第1話
浅宮直紀25歳。
仕事は幼稚園の先生。
子供が好きだからこの仕事を選んだ。
子供といると、不思議と純粋な気持ちになることが多い。この世界の、嫌な事件や出来事が嘘のようだ。
まるで何も知らないかのように。
知らない方がいいことはたくさんある。
「直紀先生、これあげる!」
手渡されたのは折り紙のチューリップ。
「ありがとう、ゆきちゃん」
少女は満面の笑みをした後、駆けていった。
こういう平凡な日々がとても幸せだと思う。
特に何も求めない、不快もない…。
「そろそろ教室に戻ってくださーい!帰りの準備をしますよー!」
「「「はーい!」」」
僕のクラスのたんぽぽ組の子供たちが集まってくる。毎日の繰り返しだが、やっぱり子供の素直さに落ち着く。
しばらくして、迎えのお母さん達がやって来た。
「直紀先生、今度…お茶でもどうです?ゆうたのお塾について少し相談が…」
「なーに、ゆうた君ママ!独り占めはよくないわ!ねっ直紀先生」
「落ち着いてください!」
いつもの光景だ。
自分がそれなりにイケてるなんて思わないけど、若い男性の先生はママさんに好かれる。
これが1日の中で最も疲れる。
「先生、さよーなら!」
「さようなら!」
園児全員を帰した後だった。雨が降ってきた。
窓を閉めようとした時だった。
「…?」
しとしとと雨の降る中、その人はいた。
傘もささず、肩下くらいの髪は濡れ、白いワンピースを着ていた。
春で気温は高いが、あのままでは風邪をひいてしまう。
僕は傘をさし、外に出た。
「あの…風邪、ひきますよ?」
彼女ははっとこっちを見た。歳は20代前半くらいだろうか。
「すみません」
僕は傘を差し出した。
「よかったら…この傘、どうぞ」
彼女は拒んだ。
「大丈夫です!すみません、心配をかけて…」
「風邪ひきます!だからっ…」
僕は思わず強引に傘を渡してしまった。
「ありがとうございます…」
彼女は頭を軽く下げた。そのまま駆け足で去っていった。僕は彼女の背中を見つめた。
分からないけど…
何かを感じた。
懐かしくて
温かい…。
でも僕にはほど遠かった。