表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

走馬灯予約アプリ

作者: てこ/ひかり

 俺は感動していた。


 すごい。すごい。すごい。こんなに素晴らしい景色は生まれて初めてだ。

「すごーい! ねぇママ! パパ!」

「ほんと。すごいわね、あなた」

「嗚呼、すごいな」

 妻と娘の言葉に、俺は満足げに頷いた。旅行代はばかにならなかったが、無理して来た甲斐があったというものだ。久方ぶりの連休を利用して、俺は家族と、SNSで話題になっていた観光地を訪れていた。


 目の前に広がる雄大な大自然。星とか、あと滝とか……何というか……すごい。嗚呼。俺にもうちょっと語彙力があればなぁ。この景色の素晴らしさを「すごい」としかお伝えできないのが残念だ。


 代わりに俺はスマホを取り出した。

 この絶景を是非写真に、動画に収めておきたい。周りを見ると、他の観光客も、感嘆の声を上げながらカメラを目の前に掲げている。こんな光景も、もはや当たり前になった。


 俺も皆に習って早速

『走馬灯予約アプリ』

 を起動した。


『lets走馬灯♪』


 軽妙な音楽と共に、専用のカメラアプリが立ち上がる。俺は言葉では「すごい」としか言いようのない景色を、夢中になって撮影した。動画なら言葉は要らない。最後に見返した時、この感動を再び味わえると思うと、俺は少し嬉しくなった。


 人間が記憶領域を自由に操作できるようになって早数年。人が死ぬ間際に見ると言われる『走馬灯』も、今や自由に個人が編集できる時代になった。


 それからというもの、人々はこぞって世界の絶景、勝景、珍百景などを記録し始めた。今や世界中、24時間365日、スマホを掲げていない人を探す方が難しくなった。


 走馬灯というのは、いわば人生の集大成、有終の美を飾る最後の『記憶』である。誰だって最後くらい、どうせなら気分良く終わりたいではないか。  


 よもや自分の人生を失敗だなんて思いたくない。出来れば最後の瞬間をより美しく、絢爛に彩りたい。新時代のピラミッド建設みたいなものだろうか、人々はこぞって新機種に群がった。


 もちろん今際の際だから、見られる景色なんて限られている。事切れるまでのほんの刹那、だが、だからこそ編集のしがいがある。


 家族との思い出、成功体験……中には好きなアニメの名シーンを選ぶ者もいた……完成した走馬灯は通夜でも放映されたりして、その人の人生を追体験しているような、ある種の感動さえ覚えた。


 それから幾星霜。


 とうとう俺の番がやって来た。寿命を全うし、無事くたばったのだ。死ぬのは怖かったが、しかし、少しワクワクもしていた。

『lets走馬灯♪』

 来た。最後の最後に、俺が厳選した、極上の走馬灯を見られるのだ。そしてとうとう、それが頭の中で流れ始める……。


 俺は感動していた。


 すごい。すごい。すごい。そうそう、あの時は、スマホ重かったなぁ。あぁ、この時は、電池が残り少なくて焦ったっけ。この辺りから、画質がグンと改善するんだよな。嗚呼。俺にもっと語彙力があればなぁ。


 走馬灯を眺めながら、俺は俺の人生を振り返って、こう思った。


 それにしても俺の人生、スマホのことばっかりだったな……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ