って行くトコと言えば学校でしょ。今からでも午後の授業には間に合うだろうしね」
「……優等生だな、アンタ」
「サボリはやっぱり性に合わないしね。不良するのはまた今度にしとくよ。ナツくんも今からでも学校行った方がいいよ〜、じゃあね!」
長い髪を揺らしながら、愛海さんの背中が遠ざかっていきます。
とてもまっすぐな、スラッとした整然な背中。その背中を支えているもの。愛海さんの強さを支えているものこそが、あのブレスレットなのでしょうね。
去っていくその背中をジッと見たまま、ナツは何かをぶつぶつと呟いていました。
「逃げずに答えを出す、か……。難しいこと言ってくれるよな、あいつ」
その難しいことを成し遂げたからこそ、愛海さんはあんなにも強いのでしょうね。その幼なじみは今もまだ目覚めていないというのに、あんなにも気丈にふるまえるのですから。
「フカちゃん。俺にもあるかな? フゥのためにできること。俺だけができること。……そんなもんがあんのかな?」
それはわたくしにもわかりませんよ。
しかし、愛海さんはその答えを見つけました。苦しんで、苦しみぬいて、その答えを見つけたのです。ナツにもきっと見つけることができると、わたくしはそう信じていますよ。
「…………」
黙り込むナツ。その視線は一点を見つめたまま微動だにしません。
見つめる先は空。流れる大きな入道雲が、夏の季節をほうふつとさせます。雲を運ぶ風の群れが空を駆け、地を這い、わたくしたちの元にまでやってきます。
――瞬間、わたくしの脳裏に浮かんだのはフゥの笑顔でした。
ナツから名をもらったあの時のフゥの嬉しそうな顔。『風』を冠する名を本当に気に入ったのか、何度も何度も呟いたその姿。
『あの笑顔を、守ってみせる』
一度口にしたその誓いを、ナツは覚えているでしょうか。今でもその誓いはナツの心に残っているのでしょうか。
もう一度あの時の決意を思い出してほしいと願うのは、わたくしのわがままなのかもしれません。それでも、そう願わずにはいられないのです。
なぜならわたくしは、ナツにもそしてフゥにも、不幸な結末など訪れてほしくないのです。
皆が共に笑って過ごせる日常を、そんな未来を願ってやまないのです。
『何も怖がることなんかない。何も悲しいことなんてないから』
あの時、叫び狂うフゥを止めたのはナツでした。
そのナツだからこそ、愛海さんと同じように答えを見つけ出せると、わたくしはそう信じたいのです。
「……俺だからできること、か……」
青々とした夏の空の下。一人の少女のことを想って、ナツは自分自身でしか出せない答えを探し始めるのでした。
◇
『ワタシガ、ナツヲ、キズツケタ……?』
青々とした夏の空の下。一人の少年のことを思って、フゥはその言葉を口にした。
『ワカラナイ。……ワカラナイ』
なぜ死を望むことが彼を傷つけるのか。なぜ彼女はあんなにも怒っていたのか。
フゥにはその理由がわからなかった。
あまりにも長い時を一人きりで過ごしたフゥには、誰かのために苦しむナツの思いを推し量ることなど出来なかった。
『もし、本当にわからないと言うのなら、……あなたはもう、人じゃない』
脳裏に浮かぶのはサヤの言葉。『人で在りたい』と言うフゥの願いを打ち砕いた言葉。フゥの心をえぐった言葉。
――彼女の言う通り、私はもう、人の心さえ失ってしまったのかもしれない。
姿も見えず、言葉も通じず、干渉もされず、心さえ失った者。それすら『人』と呼んでしまうには、あまりにも悲しすぎた。
真っ白な心に、どこからか一滴の闇がポツリと垂れ落ちる。
闇は全てを飲み込み、全てと同化し、全てを糧にして肥大化していく。
その侵食は残酷なまでに優しく、無慈悲なまでに暖かかった。
闇に染まったその心が、ある一つの答えを導き出すのは、当然のことだったのかもしれない。
『ナラバ、ナラバ。ワタシハ、……ヒトヲ、ステル』
そしてフゥは歩き出した。
自らの心が導き出した答えを実行するために。自らの望みを叶えるために。
白い少女はゆっくりと歩き出した。
平原の向こうへ。林の先へ。ナツたちの通う学園へ。――その身に背負う深い絶望を吐き出すために。
作者の鮎坂カズヤです。「風が奏でる癒し唄」をお読み頂き、めっさ光栄です。この場を利用して読者の皆様にお伺いしたいことがあります。
この話、第二部第三部と構想が湧いているのですが、それを一つの小説でまとめるか、続編として別の小説にするか、どちらが皆様にとって読みやすいのか、ぜひお伺いしたいんです!
一つの小説でまとめた場合、例えば50部分小説が『第二部/第五話:○○』とかそういう形になると思うんですけど、まとまっている分読みやすいとは思いますが文章量も多くなり、まだ読んでない方には手を出しにくい作品になるのでは、と少し不安を感じてます。
別の小説にする場合、続編の方から読んだ方にもわかるような内容にはもちろんするつもりですが、それでも時間経過が逆になったり、人物関係でわかりづらい面も出てきたりで内容がわかりづらくなってしまうのでは、とこっちも少々不安です。
そこで皆様に「読者目線」でお聞きします。どちらの方が読みやすいと思いますか? お答え頂けると本当に助かります。
物語もそろそろ終盤の時にこんな質問してどうもスイマセン。それでもお読み頂いた皆様、本当に感謝です! 鮎坂カズヤでした!