閑話 空飛ぶ日常
飛空邸の中は、今日も妙に“家”だった。
外では雲が流れ、下には王国が広がり、腹の下では推進器が唸っている。
それでも廊下の角には花瓶があり、窓辺にはカーテンが揺れ、台所からは湯気が立つ。
飛ぶ戦艦みたいな顔をして。
やっていることは――生活だ。
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実働部隊にとって、今日は久々の休日だった。
つい昨日まで、王城で運動会みたいな撤退戦をしていた連中が。
今日は廊下で、だらけている。
「……信じられない」
見回りのつもりで歩いていた僕は、思わず呟いた。
甲板――ではなく廊下の端で、末端の構成員たちが輪になっていた。
誰かがカードを切り。
誰かがパンを齧り。
誰かが昼寝して。
「首領だ!」
一人が叫びかけて、
次の瞬間、別の一人が口を塞いだ。
「叫ぶな。今は“休日”だ」
休日にも規律がある。
やっぱり怖い。
「首領、こちらへどうぞ」
椅子を引かれた。
僕は反射で断った。
「いや、いいよ。みんな休んで」
休んで、と言ったのに。
「首領が休めと仰った。よって休む」
全員が真顔で頷く。
(休み方が軍隊なんよ)
でも。
その真面目さが、どこか嬉しい。
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機関室――と呼ぶには生活感のある場所では。
じいやが、機関士長として張り切っていた。
「出力は安定。温度も良し。……よし、よし」
でかいレンチを持ったまま、頷きの回数が多い。
嬉しそうだ。
その背後。
操舵席――と言い張る卓の前で、ばあやが当然のように腕を組んでいる。
「艦長、進路は安定しています」
誰が言い出したのか分からない“艦長”呼び。
「ええ。では、次の補給港へ」
様になりすぎている。
(ばあや、元から艦長だったのでは?)
じいやが顔をしかめた。
「ばあや。勝手に出力を上げるな」
「上げていません。上げたように“見える”だけです」
「それが問題なんだ!」
口げんかが日常すぎて、飛んでいる事実が薄れる。
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廊下の別の区画では、“メイド戦争”が起きていた。
王女付きのメイドたちが、綺麗に列を作っている。
対するは、僕の屋敷のメイド(……いつの間にこんなに?)たち。
双方、笑顔。
笑顔のまま、火花。
「姫様のお部屋は、こちらで整えます」
王女側が言うと。
「首領の屋敷の動線を乱さぬよう、こちらの手順で統一いたします」
こちら側が返す。
統一。
手順。
(そこ、会議用語を持ち込まないで)
「……では、洗濯の干し方で勝負です」
誰かが言った。
「いいでしょう。干し方は文化です」
文化。
(干し方、文化なんだ……)
カーテンの向こうで、洗濯物が戦旗みたいに揺れていた。
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部屋の端。
リーリエ――姫様が、少しだけ離れた場所で眺めていた。
戦場では強い。
王城でも強い。
なのに、こういう場所だと――少しだけ、年相応の顔になる。
「……すごい国ね」
彼女が小さく言った。
すごい国。
僕は答えに困って、曖昧に笑った。
「うん。……すごい人たち、かな」
“すごい”のは国じゃない。
守ろうとする意志のほうだ。
たぶん。
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夜。
飛空邸の灯りが落ち、窓の外の雲が暗くなる。
そして――会議の時間が来る。
僕は椅子に座った。
毛布が当然のようにかけられ、温度が当然のように調整される。
(会議は、健康管理から始まる……)
机の上には、紙。
紙。
紙。
「首領。報告が各地から入っています」
レイナが淡々と言う。
扉の外には、諜報部隊の伝令。
散っていた“目”が、夜に集まる。
まずは商業都市圏。
「補給港は中立を保っています。ただし、金の匂いが強い。争いの前に、まず値が上がります」
次に帝国。
「帝国軍は動きます。竜騎兵の再編。補給の前倒し。……戦争の匂いです」
辺境伯領。
「雪原で、偵察部隊が消えました。辺境伯軍が目を覚ました可能性が高い」
王都。
「政敵の動きが早い。『反逆者』のラベルを貼る準備が進んでいます」
どれも同じ結論に収束していく。
――戦争。
王国がまとまらなければ、帝国に負ける。
重い。
……のに。
レイナが、最後に付け足した。
「なお、帝国皇帝の寝所は――」
「もういい!」
僕が即座に止めた。
マリーダが、にこやかに頷く。
「首領。雑音排除、素晴らしい判断です」
「それは雑音じゃなくて、情報の圧がデカいの!」
ルナが、静かに言う。
「……疲れる。寝る。守る」
「寝るのは会議の後!」
リーリエが、隣で小さく笑った。
笑っていいのか分からない笑い。
でも。
この空気が、今は必要だった。
外が暗いほど。
雲が厚いほど。
僕らは、こうして笑って――そして、決めなければいけない。
「……まとめよう」
僕は息を吸った。
「王国は、まとまらないといけない。
それが無理なら――俺たちが、まとめる」
言った瞬間。
幹部たちの目が、揃って光った。
「御意」
重い返事。
……そして、また紙が増える未来が見えた。
飛空邸の夜は静かだ。
静かなまま。
戦争の準備だけが、整っていく。




