第十四話 : 仲直り
「こたえる……もの?」
少女の問いの意味がわからず、ナツはただ少女の言葉を繰り返した。
白い少女は瞬きすらせず、貫くような視線でナツを見つめる。その眼は何かを期待しているようでもあり、何かを諦めているようでもあり、何かを切に訴えるようでもあった。
『……ヤ、ハリ、チガウ、ノ?』
不思議な響きと共に流れる少女の言葉。その言葉と少女の表情が、ナツの心を激しく締め付ける。無表情で佇む少女。それなのに、その顔には今にも泣き崩れそうな、そんな儚さが漂っていた。
どう答えればいいのか黙り込むナツ。その沈黙を答えと受け取ったのか、少女は途端にナツに興味を失ったかのように背中を向けた。そのまま平原から出て行こうとする少女に、ナツは慌てて声をかける。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 『こたえるもの』って何だよ? それに俺の質問に答えてくれよ! 君は幽霊なのかそうじゃないのか、どっちなんだ!?」
まくしたてるようなナツの叫びに、少女は足を止めた。しかし、少女は振り返らない。ナツに背中を向けたまま、少女はナツのその問いに唄で返答した。
――幽霊』 死を得た者 生を全うせし者――
――そうなれたならどんなに良いか――
――そうなれるならどんなに良いか――
――彼の者に憧れ 彼の地を求め 私はさまよう 永遠に――
――私はただのフライングマン――
――哀れで滑稽なフライングマン――
――歴史の狭間でさまよえる者 それ以上でも以下でもない――
歌声は平原とナツの心に響き渡る。
少女の背中は、それ以上何も語ることはなかった。
◇
紀子ちゃんや愛海さんの部活も本日の活動を終えました。ナツが一緒に帰れないということで、今回は見学という形で入部を免れたサヤは二人と一緒に帰路に着くのでした。
「ホントごめんねサヤちゃん。まさかあんなにイヤがるなんて思ってなくて、その、……とにかく、ホントにごめんなさい〜!」
「…………」
「うぅ、サヤちゃ〜ん、お願いだからそんな目で見ないでよ〜」
紀子ちゃんの必死の謝罪を怪訝な目で見つめるサヤ。ああ、つい何時間か前まではとても仲がいい二人だったのに。一体何が二人の間にこんな深い溝を作ってしまったのでしょう?
いくらサヤが怯えまくっていたあの先輩たちの奇行に紀子ちゃんも超ノリノリで参加していたとは言え、いくら「先輩、サヤちゃんにはこっちの色の服が絶対似合いますから!」とか積極的に口出ししていたとは言え、いくら愛海さんに怒られるまでこれっぽっちも反省の色がなかったとは言え、あんまりではないですかサヤ?
「不信感抱くには充分すぎる材料だよね、それって」
あ、たしかに。
「うわ〜ん、サヤちゃん怒っちゃヤダ〜!」
「まぁまぁサヤちゃん、ノンちゃんのこと許してあげてくれないかな? この子だって悪気があってあんなことしたんじゃないだろうし」
紀子ちゃんのことをノンちゃんと呼ぶ愛海さん。さっきからなんとか二人の友情を復活させようと必死に間を取り持っています。さすがに高校生のお姉さんです。ミオさんだったらさらにサヤの怒りを煽ってヒートアップさせているところです。大人気ない大人です。愛海さんの爪の垢でも煎じずにまるごと飲ませてやりたいですね。
「うちの部活の子たちってかわいい子に目がなくてね、たま〜にああいう奇行に走っちゃうんだよね。……それが原因で最近は新入部員がめっきり減っちゃってるんだけど」
「やめさせた方がいいと思います」
「そうだよね、あんなことばっかりしてると誰も入部してこなくなっちゃうし」
「やめさせるのはあの行為じゃなくて、あの人たちのことなんですけど」
「……サヤちゃんて結構過激なことあっさり言うのね」
人間不信モードに入ってナツ以外にも毒を振りまくサヤなのでした。
「そういえばサヤちゃん、愛海先輩に訊きたいことがあるって言ってなかった?」
「…………」
「うわ〜ん、無視された〜! 絶対聞こえてたのにドン無視された〜!」
「わわ、ノンちゃん落ち着いて。サヤちゃんだって本気で怒ってるわけじゃないんだから」
「紀ちゃん」
「――は、はい! なに、サヤちゃん?」
「さっきからうるさい」
「うわ〜〜ん! 完璧に怒ってる〜!」
「……はは、こりゃ大変だわ」
結構にご立腹のサヤなのでした。
そんなお怒り真っ盛りのサヤもなんとか時間の経過と共に次第に怒りを鎮め、紀子ちゃんとの友情も少しは回復の兆しを見せるのでした。それもこれも愛海さんの懸命な仲介あってのことです。ああ、かつてこの物語の中でここまで優しくて頼りになる人がいたでしょうか? いや、いません(反語)!
「愛海先輩」
「うん? な〜にサヤちゃん」
「今度高等部に遊びに行ってもいいですか? ……紀ちゃんと一緒に」
「サ、サヤぢゃ〜ん!」
「ふふ、いいよ、いつでも大歓迎だから」
『紀ちゃんと一緒に』の言葉に喜びのあまりサヤに抱きつく紀子ちゃんと、優しい笑みを振りまく愛海さん。そんな二人の顔を見て、先ほどまでご立腹だったサヤもようやく自然と笑顔がこぼれた、まさにその時でした。
――ぐに。
「うわ、なにか踏んだ」
何か足元に柔らかい感触を感じたサヤ。サヤは一体なにを踏んでしまったのでしょう?
暗い夜道にぽっとり落ちている柔らかい感触のもの。サヤは最悪のモノを想像しました。ゆっくり足元に視線を落とし、そこに落ちているモノを見つけました。
なんとそこには、サヤの想像以上に最悪なモノが。
「……何してんの、お兄ちゃん?」
そこにはナツが落っこちていました。なんでやねん。
「ナツ先輩? 何でこんなとこで寝っ転がってるんですか〜?」
「う、うぅ」
「うわ、なんか呻いてるんだけど。この男の子って二人の知り合い?」
「えと、……近所に住んでるかわいそうな人です」
実の妹に『かわいそうな人』呼ばわり。こんな仕打ちを受ける物語の主人公がかつて存在したでしょうか? いや、いません(反語)! いや、いるかもしれませんがわたくしは知りません。
「とにかく、こんなとこに寝かせてたら身体に悪いよ。サヤちゃんの近所の子なら、ついでだからおうちまで届けてあげましょ」
「大丈夫ですよ、放っておいても」
「サ、サヤちゃん、それはいくらなんでもナツ先輩がかわいそうなんじゃ」
「放っておけるわけないでしょ。よいしょっと。――あっ……!」
転がるナツを背負おうとする愛海さん。ナツの顔を見て絶句です。そんな絶句するほどやばい顔だったんでしょうか?
「慎吾……」
「しんご?」
「あ……、いや、なんでもない。と、とにかく、この子を運んであげましょう。サヤちゃん、この子のうち知ってる?」
「知ってるも何も。その人、サヤちゃんのお兄ちゃんですよ」
「えっ、そうなの?」
「うぅ、……はい、そうです」
恥ずかしそうに観念するサヤ。まさか道端に落っこちてる人が自分の身内だと愛海さんに知られたくなかったのでしょう。顔、真っ赤っかです。
「もう、お兄ちゃん! とっとと起きてよ、恥ずかしい!」
「う、うぅ」
「呻くなバカ!」
「あ〜あ〜、サヤちゃん。そのまま寝かせといてあげようよ。サヤちゃんのうちまで私がおぶってってあげるから」
「えっ、ダメですよそんなこと。うつりますよ、バカが」
「いいから。お願い、私がそうしたいの」
「……愛海、先輩?」
ナツの顔をジッと見つめる愛海さん。その表情を見て、サヤは言葉を呑みました。
それは、どう形容すればいいのかわからないくらい複雑で、サヤが今まで見たことのないくらいにきれいな笑顔でした。
「――さ、行こっか」
ナツを背負い、二人にそう言い放つ愛海さん。その表情は、さっきまでの優しい愛海さんのものにすっかり戻っていました。