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第二話 伝説のHR


「オリビアその後どう?課題の方は」

「あぁー、言わないで」


 母さんが無茶ぶり課題を出してから二週間ほど経った。


 今日は魔法女学園がある日なので、私とオリビアは白のブレザーに、ヒダが細かくついた膝丈の黒いスカート、学年カラーの赤色リボンとベレー帽を身に纏っている。今年の学年カラーの配色は、一年生が紺、二年生が黄色、三年生が赤色だ。


 私やオリビアが生活している寮は学園内にあるため移動は楽でいい。


 それにしても⋯⋯オリビアのこの反応、相当苦戦しているのだろう。


「方向性は決まってるの?」


 課題提出の期限が実習が始まる後期とはいえ、そろそろ一つぐらいはレシピ完成させないと今後が大変だ。理由は単純で、一つ目のレシピが成功するとそれに引っ張られて、新しいものが出来なくなる。だから、一つ目のレシピの完成は早いに越したことはない。


「とりあえず、一つ目は水魔法を中心に考えてる。それならグレース先生に頼れるしね」


 グレース先生は、青色と水色のグラデーションの髪に緑色の瞳を持っていて、治癒魔法学の理論と実技を担当している女の先生だ。専門は水魔法や氷魔法を使うポーションの作りで、教師になった今も研究をしている。オリビアは紫色の瞳なので水魔法と炎魔法は上級まで習得可能だ。水魔法を使うポーション作り関してはグレース先生を頼るのが、得策と言える。


「今日の放課後相談に行ってくるよ」

「それがいいね」


 とは言ったものの、いくらオリビアが優秀とはいえ、生徒がいきなり店に出せる完成度のポーションを三つ作りたいと言い出したら、グレース先生もびっくりするだろう。


 ⋯⋯びっくりで済んだらまだいい方か。


 私がグレース先生の立場なら間違いなく、卒倒するだろう。これからオリビアから爆弾発言を聞くであろうグレース先生を思うと、なんとも言えない気持ちになる。


「そういえば、フェリシアのクラス今日から担任変わるんだって?」

「ああー、そうだった」


 前の先生にはあまりお世話になっていなかったので、特に思い入れも無かったため、すっかり忘れていた。


 名前は確か⋯⋯ナンチャラ先生。ダメだ、思い出せない。


「どうせフェリシアのことだから前の先生の名前、覚えてないでしょ⋯?」

「流石、よく分かってるね」


 私が今特にお世話になっている先生は、グレース先生とフェランディ先生だ。私は騎士学科なので、治癒魔法学は選択でいいのだが騎士はいつ怪我をするか分からない。治癒魔法学も受けて置いて損は無いはずだ。


 グレース先生の授業、分かりやすくて好きなんだよなぁ!


 それに私は水色の瞳を持っている。それに加えて、髪や瞳には影響しなかったが小学部の頃風属性にも適性があることが分かった。なので氷魔法は全体的に、風魔法は初級までを放課後、質問に行くことも多い。そんなわけで、グレース先生にはとてもお世話になっている。


 フェランディ先生は黒髪ロングで赤色の瞳を持っている、魔法戦闘学の実技を担当している男の先生だ。光魔法を高めたい私にとっては対象的な属性の、しかも上級魔法の使い手となると、これ以上ない程の稽古相手だ。そんなわけで、フェランディ先生にもかなりお世話りなっている。


 ただ⋯⋯フェランディ先生はグレース先生と違って、怒ると怖いんだよなぁ。


 学園では『フェランディ先生とは必要以上に関わるな』という暗黙の了解がある程、恐れられている先生だ。


 まぁ、私はガン無視してるけどね。口数が少ないから誤解されやすいけど、悪い先生ではないし。最近私とは、だいぶ会話をしてくれるようになったし。


「新しく来る先生どんな人だろうね〜」


 オリビアとは、学科が違うので関わる可能性は低いだろうに⋯。


「なんだか私より、楽しみにしてない?」

「上級炎魔法の使い手で調合が得意だったら、課題の力になってくれるかもしれないし」


 それもそうだな。そう言われると楽しみになって来たぞ。オリビアの負担が減るなら大歓迎だ。どうか、上級炎魔法の使い手でありますように⋯!


「話しかけやすそうな先生だといいね」

「うん。あ、フェリシアは今日のグレース先生の授業受ける?」

「あー、受ける受ける」


 危ない危ない。オリビアに言われなければ、先程まで絶賛していたにもかかわらず、グレース先生の授業を忘れるところだ。空きコマ用に持ってきたお菓子が鞄の中に入っていることは、内緒にして置こう。


「今日、絶対レポートの課題出るね」


 グレース先生は実習の時に必ずレポート提出の課題が出ることで有名だ。生徒からは、真面目な先生だけど融通が効かないなどという酷評もある。


 ⋯⋯これまた、悪い先生じゃないんだけだね。


「じゃあ、授業でね」


 そう言ってオリビアと別れ自分の教室に向かう。学園の校舎に入ると既に登校している生徒が多くいる。ザワザワと騒がしい道を歩くこの時間が、私は一番嫌いだ。


「わあ〜!フェリシア様今日もおキレイよ」

「早く来た甲斐があったよね」

「あの子調子に乗っているわよね?」

「ええ、本当に」


 私はそれら雑音を鬱陶しく思う。フェリシアと出会う前の自分だったら、きっと泣きながら走り去っていただろう。私はふと、オリビアと仲良くなったきっかけを思い出す。『他人の評価なんて関係ないよ。フェリシアちゃんは自分自身のために生きるの』オリビアが昔(うつむ)いていた私にそう言ってくれたのだ。


 本当に⋯いい友人を持ったよ


 私の名前の由来は今はもうこの世界に無い花の名だ。花言葉は『幸運』。私にとってはオリビアに出会えたことが幸運といえる。


 教室に入ったら、視線が私に集まる。それが分かっているので目の前の扉を開くのを憂鬱に思うが、仕方ない。


 ガラガラという音を鳴らして、私はドアを空けた。当然、今日も予想は的中である。しかし、私は顔色ひとつ変えることなく、黒板を中心に階段状の扇形になっている席の前から三番目に座った。私は、鞄の中から魔法戦闘学の理論の教科書を出して読む。これが、私の朝の一連の流れだ。


 ジリジリジリジリィィィィとHR(ホームルーム)開始を魔導具が告げる。私は、サッと教科書を片付け先生が来るのを待つ。


 ⋯⋯来ない。


 その都度思うが、どうして教師というものは遅れてやって来るのだろう。私たち生徒には、時間厳守と言う割に自分が一番守れていないではないか。これに関しては新しい先生も例外では無いようだ。教室の外から足音が聞こえる。新しい先生の足音は剣術をやっている人のそれだ。


 魔法戦闘学の先生かな⋯⋯?


 ガラガラと音を立てて教室のドアが開いた瞬間、私は思わず息を飲む。私だけじゃない。さっきまで『新しい先生誰だろう?』とか『イケメンだといいな』とかザワザワと騒がしかったのが、教室中一気に静まり返った。


「ご病気になられた先生に代わり、今日から担任を努めます」


 ⋯⋯え!?エマちゃん??


 おそらく教室にいるほぼ全員、私と同じく困惑しているだろう


「エマと申します。よろしくお願いします」


 いや!知ってるから⋯⋯!!


 なんで知っているかと言うと、エマちゃんは私達と本来同学年だからだ。同学年と言ってもエマちゃんと一緒に学んでいたのは、小学部三年までだ。エマちゃんは、飛び級して史上最年少でこの学園を卒業した。当時、本当に飛び級制度を利用する人っているんだなと思った記憶がある。飛び級制度の利用者は珍しい。それだけ、この学園の教育レベルが高いのだ。この言葉を使うのはあまり好きではないが、エマちゃんは『天才』と言える。その天才がまさか教師になって戻ってくるとは、夢にも思わなかった。


 ⋯⋯ああー、また目をつけられて虐められないといいけど。


 当時エマちゃんは、いじめられっ子だった。それを小学部三年の時オリビアと私で助けた訳だけど。仲良くなって一年したら飛び級してしまったので、その後連絡は取っていなかった。


「教科は魔法戦闘学の理論を担当します」


 そっちの予想は的中した。私が頭を抱えて唸っていると、再び魔法具が鳴ってHR終了を告げる。


「では、また授業で」


 こんなに印象に残るHRはそうない⋯⋯これは伝説のHRとして語り継がれていくことだろう。という冗談はさて置き、どうしたものか。


 既に教室中ザワザワとしている。批判的な発言をする者、素直に感心して授業を楽しみにする者。圧倒的に前者が多かった。そんな中、ダンッと机を叩いて一人の生徒が立ち上がった。


「生意気。あんな自分と同じ歳の人が先生ですって?そんなの認められないわ!」


 そう言ったのは、当時エマちゃんを虐めていたいじめっ子の一人、エレノアだ。そんな彼女の声を横聞きに私は教室から出て、魔法治癒学の実習室へと歩き始めた。


 エレノアはクルクルと癖のあるピンク髪に灰色の瞳を持っている。一応、炎属性の適性があるらしいが、髪色の濃さ的に上級の一部までしか使えないだろう。


 本人の性格を考えると中級かな⋯⋯?


 加えて灰色の瞳がそれ以上属性がないことを証明している。つまり、エレノアは『落ちこぼれ』と言える。ここで重要なのは『本人の性格上』というところだ。どんなに、属性に恵まれなくとも努力して下克上を言い渡す者もいる。普通なら実力主義のこの学園で、虐められるのは彼女の方に思えるが、そうでも無い。この学園で『優秀』だの『天才』だの言われるのはごく一部で、後は『凡人』や『落ちこぼれ』の落胤(らくいん)を押される。


 『優秀』や『天才』と呼ばれる人は少なくとも努力をしてきた者だ。何の努力もせず現状に文句を言うだけで『凡人』や『落ちこぼれ』に収まっているのはお前らの方だろう、と私は思う。エマちゃんのように気が弱いとそんな者達の格好の餌食になる。


 ⋯⋯虫唾が走るな。


 だが、現状私には何もできることはない。これはオリビアにも相談しなくては。


「フェリシア、こっち!」


 実習室に入るとオリビアが呼びかけてきた。私は彼女の声がした方に行った。上機嫌なのは、きっと新しい先生の話に期待してのことだろう。


 ⋯⋯ごめん、オリビア。


 オリビアの満面の笑みを見て、これから彼女の悩みを一つ増やしてしまう事に、申し訳なくなる。

 実習室は扇形の教室とは違い、長方形の机がいくつか並んでいて、椅子はない。初めは慣れなかったが、実習室に通うのは三年目なのでさすがに慣れた。


「では揃いましたので、少し早いですが実習を始めます」


 でた、グレース先生の『少し早いですが』⋯⋯。


すぐに教室から出てきたから、まだ時間はある結構はずなのにグレース先生は、そんな事お構えなしで実習の流れを一通り説明した。


 途中で授業開始の魔導具の音にビクッとしていたのは可愛かったなぁ。


 今日の実習の難易度はさほど高くないようで、オリビアと話しながらでも出来そうだ。けれど残念なことに、私とオリビアの朝の予想は的中してしまった。そう、レポート課題が出されたのだ。


「それで、新しい先生のことだけど⋯」


 私は手を動かしながらオリビアに小声で話しかけた。


「何属性だった?」


 オリビアも授業中なのを考慮して、小声で聞き返す。


 ちなみに、エマちゃんは二つ結びのオレンジ髪に赤色の瞳だ。『天才』と呼ばれた彼女だ。きっと炎魔法を使う調合も上手いだろうし、話しかけやすさも問題ないだろう。ある意味オリビアの望み通りの結果になったが――


 ⋯⋯うぅぅぅ、胃が痛い。


「オリビア、落ち着いて聞いてね?」


 人は大体こういった前置きをした時、落ち着いて聞ける話をするつもりなど微塵もない。


 自分でも、無理だろう!と頭の中で突っ込む。


「新しい先生⋯エマちゃんだった」

「えぇぇぇ!?!?」


 オリビアは思わず大声を出した。


 ⋯⋯うん、わかってた。


 オリビアは周囲の視線が集まった事に気が付き、恥ずかしそうにしている。


「オリビアさん?」


 グレース先生にも注意されてしまった。


「す、すみません」


 ごめんね⋯⋯、オリビア。


「エマちゃんって、あのエマちゃん?」

「うん、オリビアの想像してるエマちゃんです」


 私たちは、気を取り直して小声で会話を再開させた。


「飛び級最年少で学園を卒業した『天才』のエマちゃん?」

「そう、そのエマちゃん」

「なぜ?」


 本当にそうだ⋯私だって何度も思うよ。


 普通は『天才』が教師になって戻ってくるなんてありえない話だ。『天才』ならもっと活躍の場所があるはずで、教師になる意味が分からない。


「なんだか、大変な事になりそうだね⋯⋯」


 オリビアもきっと先程の私のように昔のことを思い出して、そう言ったのだろう。私とオリビアは頭を抱える。


「まだ何もされてないんだよね?」


 エマちゃんはHRが終わり次第さっさと教室から居なくなったので、まだ実害は無いと思う。


「今のところは」


 次の魔法戦闘学の理論は⋯⋯いつだっけ?


 私はグレース先生にバレないように気をつけながら、鞄に入れていた授業の一覧表を出して開いた。


 この学園では授業の一覧表は学科関係なく配られて、必修科目以外の授業の出席は自分で決める。この時間も騎士学科のみんなは自習なり、友人と話すなり、していることだろう。私たちが雑談しながら、授業を受けているのは突っ込まないで欲しい。


「エマちゃんの担当科目なに?」

「魔法戦闘学の理論」


 オリビアの覗き込み一緒に探す。


 あった!!


 私は一覧表の中の一コマを指す。


「あぁー、来週からエマちゃんの授業だ⋯⋯。これは多分時間の問題だな」

「はぁ⋯⋯」


 これからエマちゃんに降りかかる災難を思い、私とオリビアは息ぴったりでため息をついてしまった。


「でもさ、ある意味私の望み通りじゃない?」


 オリビアも気づいたようだ。


「エマちゃんに関わると厄介事が増えそうだけど?」


 過去に仲良くした事がある人なのだから、少し白状だとは思うが、小学部の時と違って私たちは今高等部にいる。昔みたく可愛い虐めで済むわけが無いんだ。もっとえげつない事になるに違いないだろう。オリビアの性格上エマちゃんを助けようと、そこに自ら飛び込んでしまいそうでならない。


「でも課題のためだし。それにエマちゃんのためなら、ね?」


 あぁぁぁーー、やっぱりそうなるよねぇ。それに最後の『ね?』にものすごく圧を感じるんだよね⋯⋯。


 仕方ない、オリビアのためだ。


「分かったよ、力貸す」

「フェリシアならそう言ってくれると思ったよ」


 これは、フェランディ先生に相談してみないとダメかもなぁ。


 ⋯⋯鍛えて貰うついでに。


 最近、フェランディ先生のせいで『鍛えてもらう』と『痛めつけられる』の意味を履き違えそうになるが⋯⋯⋯そんな事は一回忘れよう。


「放課後、フェランディ先生にも相談してみようかな」

「⋯⋯え、大丈夫?」


 オリビアの発言に、私はつい半目になる。


「大丈夫だよ、普通に」


 みんなフェランディ先生のことを誤解しすぎだ。怒らせなければ普通に親身になってくれる良い先生だと言うのに。


 実習のときや稽古のときは、熱くなりすぎてしまうところもあるけど。


 実際の関わりがないので悪い噂しか聞かないであろう、オリビアは仕方ないと思う。しかし、直接関わりのある生徒にもしっかり避けられている。一応だが恩師と言える先生の顔を思い浮かべ、なんだか少し哀れに思う。


 まぁ、当人はそんな事気にしていないと思うけど。


 フェランディ先生のことだ。どうせ、『生徒に好かれても面倒事が増えるだけだ』などと思っていそうだ。フェランディ先生にとってその面倒事を持ってくる生徒は、私だが⋯⋯。


「フェランディ先生に相談するなら、エマ『ちゃん』って言わないように気をつけた方がいいよ?」

「そうだね、覚えて置く」


 エマちゃん改め、エマ先生の話題はきっとフェランディ先生の逆鱗に触れることだろう。これからエマ先生を助けるために奮闘するであろうことを思い、気が重くなる。


 はぁ、オリビアに言ったのは間違いだったのかもしれない。

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