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第二話 乱闘、そして空飛ぶ火吹きトカゲ 序

「はぁーっ…」


バッグを放り投げ、ベッドに身を投げる大貴。ヒソヒソ声と針のむしろのような視線を思い出して、今後やっていけるか不安になる。


時計を見ると丁度12に短針と長針が重なっていた。解析力学と書かれた本に手を伸ばしかけるが、やめてベッドから立ち上がる。


窓の外は雨が降りそうな曇天。スマホで天気予報を見ると、雨は降らないらしい。


財布とスマホだけ持って部屋の外へ出た。目的地は歩いて数分のカラオケだ。


大貴が店から出た時にはもう空は薄暗かった。そのまま寮に帰ろうとするが、足が自然に反対方向を向いた。


体の動くままに任せて歩く。信号を越えて畑を通り過ぎ、隅に公園のある道路を左折して道なりに進む。


人一人通れるような細い道を通り、私道に出た。右手には大貴の実家があった。


玄関の前まで行って、しまったと思う。鍵なんてもうどこにもないからだ。しかしドアに手を伸ばし、引いてみると、開いた。


「!空き巣か?」


もう三年近く帰ってないのだから当然だと思う大貴。しかし玄関には一足のローファーがある。


靴を脱ぎ、中に入る。大きなテレビのあるリビングが広がり、犬小屋がある。そして小屋からカリカリカリという音。


「ネオン!?」


大貴が犬小屋の入口を開くと、一匹の犬が飛び出してくる。体は健康的で、毛並みも整っている。


「よしよし、元気してたか」


「ブー」


ミックスの小型犬のネオンは、嬉しいと鼻を鳴らすのが癖だった。ひとしきり犬を撫でると、今は小屋に入らせ、階段を登って大貴の自室のある二階へ。


階段を登りきると、三つある二階の部屋のドアは全て開いていた。


窓の方を向いて、大貴の部屋の真ん中で夕陽を浴びながら一人の少女が座っている。彼女はゆっくり振り返ると、大貴の方を向いて言った。


「おかえり」


しばらくして、二人は夕食を取っていた。時刻は七時半、バラエティ番組を垂れ流すテレビが二人の間の沈黙をかき消している。


「…おいしい」


「よかった」


豚汁にハンバーグ、ペペロンチーノ。大貴の好物が食卓には並んでいる。


番組が終わるのとほぼ同時にご飯を食べ終わった大貴。夕姫はそれより前に食べていたらしく、大貴の顔をそれまでずっと眺めていた。


「八時か…」


大貴は皿を台所まで運び洗い始める。夕姫は大貴にぴっとりとくっついた。


「ネオンの世話…ありがとうな」


「あの子は私の子でもあるから」


皿を洗い終わると、手を拭いて夕姫と向き合う。


「もう遅いし、今日は送るよ」


「泊まってく」


「ダメだ、寮に戻らなくちゃ」


「なんで魔法科なの…」


夕姫は悲しげに気持ちを零す。


「…俺は、事情があって…多分すぐに魔法科も辞めると思う。そしたら…多分もう会えない。だから」


大貴はそこまで言って言葉に詰まった。二人は無言のまま、荷物をまとめて玄関に向かう。


「さよならの…」


「ダメ」


「ねえお願い」


夕姫は目を閉じて上を向く。大貴は夕姫の額に軽く口付けをした。


「…帰ろっか」


夕姫は目を開いて、玄関を出た。大貴もそれに続いてから鍵で玄関のドアを閉める。


「ほら」


大貴は夕姫に鍵を手渡した。


「俺はもう、ここには来ない。ネオンのことを頼む」


「そんな…酷いよ!」


夕姫は遂に、涙を堪えきれない。彼女が走ると、宙に涙が舞った。


「夕姫!」


「ついてこないで!」


それを追いかけようとした大貴は夕姫に叫ばれてしまった。止まった大貴を見て、更に涙を零す夕姫。


「…もう知らない」


夕姫は自宅の方へ走った。大貴はそれを呆然と見つめると、それとは反対の方に向いて歩き出した。


しばらく歩くと、大貴の目の前に一人の青年が現れる。少し背が高く、線が細め。


「直也…」


「久しぶりだな、大貴」


体が成長しているのは当然で、大貴が驚いたのはその冷たい目元だった。以前の彼は笑顔を絶やさず、たまに見せる熱血な面を大貴は格好良いと心の中で羨ましがっていた。


「夕姫と会ってたのか?」


「…ああ」


「…そう」


少しの沈黙。直也がそれをコントロールしている。


「今日のことは許す。だからもう二度と夕姫の…俺たちの前に現れるな」


「…」


「夕姫は俺の女だ」


直也は吐き捨てるように言うと大貴の方へ歩いた。そしてその横を通り過ぎ、彼が振り返ることはなかった。


「ただいま…」


寮の門限ギリギリに帰ってきた大貴は、ドアの鍵がかかっていないドアを開けて中に入り、鍵を閉めた。


部屋は明るい。ベッドに寝転がって、動画を見ている幸太郎。


「めっちゃバズってんぞ〜」


「?」


「一昨日のだよ、ほら」


幸太郎は大貴に画面を見せつける。配信の再生回数はなんと百万回を超えていた。


「おお…ガチか」


幸太郎のスマホを触って操作してコメント欄を開く。するとその多くは運営に対する非難の声だった。


「炎上じゃねえか」


「そういうウリ方」


「なわけ…」


大貴は深くため息をつきながら自分のベッドに寝転がった。顔を両手で覆い、髪をかきあげる。


「辛いな…」


大貴の呟きが、やけに響いた。


「俺の家系は代々、『幸』せって漢字が入るんだ。親父は幸せを司るでコウジ、おじいちゃんは優秀の秀に幸せでヒデユキ」


幸太郎は立ち上がって、冷凍庫の中身を漁り始める。


「なんでかって言うとな、俺ん苗字は『一ノ宮』だろ?んで、辛いに一本足せば幸せって、もはや陳腐な言い回しを連想するわけよ」


幸太郎が冷凍庫から取り出したのは、二つに分けられるタイプのアイス。


「じゃあ幸せって漢字いらないって思うだろ?でもな、親父が言うには、この『一』は俺のものじゃない、誰かのものだって」


袋から取り出して半分に割ると、大貴に投げた。


「ほら、一本やるよ」


大貴はそれをキャッチする。


「俺自身が幸せなことで、この『一』を初めて、他人に分けられるんだ。だから俺は『幸』太郎なんだよ」


「くれんのか?俺に」


「パピコはな。でも俺の『一』はやらねえ。この一本は愛した女一人だけに与えるものらしい」


「軟派なくせにロマンチストなんだな」


「言っとけ。プロポーズの言葉は『俺の一を受け取ってくれ』だぜ。今のところ成功率100パーセント。まあおじいちゃんの代までお見合い結婚だったらしいが」


「まあ、お前なら成功するよ。なんせチョイスのセンスがいいからな。ソーダ味とはお目が高い」


大貴は先端を外してシャーベットを食べた。すっかり元気になった。


キーンコーンカーンコーン…チャイムが鳴って教師が出ていくと、生徒は立ち歩いたり口々に喋ったりし始める。


次の時間の教科書と多様体の基礎と表紙に書かれた本を取り出し、読み始める大貴。


「あのー…何読んでるんですか?」


「え?あー、相対論やりたくて多様体の復習してる」


大貴に話しかけた女子生徒がポカンとした顔をする。大貴自身も急に話しかけられて咄嗟に喋ってしまったと思った。


「ごめん、勉強してるだけ、どうしたの?」


「ああいや、用事があるわけじゃ。ごめんなさい邪魔してしまって…」


「いや、休み時間に一人で本読んでるなんて、こんな惨めなことはないよ。できればお話したい…ってダメかな?」


大貴の後ろの席の男子生徒がピクリと反応する。


「!いえいえ!みんな何でこんなイケメンが転入してきたのに澄まし顔でいられるか、不思議だったんですよ!なんならちょっと避けられてますよね…?」


「はは、イケメンなんて照れるなぁ、避けられてるのはそうだよ。俺昔ここの普通科にいたし」


「そうなんですね!通りで…」


二人が喋っているのを、遠くから鋭い目で見つめるのが数人。


「俺は国木田大貴。君は?」


「柴田真緒って言います!」


「なんで敬語?それより、俺と話してて大丈夫?色々噂とか…」


「いいんです、元々私、石元寮なので」


真緒の赤縁メガネが光を反射する。少しボサついた長い髪をポニーテールにしていて、頬にはソバカスがあった。


「ああ…そういうのに厳しいよね、魔法科は」


「平民の私には、少し居心地が悪いですね。国木田くんはどこの寮なんですか?」


「俺?俺は松竹寮だよ」


「え!すごい!」


「今の監督生(プリフェクト)に、昔よくしてもらっていた普通科の先輩の弟さんがいてね。そのコネだよ。柴田さんは高校から入ってきたのかな?」


「はい!そうでーーー」


ガラガラガラ、と教室の扉を開ける音。教室が静まり返る。そこに立っているのは、直也と夕姫を先頭に、『魔法部』の生徒たちだった。


直也は教室の中へ入り、大貴の席の方へ向かっていく。


「もう俺の顔も見たくないんじゃなかったのか?」


「ああ」


直也が鬱陶しそうに答える。


「なら帰んなよ」


「断る」


「ああ…?」


大貴が立ち上がると、直也は大貴に詰め寄った。自分より目線が上の相手にも、怯えることなくガンを飛ばす直也。


「今日は『ファイト』を受けに来た」


「いいのか?だってお前、一度でも俺に勝ったことがあるのか?」


「…はぁ」


ため息をついてから舌打ちをする直也。両者共に睨み合う中、そこに割って入ったのは真緒だった。


「はいっ、ストップ!ねっ?」


夕姫が真緒を軽く睨みつける。


「手の早いことだ…」


「お前はもう関係ない。だろ?」


「ふーん、随分女の趣味が悪くなったな…っと」


直也は真緒の顎を指でクイと上げた。大貴はその直也の腕を掴み、引き剥がす。


「誰に習った?その下手な女の扱い」


大貴は直也の手を離すと、努めて落ち着いて言った。


「…この子はさっき話したばっかりだ。関係ない」


「ああそう…。興味無い、その女にも、お前にも」


「じゃあ何しに来たんだよ」


「お前以外に用があるだけだ。なぁ?」


直也は大貴の後ろの席の男子生徒に話しかけた。メガネの彼は、読んでいる本を置くと直也の方を向いた。


(あ、タイトル長い本だ)


「何か用?」


「君の決闘の申し込みを受けることにする。それを伝えに来ただけだ」


「そ、じゃあ条件を聞かせてもらおうか」


「君の言うとおり、君が勝ったら神宮咲の身柄を君に渡す。その代わり我々が勝ったら君の神宮咲に対する一切の接触を禁じると共に、『一千万円』を要求する」


「欲張りだなぁ…」


「嫌なら受けなければいい」


「受けよう」


男子生徒の即答に、直也は少し面食らった様だ。


「…なら、契約成立だ。詳しいことはまた後日連絡する」


直也は踵を返す。夕姫は直也と腕を組みながら一瞬大貴の方を見ると、すぐに直也の方を向き直した。


直也たちが去ると、教室に活気が戻る。大貴は男子生徒に話しかけた。


「それ、『ライトノベル』ってやつだよね?」


「…」


男子生徒は小説を自分のカバンの中に入れ、机に突っ伏す。大貴は真緒と顔を見合わせて苦笑いした。

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