第十六話 : 染まることのない『白』
その日、中等部のとある教室で何人もの女性陣が涙を流しながら集まるという、それはそれは不思議な光景が展開されているのでした。
「え〜、皆さん。朝日が昇りそして沈むように、出会いがあれば別れがあります。それは古来より続く永遠の命題とも言うべきこの世の摂理なのかもしれません」
「でも、でも隊長! 私はまだ諦めきれません! 解散を決意するのはまた早いんじゃないですか!?」
「……副隊長。あなたの気持ちは痛いほどわかるわ。でもね、それでもね、――朝日はまた昇るのよ」
「た、隊長! それって!」
「ええ、きっといつかまたこの隊が復活できる日が、そんな日がきっと来るわ! その日を信じて、その日を希望にして、みんなそれまで立派に生きていくのよ!」
「た、隊長〜!」
「みんな待ちましょう! きっとまたいつの日か、たそがれナツくんが蘇るその日を信じて!」
「たそがれバンザーイ!」
「バンザーイ!」
かくして、総勢約四、五十名余りからなる『たそがれナツ観測隊』は、本日めでたく解散の日を迎えたのでした。結構いたなオイ。
さて、そんな悲しい解散式が行われていることなどつゆ知らず、と言うかそんなおもしろ団体があったことすら知らなかった当のナツは――、
「…………(にへら〜)」
今にもぶっとばしたくなるくらい、清々しいほど気持ちの悪いにへら顔を淡々と浮かべているのでした。
つい先日まで女性陣をとりこにしていた精悍なたそがれっぶりを披露していたナツ。それが今やその時の面影など一切ない見事なにへら顔に。一体彼に何があったと言うのでしょう?
◇
話は何日か前の夜まで遡ります。ナツがあの白い少女と初めて会話した日、サヤが愛海さんと初めて出会ったあの日の夜のことです。
帰ってきたナツとサヤを待っていたのは、ここ何話か全然出番もなくフラストレーションがたまっちゃってるミオさんでした。
「あんたたちぃ、帰ってくるのちょっと遅くなぁい?」
「ちょ、ちょっといろいろあって。なあサヤ?」
「うん。いろいろ」
「まぁど〜〜でもいぃんだけどぉ、……はぁ〜、なんて言うの、気だるいわけ〜」
なぜか気だるさ全開の、桃井か○り風のしゃべり口調になっているミオさんなのでした。
さて、そんな気だるさ全開の誰かさんはそのままだらけさせて、日高家のリビングでは例のあの白い少女についてのミーティングが行われるのでした。
さぁナツ、例のあの少女にちゃんと確認はしたんですか? 彼女の正体とか、なんでそんなに白いのかとか。もちろんいろいろと問いただしたんですよね?
「……え〜と」
え? まさか、何も訊いてないってことは、……ないですよねぇ?
「げっ、なんで知ってんだよフカちゃん」
――カッチ〜ン。
皆さん、聞きましたか? このおバカさんがたった今のたまったことをお聞きになりましたか!?
「うわぁ! フカちゃんが真っ赤になった!」
フカちゃんお怒り度チェッカーです! このまんまるボディが赤く染まれば染まるほどに、わたくしがどんなにお怒り状態なのかが顕著に表されると言う超ハイテク機能なのです!
「うわ。すげぇ無駄な機能」
――カッチ〜ン。
「お兄ちゃん、一言くらい会話しなかったの? 何かあの人の素性がわかるようなヒントみたいなものとか、なんでもいいからわかったことないの?」
「ああ、そういえば……『あなたはこたえるもの?』って訊かれた」
「こたえるもの?」
「あとさ、今回もまた歌ってたんだけど、その歌詞の中に聞き覚えのある言葉があったんだよな」
なんだ、結構しっかり情報収集してんじゃないですかナツ。まったく、赤くなって損しましたよ。アレやるとわたくし、しばらくフラフラしちゃうんですから。
「えと、なんつってたっけな。たしか……、そうだ、俯瞰の眼だ!」
「『俯瞰の眼』!?」
!!
「『応える者は何処にいるや 俯瞰の眼は何処を見るや』。あの娘が歌ってた唄の中にそんな歌詞があったんだ。うん、はっきり覚えてる」
……『俯瞰の眼』……
あの少女がこの言葉を知ってると言うことは……それは、つまり……。
「あの娘はあたしたちと同じ時代、もしくは、かなり近しい時代の人間。そういうことね」
ええ、ミオさんの言うとおり、そういうことになりますね。
「えっ、なんで? どーしてそういうことになんの?」
『俯瞰の眼』――その言葉がメジャーになったのは時間旅行が可能になった頃からのことです。もともと『俯瞰の眼』とは時間旅行の際の旅の記録用に開発された物ですから。今はわたくしのように人工知能が植え付けられ、旅の監視役としての役割も担ってますが。
「つまり、あの娘が『俯瞰の眼』の存在を知っていることイコール、あの娘は時間旅行がすでに可能になっている時代の生まれであることが推測されるってわけよ」
「ってことは、あの娘は――、」
「そう。あたしたちと同じく、この時代の人間ではない可能性が高いわね」
「うおぉ! マジかよ!?」
「…………」
ミオさんのその言葉に興奮するナツとは対照的に、一人納得いかない顔のサヤ。ミオさんの仮説に何か不自然な点があったのですか?
「うん……。あの人がわたしたちと同じ未来人なら、あの異様なまでの『白さ』って一体何なのかなって思って」
あの少女の異様な『白さ』。たしかにそこはわたくしも疑問に思っていたところです。
わたくしたちの時代にアルビノなどのDNA疾患の人間などもはや存在しません。たったの数時間で済むような簡単な手術で治せるのです。
もし彼女が未来人だとするならば、あの『白さ』はアルビノのせいではないということに。それでは、あの『白さ』の正体とは一体……?
……むむむ。なかなかに謎の深い少女ですね。
「まぁとにかく、とりあえず今わかるのはこんくらいね〜。今夜はこれくらいでお開きにしましょ。……はぁ〜〜、だるい……」
……ミオさん、本当にだるそうですね。何か悪い物でも食べちゃったんですか?
「う゛〜〜。そこまでやばいのは食べてないはずなんだけどねぇ〜。な〜んかこないだから身体がダルイのよねぇ……」
そんなこんなで、その日の日高家ミーティングはミオさんのだるだるモードにて静かに終了するのでした――が。
その時、わたくしも含め、誰もそのことに気付くことが出来なかったのです。
「…………(にへら〜)」
ただ一人、謎のにへら笑いを浮かべるおバカさんの存在に……。