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第二十三話 : かくして少年は走る

「わたしたち、もうじき転校しなくちゃいけないかもしれないんです」


 愛海さんと紀子ちゃんを前にして、未来へと還ることをサヤはそう言いにごしました。

 自分たちが現代の人間でないことを話すのは時間旅行においてタブーです。あとでいくらでも記憶操作はできるんですが、話したことで何か不祥事が起こらないとも限りません。それを避けるためにサヤは未来への帰還のことを『転校』と置き換えて愛海さんと紀子ちゃんに昨夜の事件のことを話すのでした。


「もともと引越しするって話は出てたんですけど、まだまだ先の話のはずだったんです。でも今回のミオ姉ぇの妊娠騒動で突然話が具体的に決まっちゃって、わたしもお兄ちゃんも昨夜初めてそのことを聞いたんです。……それでお兄ちゃん、昨夜からずっと不機嫌で」

「……突然『転校する』なんて言われたら、そりゃ誰だって簡単には納得できないよね」

「って言うか、サヤちゃん転校しちゃうの?! やだやだ、サヤちゃん転校しちゃやだぁ〜!」

「ノンちゃん、サヤちゃんを困らせないの。それに、サヤちゃんの相談したいことって言うのはその転校のことじゃなくて他にあるみたいだし」


 愛海さんのその言葉にサヤは頷きます。


「その引越しの件でお兄ちゃん一人だけ強く反対してて、ミオ姉ぇにきついこと言っちゃったり、いつもおちゃらけてるパパが怖い顔してお兄ちゃんを殴ったり、そのまま部屋に閉じこもっちゃったり……。今朝だって、誰にも顔を合わせずに朝早くに家を出てっちゃったんです。なんだか、家の中でお兄ちゃんだけが孤立してるみたいで……、正直、見てられないんです」

「うわぁ〜、修羅場だね」

「ノンちゃん、茶化さないの」

「お兄ちゃんもどうしょうもないことだってわかってはいるみたいなんです。でも、どうしてもここを離れたくない理由があるみたいで」

「……もしかして、例の女の子のこと?」

「はい、その通りです。……わたしにはよくわからないですけど、好きな人と離れるのって家族と険悪になってまで思い悩むような、そんなに辛いものなんでしょうか?」

「――辛いよ」


 間髪入れずの即答に、サヤは思わず言葉を呑みました。

 愛海さんの言葉に込められた有無をも言わさぬ迫力が、場の空気を重くします。何かを言うのをためらうような、そんな空気が三人を包みます。


「…………」

「…………」

「…………(もぐもぐ)」


 紀子ちゃんのプリン(二杯目)をほうばる音だけがその場に響くのでした。紀子ちゃんだけは緊張感ナッシングのようです。

 数秒にも満たない、それでいてとても長く感じた静寂のあと、愛海さんはようやく言葉を続けました。


「ま、とにかく。サヤちゃんはナツくんのことを心配してそんなに悩んでるってことよね?」


 先ほどの静寂がまるでウソのように、愛海さんは軽い口調でサヤに尋ねます。あまりにもあっさりした愛海さんの様子に面食らったサヤでしたが、愛海さんのその問いに首を縦に振って答えました。


「私が思うに、今ナツくんは必死にこれからどうしたらいいのか、どうするべきなのか考えてる最中なんだと思う。そういう時ってね、周りが何か言ってきてもうざったいだけに感じちゃうんだよね。……あ、これも経験談ね」

「はぁ」

「で、サヤちゃんが現状できることだけど、……ナツくんが答えを出すのを待つべきじゃないかな」

「えっ? でも、さっきは一人で悩んでたら悪い方向にしかいかないって、」

「あ、そうだね〜。あはは、ごめんね矛盾しまくりで。でもね、ナツくんが出した答えが正しくても間違ってても、それを支えてあげられるのはやっぱり身近にいる人なんだと思うんだ。たとえどんな答えを出しても、それを見守ってる人がいるのって相当頼りになるよ。私みたいに暴走しちゃっても、それを支えてくれた友達のおかげで今の私があるんだし」

「…………」

「大丈夫だよ、サヤちゃん。私はまだ一度しか会ったことないけどね、ナツくんが強い子だってことはわかるよ。……ナツくんにとてもよく似た強い人を、何年も近くで見てきたからよくわかるんだ」


 愛海さんは微笑みながらサヤにそう言いました。微笑んでいるはずなのに、どこか悲しそうな、そんな笑顔を浮かべながら。


「わかりました。お兄ちゃんがバカなこと、……いつも以上にバカなことをしでかさないように、しっかり見張っておきます」

「ふふふ。そうだね、それでいいと思うよ」

「なんだかすいません。思い切り身内の問題なのに、こんなに親身に聞いてもらって」

「そんなことないって。……でも、やっぱり驚きだよね」

「何がですか?」

「そのサヤちゃんの悩みの原因。――ミオ先生の妊娠が、だよ。あの先生いつも誰かにイタズラしたり一緒に走り回ったりしてるから、まさかお腹の中に赤ちゃんがいたなんて誰も思わないよね〜。彼氏も絶対いないって思ってたし」

『激しく同感です』


 紀子ちゃんとサヤ、二人そろってきれいにハモリながら返事するのでした。




  ◇




「―――と言うわけで先生、近いうちにお母さんになります。てへ☆」


 放課後のホームルーム。中等部のとある教室で、生徒たちの前で声高にそう宣言するミオさん。実は妊娠していた、というあまりの衝撃発言に目を点にしている生徒たちを前に、ミオさんはペコちゃんのように舌をペロッと出しながら、アニメやマンガの魔法少女のような「普通そんなポージングしねぇだろ」的なポーズを年甲斐もなく披露するのでした。


「そういうわけなので、先生は明日から産休に入ります。担任には副担任の、……あれ、何て名前だったっけ? え〜、副担任Aがくり上げ当選で担任になります」


 担任ってくり上げ式なの? って言うか副担任Aって何? もしかしてBとかCもいるの?

 そんなどうでもいい疑問を生徒たちの何人が持ったかはさだかではありませんが、やはりこんなハチャメチャな先生でも――、いや、だからこそなのでしょうか? 明日から産休で会えなくなることを残念そうにしている生徒も何人かいるようです。ミオさん、意外と人気あったんですね。


「ミオ先生! 赤ちゃんはいつ頃産まれる予定なんですか〜?」

「ん〜。まだハッキリしたことはわかんないんだけどね。――あ、でも多分産まれるのは年内だね」

「?? なんで年内ってわかるんですか?」

「ふっふっふ。アンタも女なら覚えときなさい。子供ってね、妊娠して8〜10ヶ月くらいで産まれるわけね。あとはいつ妊娠したかがわかれば……ね?」


 ニヤ〜っと笑いながらのその言葉に、女子は「うわ〜♪」と大騒ぎです。ほとんどの男子はなんで女子が大騒ぎなのかよくわかっていないようですが、一部の男子はニヤニヤと口角をあげてイヤラシイ顔です。健介くんもエロい顔です。あ、生まれつきか。


「ちなみに、お相手の多い娘はこれで相手が特定できたりするから、ちゃんとそれぞれの相手と時期を覚えておくこと」

「あっ、そうか〜」

「どうしても逃がしたくない相手なら、妊娠の話する前に相手の逃げ道を出来る限り潰しておくことね」

「な、なるほど……」

「あ、逃げ道をあえて一つだけ残しておくのも手ね。追い詰めすぎちゃったら相手が壊れちゃうことだってあるからね。まだ逃げ道があると思わせることで心に余裕を持たせるの。……まぁ、その余裕こそが命取りなんだけどね。……くくく」

「ミオせんせ――、いや、ミオ教官! その残した逃げ道から逃げられた場合はどうすればいいんですか?」

「逃げ道があらかじめわかってるならいくらでも先手は打っておけるじゃない。いい? 逃げ道は逃がすために残すんじゃないの。その最大の目的は余裕を持たせることで相手に自分が優位に立ってると思わせることにあるのよ! その余裕を逆手に取って常に相手をコントロールすること! 相手がお金持ちなら――、なおさらね!(ギラッ!)」

『はいっ、教官っ!!(ギラギラッ!!)』


 ……一体これは何の授業なんでしょうか? 悪女養成講座? 教官の教えを一言も聞き漏らすまいと目をギラギラさせる女性陣なのでした。

 いや〜、明日からミオさんが産休でよかったですね。このまま担任を続けていたらこのクラスからとんでもない魔性を秘めた女性が生まれたことでしょう。世の中の男性のためにも、どうかミオさんのお腹の中の子供が女の子ではないことを心から祈るばかりです。


「…………」


 そんな悪女養成講座を、ナツは不機嫌そうな眼差しで黙って見つめていました。そのナツの視線に気付いているのかいないのか、ミオさんはいつも以上にはっちゃけるのでした。


「……ミオ姉ぇ、空元気ってバレバレ」


 ぽつりと呟きながら、ナツは校舎の奥の雑木林に視線を向けるのでした。




  ◇




「お〜い、ナツ! 学校も終わったし、とっとと帰ろうぜ〜!」


 ホームルームと言う名の悪女養成講座も終了し、にわかに魔性の香りが残る教室で健介くんがナツに呼びかけます。

 朝方あんなにも拒絶されたというのに、何事もなかったかのように声をかける健介くん。何と言う器のデカさなんでしょう。アンタ神か。


「…………」


 その器のデカさをナツも感じたのでしょうか? 今度は追い払うような態度はとりません。それどころか、健介くんに何かを言いたそうな、でも今朝あんな態度とっちまったからなんだか言いづらいな〜なんて顔をしています。


「で? 悩みは解決したか、ナツ?」

「!!」


 ――なんでお前、俺が悩んでるのわかるんだ!? お前エスパー!? それとも神!?


 そんなことを考えてるような顔でナツは驚きまくっています。そしてそれは、いまや神の域にまで好感度UPの健介くんにも伝わったようです。さすが神。


「やっぱまだしてないんだろ? お前わかりやすいんだよ。考えが全部顔に出てんだよな」

「マ、マジで!?」

「おお、ちなみに今は『スケ、すげーっ!』って思ってるだろ?」

「うわぁ、すげぇ! そうだよ、そのまんまだよ! 『スケ、すげーっ! エロい顔のくせに!』って思ってた!」

「最後のは余計だよ!」


 いつものように笑いあう二人。今のナツには今朝のようなとげとげしい様子はありません。健介くんのおかげで、ナツもいつもの調子に戻れたようですね。


「で? なにを悩んでたんだよ? 一人であれだけ考えても答えが出ないなら俺の分の頭も貸してやるからよ」

「スケ……」

「あ、今『お前いい奴だな。エロい顔のくせに』って思っただろ?」

「お前いい奴だな。俺、お前と友達でよかったよ、マジで」

「な、なんだよ、急にまともなこと言うんじゃねーよ。ふざけたこと言った俺がバカみたいじゃん」

「スケ、お前に相談がある。もしこんな場合、お前ならどうするか訊きたいんだ」

「おし、来い」


 サヤと同じように、ナツも健介くんに相談することにしたみたいですね。健介くんに自分の置かれている立場に立ってもらって意見を訊こうとしているようです。さて、一体どんな風に相談するんでしょうか?


「もしもお前が未来から来た未来人で、あと一週間後に未来に還らなきゃいけないとするだろ?」


 うぉーーい!! ストレートすぎだろ! もうちょっと包めよ、オブラートに! 


「おお、それで?」


 スルーかよ! あっさりと受け入れるのかよ! それも器のデカさが成せるワザですかコノヤロー!! 


「でもお前にはこの時代に一人きりにしておけない気になる女の子がいるんだよ。あ、ちなみにその娘も未来人でな」

「ふんふん。設定細かいな」

「未来に還ったらもうその娘には二度と会えなくなるとする。……お前ならどうする?」


 何かに例えて話すどころか、そのまんま自分の状況を話してしまうナツなのでした。

 健介くんはナツが今朝見た夢の内容で悩んでると思っているのか、あっさりと受け入れてます。そして、ナツがあれだけ悩んだこの状況に、あっさりと答えます。


「簡単じゃん、そんなの」

「マジで? どうすんだよ、お前ならどうすんだよ!?」

「その娘も未来人なんだろ? だったら一緒に連れて還ればいいじゃん」

「…………?? …………。―――っ!!」


 一緒に連れて還る? はっはっは。やっぱり健介くんはこの時代の人間ですね〜。そんなことできるわけないじゃないですか。出発した時にいなかった人物を連れて還ったりなんかしたらすぐにバレて大問題になってしまいますよ。そんなことできるわけ――、


「そうか、その手があったかぁ!」


 あれ? ナツ?


「ありがとうスケ! お前サイコー!」


 興奮するナツにとまどう健介くん。そんなのおかまいなしに思い切り健介くんに抱きつくナツ。なぜか赤面のワイルドナツ観測隊。(居たのかよ)

 教室にいるクラスメイトの視線を一斉に集めつつ、ナツはようやく熱い抱擁を解きました。いきなりの抱擁にとまどう健介くんをその場に置いて突然廊下に向かって走り出します。


「お、おい、どこ行くんだよナツ! 帰るんなら俺も――、」

「悪い! 俺、用事ができたからちょっと行ってくる! ホントありがとなスケ!」


 スピードを緩めることなく、ナツはそう叫びながら走り去っていきました。

 廊下の曲がり角を曲がって見えなくなった親友の後ろ姿を見ながら、健介くんは呟きます。


「……ったく。『かくして少年は走る』か。悩みが解決したらすぐに突っ走るんだからな。ホントわかりやすいよなアイツ」


 ニコッと微笑みながらそう呟く健介くんの姿に見とれてしまった観測隊員がいたとかいないとか。

 なぜか今だけはめちゃくちゃ男前に見える健介くんなのでした。




  ◇




 ナツが向かっていた先は、……やはり、と言うべきでしょうね。予想通り学園裏の雑木林でした。先ほどの健介くんに教えてもらった『一緒に未来に還る』という案を実行しようとしているのでしょうね。

 ナツ、わかってるとは思いますが、フゥを連れて還ったとしても未来での『到着ゲート』ですぐにバレてしまいますよ?


「その時のことはその時で考えるさ! どうにかうまいこと抜け道があるかもしんないし!」


 その場をうまく切り抜けたとしてもわたくしの記録ログを調べればすぐにバレますって。今までわたくしが視てきたことは全部記録されてますし。


「そうだな。じゃあ還る前にフカちゃんを一度ぶっ壊して……」


 ――なんとかします! なんとかしてみますからそんな物騒なこと考えないで下さい!


「おお、よろしく頼むぜフカちゃん!」


 憎らしいほど満面の笑みのナツなのでした。


 まだこの時は、わたくしもナツも何もわかっていなかったのです。

 フゥが背負っているその運命の重さも、『フライングマン』の真実も、フゥが望んでいることも、何もかもわかっていなかったのです。

 目をキラキラを輝かせながら平原へと走るナツ。

 数分後には残酷な真実を聞かされることになることを、この時はまだ、想像すらしていなかったのでした。


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