1000年生きた雑草
雑草が隣に咲いている薔薇に語りかけた。
「君はいいね。立ち止まってみてくれる人がいて。僕なんて誰も見向きもされないし、時には踏まれたりするんだよ。」
すると薔薇はこういった。
「何言ってるんだい。僕なんてまだまだだよ。ほら、僕の隣のサクラを見てみなよ。立ち止まって見ている人なんてもとより、周りに人がたくさんいて、とても楽しそうに笑ってるじゃないか。」
そう言うと桜は否定した。
「違うよ。この人たちは僕なんて見てないのさ、だから彼らが去った後はゴミだらけでとっても食事が不味くなるんだ。他にも僕の腕を折っちゃう人だっているんだから。僕なんかより隣を見てごらん。彼なんか1000歳なんだよ。そりゃあもう人が集まるどころかちゃんと保護されて、毎日おいしい食事もしてるんだから。僕なんかよりもっとすごいんだよ。」
1000歳の彼は貫禄十分でこう言った。
「確かに私はたくさんの人に見守られているよ。だけどね、こう長く生きているといいことはもちろん、悪いこともたくさん見てきているんだよ。」
「例えば?」
雑草は質問した。
「そうだな。私の頭上を轟音ででっかい鳥が飛んで行った。すると遠くのほうからそれは暑い熱い風がやってきて、私の周りにいた仲間は全員焼け死んでしまった。私はただ回りのみんなに助けられただけ。そのあとに降った雨は忘れられない。あれほど不味い雨は生まれて初めてだった。今でもあの味を忘れられない。雨が降るたびに思い出す。それが1番悪いことだ。」
「いいことは?」
「それもたくさんある。我が人生最大最悪の出来事のあと、私はしばらく一人だった。周りには誰もいない。私はひたすらに不味い雨を飲み続けていた。すると、ある日ボロボロになった人間がやってきた。そいつは私の前にやってきて言ったんだ。『オマエも喉が乾いただろ?』そう言ってその人は持っていた水筒の中の水を飲ましてくれたんだ。自分も喉が乾いてしょうがなかっただろうに。その水は今まで飲んだどの水より美しかった。美しい味だった。私はたった一言つぶやいた。“美味い”と。それが数あるいいことのなかで1番だ。」
「僕も飲んでみたいな。その、美しい味のする水。」
「飲めるとも。生きているみんなが飲めるとも。だけど、不思議なことにその美しい味のする水は、1番辛かったことのあとに飲めるんだよ。」
「じゃあ僕も辛い経験をしないといけないの?」
「辛い経験といってもたくさんある。私の経験の場合はまったく望んでいないことだった。だけど、他にも自分から望んで辛い経験をする人もいるんだよ。」
「そんな自分から辛い思いをする人なんていないよ。」
「いるんだよ。私に水をくれたあの人のように。誰かに美しい味のする水をあげるとき、自分はどんなに辛い経験をしても耐えられる。他にも、美しい味のする水の源泉を見つけたとする。それを飲むためになら、どんなに辛く過酷な道でも突き進むことが出来るんだよ。」
「僕も、美しい味のする水の源泉をみつけられるかな?」
「見つけられる。生きているみんなが見つけられるとも。だけど、源泉を見つけるのも、美しい味のする水を飲むのも、人生を賭けなくちゃいけないんだ。それでも、美しい味のする水を飲みたいかい?」
「もちろん。」
「そうか、それなら何も言わないよ。自分の決めた意思を変えることが出来るのも、また、自分で決めた意思だけ。私は何も言わないよ。」
そういうと1000年生きている彼はそっと眼をつむりました。
「どうしたの?」
「なに・・・。眠くなっただけだよ・・・・。」
「ぼく、美しい味の水。絶対飲むからね。」
「あれはいい・・・。あれを飲むと・・・・自分も美しくなったと思える・・・。」
「いいえ、あなたは十分美しいです。」
1000年生きた彼はもうなにも言いませんでした。
それから1000年が経ちました。
そこには、1000年前にあった美しい彼よりも
もっともっと美しい雑草が生えていました。
おしまい