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第十話 : おとぎ話

 遠い遠い昔のこと。

 まだ人々が新天地を目指して海へと旅立っていた大航海時代。

 帆船フライングダッチマン号は航海の途中でひどい嵐に遭遇し、難破してしまいます。

 フライングダッチマン号の船長は自らの陥ったその境遇を嘆き、その不幸を差し向けたであろう神に呪いの言葉を吐いてしまうのです。


『神よ! なぜこんな苦難をお与えになるのだ! ふざけるな、ふざけるなぁ! これが今まであなたを信心してきた私に対するお導きだと言うのなら……、そんな神などいらぬ! この船を海の藻屑とするつもりならば、私はこの思いを抱きながら海の一部となろう! ――貴様など地に墜ちてしまえっ!』


 その言葉を聞いて神は怒り狂いました。

 怒りのままに、神は彼にある呪いをかけてしまうのです。

 その呪いこそが、彼が『さまよえるオランダ人』と呼ばれるようになった原因そのもの。

 この広大な海を永遠にさまよい続けなければならないと言う、それはそれは怖ろしい呪いでした。


 フライングダッチマン ―― さまよえるオランダ人 ――

 

 多くの幽霊船伝説の元とされた、古くからあるおとぎ話です。




  ◇




「……で? このおとぎ話がフライングマンとどう関係してくるんだ?」

「ナツ、いいから黙ってフカちゃんの話を聞いてなさいよ。この次の話がメインなんだから」

「そうなの? あんまり長いと眠っちゃうから、短めに頼むぜフカちゃん」


 日高家一行が集まったリビング。晩御飯をほうばりながらソファで偉そうにふんぞり返るナツ。『フライングマンのことについて知りたい』って言うからせっかくこのわたくしが雰囲気込めながら話していると言うのに、その態度はなんですか!


「いいからさっさと続き続き。あ〜、フカちゃんの話ってわかりやすいなぁ〜、早く続きが聞きたいな〜」


 ……コホン(照)、わかりました。それでは、続けます。


「……『俯瞰ふかんの眼』って結構単純なのね」




  ◇




 時代は流れ、世も移り変わり、ついに人は時空をも飛び越えるだけの技術を手に入れました。

 人々はこぞって未来や過去へと時の旅を果たすのでした。

 しかし、そのことを神様はよくは思いませんでした。

 自らの作り出した歴史の道筋を思うがままに変えてしまう人間たちに、神様は罰を与えました。

 その罰とは、一人ぼっちになること。

 神様の罰を受けた人間たちは、ひとりずつ時の狭間に閉じ込められてしまいます。

 誰にも見つけてもらえず、誰にも呼びかけてもらえず、誰にも応えてもらえません。


 広大な時空の中で、ずっと一人ぼっち。


 人間たちはその罰を恐れ、神様に謝りました。何度も何度も天に向かって謝りました。

 その人間たちの態度に神様はやっと怒りをしずめました。


『これに懲りたら、もう二度と歴史を変えてはいけないよ』


 神様はそう言って、天へと帰っていきました。




  ◇




「……あれ? この話、聞いたことあるかも」


 ええ、そうでしょうね。わたくしたちの時代の人間なら誰でも一度は聞いたことがあるはずです。

 時間旅行における『歴史改変』の禁忌事項を、子供たちにもやんわりとわかりやすく伝えるために作られたおとぎ話と言われていますね。そしてこのお話のタイトルこそが、ナツの知りたがっていた『フライングマン』なのです。


「今の話のどこに『フライングマン』が出てくんだ? 関係ないじゃん」


 ナツ、最初の『フライングダッチマン』の話と今の話を聞いて何か共通点があるのに気付きませんか?


「共通点……? あっ、神様の罰を受けてさまようってところか?」


 そうです。広大な時空の中でさまよい続ける者のことを、あの昔話の『フライングダッチマン』になぞらえて『フライングマン』と呼ぶのですよ。意味も同じく『さまよえる者』です。そして、彼らのもう一つの呼び名が――、


「……『記録されぬ者』」


 そう、サヤの言った通りです。


「? 『さまよえる者』はなんとなくわかるけど、その呼び名はなんで?」

「アンタって本当に何も知らないのね〜。いい? 物語の中にもあったでしょ。『誰にも見つけてもらえず、誰にも呼びかけてもらえず、誰にも応えてもらえない』って」

「あったっけ、そんなとこ?」

「あったのよ! 何行か前を見直しなさい! ちゃんと載ってるから!」


 興奮して小説の中の登場人物らしからぬことを口走るミオさんなのでした。

 それはさておき、物語中のその文の意味が差しているのは、彼らが『誰にも認識されない』と言うことなのです。彼らの姿は誰にも見えない。彼らの声は誰にも聴こえない。誰の目にも耳にも『記録されない』のです。歴史上にも、そして人の意識にも。ゆえに彼らは『記録されぬ者』とも呼ばれるのです。


「……すごく寂しいよね、それって」


 うつむきながらポツリと寂しそうに呟くサヤ。彼女もこの時代に来て紀子ちゃんという友達が出来るまではクラスの中で常に一人ぼっちだったのです。一人ぼっちの寂しさを身を持って知っているのでしょう。


「まぁ簡単に言っちゃうと、フライングマンって言うのはわたしたちの時代で言うところの伝説やおとぎ話でしかありえない存在なのよ。人魚とか天使とかと同レベルのものと思えばいいわね」

「天使? ……天使かぁ」


 口をポカンと開き、遠くをみつめるナツ。その顔にほんの少し赤みが差したのを、わたくしだけでなくミオさんも気付いたようです。


「そうか、天使かぁ。そういえばあの娘って真っ白だったもんな。もしかしたら、ホントに天使だったのかもなぁ」

「な〜にナツ? その女の子ってそんなに可愛かったの?」

「ナツ、さてはお前――惚れたな」

「と、父さん、そういうんじゃないって!」

「あら〜、ナツがこんなに照れるとこなんてお母さん初めて見たわ。ちょっとショック」

「か、母さんまで……」


 ――今まで浮いた話の一つもなかったナツに、ついに好きな女の子ができたのね。できてしまったのね。


 ちょちょ切れる涙をハンカチで拭いながら、いそいそとキッチンへ赤飯を炊きに向かうママさんなのでした。未来でもめでたい時はやっぱり赤飯なんです。誰が何と言おうとそうなんです。

 そんなママさんの哀愁溢れる後ろ姿を皆で見送ったあと、ミオさんがパンッと両手を打ちつけて皆の注目を集めました。


「さて、そんなナツの愛しの彼女のことだけど」

「か、勝手に決めんなよミオ姉ぇ!」

「彼女が本当にフライングマンなのかどうかは結局全然わかんないんだけども」

「……俺の言葉、無視かよ」

「どちらにせよ、彼女にはあまり近づかない方がいいと思うのよ」


 ええ、わたくしもミオさんの意見には賛成です。


「ええっ? どうして! なんでだよ!」


 彼女が本当にフライングマンだったとしたら、彼女は禁忌を犯した人間ということです。『歴史』を改変した張本人。そんな人物と関わったりなんかして皆さんまでフライングマンになってしまっては一大事です。『俯瞰の眼』として、皆さんをそんな危険な目に合わせるわけにはいきませんから。


「そうそう。私だってアンタたちを危ない目に遭わせたくないし。なにかあってからじゃ遅いし、用心するに越したことはないってね」

「じゃあミオ姉ぇもフカちゃんも、あの林の中にはもう行くなって言うのか?」

「そうね。厄介ごとに自ら近づいていくことないわ」


 ええ。わたくしもそう思います。


「そんな……、そんなのってないだろ!」

「ナツ、聞き分けなさいよ。男がウダウダしてるのってみっともないわよ」

「今はそんなの関係ないだろ!」


 納得いかない表情で食い下がるナツ。いつもならミオさんの言うことにはしぶしぶながらも従うのに、今のナツは頑として譲るつもりはないようです。


「ナ〜ツ〜、あたしの言うことが聞けないっての?」

「ミオ姉ぇ、いつも言ってるじゃねぇか。『男の子は女の子を守るもの』とか、『自分の信念を曲げるな』とか」

「それがどうしたの?」

「俺、バカだからミオ姉ぇの言うことって難しくてよくわからないことが多いけど、バカだから間違ったこととかもたくさんやったりするけど、これだけはわかる。――あの娘はきっと、すごく寂しがってるって」

「…………」

「あの唄を聴いた時、心の奥まで寂しさが込み上げてきたって言うか、ドバーって何かが押し寄せてきたって言うか、…あぁクソ! うまく言えねぇけど!」

「お兄ちゃん……」

「とにかく! 俺はあの娘に会いたいんだよ! 会っていろんな話をしたいんだよ! そばにいたいんだよ! あんな、あんな寂しい唄なんか歌って欲しくないんだよ!」


 それは、怒りだったのでしょうか。それとも、嘆きだったのでしょうか。ナツのその言葉に、その場にいた全員が押し黙りました。拙い言葉で紡いだその叫びには、ナツの精一杯の思いが詰まっていました。

 理屈ではなく、心に響くもの。ナツの言葉には、たしかにそれがありました。

 しかし、わたくしたちだってナツのためにと思って警告しているのです。危険かもしれないとわかっているのに、それを放っておくわけにはいきません。


「……あの人がフライングマンじゃなくて、ただの幽霊だったとしたら何の問題もないんじゃない?」


 サヤがポツリと呟きます。その呟きを聞いたナツはハッとしたようにまくしたてました。


「そうだよ、サヤの言うとおりだ! あの娘がフライングマンだって決まったワケじゃないじゃん! 写真に写らなかったって言うのも、たまたまそういう体質なのかもしれないし!」

「そんな体質の女の子なんていないっての」

「とにかく! あの娘がフライングマンだって証拠はないんだから会いに行ったっていいだろ? なぁなぁいいだろ?」

「証拠も何も、あの娘が自ら言ってたじゃない。『ああ 私はフライングマン』って」

「うっ、そうだった」

「ミオ姉ぇ、その件でちょっと気になることがあるんだけど」


 サヤ、気になることとはなんですか?


「フライングマンは記録されない。つまり、フカちゃんと同じく周りの人には認識されない存在。そうだよね?」


 はい、一応あのおとぎ話ではそういうことになってますね。


「だったら、なんでわたしたちにはあの人の姿が見えるの?」


 !! 


「フライングマンの姿は誰にも見えず、その声も誰にも届くわけがない。なのにわたしたちにはあの人の姿も見えるし、歌声だって聴こえた。だったらあの人がフライングマンだって言う可能性は低いんじゃないかな」


 そ、そうですね……。たしかに、そのとおりです。もともとフライングマンが実在するなんて言う話も聞いたことありませんし。まぁそれも『記録されぬ者』なんですから当たり前なんですが。それにしたってナツにもサヤにもミオさんにも姿が確認できたと言う事実は変わりませんし……。


「じゃあ、俺があの娘に会いに行くのは?」


 むむむ。とめる理由はありませんね。


「よっしゃあ〜! ありがとうサヤ! お前はサイコーの妹だよ!」


 ナツ、歓喜のあまりサヤをハグです。突然の抱擁にさすがに反応できないサヤ。その小柄な身体はナツの腕の中にすっぽりと納まってしまうのでした。


「べ、別にお兄ちゃんのために言ったんじゃないから」

「なんだよそれ。あ、もしかしてそれってツンデレってやつか?」

「……なんで簡単な言葉は知らないクセに、そんな言葉は知ってるかな」


 頬を赤らめ、ぷいっとそっぽ向くサヤ。ツンデレです。まさしくツンデレです。皆さ〜ん、ここにツンデレがいますよ。ほら、早く来ないと逃げますよ。


「フカちゃん、調子乗ってるとぶっ壊すよ」


 ……失礼しました。

 それにしても、そんなにあの娘のために必死になるなんて、ナツは本当にあの娘に恋してしまったのですね。


「え、なんでそういうことになんの?」

「アンタねぇ、さっき自分の言ったセリフ、もう忘れたの?」

「?? 俺、なんか言ったっけ?」

「うぅ……ナツ。お母さん感動。さっきの告白、お母さんの胸にジンときたわ〜」


 キッチンの柱の影からハンカチ片手のママさん登場。ちなみにもう片方の手には赤飯の盛られたお茶碗が。この短時間でもう赤飯を炊き上げたようです。仕事が早いママさんなのでした。


「こ、告白!? 俺、そんなことしたっけ?」

「な〜に照れてんのよ♪ よ〜し、おばさん! 赤飯じゃんじゃん持ってきて! ナツの初恋祝いよ!」

「おお、それいいなミオちゃん! よし母さん、今夜は赤飯祭りだ!」

「あら〜。母さん、お祭り大好き」

「わたしの時には初恋祭りはしないでね。でも赤飯は食べたい」


 あれよこれよと言う間に赤飯が食卓に並べられます。赤飯炒め、赤飯寿司、赤飯ラザニア。あんな赤飯やこんな赤飯。フォーマルな赤飯からびっくりな赤飯まで。早すぎなくらい仕事が早いママさんなのでした。


「さぁナツ! お祝いを飾る言葉として、あの娘への熱い思いを一言! なんなら思いをこめた即興ソングなんかでもいいわよ」

「だから、そんなんじゃないんだって〜!!」


 並べられた赤飯に負けないくらい真っ赤な顔のナツに、生暖かい笑顔を向ける日高家一同。

 日高家のにぎやかな夜はこうして今夜も更けていくのでした。


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