閑話 血筋、呪い、守り
その屋敷は、外から見れば、ただの古い貴族の館だ。
石の壁は重く、門は高く、庭はよく手入れされている。
——けれど、内側にいる者だけが知っている。
ここは「家」であると同時に、「檻」でもある。
僕——ユーリは、その檻の中で生きている。
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夜が深くなると、静けさが増す。
静けさが増すと、考えごとも増える。
どうして僕は、ここから出られないのか。
どうして「外に出る」という当たり前が、こんなにも遠いのか。
答えは、血筋にある。
そして——呪いにある。
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父と母の世代の話を、僕は断片的にしか知らない。
屋敷の古い使用人たちは、必要以上を語らない。
父は多くを語らず、母は——語る前にいなくなった。
ただ、ひとつだけ、確かなことがある。
あの人たちは政争に負けた。
貴族の世界は、剣や魔法よりも、紙と印章と噂で人が死ぬ。
勝った側が歴史を書き、負けた側は「なかったこと」にされる。
そして、父が負ければ——僕も負ける。
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父は、王弟だった。
王の弟。王家の血を引く者。
その肩書は、誇りにもなる。
同時に、刃にもなる。
味方が集まるのと同じ速度で、敵も集まる。
王家の血を持つ者が一歩でも踏み違えれば、それは「不祥事」では済まない。
“王家そのものの傷”として扱われる。
政敵は、いつだって言葉をきれいに整えていた。
国のため。
安定のため。
民のため。
でも、僕には分かる。
あの人たちは、王家の血を利用して権力を握りたいだけだ。
父を押さえ込めば、王家を押さえ込める。
そういう計算が透けて見える。
父が表舞台から消えれば、残るのは「都合のいい王家」だ。
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そして負けた結果として。
僕に“呪い”が残った。
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呪いは、派手な雷鳴や痛々しい発光を伴うものじゃない。
むしろ、静かで。
理不尽で。
そして、手続きみたいに正確だ。
僕の中には、目に見えないマーカーが仕込まれている。
それが、ある条件を満たすと発動する。
条件はひとつ。
貴族家と契約した悪魔が、遠隔の視界で僕を“視認”すること。
——視認された瞬間、呪いは動き出す。
命を、むさぼる。
それは「痛い」というより、「奪われる」感覚に近いらしい。
僕は幸運にも、発動の瞬間を経験していない。
理由は、たったひとつ。
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この屋敷には、母が仕込んだ守りがある。
悪魔の視線隠し(不可視化)の守り。
外から見れば、ただの屋敷。
中から見れば、母の作った“見えない布”に包まれた、特別な場所。
だから、家の中では安全だ。
少なくとも——悪魔の目にさえ触れなければ。
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母は、僕を守った。
守るために、命を使った。
魔法は便利だ。
けれど、便利なものほど代償がいる。
母はそれを分かっていて、それでも止まらなかった。
僕の安全を、屋敷そのものに縫い付けるように。
僕がどんなに息をしても、外に匂いが漏れないように。
だから僕は今日も、この檻の中で生きている。
……守られている。
そして同時に、思う。
この守りを、いつか自分の足で越えなければならない。
母が残したものを、裏切らない形で。
そのための夜が、近づいている気がした。
昔の僕なら、きっとここで思考を止めていた。
怖いから。
守られているほうが、楽だから。
でも今は違う。
この館には、僕の言葉を拾ってくれる仲間がいる。
僕の冗談を、本気で形にしてしまう仲間がいる。
僕が外を見られないなら、代わりに外を見て、報告してくれる仲間がいる。
守りは檻だ。
だけど——仲間ができたことで、その檻は「いつか越えるための壁」に変わった。
母が命で縫い付けたこの守りを、無駄にはしない。
守られるだけの僕で終わらない。
そう、静かに決意が固まっていくのを感じた。




