悪の首領の独白
今日も、僕はこの窓から外を眺めている。
あの日から、三ヶ月が経った。
マリーダが訪ねてきて、「遊び」が始まってから。
窓の外には、いつもと同じ空が広がっている。
青い空、白い雲、時々飛ぶ鳥たち。
10年間、僕が見てきた景色だ。
でも、何かが変わった。
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10年前、僕はこの部屋に閉じ込められた。
父上が政争に負けて、跡継ぎの僕は「出でずの呪い」をかけられた。
この部屋から一歩でも出れば、呪いが発動して命を奪われる。
最初は、怖かった。
寂しかった。
誰も訪ねてこなくなって、話す相手もいなくなって。
母上がいなくなったのは、それから数年後だった。
「病死」だと聞かされた。
でも、僕は会うことができなかった。
最後の言葉も、最後の顔も、何も知らない。
ただ、ばあやから聞いた。
母上は最後まで、僕のことを心配していたと。
「ユーリは、優しい子だから」
そう言っていたらしい。
僕は、その言葉の意味が分からなかった。
優しい?
何もできない僕が?
この部屋に閉じ込められて、ただ本を読むだけの僕が?
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それから、ずっと一人だった。
ばあやや庭師のおじいは優しくしてくれるけど、彼らには彼らの生活がある。
僕は、ただこの部屋で、窓の外を眺めるだけ。
「こんな世界、壊してしまいたい」
何度、そう思ったか分からない。
でも、本当は怖かったんだ。
一人になることが。
誰にも必要とされないことが。
だから、本を読んだ。
娯楽小説、軍学、政治書――何でも読んだ。
そして、あの悪の組織の物語に出会った。
「正義で裁けない真の悪を裁く」
その言葉に、僕はしびれた。
外に出られない僕でも、誰かの役に立てるかもしれない。
そんな、淡い希望を抱いた。
まあ、ごっこ遊びだけどね。
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そして、マリーダが来た。
10年ぶりに、誰かが僕を訪ねてきてくれた。
しかも、あの時のごっこ遊びを覚えていてくれた。
「手伝ってよ」
僕は、冗談のつもりで言った。
どうせ、誰も本気にしないだろうと。
でも、マリーダは本気だった。
「わが命、わが剣にかけて、主命頂戴いたしました」
あの言葉を聞いた時、僕は驚いた。
そして、嬉しかった。
久しぶりに、誰かと遊べる。
それだけで、僕は幸せだった。
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それから、レイナが来た。
「あなた様は、本物の天才だ」
そんなこと、言われたことがなかった。
僕は、ただ本を読んで、その知識を使っただけなのに。
でも、レイナは本気で感心してくれた。
僕の推理を、真剣に聞いてくれた。
「友達として、一緒に遊ぼうよ」
僕は、そう言った。
でも、レイナは「友達」という言葉に、不思議そうな顔をした。
――ああ、そうか。
みんな、本気で「組織」だと思ってるんだ。
でも、それでもいい。
一緒にいてくれるなら。
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そして、ルナが来た。
小さくて、無口で、でも優しい子だった。
「ユーリ、優しい」
そう言って、僕の手を握ってくれた。
あの時、僕は気づいた。
ああ、僕は一人じゃないんだ。
マリーダがいる。
レイナがいる。
ルナがいる。
みんな、僕のそばにいてくれる。
10年間、ずっと一人だった。
誰も必要としてくれなかった。
でも、今は違う。
みんなが、僕の言葉を聞いてくれる。
みんなが、僕の作戦を実行してくれる。
みんなが、僕を必要としてくれる。
これが、「絆」というものなのかもしれない。
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でも、時々思う。
本当に、これは「遊び」なのだろうか。
マリーダが持ってきた金貨は、本物だった。
レイナが集めた情報は、あまりにも詳細だった。
ルナは、本当に魔法が使えるらしい。
そして、街では「銀の剣士」の噂が広がっている。
悪徳領主が捕まった。
人身売買組織が壊滅した。
子供たちが救われた。
これは、本当に「遊び」なのだろうか。
――いや、考えるのはやめよう。
大切なのは、みんなが楽しそうにしてくれていること。
みんなが、僕のそばにいてくれること。
それだけで、僕は幸せなんだ。
母上が言っていた「優しい子」という言葉。
今なら、少しだけ分かる気がする。
僕は、ただみんなと一緒にいたいだけなんだ。
みんなを笑顔にしたいだけなんだ。
それが、僕の「優しさ」なのかもしれない。
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窓の外を見つめながら、僕は思う。
10年間、僕はこの世界を壊したいと思った。
でも、今は違う。
この世界には、まだ救える人がいる。
マリーダみたいに、過去に傷を負った人。
レイナみたいに、裏社会で生きる人。
ルナみたいに、行き場のない人。
そんな人たちを、少しでも助けられたら。
それだけで、僕は生きる意味を見つけられる気がする。
母上、見ていますか。
僕は、あなたが言っていた「優しい子」になれているでしょうか。
――――
その日の夜、王城では。
「報告書をまとめろ」
王の執務室に、憲兵隊長が跪いていた。
「『銀の剣士』について、何が分かった」
「はっ。この一ヶ月で、三件の事件に関与しております」
「悪徳領主の逮捕、人身売買組織の壊滅、そして――」
憲兵隊長が、書類を広げる。
「いずれも、法では裁けなかった事件ばかりです」
「……つまり、義賊か」
「はい。街の民は、『銀の剣士』を英雄と呼んでおります」
王が、椅子に深く座り直した。
「調査を続けろ。正体を突き止めよ」
「御意」
憲兵隊長が、退室した。
王は、窓の外を見つめた。
「義賊か…厄介だな」
誰にともなく、呟いた。
――――
それから、時は流れた。
僕の「組織ごっこ」は、いつの間にか王都で噂になっていた。
「銀の剣士」の伝説は、人々の間で語り継がれ始めた。
でも、僕はまだ気づいていない。
この「遊び」が、やがて王国を揺るがす存在になることを。
母の死の真実が、この「遊び」に繋がっていることを。
そして――
僕自身が、この王国を変える鍵になることを。
――――
**【第一部 完】**
**――数年後、物語は再び動き出す。**




