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第三話 : 声

 三時間目、体育。ナツの一番好きな教科です。なんてったって、広いグラウンドを好き勝手に走り回っていいのですから。


「うぉーー! 広い、広いぞ! おもっきり走れる! 広ぇ!」

「……だから、なんでお前そんなに元気なんだよ、ナツ」


 季節は夏。六月に入ったばかりの初夏だと言うのに、お日様が早合点しているのか、異常気象とやらのせいなのか、かなりの暑さです。健介くんに限らず、ナツ以外のクラスメイトの皆はぐったりしながらグラウンド周りを走っているのでした。


「うほー! おい、今の見たかスケ! 砂がひゅるひゅるってなったぞ、ひゅるひゅるって! アレがアレか! つむじ風ってやつか!」

「だから名前の下半分で呼ぶなっての。ったく、つむじ風ぐらいでそこまで感動するか?」


 皆さんもよくご覧になったことはあるでしょうが、ナツが見たのは校庭の隅で砂が舞い上がるつむじ風現象です。「何をこの程度で」とお思いでしょうが、ナツが興奮するのもしょうがないんです。

 だってナツは未来人ですから。もしこの光景を同じ未来人のサヤやミオさんが見たとしても、ナツほどの興奮はしないにしても凝視しながらドキドキくらいはするはずです。

 ナツたちのいる未来では、グラウンドのある学校の方が珍しいのです。多くの建物が密接し土地に余りがないため、体育の授業をする時は専用の室内で行うのです。体育館だってないのです。元気がムダに有り余ってるナツには室内なんか狭くて狭くてしょうがありません。オリの中に閉じ込められたライオンが常にウロウロしているように、狭い室内で常に三角跳びしまくる毎日でした。意外と楽しんでるじゃん。


 ――――


「ん? あれ? ……なぁスケ。今、何か聴こえなかったか?」

「あ? 何かって?」

「何て言うか、女の人の声みたいな」

「おいおい、何かの怪談話か? 俺にはみんなのバテてぜぃぜぃ言ってる声しか聴こえないけど」

「……そっか」


 チラリとこちらを見つめるナツ。わたくしが疑われてるんでしょうか?

 わたくし、よく考えてること声に出してるみたいですけど、さっきはちゃんとナレーションに徹してましたよ?


「いや、フカちゃんを疑ってるわけじゃなくて。フカちゃんは女の人の声、聴こえなかった?」


 わたくし、『俯瞰の目』だけあって視ることに関しては突出してますが聴くことに関しては人並でして。特には何も聴こえませんでしたが?


「う〜ん、気のせいなのかな」

「……ナツ、お前さっきから誰と話してんだ?」


 ナツに訝しげな視線を向ける健介くん。彼にはわたくしフカちゃんがまったく見えないので、ナツがお空とお話しているちょっとおかしな人に見えるのでした。


「うん、気のせい気のせい!」

「木の精? ……お前、とうとうヤバい薬に手を……」


 虚ろな目でナツを見つめる健介くん。でもやっぱりその目はアイドルのパンチラの瞬間を必死に追うカメラ小僧のようなエロい眼差しに見えてしまうのでした。不憫だね。




   ◇




 放課後、校門の前ではサヤと紀子ちゃんがナツを待っている姿がありました。普段はバカ兄貴とかなんとか言っておきながら、ちゃんと帰りを待ってるところがかわいらしいじゃありませんか。


「ナツ先輩まだかなぁ。もう中等部も授業終わってるはずなのにね〜」

「どうせ教室に居残ってバカやってるのよ。今頃モップを頭にかぶせて『モーツァルト!』とか言ってるんじゃない?」

「も〜、サヤちゃんたらそこまで言うことないじゃない。……あ、来た来た来た! ナツ先輩やっと来たよ〜! ……な、なに、あのナツ先輩の隣の人? チョー怪しいんだけど……」


 中等部校舎からやっと現れたナツの隣にいる、紀子ちゃん曰く怪しい人と言うのは、もちろん我らがエロ顔の健介くんです。気は優しくて頼りがいもあって誠実な人なのに、顔がエロいだけでかなりのマイナス。ああ健介くん、強く生きろよ。


「お兄ちゃん、遅い。どうせまたバカやってたんでしょ」

「ごめんごめん。教室でちょっとみんなとふざけててさ」

「ぷぷっ、思い出しただけでウケるよな、ナツのモーツァルト」

「……ホントにモーツァルトしてたんだ……」

「ん? サヤちゃんの友達?」


 健介くんに見つめられて身体を強張らせる紀子ちゃん。もちろんそれは『きゃっ、見つめられちゃった、どうしよう☆』とかの恋する女の子のそれなどではなく、ロングコートを着た怪しいおじさんに見つめられた時の『げっ、なんかこっち見てくるんですけど』のそれでした。


「そういえば二人は初対面だっけ。こっちはわたしの友達の紀子ちゃん。こっちはお兄ちゃんの友達の健介さん」


 サヤが二人を紹介します。紹介された紀子ちゃんは半分涙目になりながら目の前にいるコートオヤジ顔の視線から逃れようと必死です。

 一方、そんなことは露知らずの健介くんは『中等部の先輩の前だから緊張してるんだな、よし、緊張をほぐしてあげよう』と精一杯のさわやかスマイルをかますのですが、やっぱりそれは『今からこのコートを開くからね〜』的なヤバイ顔なのでした。


「わ、私、急に持病のしゃくが発症したから今から帰ります! ソッコーで、ソッコーで帰ります!」


 ついに耐え切れなくなった紀子ちゃんは走って逃げ出してしまいました。猛ダッシュです。阪神の赤星も真っ青のスタートダッシュです。


「……紀子ちゃんって持病持ちなんだね。まだ小学生なのに、かわいそうだなぁ」


 なんとなく紀子ちゃんが逃げ出した理由を察したナツとサヤをよそに、心優しい健介くんはかなり遠くまで逃げた紀子ちゃんの背中を心配そうに眺めているのでした。いやいや、君が一番かわいそうだから。




  ◇




 帰宅途中、健介くんとも別れて兄妹二人きりになったナツとサヤはお互いに今日あったことを話し合うのでした。こうしてみると、結構仲むつまじい兄妹なのでした。


「お兄ちゃん、今日は問題起こさなかったでしょうね? 『こっち』で何か問題起こしたらシャレにならない事態になっちゃうんだからちゃんと自粛してよね。監視役のフカちゃんは全然頼りになんないし」

「ちゃんとわかってるって。ところで『ジシュク』って何?」

「バカ」

「なっ! 実の兄をたった二文字で片付けるな!」

「うるさい」

「……はい」


 全然仲むつまじくなかったのでした。


「あ、ところでさ」

「うるさい」

「いや、まだ何も言ってないじゃん!」

「あ〜もう、何?」

「今日さ、三時間目の授業の最中にどこかから女の人の声が聴こえたんだけど、お前聴こえなかったか?」

「聴こえたよ」

「え、マジか!?」

「三時間目だよね? 国語の国崎先生が教卓でしゃべってた」

「あ〜、国崎先生ね。あの先生ってしゃべり方にクセがあるよな。語尾を延ばすんだよな、『はい、ここ覚えておいてね〜〜〜』――って、ちげぇよ!」

「十点。全然ダメ。キレがない。おもしろくない。死んじゃえ」

「うぅ……、サヤ、お前お兄ちゃんに何か恨みでもあんのかよ……」


 あまりのサヤの罵声にナツは精神的ショックを隠しきれずによろけるのでした。よよよ。


「それで? その女の人の声がどうかしたの?」


 壁によりかかって『の』の字を書きまくるナツの姿を見て少し満足気な顔をしたサヤ。ようやくナツの話を聞いてあげることにしたようです。ムチに続くムチの後に小さなアメ。末恐ろしい小学生です。今からこんなドSぶりを発揮してるようじゃ将来は一体どんな女性になってしまうのでしょうか? 少しどきどき。

 ナツはよりかかっていた壁に別れを告げ、ナツにしては珍しい真剣な表情でサヤに向かい合いました。


「なんでだか妙に気になるんだよな。はっきりと聴こえたわけじゃないんだけど……、何て言うかさ、すごい哀しい声だったような気がするんだ」

「…………」


 真顔のナツをじっと見つめるサヤ。今のナツはいつものおちゃらけたナツではありませんでした。とても真剣で、何かを思いつめているような、そんな表情でした。


「あの時は単なる気のせいかとも思ったんだけど、後からどうにも気になってさ」

「そうなんだ」

「でもフカちゃんにもスケにも聴こえなかったみたいだし、やっぱりオレの気のせい―――ごぱぁ!」


 『ごぱぁ』? 『ごぱぁ』とは一体?

 あんな真剣な表情のナツが語った言葉です。きっと何か深い意味が。


「『ごぱぁ』だって! あっはっは、いい、サイコー! 相変わらずサイコーのリアクションよね、ナツ〜!」


 さっきまでナツのいた場所にはいつの間にか片足を挙げたままのミオさんが立っていました。肝心のナツはサヤとミオさんより2、3メートル先で地面につんのめった面白い格好に。その背中には、きれいにミオさんのパンプスの跡が。


「ミ、ミオ姉ぇ……、パンプスで、蹴りはやめて……、ささる、から……ガクッ」

「あはははっ! ガクッて言って倒れた〜! ありえな〜い♪」


 ――いや、あんたがありえないから。


 そんなことを心の中で思いながら、妹には精神的に、従姉には肉体的に傷つけられたナツは静かに気を失うのでした。



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