悪の組織に、第三部の幕が上がる件
王都が、壊れかけている――そういう報せは、紙の匂いと一緒に届いた。
部屋の机に積まれた報告書は、いつものように整いすぎていて、だからこそ内容が生々しい。
「徴発令。資産の取り押さえ。市民の動員……」
レイナが淡々と読み上げる。声色はいつも通り、氷みたいに冷静だ。
でも、言葉の中身だけが、やけに熱い。
「……戦争のため、ってやつ?」
僕が言うと、マリーダが優しく首を振った。
「名目はそう。でも実態は、“自分たちが逃げるため”よ」
逃げるため。
その言い方が、妙に軽くて、逆に胸に刺さる。
ルナが、短く言った。
「……王都、削れてる」
削れてる。
王都が。
街が。
人が。
帝国が来る前に、こっちの中身が先に崩れる。
そんな壊れ方をする国を、僕は本当に守りたいのか。
――守りたい、なんて。
そこまで考えて、僕はようやく気づいた。
僕は今、「守りたい」と思ってしまっている。
悪の組織ごっこ。
遊び。
厨二。
そういう言葉で包んで誤魔化してきたものが、もう誤魔化せなくなっている。
王女を救った。
結界コアに血を押し当てた。
宮殿の兵を殺さずに制圧した。
全部、“遊び”では済まない。
「……それで」
机の反対側から、上品な声が落ちた。
リーリエだ。
飛空邸の廊下で洗濯とジャガイモに殴られていた王女が、今は当たり前みたいな顔で会議に座っている。
椅子の座り方まで、王宮のそれ。
「王の取り巻きはあのバカどもは、民から何を奪っているの?」
質問が、ちゃんと政治の質問だった。
レイナが即答する。
「金と食料、そして時間です。徴発は“戦うため”の形をしていますが、実態は逃走資金の確保と、追手の足止めです」
リーリエが小さく頷く。
「……国を守るふりをして、国を削っているか」
「そう」
マリーダが優しい声で肯定した。
優しいのに、目が笑っていない。
ルナが、さらに短くまとめる。
「……嫌い」
嫌い。
理由が短いほど、重い。
僕は、ふっと思った。
リーリエも。
この会議に、参加してるんだよな。
昔は、遊びの合言葉を決めるだけだった。
今は、国の命運の話をしている。
……ちゃんと、同じ席にいる。
それが、妙に現実だった。
「ユーリ様」
マリーダが、僕の名前を呼ぶ。
いつもの柔らかい声。
でも、次の言葉は柔らかくない。
「王都に戻りましょう」
レイナが頷く。
「臨時政権の有無に関わらず、現政権の取り巻きが暴走しています。放置すれば王都は内側から破裂します」
ルナが、袖を掴んだ。
「……行く。守る」
守る。
守る、か。
僕は窓の外を見た。
空は暗い。
夜は、最近やけに“外へ”近い。
ナイトガウン・フォートレス。
ルナが作った、闇の寝巻きの要塞。
――出られる。
夜なら。
でも。
出る理由が変わった。
外の空気を吸いたいからじゃない。
散歩がしたいからじゃない。
「……リーリエを、玉座に座らせる」
僕の口から言葉が出た。
自分でも驚くくらい、低い声。
一拍。
リーリエは、驚かなかった。
「……ええ」
当たり前みたいに頷く。
「まあ。そうなるわよね」
その言い方が、王女のそれで。
でも同時に、昔みたいに“僕の隣”に座っていた時のそれでもあって。
胸の奥が、妙に静かになった。
レイナが瞬き一つ。
「目的、明確化。承知しました」
マリーダが、微笑む。
「うん。首領らしい」
首領。
その呼び方が、胸の奥で変に重くなる。
僕は、息を吸った。
「取り巻きが暴れようが、勅命を乱発しようが、帝国が来ようが……」
言葉を、ちゃんと形にする。
形にした瞬間、世界が動いてしまうのは知っている。
「王都を割らせない。……国を、削らせない」
ルナが頷く。
「……うん」
マリーダが、優しい声で言った。
「ユーリ様。怖い?」
怖い。
怖いに決まってる。
でも、怖いと言ったら、彼女たちはきっと“守る”ためにやりすぎる。
そして、そのやりすぎを止める責任が、僕に戻ってくる。
僕は笑った。
笑って、ごまかす。
「怖いけど……行くしかない」
レイナが紙を束ねる音がした。
「移動計画を更新します。王都帰還。最短ルートと、想定検問の回避案を提示します」
「やめて。そこ、会社にしなくていいから」
僕が言うと、マリーダが小さく笑った。
ルナは真顔だ。
「……会社? なに」
「いや、うん。なんでもない」
僕は椅子の肘掛けに指を置いた。
窓辺。
闇。
本当は、ずっとここにいたかった。
でも。
この椅子に座ったままでも。
この窓辺からでも。
僕の言葉は、誰かを動かしてしまう。
だったら。
逃げるな。
「……第三部、開幕だ」
僕が呟くと、幹部たちの空気が一拍だけ張った。
「御意」
重い返事。
悪の組織ごっこ。
そのはずだった。
――でも、もう。
僕は、顔を上げて言った。
「……これは、ごっこじゃない。立派な悪の組織として、国を奪る」
言った瞬間、空気が変わった。
マリーダの微笑みが、ほんの少しだけ“本気”に寄る。
レイナの瞳が、仕事の光を増す。
ルナは袖を握り直して、短く頷いた。
リーリエは当然みたいな顔で、もう一度だけ頷く。
これは、遊びじゃない。




