第一話 金髪の私
あぁ、暇だなぁ。
私は治癒士の両親が営む「HERBA」の店番中だ。お昼時からは客が来ることが少ないので、閑古鳥が鳴いている。既にお昼を済ませているため、今は満腹状態だ。さらに午後になり日が差している店内はポカポカだ。つまり何が言いたいかと言うと――
「フェリシア、起きなさい!」
「ふがっ!」
そう、とても眠いのだ。
母は調合をするべく棚に薬草を取りに来た。
「母さん⋯全然、客来ないけど私の存在価値ある?」
「文句言うなら、お小遣い減らすけど良いのかしら〜。それにお客様でしょ?」
母はそれだけ言うと調合室に戻ってしまった。
⋯⋯ぐんぬぅぅぅ、致し方ない。
私は、眠い目を擦り店番を続ける。
ここは、中規模領地セレスターリア領である。治安は良好で魔法職を生業にしている者、特に治癒士が多く集まる。下町の治安が悪い領地は多いが、セレスターリア領は領主の意向で、平民もそれなりに良い暮らしが出来ている。平民と言っても上級平民という魔力持ちの平民しか、この領地の住民権を持つことは出来ない。フェリシアは自分の髪を見つめ複雑な気持ちになる。
はぁ⋯⋯。
魔力には、光・闇・風・水・氷・土・炎・雷の八つの属性があり、魔法使いにとって髪や瞳は大きな意味を持つ。理由は簡単で、魔力の属性を表しているからだ。光は黄色、闇は黒色、風は緑色、水は青色、氷は水色、土は茶色、炎は赤色、雷はオレンジ色⋯⋯という配色だ。髪や瞳に現れる色は、当人の努力次第で上級魔法まで習得可能だ。その逆は、せいぜい初級までだろう。
生まれ待ったもので将来の方向性が大きく変わるなんてねぇ⋯⋯
光属性と闇属性は滅多に生まれる事は無いので、初級魔法を使えるだけで将来安泰と言われている。そんな中、私は光属性を象徴する金髪で生を受けた。
⋯⋯なんで、こんな髪で生まれちゃったかなぁ。
私に対する周囲の反応はそれぞれで、期待の眼差しを向ける者、妬む者、信仰の対象を見つけたかのように尊ぶ者、といった感じだ。小さい頃は向けられた視線の意味がよく分からなかったが、成長に伴いだんだんとその意味が分かってくる。私にとって外の世界は、誰も自分を一人の人間として扱ってはくれない。そんな孤独感を味わう場所だった。
「カランカラン」
お店のドアの開閉音が鳴り、私はサッと姿勢を整えて沈んだ心を切り替えるべく営業スマイルを作る。
「いらっしゃいま⋯なんだ、オリビアかぁ」
私は、再び頬杖をつく。
「なんだとはなによ⋯それに、顔と声変わりすぎ」
そんな事言われても困る。
「ははは⋯それは営業スマイルと営業ボイスだからだよ。友達に対して振りまくもんじゃないの。それより今日は何を買いに来たの?」
私はぴょんと椅子から立ち上がりポーションの棚へ移動する。
「先週近所の酒場で結構な人数が食あたりになったから、悪いんだけど解毒系は、売り切れてるよ〜」
あれは、本当に大変だった。店を閉めて家族で夕食を食べようとしている時に、やって来るものだからタイミングも最悪だ。あまりに患者の人数が多いものだから、当然ながら光魔法の使い手である私も駆り出された。ヒールも加えてかけなければいけなかったので、かなりの魔力を消費した。それなのに深夜まで対応に追われて、何も食べれなかったのでお腹が空いて仕方なかった。無論ポーション代は店主にしっかり払って貰った。店主は『夜遅くまですまねぇ』と言って店の割引券をくれた。
誰が食中毒患者を大量に出した店に行こうと思う!?
加えて、今その店は営業停止中だ。なんて割に合わない仕事だろう。割引券を床に叩きつけなかった私を褒めて欲しいものだ。
「お母さんが料理中に手を怪我しちゃって、切り傷に使うポーションを貰える?」
「あー、じゃあ、プラーガのポーションがいいかな」
「プラーガもいいけど、お母さん最近疲れてるから疲労回復効果もあるハオマの方がいいかも。在庫ある?」
何時でも取れることで有名なプラーガとは違い、ハオマは時期が限られている。今は少し時期がズレているので置いてない店も多いだろう。
流石、オリビア。治癒魔法学科で成績がトップなだけあるね。
ポーションの知識、薬草の知識、両方とも申し分ない。ポーションの原料は薬草なので治癒士を志すなら、薬草の知識はあった方が良いだろう。
「うーん、確か⋯⋯。ちょっと待ってて」
私は店頭のポーション棚を離れて、裏にある私たち家族の生活スペースに入った。私たちが使っている棚へと向かおうとしたが、呼び止められた。
「ちょっとフェリシア、店番は?」
はぁ、これは完全に誤解だ。
母は私が裏に居るものだからサボっていると思っているに違いない。
「ハオマのポーションを探してたの。オリビアが買いたいらしくて」
「あら、オリビアちゃんが」
母は『オリビア』という言葉を聞いてにっこりと笑った。
⋯⋯いや、表情が一気に変わりすぎ
「ハオマのポーション、家族が使う用に残して置いた気がするんだけど?」
「そうね、確かそっちの棚にあったわ」
母は私が向かおうとしていた棚を指す。
「分かった探してみる」
私がそう言うと、母はそそくさと自室へ向かった。さてはオリビアが来たので身だしなみを整えに行ったのだろう。
全く、外ズラはいいんだから
私は棚の中を覗いてお目当てのポーションを探す。
「どれどれ、プラーガ、オヴゥレ、シラーム⋯⋯」
オヴゥレのポーションはリラックス効果で、シラームのポーションは残ってしまった傷跡を消す効果があるものだ。
⋯⋯うーん、おかしいなぁ。まだ使ってないはずなんだけど。
私は手前のポーションを避けて奥の方も覗いてみる。
「あ!!あったあった」
良かった、最後の一個だ。
これで、オリビアも喜んでくれるだろう。私は避けたポーションを綺麗に並べて、店頭へ戻る。
「オリビア、お待たせ。あったよ」
「でもそれ家族で使う分じゃなかったの?」
「大丈夫、まだ五つぐらいあるから」
本当は最後の一つなのだが、嘘も方弁ってもんよ。
「オリビアにはいつも助けられてるし、気にしなくていいからねぇ」
そう、中等部の頃は大の苦手な応用算術の課題をよく手伝ってもらったものだ。ちょうどその頃から、オリビアと同室の寮で生活するようになったので夜遅くまでよく一緒に勉強した。
応用算術は、重さの問題が多くて本当に難しい。小学部にやった足し・引き算なんて単純な問題では無い。『古代数字に直した時の値を求めよ』という問題が出てくる。古代数字にすると一カルクスは三グラムで、一ラピスが二キログラムだから⋯といった感じで求める。
あぁぁぁ、ややこしい!本当に応用算術は嫌いだ。
魔法具士になりたい者は、全部自分で作る魔導具士とは違ってドワーフが作った物に付与していくため、古代数字を使うドワーフと連携しないといけないので、使うと思うのだが⋯。当時から騎士学科を目指していた自分にとっては、苦痛でしかなかった。
「これでよしっと」
頭の中で応用算術の不満を言いながら、ポーションを包装し終えた私はオリビアにそれを渡す。
「ありがと。それでね、今日は他にも用事があって⋯⋯」
オリビアは何やら、口をモゴモゴと動かしている。微かに揺れている白髪は店に差し込んだ光を反射させ、キラキラと光っている。
なんだ?気になるな⋯⋯。
最近のオリビアはずっとこんな調子だ。何か相談事があるのだろうが、言い難いのか話してくれない。オリビアに出会ったのは小学部三年の時だから、かれこれ9年の付き合いになる。ただ付き合いが長いと言うだけでなく、彼女は普通に接してくれる唯一の友人だ。
まぁ⋯本人は私とコミュニケーションをとることに、疑問なんて抱いてないと思うけどね。
当時の私にとって、その純粋さは凄く救いになった。 辛い時に一緒に居てくれた、そんな大事な友人の相談だ。真面目に聞くし、何か解決策がないか一緒に考える。
「オリビア?」
「⋯⋯あ、あのね実は」
「いらっしゃいオリビアちゃん」
奥から母が出てきた。
丁度オリビアが何か話してくれそうだっのに、間が悪いったらありゃしない。
さっきまで如何にも、引きこもり研究者といった感じのボサボサだった茶色い髪をすっかり整え、キメ顔でやって来た母をついジトっとした目で見てしまう。
「それで、オリビア話の続きは?」
母を無視して話を進めようとしたその時だった。
「あ、あの!私、ヴェルディさんに相談があるのですが⋯!」
なぬ!?私にではなく、母さんに?⋯⋯オリビア、私なんでも聞くよ??
私はキョトンとした顔をした母をさらにジトっとした目で見つめた。
オリビアはと言うと、母に相談があると言って置きながら未だに気まづい雰囲気を醸し出していた。少し間が空いたが話す決心が着いたのか顔を上げ、母の目をじっと見た。
「実は後期から始まる実習先に、この店を考えていまして許可を頂きたく!」
ははあーん、そういう事ね。そりゃあ言い出しにくいわけだ。
私たち高等部三年生は、後期から実習が始まるため実習先を探すべく高等部に上がってすぐ争奪戦が始まる。騎士学科を専攻している私は、自動的に騎士団に決まっているので、失念していた。
最近様子がおかしかったのはそのせいか。もっと早く気づいていれば⋯!
「なんだ、あまりに深刻な顔をしていたのもだから、何かと思ったわ。それなら大歓迎よ!!気が利くオリビアちゃんが来てくれたら、お店の仕事が大分楽になるわ〜」
後半は私に対する皮肉が詰まっていた気がするが、無視しよう。
「ですが⋯!他の子は受け入れ先を探すのに苦労しているのに、私はフェリシアと仲がいいからってだけで⋯、こんなコネみたいな事⋯⋯」
オリビアは真面目だなぁ。使えるものはなんでも使えばいいのに。
「オリビアは⋯コネって言ったけどさ、私と仲が良くて許可が出そうだからうちの店に実習の交渉に来たわけ?」
自分でもオリビアに問いかけたそれを、愚問だなと思う。
「違う」
ほら、やっぱり。母もそれを分かっているから、二つ返事をしたのだろう。
「それなら、理由を聞いてもいいかしら?」
「私は、お客さんに寄り添える治癒士になりたいと考えています」
優しいオリビアらしい夢だなぁ。
私は、そんな友人を誇らしく思う。
「兄が怪我をした時このお店に来まして、その時の対応を見て治癒士を志しました。私に治癒士という夢を与えてくれたこのお店で実習をしてみたいです!」
初めて聞いた。どんなに聞いても治癒士を志た理由を教えてくれなかったのはうちの店が関わっていたからだったらしい。
「なら、胸を張って実習に来なさいな。私が許可を出したのは何も娘と仲が良いからじゃないわ。努力家で自分の夢に向かって頑張るオリビアちゃんを応援したいと思うのはおかしいかしら?」
「全然おかしくないね。至極真っ当だね」
母の問いかけに間髪入れず答えてしまった。
「ははは。あのもう一つお願いをしても、良いでしょうか?」
オリビアは苦笑いしながらそう言った。
「何かしら?」
「通常、様々なお店を受け課題をこなして、候補生同士で受け入れ枠を競います。このまま私だけ、楽をするなど嫌なんです⋯!」
「つまり、オリビアちゃんは私に課題を出して欲しいと言うことかしら?」
⋯⋯あーあぁ、黙ってればいいものを。
どうして自らの首を絞めるような真似をするのか、私には理解できない。
「オリビア⋯!競う相手がいないのに課題を出したって意味が⋯」
「それじゃあ、私の気が収まらないの!」
オリビアのそういうところは嫌いではないが、少しは要領よく生きることを覚えた方がいいと思う。でないと、苦労するのは自分だ。
「分かったわ。任せられる仕事も変わってくるし、実習が始まる前にオリビアちゃんの実力を測った方が良いわね」
確かに、それはそうだが⋯⋯母さん頼むよ。難易度はそんなに高くない、でもってオリビアが納得するような、そんな絶妙なラインの課題をお願いします!
「じゃあ、お店に出せるようなポーションを種類別に三つ作ってきて頂戴」
母がにこやかに爆弾発言をするものだから、私は一瞬思考停止した。
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?
お店に出せるポーションの課題といったら、働き初めて二年経った見習いに出すようなものだ。それぐらい学科が違う私にだって分かる。それをまだ学生オリビアに出すなんて、うちの母は何を考えているのやら。いくらオリビアが白髪で魔力が高いとはいえ、どう考えてもおかしい。私は頭を抱えてしまう。
しかも三つって⋯、これだから独学で資格を取れちゃっう天才は⋯⋯!
「あー、母さん⋯⋯それは、ね」
母に物申そうとした私をオリビアがそっと手を伸ばし止める。
「分かりました」
なんで⋯分かっちゃっうかなぁ。
私はさらに頭を抱える。天然で無茶ぶりをふっかけてくる母に、期待に応えようとする努力家のオリビア。この二人を混ぜるとダメだ。
⋯⋯危険すぎる。
「オリビア⋯、実習先考え直した方がいいんじゃない?」
「何を言っているの?」
「そうよ」
何が、『そうよ』だ⋯!
「私は茶髪で上級まで習得可能なのは土魔法だったけど、オリビアちゃんは白髪のエルフだし魔力が高いでしょ?それに部分的に金髪が入っているから、光魔法も中級程度まで使えるだろうし」
エルフは種族的に珍しくて、魔力が高いことが有名だ。それに加えオリビアは白髪なので、かなり魔力が高いことだろう。
なんだか⋯⋯嫌な予感がする。
「期待してるわね」
あぁぁぁー、頼むからそれ以上オリビアに圧をかけないでくれ。
私はだんだん天然な母に腹が立ってきた。
「ジリジリジリジリィィィィィィィ」
一定間隔で鳴る魔導具の音が店内に響き渡る。
この魔導具は流通していて、学校でも授業終了時刻を告げる音として利用されている。
よし!店番終了時刻だ!
丁度いいところで鳴ってくれた魔導具に感謝するしながら勢いよく立ち上がった。
「母さん!店番終わりの時間だし、私買い出しにでも行ってくるよ!!」
「あら、珍しいわね。じゃあ、薬草店でモーリュを買ってきて頂戴」
モーリュは毒を打ち消す作用があるため、食あたりに効く。実はさらに効果が強く、死に至るほどの毒でも打ち消すことが出来ると言われている。しかし、滅多に手に入らないだけあって値も張る。うちのような家族経営の小さなお店では、置いていることはまず無い。
「オリビアもポーションの材料買わなきゃじゃない?一緒に行こ!」
「そうね。失敗することも考えると結構な量がいるかも」
そういえば、ポーションに使う材料費はオリビアが出すのだろうか?そんなのおかしい⋯!
「オリビアちゃん、薬草店で領収書をお願いしてね。課題なのだから、お金は出すわ」
私は肩を下ろす。その点は天然が発動せずに済んで安心した。
「遠慮せずに買ってきていいのよ?この間、夫のへそくりが見つかったところだし」
父さん⋯お気の毒様。
今日はお休みを貰って騎士時代の友人と出かけている父さんを憐れむ。
「なんだかテオさんに悪い気もしますが、分かりました。ありがとうございます」
「ささ、オリビア行こ!」
名残惜しそうにしているオリビアを急かして店を出た。
「オリビア良かったの?母さんのあんな無茶ぶり聞いて⋯」
「近い将来やることだもの!それに私に期待してくれてるんだから頑張らなきゃね!」
予想していた通り期待に応えようとする友人に思わずため息をつく。
「無理だけはしないでよ?」
「もちろん!」
この努力家バカは本当に分かっているのだろうか。今日のところは、オリビアを早く店から引き離せたので及第点としよう。一つ心配事が増えた私は、重い足を動かして歩き出した。
あぁ、先が思いやられる。