表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/17

悪の組織に、会議は踊るされど進まずなんてことはない件

机の上に、紙が“立っていた”。


いや、正確には、丁寧に揃えられた紙束が、

角を揃えたまま僕の視界に突き刺さっていた。


表紙。


罫線。


押印欄。


そして、太字。


《稟議書》


「……あ」


口から、情けない音が出た。


紙って、こんなに圧があるんだ。


その圧の正体が、扉の向こうから入ってくる。


控えめなノック。


控えめすぎて、急ぎが分かる。


「どうぞ」


入ってきたのはレイナだった。


フードを外し、当たり前みたいに言う。


「首領。稟議案件が増えました」


「増やさないで……」


僕の弱い抵抗は、紙束の前で軽く潰れた。


「増えます。組織が増えましたので」


当たり前みたいに言う。


僕は当たり前じゃない顔をした。


(……僕、いつから“稟議書を受け取る立場”になったんだっけ)


「首領だからね」


自分で自分にツッコんで、ふっと笑う。


笑ってしまった時点で負けだ。


紙のほうが真面目で、僕のほうが不真面目——いつもの構図。


(レイナはそう言うと、机の紙束を一度、きっちり揃え直した。)


「え、増えたの? 人」


「はい。末端が二十を超えました」


「……いつの間に」


「首領が前回、『救う順番』を定義されたので」


レイナの声は平坦なのに、言葉が重い。


救う順番。


僕は“ごっこ”のノリで言ったつもりなのに。


彼女たちは、現場へ配って、運用して、増やしている。


「増えるのはいいけど……稟議って何を稟議するの?」


「部署です」


レイナは言い切り、紙束を机に置いた。


一枚目の表題はこうだ。


《窓辺の闇 組織図(案)》


「……組織図」


「はい。現在、現場が“勝手に”回り始めています。回るものは、枠に入れないと歪みます」


「歪むと……どうなるの」


「首領の前に、歪みが来ます」


——来る。


その言い方が、妙に現実的で。


僕は思わず、背もたれに体重を預けた。


ふわ。


背中が柔らかくなる。


「……?」


視線を動かす。


ルナが、いつの間にか背後にいた。


足音を置いていかない子だ。


ルナは無言で毛布を一枚、僕の肩に“足した”。


「ありがとう。……いや、春だよ?」


「寒い」


短い。


完結。


反論の余地がない。


その瞬間——


「失礼します、首領」


今度は別のノック。


扉の隙間から、柔らかい香りと一緒に、マリーダが入ってくる。


清潔な騎士服。


清潔すぎて、逆に怖い。


「会議の時間です」


「え、もう?」


「はい」


マリーダの笑顔は穏やかで、言葉は容赦がない。


僕は観念して立ち上がった。


——立ち上がろうとして。


「首領」


レイナが、僕の袖をつまんだ。


ほんの一瞬。


でも、確実に。


「……え?」


僕が振り向くと、レイナは何事もない顔で言う。


「歩くとき、ふらつかないように。……手、貸します」


言って、自然に僕の腕に指を絡めようとする。


いや、絡めるというほどでもない。


“つかむ”に近い。


でも、狙いがあるのが分かる。


(あ、これ、狙ってる)


僕が気づいた瞬間——


「レイナ」


マリーダの声が、静かに落ちた。


低くない。


怒ってもいない。


ただ、刃のない声なのに、空気が切れる。


レイナは僕の腕から指を離さず、淡々と返す。


「首領の安全確保です」


「安全は私が担います」


「担える範囲には、限界がある」


言葉の応酬が、会議前の小競り合いとして成立してしまっている。


僕は間に挟まれたまま、目を瞬く。


そのとき。


ぎゅ。


今度は反対側から、服の裾が引かれた。


見下ろす。


ルナが僕のコートの端を、知らないうちにつかんでいる。


「……ルナ?」


「一緒」


妹みたいに言って、離さない。


左右から。


腕と裾。


僕は自分が、何かの“稟議書類”みたいに扱われている気がしてきた。


「え、僕、搬送物?」


誰も笑わない。


笑わないのに、空気だけが面白い。


「……行こっか」


僕が言うと、三人とも同時に頷いた。


その頷きが、一番怖い。


---


会議室。


長い机。


椅子が四つ。


僕の席が中央。


座った瞬間、空気が整う。


整いすぎる。


(僕、そんなに偉いっけ……)


偉くない。


遊んでるだけ。


でも。


「首領。本日の議題を開始します」


マリーダが言った。


会議の顔。


友達の顔のまま、会議の声。


「うん。どうぞ」


僕はできるだけ軽く返す。


軽く返さないと、重いことが“決まってしまう”気がするから。


レイナが紙を一枚滑らせた。


「第一議題。組織の規模拡大に伴う部署整理」


「部署……」


僕は言葉を反芻した。


部署。


悪の組織に部署。


「現場が増えました。『救う順番』を運用するために、役割が自然発生しています」


「自然発生って、菌みたいに言うなあ……」


僕が笑うと、レイナは真顔のまま続ける。


「現状、こうです」


紙。


組織図。


・情報(調査・名簿)


・実働(救出・制圧)


・保護(寝床・食事・連絡)


・会計(資金管理・現場費)


・記録(再発防止の手順書)


「……え、保護が部署になってる」


「なりました」


レイナが淡々と言う。


「現場が“救った後”までやり始めています。止めると反動が出ます」


「反動……」


「首領の『優しさ』が、現場に正当化として流れています」


優しさ。


流れる。


僕は少しだけ、息が詰まった。


優しさは、勝手に流れて、勝手に増える。


僕はただ窓辺で、紙を増やしているだけなのに。


「……じゃあ、部署を作ると、何がいいの?」


レイナは言う。


「歪みを止められます。


誰が何を決めるか。


誰がどこまでやるか。


そして——誰が首領に何を持ち込むか」


持ち込む。


マリーダの指先が、机の上でわずかに動いた。


「首領の心を汚すものは、会議室に入れません」


穏やかな声。


内容が重い。


「汚すって……またその言い方」


僕が苦笑すると。


「汚す」


ルナが、同じ言葉を小さく復唱した。


「え、ルナまで……」


ルナは僕の背後に回り、黙って椅子の背にもう一枚、薄い布を足す。


空気が一段、静かになる。


(静かにするの、上手すぎない?)


僕がそう思った瞬間。


「……その静かさ、会議の邪魔になってない?」


と、言いかけて。


レイナが、さらっと追撃する。


「首領。部署を作るなら、稟議フローが必要です」


「稟議フロー……」


紙がもう一枚出てくる。


《稟議フロー(案):首領決裁》


「最終決裁者、僕……」


僕は自分の名前が書かれている欄を見て、急に胃がきゅっとなる。


「え、待って。僕、署名できるほど偉い文字書けないよ?」


マリーダが、当然のように言う。


「首領の署名は、世界が従います」


「従わないで」


僕が即ツッコミを入れると、会議室の空気が一瞬だけ緩む。


——その“緩み”が、短期報酬だ。


ツッコミが通じる。


僕がまだ、ここにいてもいい。


レイナは緩まない。


「署名ではなく、決裁印でも構いません。首領専用の印を用意します」


「用意しないで!?」


マリーダが静かに首を傾げる。


「首領。用意しない理由がありません」


理由。


僕は理由を探し、逃げ道に気づいた。


「……じゃあ、遊びとして。悪の組織っぽい印にしよう」


言った瞬間。


三人の目が、ほんのわずかに光る。


レイナが言う。


「承知しました。意匠案を三案用意します」


「三案も……」


マリーダが言う。


「首領の好みを把握するのは、護衛の責務です」


ルナは無言で頷き、僕の肩の毛布を直した。


(あれ、もう決まった?)


僕が“遊び”と言ったものは、いつも勝手に“決まる”。


---


第二議題。


レイナが紙をめくる。


「監査です」


「監査……」


悪の組織に監査。


もう言葉だけで面白い。


「組織の金の流れが増えました。現場費。保護費。寝床。


そして最近、末端が『寄付』を受け取り始めています」


寄付。


「え、寄付って……誰が?」


レイナは淡々と言う。


「救われた人です。


感謝。


恩返し。


そして——『さす主』の信仰」


その単語が出た瞬間、僕は思わず顔を覆った。


「やめて……『さす主』って言うな……」


マリーダが穏やかに肯定する。


「首領。末端は、首領を讃えることで秩序を保っています」


秩序。


レイナが追い打ちする。


「秩序は、金で崩れます。


崩れたとき、首領の名が汚れます」


汚れる。


またその言い方。


でも、今回は分かる気がした。


金は、汚れる。


「……じゃあ、監査って何をするの?」


レイナが紙を出す。


《内部監査(案)》


・現場費は領収の代わりに“使用理由”を記録


・寄付は“保護部署”が受け取り、個人受領は禁止


・保管は“会計部署”が一括


・不正があれば“実働部署”が回収(物理)


「回収(物理)って何」


僕が笑い混じりに言うと。


マリーダが、柔らかい声で答える。


「首領の心を汚す者から、物を取り上げます」


怖い。


柔らかく言うと、余計に怖い。


そのとき——


「首領」


レイナが、また僕の袖に触れた。


「……これ、見てください」


袖。


距離。


触れ方が、さっきより自然。


(あ、また狙ってる)


僕が視線だけで察した瞬間。


「レイナ」


マリーダが、同じトーンで呼ぶ。


「首領に触れる理由は?」


「資料を渡すためです」


「資料は机に置けます」


淡々とした論理。


レイナは一拍置いて、さらに淡々と返す。


「……では、机に置きます」


置いた。


でも。


置く前に、わざと僕の手に紙の角が当たる。


ほんの一瞬。


(当てた)


僕が気づく。


マリーダが気づかないはずがない。


マリーダは微笑んだまま、レイナの手元から紙をさらっと受け取った。


「首領。こちらです」


紙は丁寧。


渡し方は完璧。


レイナの目が、ほんのわずかに細くなる。


マリーダの笑顔は変わらない。


(会議って、こういう戦いもあるの?)


僕は内心で、変な汗をかきつつ、紙を見る。


そこには、寄付の内訳が並んでいた。


食料。


毛布。


薬。


寝床。


そして——


「……指輪?」


僕が呟くと、レイナが説明する。


「末端の一人が、首領へ献上するつもりで購入しています。


『首領の指に、闇の誓いを』と」


「やめて!?」


僕のツッコミが、今日一番大きくなる。


ルナが、何も言わずに僕の膝に手を置いた。


ぎゅ、と。


落ち着け、という意味なのか。


ただ、くっつきたいだけなのか。


区別がつかない。


「……ルナ、今は会議」


「会議。だから」


意味が分からない。


でも、意味が分からないのに、救われる。


マリーダが、さらっと結論を言う。


「献上は禁止します」


「うん。禁止。絶対禁止」


レイナが続ける。


「禁止を周知するため、首領の言葉が必要です。


稟議書の文面に、首領の一文を入れます」


首領の言葉。


僕は、また胃がきゅっとなる。


「……えー。僕が書くの?」


マリーダが穏やかに頷く。


「首領が『やめて』と仰れば、すべて止まります」


それは、前回の“線引き”と同じ構造。


僕は少しだけ息を吸って。


「……分かった。


『献上は禁止。代わりに、保護部署へ回せ。あと、指輪は怖い』」


言った。


言ってしまった。


レイナが即座に書き取る。


マリーダが満足げに頷く。


ルナが小さく頷く。


(僕の一言で、世界が動くの、やっぱり怖いんだよな)


でも。


僕の一言で、“怖いもの”が止まるなら。


それは、悪くない。


---


第三議題。


レイナが、紙を一枚だけ出した。


黒縁でも、提出用でもない。


短い。


「国家警察への監視を、強化します」


「監視?」


僕が聞き返すと、レイナは淡々と頷く。


「はい。


こちらを嗅いでいる“胃が痛い監察官”がいます。


真面目な人は、見逃しません」


真面目な人。


格好いい。


でも、こっちからすると、怖い。


「でもさ。監視って、悪の組織っぽすぎない?」


僕が笑って言うと。


「悪の組織です」


レイナは一ミリも揺れない。


その瞬間、マリーダの空気が少しだけ冷える。


冷えたのに、顔は笑っている。


「首領。国家警察は“敵”ですか」


穏やか。


でも、問いが刃。


僕は即答する。


「敵じゃない。まだ。


正義で動く人がいるって、格好いいよ」


言った途端。


マリーダの目が、一瞬だけ揺れて。


ルナが、無言で僕の肩の毛布を直す。


(はいはい、落ち着けってことね)


僕は咳払いを一つして、続けた。


「ただし。


僕に危険が来るのは、だめ。


ぶつかるのも、だめ」


マリーダが、ゆっくり頷く。


「……承知しました」


御意じゃない。


前回の線引きが、ちゃんと生きている。


レイナが結論だけを置く。


「監視は、情報だけです。


相手の動き。


上の指示。


現場の空気。


そして、監察官の“優先順位”。


守るべきは、首領の平穏です」


「……平穏のための、監視」


僕が言うと、レイナは短く頷いた。


「はい。平穏のための、悪の組織です」


その言い方が、妙に綺麗で。


僕はちょっとだけ笑ってしまった。


「うん。じゃあ——監視は強化。


でも、やりすぎは無し。


僕が『やめて』って言ったら、やめる」


マリーダとレイナが同時に頷き。


ルナも小さく頷いた。


……やっぱり。


僕の一言で、世界が動く。


---


会議は、紙の山を増やしながら、きっちり終わった。


終わり際。


レイナが言う。


「首領。本日の決裁事項は三つです。


部署設置。


内部監査。


外部監査用の提出フォーマット」


「……提出フォーマット」


僕はその単語に、嫌な既視感を覚える。


「ねえ、それ、誰に出すの?」


レイナは平然と答えた。


「首領にです」


「僕に出して、僕が承認して、僕に戻るの?」


「はい」


「循環してない?」


マリーダが穏やかに言う。


「首領の決裁は、末端の心を落ち着かせます」


「落ち着かせるために、僕がハンコ係……」


僕が頭を抱えたところで。


ルナが、無言で僕の肩に頬を寄せた。


「……ルナ?」


「大丈夫」


短い。


でも、それだけで笑ってしまう。


(妹枠、強いな……)


僕が笑うと、空気が少しだけ柔らかくなる。


そして、その柔らかさの中で。


レイナが、最後の紙をすっと差し出した。


「首領。もう一件。


次の小事件の匂いです」


「匂い?」


僕は紙を受け取る。


受け取る——その瞬間。


レイナが、今度ははっきりと僕の指に触れた。


紙の受け渡しに必要な距離じゃない。


(やったな)


僕が内心で思った瞬間。


マリーダが、同じ速度で紙を上から押さえた。


僕の指から、レイナの指が自然に離れる。


「首領。……次は、私がご説明します」


穏やかな牽制。


音がしない。


レイナは表情を変えずに一歩引いた。


「承知しました。


では、概要だけ。


宮殿周辺で“結界に詳しい職人”が消えています」


結界。


宮殿。


その言葉だけで、空気が一段だけ重くなる。


僕は紙の端を指で揃えながら、できるだけ軽く言った。


「……結界ってさ。


触っちゃいけない“コア”があるらしいんだよね。


噂だけど」


前回の末端の雑談。


まだ噂。


でも、噂は噂で終わらない。


マリーダが微笑む。


「首領。噂は拾います。


断定はしません」


その言い方が、どこか“監察官”みたいで。


僕は少し笑ってしまった。


「みんな、真面目だなあ」


真面目なのは、紙だ。


僕じゃない。


でも。


会議室の端で、紙がきちんと積み上がる音がした。


稟議。


監査。


部署。


悪の組織ごっこは。


今日も、ちゃんと回ってしまった。


そして。


僕の袖は、また少しだけ引かれている。


レイナが。


マリーダが。


ルナが。


左右と背後。


僕はため息混じりに笑い、言った。


「……ねえ。


僕を書類みたいに扱うの、そろそろやめない?」


三人が、同時に頷く。


やめない。


絶対にやめない。


僕はそれを理解してしまって、もう一回笑った。


——笑えているうちは、きっと大丈夫だ。


ただ。


結界職人が消えた。


その一滴だけは、紙の隅に残しておく。


次の“事件”は、稟議では止まらない匂いがするから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ