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第二話 伝説の朝会

「オリビアその後どう?課題の方は」

「……言わないで」

 

 母さんが“無茶ぶり課題”を出してから、もう三週間が経った。長期休みを挟んで、後期が始まるまで、あと四ヶ月を切ってしまった。

 どうしたものかと、頭を抱えながら、寮から講義堂へ足を進める。

 

 白のブレザーに、細かなヒダが入ったグレーの膝丈スカート。

 学年カラーの赤いリボンとベレー帽を合わせている。

 これがノアリス女学園の制服だ。

 今年の配色は、一年が紺、二年が黄、三年が赤――フェリシアたちは最上級生だ。


 それにしても……オリビアのこの反応、相当苦戦しているのだろう。

 

「方向性は決まってるの?」

 課題提出の期限が実習が始まる後期とはいえ、そろそろ一つぐらいはレシピ完成させないと今後が大変だ。

「とりあえず、一つ目は水魔法を中心に考えてる。それならグレース先生に頼れるしね」

 グレース先生は水と氷魔法の専門家で、治癒魔法学の理論と実技を担当している。青と水色のグラデーションの髪に、翡翠のような瞳――見た目も落ち着いた綺麗な人だ。教師になった今も研究を続けているから、ポーション作りの相談には最適だ。

 

「今日の放課後、相談に行ってくるよ」

 フェリシアは「分かった」と頷く。

 とは言ったものの、いくらオリビアが優秀とはいえ「生徒がいきなり店に出せる完成度のポーションを三つ作りたい」と言い出したら、グレース先生もびっくりするだろう。

 ……びっくりで済んだらまだマシか。

 フェリシアがグレース先生の立場なら間違いなく、卒倒するだろう。

 これからオリビアから、爆弾発言を聞くであろうグレース先生を思うと、なんとも言えない気持ちになる。

 

「そういえば、フェリシアとこの学科今日、新しい先生来るんだって?」

「ああー、そうだった」

 一人教師が退職したから、その代わりに新しい先生がやって来るのだ。

 新しい教師が来ると、講義堂で朝会が開かれるので、正直めんどくさい。

(学科が違うオリビアが羨ましい……)

 前の先生にはあまりお世話になっていなかったから、すっかり忘れていた。

 名前は確か……ナンチャラセンセイ。ダメだ、思い出せない。

 

「どうせフェリシアのことだから前の先生の名前、覚えてないでしょ?」

「流石、よく分かってるね」

 

 フェリシアが今特に、お世話になっているのは、グレース先生とフェランディ先生。

 フェリシアは騎士学科所属で、治癒魔法学は選択科目だが――怪我の多い騎士志望なら、学んで損はない。

 グレース先生の授業は、分かりやすくて楽しい。

 水色の瞳を持っているフェリシアは、当然氷属性に適性がある。実はそれに加えて、容姿には影響がなったが風属性にも適性があった。

 放課後に質問しに行くことも多い。

 一方のフェランディ先生は、黒髪ロングに赤い瞳で、闇と炎の上級魔法の使い手。担当科目は、魔法戦闘学。フェリシアにとって、どちらも対象的な属性を持つフェランディ先生は、最適の稽古相手だ。

 ただ、フェランディ先生はグレース先生と違って、厳しい。

 学園では「フェランディ先生には必要以上に関わるな」という暗黙の了解があるくらいだ。

(まぁ、私は無視してるけどね)

 口数が少ないから誤解されやすいけど、悪い先生ではない。

 最近は、だいぶ会話をしてくれるようになった。

 「この先生ただのコミュ障なんじゃない?」と感じる時が多々ある。

 

「新しい先生、どんな人だろうね」

 オリビアの目が、少しキラキラしているように見えた。

「なんか私より、楽しみにしてない?」

「上級炎魔法の使い手で、調合が得意だったらいいなと思ってね」

 

 なるほど、課題の相談をするつもりなのか。

 しかし、炎の上級魔法の使い手なら、すでに適任が二人思い浮かぶ。

 一人は、フェランディ先生だ。暗黙の了解もあるぐらいだし、話しかけにくいのだろうか。

 もう一人は――


「トーリャ先生じゃ駄目なの?」


 トーリャ先生は、紫色の髪と瞳を持つエルフ族だ。オリビアと同じ種族であるため、どこか親しみやすさも感じられる。フェランディ先生とは違い、変な噂もなく、話しかけにくさはまったくないだろう。水魔法についてはトーリャ先生でもグレース先生でも、どちらでも良いが、炎魔法なら話が変わってくる。その点、トーリャ先生に頼れば安心だろう。


「うーん、トーリャ先生は……ね。ちょっと聞けない事情があるの」

「そっか」

「うん。だから、新しい先生に期待してみるしかなくてね」

 

(お願い、上級炎魔法の使い手であって!)

 フェリシアはまだ見ぬ先生が、赤毛か赤色の目をしている事を祈った。

 

「そういえば、フェリシアは今日のグレース先生の授業受ける?」

 今日はグレース先生の授業がある日だ。前の授業の帰りに、今日の講義の欄に丸をつけた。

「受ける受ける!」

 危ない。

 先程、絶賛していたにもかかわらず、グレース先生の授業をサボってしまうところだった。

 空きコマ用のお菓子を鞄に入れてきたのは、内緒だ。

「今日、絶対レポートの課題出るね」

「うっ……否定できない」

 グレース先生は実習のたびにレポートの課題を出すことで有名だ。

 真面目で融通がきかない、なんて言われている。

 悪い先生じゃないんだけどね。


 オリビアと別れ、フェリシアは講義堂へ向かった。

 登校してきた生徒たちのざわめきが廊下を満たす――この時間帯、少し苦手だ。


「わあ〜!フェリシア様今日もおキレイよ」

「早く来た甲斐があったよね」

「あの子調子に乗っているわよね?」

「ほんとほんと」


 耳障りな声。

 けれど、もう泣きながら逃げ出すようなフェリシアではない。

 フェリシアにはオリビアがくれた言葉がある。

『他人の評価なんて関係ないよ。フェリシアちゃんは自分自身のために生きるの』

 いい友達を持ったものだ。

 フェリシアの名前の由来は、今はもうこの世界に存在しない花。その花言葉は「幸運」。オリビアと出会えたことが、フェリシアにとっての幸いだ。

 「ガラガラ」と扉を開けると、講義堂中の視線が一斉にフェリシアに集まる。

 いつものことだ。気にせず三列目に座り、魔法戦闘学の教科書を開く。

 クラスメイトは、話に花を咲かせているが、フェリシアには自分から声をかけるような友人がオリビア以外にいない。

 だから、この時間はこうして予習をしているのが一番だ。

 フェリシアは水の中にいるような感覚を覚えつつ、教科書をめくっていく。

 

 朝会の開始時刻を「ジリジリジリジリィィ」と魔導具が告げる。フェリシアは、サッと教科書を片付けて、新しい先生が来るのを待つ。

 

 ――けれど、来ない。


 教師ってどうして時間にルーズなのだろう。生徒には、時間厳守と言う割に自分が一番守れていないではないか。

 

 足音が聞こえてきた瞬間、教室が少しざわつく。

 剣術をやっている人特有の歩き方だ。

 まさか、フェランディ先生と同じ、魔法戦闘学の先生なのだろうか。

 

 控えめな音を立てて講義堂のドアが開いた瞬間、息が止まった。

 フェリシアだけじゃない。クラス全員が目を丸くしている。

 さっきまで「新しい先生誰だろう?」とか「イケメンだといいな」とかザワザワと騒がしかった生徒たちが、一瞬にして静まり返った。

 

「ご病気になられた先生に代わり、本日より教員としてこの学園に来ました。エマ・ノクティスです。よろしくお願いします」

 

(……え!?エマちゃん??)

 頭の中がグルグルと回転してる心地がした。

 

 エマちゃんは本来、同学年なのだ。

 とはいえ、エマちゃんと一緒に学んでいたのは小学部三年までのこと。

 当時の彼女は、いじめられていた小さな子だった。

 それをオリビアと二人で助けたのを覚えている。仲良くなって一年したら飛び級してしまったので、連絡はずっと取っていなかった。


 エマちゃんは学年を飛び級し、わずか十三歳でノアリス女学園の高等部までの課程をすべて修了。史上最年少という快挙だった。

 それから大学の魔法教育学科にも飛び級で進み、六年かかるところを、三年で卒業してしまったというから、本当に驚かされる。


 ノアリス女学園で、飛び級制度を使う人は珍しい。それだけ、この学園の教育レベルが高いということだろう。

 この言葉を使うのはあまり好きではないけれど、エマちゃんは間違いなく「天才」だ。

 そんな天才が、まさか教師として戻ってくるなんて、夢にも思わなかった。


(……ああ、また目をつけられて、いじめられたりしないといいけど)

 

「教科は魔法戦術学を担当します」

 なるほど、そっちか。微妙に予想がズレた。

 魔法戦闘学が実技で、魔法戦術学が理論だ。

 

 それから、いくつか挨拶があったが、とても頭に入る状態じゃなかった。

 エマちゃんは朝会が終わるなり、そそくさと講義堂を出ていった。

 

 こんなに印象に残る朝会はそうない……。これは伝説の朝会として語り継がれていくことだろう。

 という冗談はさて置き、どうしたものか。

 既に教室中ザワザワとしている。批判的な発言をする者、素直に感心して授業を楽しみにする者。圧倒的に前者が多かった。そんな中、ダンッと机を叩いて一人の生徒が立ち上がった。

「生意気。……同じ歳の人が教師ですって?そんなの認められないわ!」

 そう叫んだのは、エマちゃんをいじめていたエレノア。ピンクの巻き髪に灰色の瞳。炎魔法の適性があるとはいえ、中級が限界。灰色の瞳は、それ以上属性がないことを証明している。努力より見栄が先に立つ典型的なタイプだ。


(努力しないで文句だけ言う連中ほど、うるさいんだよね……)


 本人の性格上、これ以上伸びることなく卒業してしまうことだろう。

 エレノアは属性に恵まれない「落ちこぼれ」だ。

 しかし、ここで重要なのは、間違えなく本人の性格だ。

 属性に恵まれなくとも、努力して下克上を狙う者もいる。普通なら実力主義のこの学園で、虐められるのは彼女の方に思えるが、案外そうでもない。

 「優秀」や「天才」と呼ばれるのは、ほんの一握りで、残りは「凡人」や「落ちこぼれ」として押し込められるからだ。

 エマちゃんのように気が弱い者は、そんな者たちの格好の餌食になる。


 努力せず現状に文句を言うだけで「落ちこぼれ」に甘んじているのは、結局自分たち――フェリシアはそう思うのだ。

 しかし、こんなことは属性に恵まれたフェリシアだから、言えるだけかもしれない。それでも、フェリシアだって努力を怠ってきたつもりは無い。


 またエマちゃんがエレノアに虐められるかもしれない。

 でも現状、フェリシアに出来ることは何もない。

 それはオリビアにも言えることだが、きっと朝の会話の答え合わせを要求されるだろう。そうしたら、素直にエマちゃんのことを相談するとしよう。

 

 クラス内のあちらこちらから、批判の声が聞こえる

 それらを無視して、フェリシアは講義堂を出た。


 * * *

 

「フェリシア、こっち!」

 

 実習室でオリビアが手を振る。満面の笑み……。ここ最近で一番テンションが高いかもしれない。

 多分、新しい先生に期待してるんだろう。

 

(……ごめんね、オリビア。うぐぅ……胃が痛い)


 扇形を描くように机が並ぶ教室とは違い、実習室は長方形の机がいくつか並び、椅子はなし。もう、実習室を使い始めて三年。立ち作業にも慣れたものだ。

 

「では揃いましたので、少し早いですが実習を始めます」


 はい出たぁ、グレース先生の「少し早いですが」……

 まだ休み時間はある結構はずなのに、そんな事お構えなしで実習の流れを一通り説明した。

 これにも、もう慣れっこだ。

 

 今日の実習の難易度はさほど高くないようだ。オリビアと話しながらでも進められそうだ。

 ただし――はい、出た。レポート課題。

 

「ねぇ、新しい先生のこと、聞いてもいい?」

 オリビアがノートにペンを走らせながら、ひそひそ声でフェリシアに尋ねた。

「う、うん」

 フェリシアも授業中なのを考慮して、同じように小声で返す。

「何属性だった?」

「……赤い瞳にオレンジ髪」

 フェリシアは少し目を細める。オリビアの期待通りの答えだろう。

 

 ちなみに、エマちゃんは小学部時代と変わらず、オレンジ髪を二つにまとめていた。「天才」と呼ばれた彼女だ。炎魔法を使う調合なんて、朝飯前。それに、話しかけやすさも問題なし。

 つまり――ある意味オリビアの望み通りの結果になったということ。


「……オリビア、落ち着いて聞いてね?」

 こういう前置きをする人って、大抵“落ち着いて聞ける話”をする気なんてない。

 自分でもわかっている。

 

「〈白焔姫(はくえんひ)〉……」

 

 懐かしい二つ名に、オリビアが首を傾げる。

「〈ノアリスの白焔姫〉が来た」

「えぇぇぇ!?!?」

 オリビアが思わず声を上げ、教室中の視線が一斉に集まる。

「オリビアさん?」

 グレース先生の声が、やや冷たく響く。

「す、すみません」

 オリビアが顔を赤らめる。

(やっぱりこうなるよね)

 フェリシアだって、逆の立場ならきっと叫んでいた。

「〈白焔姫〉って〈白焔姫〉?」

「うん。オリビアの想像してる通り、エマちゃんです」

 ばれないようにまた小声で会話を続ける。

「飛び級最年少で学園を卒業した〈ノアリスの白焔姫〉、あのエマちゃん?」

「そう。そのエマちゃん」

 フェリシアは静かに頷く。

「どうして……?」

 

 本当に、どうして。

 普通は元同級生の在学中に、教師になって戻ってくるなんてありえない話だ。

「なんだか、大変な事になりそう……」

 オリビアがため息をつく。

(たぶん、私と同じことを思い出してる)


「まだ、何もされてない?」

「今のところは」

 エマちゃんは朝会が終わるやいなや、さっさと講義堂を出ていった。

 だから今のところ“被害”はない……はず。


(次の魔法戦術学って、いつだっけ)


 フェリシアは鞄の中から、授業の一覧表をこっそり取り出した。

 この学園では、学科関係なく一覧表が配られていて、必修以外は自分で受ける授業を決める仕組みだ。

 ――私たちが今こうして雑談してるのは、うん……見逃してほしい。

 

「エマちゃんの担当科目は?」

「魔法戦術学」

 オリビアが身を乗り出して、一覧表をのぞき込む。

「あった」

 フェリシアは一覧表の中の一コマを指す。

「来週からエマちゃんの授業始まる。被害が出るのも……時間の問題だな」

「はぁ……」

 フェリシアたちは同時にため息をついた。

 息ぴったりなのが、少しだけ悔しい。

「ある意味、私の望み通りの結果になった、ってこと…………?」

 オリビアがぼそっとつぶやく。

「でも、エマちゃんに関わると厄介事が増えそうだけど?」

 過去を思い出す。小学部のころの“可愛いトラブル”ならまだしも、

 高等部で同じことをやったら、きっと大ごとだ。

 ……いや、小学部時代のあれはあれで、笑えなかったけど。


 オリビアの性格からして、またエマちゃんをかばって自分から火の中に飛び込みそうで、怖い。

 

「エマちゃんのためなら、ね?」

 あぁ、やっぱり。

 それに最後の「ね?」にものすごく圧を感じる。

 

(はぁ……まったく)

 

「分かったよ、力貸す」

「フェリシアならそう言ってくれると思った」

 私は苦笑して、頭をかいた。

 これは、フェランディ先生に相談した方がいいかもしれない。

(……鍛えて貰うついでに)

 最近、フェランディ先生のせいで「鍛えてもらう」と「痛めつけられる」の意味を履き違えそうになるが――そんな事は一回忘れよう。

「放課後、フェランディ先生にも相談してみようかな」

「……大丈夫なの?」

 オリビアの心配そうな声に、つい半目になった。

「大丈夫だよ、普通に」

 みんなフェランディ先生のことを誤解しすぎだ。

 怒らせなければ普通に優しいし、親身になってくれる先生なのに。

 ……まあ、実技のときに少し熱くなりすぎるのは確かだけど。

 関わったことのない生徒たちが噂を鵜呑みにするのは仕方ないとしても、

 直接教わってる生徒まで避けるのは、ちょっと気の毒だ。

 

 フェランディ先生のことだから「生徒に好かれても面倒事が増えるだけだ」とか思っていそうだ。

(……その面倒事を持ち込んでるの、私なんだけどね)

 

「フェランディ先生に相談するなら、エマ『ちゃん』って言わないように気をつけた方がいいよ」

「うん、覚えて置く」

 フェランディ先生なら、そのぐらいの失言許してくれそうだが、この際だから新しい呼び方になれて置こう。

 

 エマちゃん改め、エマ先生。

 その話題はたぶん、フェランディ先生の逆鱗案件だ。

 これからエマ先生を助けるために奮闘すると思うと、気が重い。

 ――オリビアに話したの、失敗だったかもしれない。


 でも、きっと放っておくなんて、できない。

 あの〈白焔姫〉を見てしまった以上。

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