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悪の組織に、逆賊の汚名が着せられる件

王都の門は、遠くから見るとただの線だった。


壁。


濠。


旗。


でも近づくほど、その線が“人の顔”に変わっていく。


兵の目。


市民の目。


そして――噂の目。


飛空邸は、夜の雲を低く裂いて、王都の外縁に降りた。


降りた、というより、置いた。


ばあやが「ここです」と言えば、そこが着陸地点になる。


じいやが「固定ヨシ」と言えば、そこが港になる。


……相変わらず、意味が分からない。


「王都……」


リーリエが小さく息を吐いた。


声は落ち着いている。


でも、指先が少しだけ硬い。


王女としての帰還。


それだけで、重い。


「大丈夫?」


僕が聞くと、リーリエは当たり前みたいに頷いた。


「ええ。――わたくしは、王女ですもの」


いつもの言葉。


なのに、今日は“言い聞かせ”に聞こえた。


レイナが淡々と告げる。


「首領。王都の空気は割れています。味方はいますが、同じ数だけ敵もいます」


「割れてる、って……」


マリーダが優しい声で補足した。


「英雄として迎える人と、逆賊として叫ぶ人。どっちも本気よ」


ルナが、短く言う。


「……刺さる」


刺さる。


視線が。


言葉が。


僕は、窓の外――じゃない。


今はちゃんと外を見ていた。


王都の夜は、明るい。


灯りが多い。


でも、その灯りの下に、不安が溜まっている。


結界が割れた。


帝国が来る。


王が守れない。


そういう“飲み込めない現実”が、街の底で泡みたいに膨らんでいる。


「行こう」


僕が言うと、幹部たちが揃って動いた。


リーリエも当然のように、隣を歩く。


……しれっと。


王女、会議にも参加して、現場も歩いてる。


---


王都の通りは、いつもより狭く感じた。


人が多いわけじゃない。


人が“寄ってこない”からだ。


遠巻きの輪が、通りの両側にできている。


こちらを見て。


小声で。


「……王女様?」


「いや、あれは……窓辺の闇だ」


「救ったって話もある」


「誘拐したって話もある」


噂が、同じ口から矛盾して出てくる。


レイナが、気配の薄い伝令から紙を受け取った。


一瞥して、淡々と読み上げる。


「国家警察。監察官エリシアが動いています」


「……あの人か」


名前を聞くだけで、胃の奥がきゅっと縮む。


宮殿の廊下。


正義の目。


仕事の目。


彼女は、僕らを“敵”として止めた。


でも、あの目は――国を見ていた。


「首領」


マリーダが、いつもの優しい声で言った。


「刃は抜きません。――必要なら、止めます」


止める。


殺さない。


壊さない。


ルナが頷く。


「……守る。折らない」


リーリエが、少しだけ眉を動かした。


「折らない……?」


「うん。折らない」


僕が言うと、リーリエは小さく笑った。


「相変わらず、あなたの“悪”は優しいのね」


優しい悪。


変な言葉だ。


でも、それでいい。


---


王城の前。


石段の上。


兵が並んでいた。


槍。


鎧。


そして――紙。


紙?


兵の先頭に立つ役人が、巻物を広げた。


声はよく通る。


「勅命により――」


勅命。


その単語が出た瞬間、リーリエの背筋がさらに伸びた。


役人は、続ける。


「王女リーリエ殿下を攫い、王城結界を破壊し、王都に混乱を招いた逆賊――『窓辺の闇』首領ユーリおよび随行者一同を、その場で拘束する」


一拍。


王都の空気が、割れた。


「ふざけるな!」


遠巻きにしていた市民の輪の奥から、怒鳴り声が飛んだ。


「結界が割れた日に! あいつらが誰を運び出したと思ってんだ!」


「王女様を――助けたんだろ!」


言葉は、最初は細い。


でも、細い言葉ほど、刺さる。


「窓辺の闇は悪じゃない!」


「税を奪うのはお前らだ!」


誰かが叫ぶ。


次の誰かが、同じ言葉を少しだけ言い換える。


正義が、伝言ゲームみたいに増える。


――同時に。


「逆賊だ! 王女をさらっただろ!」


「悪の組織だぞ! 信じるな!」


反対側の輪が、別の声を上げた。


怖がっている声。


安心したがっている声。


“誰かを悪にすれば、今日だけ眠れる”声。


「勅命だ! 従え!」


役人の後ろで、取り巻きの私兵らしい男が腕を組んで笑った。


その笑いが、火に油を注ぐ。


兵が槍の柄を鳴らして、群衆を押し下げる。


押される。


押し返す。


王都は、もう一度だけ。


内側から割れかけた。


……へえ。


僕は、変に冷静だった。


攫い。


結界破壊。


混乱。


全部、言い方だけは整っている。


やっていることは、ただのラベリングだ。


リーリエが、静かに息を吸った。


「……わたくしが、ここにいるのに」


声が、冷たい。


怒りではなく、王女の温度。


「リーリエ様」


レイナが小声で言う。


「今はまだ。言葉を出すと、矛先があなたに向きます」


リーリエは一拍だけ黙り。


それから、頷いた。


……この人。


幹部会議に参加するだけある。


マリーダが、役人へ向けて微笑んだ。


「首領。――どうします?」


どうする。


僕は、役人の後ろ――さらに後ろを見た。


城門の影。


その向こうに、もっと大きい影がいる。


王の取り巻き。


逃げるために勅命を乱発し、商人の財産を押さえ、市民を徴発し。


そして今度は、僕らに“逆賊”の札を貼る。


(分かりやすい)


分かりやすすぎて、吐き気がする。


「……拘束はされない」


僕は、声を低くした。


「でも、殺さない。折らない。ここで王都を割るな」


マリーダが頷く。


「御意」


レイナは淡々と告げる。


「制圧フェーズに移行します」


「やめて。いまフェーズって言わないで」


僕が言うと、役人が眉をひそめた。


「……逆賊が、何を言っている」


逆賊。


僕は思った。


最初の敵は帝国じゃない。


この国の中にある“逃げるための正しさ”だ。


そして。


それを正すために、僕らは王城に足を踏み入れる。


遊びじゃない。


ごっこじゃない。


僕は一歩、前へ出た。


「窓辺の闇の首領として言う」


名乗った瞬間、空気が張る。


「王女はここにいる。……逆賊は、そっちだ」


リーリエが、ほんの少しだけ口角を上げた。


――まあ。そうなるわよね。


その顔が、背中を押した。

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