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第二十二話 : 強さの理由

「ねぇねぇ、アレ見てよ、アレ」

「もう、何よアキちゃんったらぁ。――っ! ア、アレは!!」

「た、隊長! アレってもしかして?!」


 まだ七時を回ったばかりの朝の教室に数人の女子の声が響き渡ります。その声は瞬くうちに他の教室にも伝わり、そのクラスにいる元・某隊員の耳にも知れ渡ります。

 中等部のとある教室の外の廊下に、異様な視線を放ちながら固唾を飲んで一人の男子生徒を見守る女子の群れが形成されるのでした。これが一体何の群れなのかは、……もはや言わずとも皆さんには想像に難くないでしょう。

 そしてまたもや例のごとく、その異様な集団のことなど気付きもせずにナツに近寄る少年の影が。影の主、健介くんはいつものように親友であるナツに話しかけるのでした。

 ……話しかけるのですが。


「あれ? よお、ナツ。今朝はずいぶん早く来てたんだな」

「…………」

「ん? な〜んだよ、またたそがれモード入ってんのか? ったく、お前そんなハイテンションとローテンション繰り返してるとそのうち何かの病気になっちまうぞ」

「…………」

「あれ? なんだよ、マジで元気ないな。本当に病気にでもなっちまったか?」

「……せぇよ」

「ん?」

「うるせぇよ! 今は頭の中ごちゃごちゃしてて誰かと話してるヒマなんてねーんだよ! しゃべりたいんなら一人でどっかでしゃべってろ、このエロ顔!」

「――っ!」


 ナツの言葉に思わず絶句する健介くん。『何? なんで俺こんなマジギレされてんの?』ってな感じのエロい顔、もとい、驚きの表情です。

 健介くんが驚くのは無理もありません。みなさん想像してみてください。いつも学校中を走り回っているような元気だけが取り柄の友達が、ある日を境に窓から外を眺めてため息ばかりついてたそがれています。どうしたんだろうかと心配することでしょう。健介くんももちろんそうでした。

 さらにその友達がある日突然うす気味の悪いにへら顔を浮かべてニヤニヤしていたとします。どうにかなっちゃったんだろうかと心配することでしょう。健介くんももちろんそうでした。

 そんでもって、ある日突然その友達からあいさつした途端に「このエロ顔!」なんてマジギレされたらどう思いますか? そりゃ驚きますよね。「なんでキレてんのこいつ? なんでよりによってチョイスした言葉がエロ顔?」ってなりますよね。健介くんももちろんそうでした。もっとも、健介くんの場合は「このエロ顔!」の部分に関してはいつも言われてることなのであっさりとスルーです。それでいいのか、健介くん。


「な、なんだよ。なんかイヤなことでもあったのかよ、ナツ?」

「スケには関係ねぇだろ! もういいからどっか行けよマジで!」

「……わかったよ」


 納得いかない表情を浮かべながらもナツから離れる健介くん。今のナツには何を言っても仕方ないと察してくれたのでしょうか。遠くからナツを見つめるその目は、間違いなく親友のことを心配する心優しき男の目でした。けして遠くから女性を舐めるように見つめるストーカーのアレとは違うアレなのです。いや、マジでマジで。

 そんなアレな視線とは別の視線が、難しい顔をしながら眉をしかめているナツの姿を熱く見つめているのでした。皆さん、誰だかお分かりですね? ――そう、あのおもしろ団体、たそがれナツ観測隊の面々です!


「隊長! ナツくんの、ナツくんの表情からあの忌まわしき『にへら〜』が無くなっています! それどころか、前にも増して精悍せいかんな顔つきです!」

「これはきっと、たそがれナツくん復活の兆しだわ!」

「……いや、これはそんな生易しいモンじゃない。――たそがれナツくんをはるかにしのぐ、ワイルドナツくんの降臨よ!」

「ワイルドナツくん! なんて甘美な響きなの!」

「ワイルドバンザ〜イ!」

「バンザ〜イ!」

「キャーキャーうるせぇよお前ら! 黙ってろ!」

「キャ〜〜っ! 今のは私に言ったのよ!」

「違うわよ、あたしよ〜〜!」

「ナツくん、わたしも、わたしもののしって〜〜!」

「まったくもう、みんなはしゃいじゃって。――今のは隊長である私に言ったに決まってるでしょうが〜〜!!」


 ナツの罵声をもエネルギーに変えるたそがれナツ、もとい、ワイルドナツ観測隊なのでした。なんでも有りかこいつら。




  ◇




「なんだか今日はナツ先輩もサヤちゃんも二人とも様子が変だよね〜。何かあったの?」


 カスタードプリンをほうばりながら、紀子ちゃんが問いかけます。

 紀子ちゃんの中で『世界が滅んでもこれだけは滅んじゃいやん』ランキングの堂々一位に挙げられるデザート、カスタードプリンをこれでもかと言うくらいに幸せそうなその笑顔は、ロイヤルファミリー並みのカリスマスマイル、略してカリスマイルなのでした。

 そんな神々しいカリスマイルを相殺するかのような、周りまでどんよりさせるため息、略してどんためを吐き出しながら、サヤは明らかに落ち込んでいました。


「どうしたの、サヤちゃん。何か悩み事?」

「…………」

「……ふぅ。今日のお姫様はやんごとなき事情がおありな様子だね。ノンちゃん、またサヤちゃんを怒らせるようなことでもしちゃった?」

「そんなワケないじゃないですかぁ! ……あ、もしかしてアレかな? でもでも、いつもはあんなことくらいでサヤちゃんは怒らないから……、やっぱそんなワケないです!」

「怪しいなぁ〜。ノンちゃんって笑顔で悪気なく人を傷つける言葉とか言いそうだからな〜」

「そんなぁ。サヤちゃんじゃないんだからそんなこと言いませんよ〜」

「……今、何気にそんなこと言ってたよ」


 いまや愛海さんとサヤと紀子ちゃんのお決まりの会合の場所となったお昼休みの食堂で、今日もいつものように愛海さんによるデザートのほどこしを受けるのでした。

 ですが、今日だけはそのデザートにもサヤの食欲は刺激されないようです。その理由は……、やはり昨夜のあの事件のことでしょうね。


「…………」

「ねぇサヤちゃん。悩み事ってね、一人で考えてるとついつい悪い方向に行っちゃうことがほとんどなんだよ」


 愛海さんのその言葉に、それまでどんな言葉にも無反応だったサヤの表情が反応しました。

 愛海さんはいつものように包み込むような優しい声と、その凛とした強い瞳でサヤに語りかけます。


「誰かに話してみることで悩み事に対して客観的になれるし、誰かの意見を聞くことで考えもしなかった見方ができたりするんだよね。……あ、これは受け売りとかじゃなくて私自身の実体験だから、信用してくれていいよ」

「……愛海さんも、悩んだことがあるんですか?」

「そりゃあ私だって年頃の乙女ですから。いろいろと悩み事はあるのさ。……自殺とか考えたこともあったしね」

「えぇっ!!?」


 愛海さんの思わぬ発言についつい声を荒げて驚くサヤ。それに比べて紀子ちゃんは落ち着いた様子でプリンをほうばったままです。……いえ、よく見ると先ほどまでの至福の笑顔が消えて真顔になっています。どうやら、ある程度事情を知っているようですね。


「ニ年くらい前かな。一人でず〜〜っと悩んで思いつめててさ、そのうちプチンって何かが切れちゃったのね。『生きててもしょうがない』なんて考えが頭の中占めちゃってさ、本気で死のうと思ってたんだ」

「…………」

「でもそんな勇気も出なくてさ、ふんぎりつけるために友達に電話したんだ。誰かに『死ぬ』って宣言することで思いとどまってた気持ちを奮い立たせようとしたんだ。そしたらね、すっごい怒られたよ。耳がつぶれるかと思うくらいの大声でね。……それから、お互いに泣きながら話し合ったんだ。それまで悩んでたこと全部ぶっちゃけて、吐き出して、……また怒られて。まったく、いい友達を持ったもんだよね、私も」

「……それから、どうしたんですか? その悩み事は解決したんですか?」

「解決は、……今もしてないけどね。あの時の私はただ、悩み事から逃げてただけなんだよね。だから、その時に決めたのはたった一つだけ。――逃げないこと。真正面から立ち向かってやろうじゃないって、その一つだけ。そう決めちゃったら、それまで悩んでうじうじしてた自分がバカらしくなっちゃってさ、その反動でこんな活発な女の出来上がりよ♪ あはは、結構単純でしょ、私」


 「あはは」と笑うその笑顔を見ながら、サヤは愛海さんの強さの理由を知ったのでした。

 あの笑顔は、あの凛とした強い瞳は、苦しみを乗り越えた人が持つことのできる強さの証。サヤが愛海さんに初めて会った時から感じていた包み込むような優しさは、苦しみから逃げずに立ち向かうことを選んだ愛海さんの強さが生み出したものでした。

 幼い頃から、悪態をつきながらもナツの後を追いかけてばかりだったサヤ。一人きりが怖いサヤ。本当は寂しがりやのサヤ。そんなサヤだからこそ、愛海さんのその強さはあまりにも眩く、尊く思えたのです。


「……愛海先輩。聞いてくれますか? わたしが今、悩んでること」


 その言葉に、愛海さんはにっこりと微笑みながら、力強くうなづきました。

  

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