第十一話 好奇心は何よりも勝る
『ヴィヴィアン……?』
どんどん遠くなっていく音の中、ヴィヴィアン・ボネットは、友人のリリアの声を聞いた。不安と恐怖で泣き出してしまいそうな声だ。
……リリアは、あたしが守らないと。
人の前に立つと、もごもごして喋れなくなるリリア。涙目でヴィヴィアンに縋り付いてくるリリア。報われなくても、ぼろぼろになっても頑張り続けるリリア。
いつだって、リリアはヴィヴィアンに庇われ、フォローされ、励まされている。
……リリアには、あたしがついてなくちゃいけないんだ。
* * *
リリアには、あたしが必要。
そう思ったのは、別に今日が初めてなんかじゃあない。
今まで何度もあった。
教室の隅っこで、俯いてるあいつの姿を何度も見てきた。
名前を呼ばれても声が出なくて、少し誰かと目が合っただけでビクビクオドオドして、ぎゅっと自分のスカートを握りしめて……。
あいつは「大丈夫」とか言うけど、目が不安そうに揺れていた。
それが、なんだか放って置けなかった。
別に大した理由なんてない。ただ、なんとなく気に入らなかったんだ。
あいつが――リリアがあんな顔してるのが。
そのうち、なんとなくリリアといることが多くなっていった。
「リリア、どーしたんだよ」
机に突っ伏したリリアの顔を無理やり上げさせたら、アイビーグリーンの目をまんまるにして、あたしを見た。
ほんとに、あの時の顔は傑作だった。
それでリリアが「……あ、え、あの…………」って、まともに言葉も出てこないくせに、無理して笑おうとするから――
「いいから、無理すんなって」
って、そう言ってやった。そしたら、ちょっとだけ肩の力が抜けたみたいで、へにゃりと笑った。
最初は目も合わせられなかったくせに、何回か顔を合わせてるうちに、リリアとちょっとだけまともに話せるようになったんだ。
ほんの、ちょっとだけだけど。
だから、これがあたし達の友情の形になった。
リリアが前に出られない分、あたしが前に立つ。
それでちょうどいい。
* * *
本当はすぐにでも、リリアの元に駆けつけて頭を撫でてやりたい。「もう大丈夫だ」と言ってやりたい。
でも今はそれができそうにない。黒い変なもんに包まれた直後から、体の感覚がおかしい。
視界は真っ暗のままだし、腕を振っても変な感じがする。どんどん水に沈んでいくような、そんな感覚だ。
ヴィヴィアンは、もう一回あの時のことを思い返してみる。
黒い先生の魔法に捕まって、もがいてるうちに魔道具が壊れて、そしたら黒い変なのが出てきて、気づいたらここにいた。本当にどうなっているのだろう。多分、魔道具が壊れたせいだとは思うけど……。
……うーん、うーん。
ヴィヴィアンは、この状況を打開する解決策を思案したが、何一つとして浮かんでこない。
「うぬんわぁぁぁっ!!大体あたしは、頭使うとか向いてないんだよ!!!」
組んでいた腕を解いて、癖っ毛のカッパーレッドの髪をぐしゃり、とかき回す。ぴょんぴょんと好き勝手に跳ねた髪は、ヴィヴィアンの性格を表してるかのようだ。
ヴィヴィアンは感情のままに、手を、足を、頭をバタバタした。
「ぬわ!?」
ふと、沈んでいく感覚が増した。いや、違う。落ちているんだ。
さっきまで、水の中でドタバタしていた感覚が、空を切るような感覚に変わった。
確実に今、自由落下している。
――どさっ。
「っぶな!?」
背中から叩きつけられた、ヴィヴィアンは思わず変な声を発する。
「……いってぇ」
少し遅れて、打ち付けえた箇所に痛みが走る。突然の出来事に受け身も取れずに、地面に叩きつけられてしまった。
じんわりとした衝撃に顔をしかめつつ、ヴィヴィアンはなんとか上体を起こした。
「……ぬお?」
思わず、間の抜けた声を漏らす。
痛みから瞑っていた瞳をゆくっりと開けてみれば、見たこともない景色が広がっていた。
見上げれば、夕焼けの赤にドス黒い紫を一滴混ぜたような空が広がっている。
もしかして、さっきまで空にいたのか!?
だとしたら、面白い。他の誰が空に閉じ込められて、空から落ちるなんて体験ができるだろうか。ヴィヴィアンは高まる感情のままに、勢いよく立ち上がる。
「ん?なんだこれ?変なの」
地面は黒一色で踏み締めるとさらさら、と音がした。なのに、足の裏に伝わる感覚は砂というより、湿った布に近い。
軽く歩いてみると、足音が妙に遠くで聞こえた。
「おぉ、反響すげぇ」
今度は思いっきり、飛び跳ねてみる。すると、ふわりとヴィヴィアンの体が宙に浮いた。
なんだか、いつもよりほんの少し滞空時間が長い気がする。
この瞬間リリアの心配も、そこそこあった使命感も、危機感も、何もかもがスコーンと何処かへ飛んでいった。
「めちゃくちゃ、異空間って感じじゃん!!」
胸の中がじんわりと熱くなる。
さっきまでの気持ち悪さを忘れて、ヴィヴィアンは好奇心から「ほーーぅ」と感嘆の息を漏らす。
自然と口元が緩む。
こんな場所、普通に生きていたら来られるはずがない。まずは見て、触って、確かめたい。
「探検だ!!!」
ヴィヴィアンは軽い足取りで歩き出した。
さらさら、と再び黒い地面が鳴る。
その音が反響して、左右なのか自分が歩いてるさらに先なのか、どこからかは分からないが、遅れて耳に届く。
ヴィヴィアンは軽く足踏みを繰り返す。
さ、さささ、さっ、ささ、ささささ。
わざとリズムを崩してみても、音は律儀に遅れついてくる。
「へへっ、やっぱりこれ面白い!」
そう言った自分の歓喜の声も、あらゆる方向から聞こえてくる。ヴィヴィアンは目を輝かせる。
面白い。とにかく面白い、何もかもが。
ヴィヴィアンは足取り軽く、どんどん奥へ進む。
すると、がらんとした広い所に出た。
周囲を見回すと、自分の来た道以外どの方角も先が見えない。空中には黒い破片がいくつも漂っている。形はバラバラで石のようにもガラスのようにも見える。
当然、ヴィヴィアンはそれに躊躇なく手を伸ばす。
ヴィヴィアンの指先が触れ――るはずなのに、感覚が遅れてやって来た。
「うわぁ!?」
慌てて手を引いた。
もう一度、今度はゆっくりと触れてみる。
触覚、質感、温度。
それらが、一つ一つ順番に伝わってくる。
ヴィヴィアンは「へぇー……」と声を漏らし、しげしげと眺める。
よく見ると破片の中には、ぼんやりとした光が閉じ込められているように見えるものがあった。
そして、光を見つめているうちに、一つ違和感に気がついた。
ふつう光源があちらこちらにあったら、影もそれに合わせて増えるはずだ。しかし、ヴィヴィアンの影は一つだけ。どう考えてもおかしい。
「ん?」
そういえば、自分の歩いて来た跡が何処にもない。
ヴィヴィアンはしゃがみ込んで地面を見る。
確かにここまで歩いて来たはずなのに、足跡らしきものは一切なく、さらさらとした黒い地面は誰も通らなかったかのように均一に広がっている。
「風で消えた?」
そう呟きつつ、ヴィヴィアンはそうではないと確信していた。この空間に入った時から風なんてただの一度も吹いていないのだ。
「まぁ、いっか……」
ヴィヴィアンは肩をすくめる。
そもそも、この空間自体がおかしいのだから、風が吹いていなくとも、影ぐらい変でも、足跡がなくても不思議ではない。
それでもなんだか少しだけ、嫌な予感が頭をよぎってヴィヴィアンは来た道を引き返すことにした。
ヴィヴィアンの歩くペースに合わせて、今まで見た景色が順番に巻き戻っていく。一度見た景色をもう一度見るたび、ざわざわとした気持ちが落ち着き、またわくわくに変わっていった。不安は跡形もなく消えて、すっかり探検気分に逆戻りだ。
そこの角を曲がったら、落ちて背中を打った場所につく――はずだった。
しかし、そこにはまた、黒い破片が漂っている先の見えない空間が広がっていた。
「…………え?なんで??」
気がついた時には楽しいという感情は何処にもなく、ただ「大丈夫大丈夫」と頭の中で自分を言い聞かせていた。
書いていて、作者自身この空間が怖くて怖くて、どうしようかと、思いました。
夢に出てきそう……。
ヴィヴィアンの好奇心にはびっくりですね。
次回は、フェリシアがフェランディ先生から魔道具の暴走を聞かされます。




