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悪の組織に、第二部の幕が上がる件

窓の外は、今日も明るい。


それだけで、少しだけ腹が立つ。


明るいというのは、外に出られる人間の特権だ。


僕は窓辺の椅子に腰を沈めて、ガラス越しに庭を眺めていた。


葉の色も、空の色も、ちゃんと季節に合わせて変わっていく。


なのに僕だけが、何年もここに置きっぱなしだ。


「……まあ、慣れたけど」


口に出してみると、嘘っぽい。


慣れたのは、出られない生活じゃない。


“出られないまま日が過ぎる”ことに、慣れてしまった自分のほうだ。


机の上には、紙が増えた。


この数年で、明らかに増えた。


封蝋付きの報告書。


整理された帳簿。


なぜか、僕宛ての稟議書。


……稟議書?


僕、何の役職だっけ。


「ボスだからね」


自分で自分に突っ込んで、少し笑った。


遊びのつもりで言った言葉が、ずっと続いている。


続いているどころか、勝手に“育っている”。


「ぼっちゃま。紙に負けないでくださいね」


背後から声。


ばあやだ。


いつもの顔で、いつもの調子。


でも手には、湯気の立つカップ。


「会議の前です。先に胃を守っておきましょう」


僕は笑って、受け取った。


椅子の背に体重を預けたとき。


ふわ、と布が追加されたみたいに、背中が柔らかくなった。


「……?」


振り向くと、ルナが立っていた。


いつの間に。


相変わらず、足音を置いていかない子だ。


ルナは無言で、肩に毛布をかける。


春なのに。


いや、僕の部屋は日当たりが悪い。


それを言う前に、窓の隙間から入り込む風だけがすっと消えた。


「ありがとう」


ルナは小さく頷く。


頷き方まで、控えめだ。


「……今日は、みんな来る?」


僕が聞くと、ルナは指を一本立てた。


“一時間後”。


「会議……だっけ」


頷き。


会議。


この家で、会議という単語が日常になるとは思わなかった。


---


一時間後。


会議室——と呼ぶようになった部屋の扉が、静かに閉まった。


閉まる音が、あまりにも静かで、逆に気になる。


机の端には、いつの間にかカップが四つ並んでいる。


「……ばあや?」


返事はない。


もう仕事を終えた顔で、どこかへ消えている。


長い机。


椅子が四つ。


僕の席が一つ。


それから、幹部の席が三つ。


マリーダ。


レイナ。


ルナ。


僕はいつも通り、軽い気持ちで座った。


「じゃ、今日も……えっと、いつもの?」


言い方が頼りないのは自覚している。


でも、僕の中ではこれ、あくまで“ごっこ”の延長だ。


対して三人は、最初から会議の顔をしている。


笑いもしない。


目線が、真剣だ。


……いや、真剣すぎる。


マリーダが、机に紙を置いた。


封も、罫線も、全部ちゃんとしている。


「首領。本日の第一議題です」


そのタイミングで、扉が一度だけ開いた。


「失礼しますよ」


ばあやが顔だけ出して、砂糖壺を追加して、また閉めた。


会議の空気が一瞬だけ崩れて、すぐ戻る。


「うん。どうぞ」


僕はつい、相槌まで真面目になった。


マリーダは一切揺れずに読み上げる。


「首領の体調を守るため、生活の標準化を提案します」


「……標準化」


思わず、言葉を反芻した。


標準化。


僕は“体調管理しようね”くらいを想像していた。


「睡眠時間の固定。食事内容の記録。来客時間の制限。室温と湿度の基準値の設定」


「え、そんな大げさにしなくていいよ?」


笑って返した。


笑って返したのに、マリーダは頷くだけだ。


「首領の『大げさにしなくていい』は、首領が我慢するという意味に聞こえます」


「そういう意味じゃなくて……」


言いかけたところで。


ルナが、黙って手を上げた。


「……え、ルナ?」


ルナは返事をしない。


ただ、指先を少しだけ動かした。


すると。


椅子の背もたれが、また柔らかくなった。


空気が一段、温かくなる。


扉の隙間が、ぴたりと塞がれた感じがする。


「え、何を……」


レイナが淡々と説明する。


「首領が会議中に冷えないよう、防御と保温が追加されました」


「追加……」


マリーダが当然のように頷く。


「素晴らしい判断です。首領の健康は最優先」


「いや、健康は大事だけど……会議中に要塞化しなくていいよ」


僕が言うと、ルナが少しだけ首を傾げた。


“要塞化”という単語の意味が分からない、というより。


“それ以外のやり方があるの?”みたいな顔。


僕は笑ってしまった。


「……まあ、いいか」


マリーダは議事を進める。


「第二議題。外部情報の取り扱いについて」


レイナが紙を出した。


これも、ちゃんとした紙だ。


「首領に雑音を入れないため、新聞と報告の優先順位を定義します」


「雑音?」


「過剰な恐怖。無益な怒り。不要な心労」


レイナの言葉は、冷静で正しい。


正しいから困る。


「……でも僕、新聞好きなんだけど。事件欄とか」


軽く抵抗すると、レイナは即座に返す。


「事件欄は、首領の推理を刺激します。刺激は疲労に繋がります」


「推理って言っても、ただの暇つぶしだよ」


マリーダが、さらっと重い。


「首領の心を汚すものは排除すべきです」


「汚すって……新聞だよ?」


「悪が書かれています」


「悪は……まあ、書かれてるけど……」


レイナが静かに頷き、さらに整える。


「よって、事件欄は要約して提出。残りは首領の体調に合わせて」


「え、要約……」


口を挟みかけた僕の前に、すっと紙が置かれる。


“首領向け新聞要約案”


タイトルだけで怖い。


僕が言葉を探している間に、マリーダが補足する。


「首領が読みたいと仰るなら、もちろん読みます。ただし私が隣にいます」


「隣にいるのは、いいけど……」


レイナが続ける。


「首領が読み終えた後、不要な感情を残さないよう、整理の会議も設けます」


「整理の会議……」


会議が増える。


僕は笑いながら、降参した。


「……分かった。ほどほどにね。ほどほど」


三人が同時に頷く。


“ほどほど”という単語が、なぜか重く聞こえた。


---


第三議題。


扉が、控えめに叩かれた。


「失礼します」


入ってきたのは、見慣れない青年だった。


末端の部下らしい。末端とは、、、?


服装は地味で、動きも固い。


緊張が肩に乗っている。


「報告……いや、朗読です」


「朗読?」


青年は紙束を持っている。


表紙には、丁寧な字。


《さす主伝承 改訂版》


改訂版。


伝承に、改訂版がある。


「……ちょっと待って、それ何?」


僕が笑い混じりに言うと、青年は真顔で答えた。


「首領の伝説です」


マリーダが頷く。


レイナも頷く。


ルナは無言で頷く。


三つの頷きが、青年の背中を押した。


青年は息を吸い、読み上げる。


「第一。主は一言で、敵の拠点を当てた」


「え、当ててないよ。新聞見て、ここかなって……」


「第二。主は見えない場所を見ている」


「見てないよ。見えないんだから」


「第三。主は闇の帳を下ろす」


「それ、合言葉のやつじゃ……」


僕は思わず頬を掻いた。


恥ずかしい。


青年は続ける。


「第四。主は“健康”を最優先とし、部下に守りを授けた」


「それは……え?」


横を見る。


ルナが静かに、頷いた。


「第五。主は雑音を嫌い、世界を静める」


「嫌ってないよ!ただ、ほどほどに——」


青年は止まらない。


「第六。主は、善悪を裁かず、結果だけを残す」


「そんなこと言ったっけ……」


僕が困ってレイナを見ると、レイナは淡々と答えた。


「首領が“揉めると仕事が止まる”と仰いました」


「それ、回収の話——いや、え、待って。そんなに神託みたいに扱わないで」


マリーダが穏やかに笑う。


「首領が照れていらっしゃる」


「照れてない……いや、照れてるけど!」


僕が声を上げると、三人は全員、真顔に戻った。


真顔のまま。


頷く。


青年も真顔だ。


「以上。改訂点は、末端の現場報告を反映しました」


「改訂点……」


僕は頭を抱えた。


「それ、盛りすぎじゃない?」


笑って言った。


笑って言ったのに。


マリーダは頷く。


「当然です」


レイナも頷く。


「事実に基づいています」


ルナも頷く。


「……うん」


一番短いのが、一番怖い。


僕は、もう一回笑った。


「……みんな、ノリ良すぎだよ」


誰も笑わない。


会議は、真面目に続く。


僕だけが、遊びの延長。


---


会議の終盤。


レイナが紙を一枚めくった。


声の温度が、ほんの少しだけ落ちる。


「最後に、報告を一つ」


「うん」


「国家警察が最近、“妙に”動いています」


「へえ。警察も大変だね」


僕は、いつも通りの温度で返した。


外に出られない僕には、警察もテロも、新聞の中の文字だ。


でも。


マリーダの目が、一瞬だけ細くなる。


ほんの一瞬。


“敵”の匂いを嗅いだみたいに。


僕はそれを見て、なぜか喉の奥が少しだけ乾いた。


「……マリーダ?」


呼びかける前に、マリーダはいつもの笑顔に戻る。


「何でもありません、首領」


何でもない。


そう言われると、余計に気になる。


ルナが、僕の毛布を軽く直した。


レイナが、会議の紙を綺麗に揃える。


青年が、伝承の紙束を抱えて下がる。


部屋は静か。


静かすぎて、耳が変になる。


僕は窓のほうを見た。


外は相変わらず明るい。


明るいまま。


闇の組織ごっこは、続いていく。


……伝説まで、アップデートされながら。

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