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月霞市国の物語 ──この出会いも、感情も、最初から仕組まれていたのだとしたら──  作者: 神崎妃光子


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48話 打ち合わせ

木曜日。

天気はよく晴れて、けれど秋の気配がわずかに混じる空気だった。

俺はカフェのドアを開けると、見慣れた香りが迎えてくれた。


いつもの木曜日とは違う


席にはすでに、美月と沙羅さん、ノノさん、そしてリリカがそろっていた。


「遅れてごめん」


そう言いながら近づくと、リリカは少しだけ会釈をして、すぐに視線を外した。

あの視線の流し方が、少しだけ違って見えたのは気のせいだろうか。


打ち合わせのテーマは、沙羅さんの新しいネイルサロンの立ち上げプロジェクト。

俺以外にも、美月はブランド全体のデザイン。

そこに、インテリアと什器制作としてノノが関わり、花や空間演出としてリリカが招かれた。


「ノノくんから聞いてたけど、リリカさんのアレンジ、すっごく綺麗で。ぜひお願いしたくて」


沙羅さんの明るく人懐っこい声に、リリカは小さくうなずいて「ありがとうございます」と笑った。

その横顔を、ノノがふわっとした空気のまま見守っている。


その笑顔に、少しだけ胸がざらついた。


話は順調に進み、美月と沙羅さんが盛り上がり始めると、リリカとノノは少し距離を詰めて、図面を覗き込んでいた。


「ここの窓際、光がすごく入るから、リリカのドライフラワーとか映えそうじゃない?」


「うん……すごくいいかも」


ノノに話しかけられたリリカが、嬉しそうに笑う。

俺が何度か見せたくて、でも見せきれなかった笑顔を、あっさり引き出されている気がして。


喉の奥に、少しだけ苦味が残った。



打ち合わせが終わる頃、他の三人が先に立ち上がった。


「じゃ、私たちは先に戻るね」


美月がそう言って手を振ると、沙羅とノノも一緒に店を出て行った。

俺は、その背中を見送りながら、声をかけた。


「……少し、時間ある?」


リリカは驚いたようにこちらを見たあと、少しだけ戸惑ってうなずいた。


誰もいなくなった席で、俺たちは向かい合っていた。

冷めかけたコーヒーを一口飲んで、言葉を探す。


でも、先に口を開いたのは、リリカだった。


「……なんか、久しぶりですね。こうして二人で話すの」


「そうだな。最近……ちょっと、距離ある気がしてた」


リリカの肩が、すこしだけ動いた。


「そんなこと……」


「ほんとに?」


静かに尋ねたつもりだった。

けれど、自分の声が、少しだけ低く、刺すように聞こえた。


リリカは目を伏せた。


「……東京から帰って、いろんなこと考えてて。

 誰かと関わるのが、ちょっと怖くなったというか」


「ノノさんには話してるみたいだけど」


思わず口に出してしまってから、しまったと思った。

嫉妬心をぶつけたかったわけじゃない。


けれど、リリカはすぐに否定しなかった。


「ノノは……たぶん、話しやすいんです。昔から」


言葉の裏にある意味を、あまり考えたくなかった。

でも、その「話しやすい」の中に、自分が含まれていないことだけはわかっていた。


「……そっか」


そう返すと、リリカはふっと笑った。けれど、その笑みにはどこか痛みが混じっていた。


「でも、アオイさんのこと……ちゃんと信頼してますよ」


その一言が、思いのほか嬉しくて。

でも、それ以上踏み込めないことが、歯がゆかった。


「ありがとう。……でも、無理はしなくていいよ。怖いままでも、いいと思う。俺は――待てるから」


そのとき、リリカが驚いたように俺を見た。

少しだけ、瞳が潤んでいた。


「……やっぱり、アオイさんって、ずるいです」


「そう?」


「……うん」


そして、またすぐに目を逸らした。

俺はその横顔を、ずっと見ていたかった。


――できれば、触れてしまいたかった。

けれど、今はまだその手を伸ばすには、早すぎる。


店を出ると、夕暮れの光が街を染めていた。

隣を歩くリリカの肩が、少しだけ俺の方へ寄ってきた気がして。


ただ、それだけで、今日は十分だと思った。


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