第十七話 : ただの幼なじみ
――お昼休み。
ナツたちの通う学園の小等部隣に存在する共通棟。そこの食堂で、サヤと紀子ちゃんと愛海さんは仲良くお昼を過ごしていました。
「……ムスッ」
「どうしたのサヤちゃん、そんなにムクれちゃって」
食事の乗ったトレイを持ちながら、サヤはむくれていました。プクっとむくれていました。かわいらしいですね、サヤ。まるでフグみたいです。
……アレ? なんでわたくし、まるで射殺すような視線でサヤにガンつけられているんでしょうか? フグですか? フグがいけなかったのでしょうか? フグってかわいいですよねぇ? 丸いものって(わたくし含め)すべてかわいいですよねぇ?
そんな感慨にふけるわたくしをよそに、サヤと紀子ちゃんは愛海さんの待つ席へとたどりつくのでした。
「……またデザート売り切れてた」
「な〜んだ、サヤちゃん、それで不機嫌だったのかぁ。ドンマイサヤちゃん、私だってひとっつもゲットできなかったし!」
ビシっと親指を立てて笑顔でそう宣言する紀子ちゃん。相変わらずのさわやかスマイルに思わずサヤの不機嫌顔もゆるんでしまったようです。
「二人ともデザートゲットできなかったんだ?」
「愛海先輩はどうなんですか?」
「私? 私はね〜……」
そう言って愛海さんが見せてくれたトレイには、輝かんばかりに並ぶプリン、杏仁、ミニバナナボート等のそうそうたるデザートの面々が!
「うきゃ〜〜! 愛海先輩、どうやってそんなにゲットしたんですかぁ!? 私たちと同じくらいに食堂に来たはずなのに〜!」
「ふふふ、驚いた? はい、これ、二人にあげるね」
トレイに立ち並ぶデザート郡の一角を二人に惜しげなく分け与えるその姿は、サヤの目には貧しい民衆に食料を分け与える女神様の姿に見えるのでした。ちなみに紀子ちゃんはみすぼらしい娘Aの役です。
「でも愛海先輩、本当にどうやって手に入れたんですか? デザートって限定販売ですぐ売り切れちゃうのに」
「私、食堂のおばちゃんの手伝いとかたまにするのね。そのお駄賃代わりにっておばちゃんが取っといてくれるようになったんだよね」
「さすが愛海先輩! 勉強とか部活とか病院行ったりとかで忙しいのに、食堂のお手伝いまでやってるなんてぇ!」
「……病院?」
思わず手に入ったお宝に興奮している紀子ちゃんの一言に反応するサヤ。心配そうな視線を愛海さんに投げかけます。
「うん? ああ、違うの違うの。病院行ってるのは、別に身体のどこかが悪いわけじゃなくてね」
サヤの視線が問いかけるものを感じ取ったのか、愛海さんはサヤの分のデザートを取り分けてから、静かに話し始めました。
「私の幼なじみにね、事故で意識不明になっちゃった奴がいるんだ。そのお見舞いのために、ちょっとね」
「そうなんですか。……安心した、って言ったらその人に失礼ですけど」
「ふふふ、そんなことないよ。ありがとサヤちゃん」
にっこり微笑む愛海さん。その微笑みを真正面から受け止めたせいか、サヤの頬はポッと赤くなるのでした。
――それにしても。『意識不明になった奴』ですか。『奴』呼ばわりと言うことは、その幼なじみの方は愛海さんにとって、かなり親しい相手なのでしょうね。
「……その人って、もしかして、その」
「うん? なぁにサヤちゃん」
「愛海先輩の彼氏、ですか?」
サヤのその質問に、愛海さんはデザートを口に運びかけていた手を止めました。
「う〜ん」と軽く呟いて、困ったような顔をしながら、とても幸せそうにプリンをほうばる紀子ちゃんを見つめて微笑んで、自分のトレイへと目を伏せ、答えます。――以前、ナツを見つめた時に見せた、あのきれいな表情を浮かべながら。
「あいつと私の関係、か。――ただの、幼なじみだよ」
「…………」
サヤは感じました。愛海さんの表情から、そのことを感じました。
『ただの』幼なじみ。――それが、けして軽いものではないことを。とても深い愛情の言葉であることを。溢れる愛しさをこれっぽっちも包み隠そうとしないその表情は、愛海さんの瞳と同じようにとても堂々としていて、きれいでした。
ジッとサヤに顔を見つめられているのに気付いて、愛海さんは少し恥ずかしそうに微笑みます。
「あれ〜、サヤちゃんまだ全然手つけてないじゃない。せっかく先輩から後輩への粋なプレゼントなのにな〜。いらないならノンちゃんにあげちゃうよ♪」
「えぇ! くれるの? サヤちゃんそれくれるの!? ってかください! 今すぐください! 大丈夫、私まだあと十個は余裕で入るから!」
そう言ってサヤのトレイから全てのスイーツをもぎり取ろうとする紀子ちゃん。その背後にはサヤを部活に入れようとした時と同じくネコのオーラが。でも今回はイリオモテヤマネコです。めちゃくちゃ「シャー」って言ってます。怖っ。
しかし、サヤだって負けてません。その背後からでっかいサヤが現れます。シャーシャー言いまくるイリオモテヤマネコの首根っこを捕まえてばしばしとシバキまくるデカサヤなのでした。なんだこの対決。
「……ただの幼なじみで、合ってるよね?」
白熱するオーラ対決の隣で誰にともなく一人呟く愛海さん。その呟きはサヤにも、もちろん紀子ちゃんにも聴こえていません。
「だって私、まだあなたの返事、聞いてないもんね。……ね、慎吾」
右手首に下がるブレスレット。
きらきらと緑色に光る石を網状の黒いヒモでくくっただけの簡素なブレスレット。
手首を転がる緑の石。光がちょうどいい具合に反射します。それはまるで、愛海さんの呟きに返答しているかのようでした。
◇
「そういえば、サヤちゃんのお兄ちゃんはお昼食べに来てないの? ナツくんって言ったよね」
デザートもすっかり食べつくし、食後のまったり気分を味わっているサヤに愛海さんが問いかけます。
「……お兄ちゃんなら、多分教室にいると思いますよ。最近バカに拍車がかかっちゃったみたいで、いつもヘラヘラしてるんですよね」
「そうだよね〜、最近ナツ先輩、いっつもニヘラ〜ってなってるもんね〜」
「何か嬉しいことでもあったのかもね」
「なんとなく予想はつきますけど。好きな女の子のことでも考えてるんだと思います」
「へ〜、そうなんだ。ふふふ、サヤちゃんがちょっと不機嫌だったのは、デザートが売り切れてたせいだけじゃなかったのかもね」
「……デザートのせいだけですから。他には一切何もないですから」
「あっははは。そういうことにしとこっか♪」
ムスッとするサヤを見てくすくす笑う愛海さん。愛海さんにかかるとサヤもまるきり子供扱いですね。実際に子供なんですけど。
それにしても、ナツが好きな女の子と言えばあの白い少女のことでしょうか? 以前はあの少女のことを考えている時はあんなに精悍なたそがれ顔だったのに、今はなぜかだらしないニヘラ顔です。なにかナツの中で心境に変化でもあったんでしょうかね?
◇
――ナツは笑っていた。
何日か前の夜、従姉のミオが言ったことを思い出しながら笑っていた。
「……あの娘が、俺たちと同じ未来人……」
ニヤニヤとゆるむ口元をそのままに、ナツは先を進んでいく。
木々に遮られ、太陽の日差しはナツに届かない。夏の暖かい空気は、緑の隙間を縫って柔らかく涼しいものへ変化していく。その香りは、ナツが生まれ過ごした未来では到底味わうことのない程に、すがすがしい香りだった。
そしてナツはたどり着いた。――あの少女が佇む平原へと。