遥かな星の救い人 ―とある惑星に襲来した天外からの災厄と、その呆気ない解決の顛末―
「勇者とか魔王とかさ、そういうのはおとぎ話の中だけにしておいて欲しいよね」
一見、その少女は完璧だった。
神々の祝福を一身に受けたかのように整った顔立ちと、神秘的なまでの輝きを放つ銀色のショートヘア。およそ常人ではありえない揺らめく虹色を宿した双眸に、少女らしい華奢さと戦士らしい靭やかさが両立した理想の体躯。
しかし今、百人が百人、天上の美貌と称えるだろう肉体には鬱々とした怒気が燻り、可憐な唇からは鈴が鳴るような罵詈雑言が吐き散らされている。
「あのバカ王には理解なんて出来ないだろうけど。まぁ、まともなアタマ持ってたら、神だかなんだか知らない馬の骨の託宣とか真に受けて、勇者にオールインなんてしないよねぇ? アハハ、笑えるぅ……なーんて、最高に笑えないや。あの国、終わりじゃない?」
「……」
見渡す限りの砂景色が続く荒野を往く、人は二人。一人は十代後半の少女、一人は三十代半ばと思しき大人の男。
しかし、年齢とは正反対に、お互いの関係は明らかに年下優位だった。少女がシンプルな白のブラウスに空色のフレアスカートを着用し、腰へ乱雑に長剣を佩いた出で立ちなのに対して、男は全身を砂避けの外套で覆った上に、巨大と言ってもいい背嚢を背負って黙々と歩き続けている。
さながら、そして事実として、主人と荷物持ちの召使のごとく。
「なーにが神託の勇者よ、アホくさ! なにが万魔の帝王よ、くっだらない! そうやって物事を単純化して、正義の権化が邪悪の象徴を打ち倒しさえすれば、万事丸く収まるんだって? そんな都合のある話があるかっての! 頭沸いてんのかな、アイツ!?」
「……」
砂漠のところどころには、埋もれた家々の残骸が存在していた。中には、畑を囲っていたと思しき策の名残もあり、かつては人間が居住していた様子を窺わせる。
だが、今この時この場所は、まさしく不毛の大地だった。絶え間なく吹き付ける強風は砂塵を巻き上げ、灼熱の太陽が人間の生存可能域を超越した地獄を現出させている。
それにも関わらず、二人は影響を受けた様子がない。よく観察すれば認識できるだろう。彼女らを護るように在る、半円状の空間の揺らぎのようなものを。
少女が持つ無数の才覚のうちの一つ、『基盤障壁』と称される現実性再定義能力の効果だった。
「大体、魔王がまるで全ての元凶みたいに喧伝してるけどさ、あれって結局は統率個体の一つに過ぎないんだよね。確かに、存在すれば戦力強化になるにしても、殺したからって何もかも解決するほど便利な相手じゃないから! って、懇切丁寧に説明してやったのに、まっっったくこっちの言うこと聞きやしないッ!」
「――」
相変わらずの愚痴をぐちぐちと垂れ流しながらも、少女の視線が行く手の丘陵付近をなぞる。
瞬間、空間に不可視の波が生じると、まるで世界から削除されたかのように、砂丘が丸ごと完全に消滅した。ただ一つ、意図的に生き残らされた哀れな標的を除いて。
「ふんっ! ――よーし、お願いね」
「了解」
男は頷き、不安定なはずの砂の上を滑るように駆けた。身の丈以上の荷物を背負ってなお揺らがぬ体幹と足運びからは、ただならぬ修練を積んだのだろうと思わせる説得力が感じられる。
そうこうしている間に、従者は手土産を携えて主人の下に帰還した。
「グが、うぎゃガぎゃ……」
それは大雑把には人の形をした、しかし人ならざる何かだった。
頭部の大きさは常人の二倍以上あり、五つ存在する眼球は子供が乱雑に埋め込んだかのようにあちこちを向いている。口は頬と額、顎の下にそれぞれ存在し、並びの悪い黄ばんだ歯をガチガチと鳴らす。
一方で胴体は異様に細く、外骨格めいた硬質皮膚が鎧のような様相を呈していた。腕は三対、脚は二対あり、それぞれの指は尖り、長く伸びた爪は金属めいた光沢を放っている。常人なら、軽く斬りつけられるだけでも十分に致命傷となる鋭利さだった。
当然、こんな化け物が大人しくしている訳はない。男に首根っこを掴まれて拘束されている現在でも、全身を目いっぱいに振り回して抵抗を試みている。もっとも、圧倒的な力の差があるのか、それらは尽く無意味に終わっていた。
「おー、活きが良いね。バケモンはこうでなくちゃ、こっちも遠慮要らずで助かるよ。じゃあキミ、ちょっと頭の中を吐いて貰おうか――っと!」
「――ぎいイぃッ!」
少女の細い手指が荒れ狂う化け物の頭部を鷲掴みにする。一見して明らかな体躯の違いは、しかし、現実として容易く捻じ伏せられ、人型の異形は僅かなりとも頭を動かせなくなった。
その直後、三つの口から悲鳴めいた奇声が発せられる。全身が雷に打たれたように痙攣し、見開かれた眼球は飛び出さんばかりに蠢き、腕や足は硬直と弛緩を繰り返す。
「ふむ? なるほど? まぁ、やっぱりそうなるよね? ――はい、お疲れさん。もう逝っていいよ!」
「ぅ゛イ゛ッ――」
そんなやり取りが数秒ばかり続いた後、少女は納得したように二言三言呟くと、用済みとばかりに化け物の顔面を解放した。
砂の上に巨体が落ち、ぴくりとも動かなくなる。一見、顔を掴まれた以外はいかなる攻撃も受けていたいように思える化け物は、確かに絶命していた。
一方、少女は異形の死に様を一顧だにせず、汚れ一つない白い指先を控える男に突きつけた。そこから何かを伝えようとするかのように。
「そういうこと。こいつの記憶の通りならば、アル・メティア要塞の一帯が大規模な営巣地になってる。時々砂漠越えしてくる集団は、ごく一部の尖兵に過ぎないって話ね」
「……」
男は無言のままに頷いた。
それを横目で見た少女は、これまで歩いてきた方向を振り返って、真っ直ぐに指を伸ばす。まるで、ここに居ない誰かを指弾するような仕草。
「教育してやるのも面白いと思わない? あのボンクラ共を、さ」
「……それは」
色よく艶めいた唇がニィと吊り上がる。蠱惑的に細められた眼差しは、文字通り虹色の虹彩の神秘性も相まって、人ならぬ超常性を宿しているように思われた。
男は一瞬だけ沈黙し、何かを言おうと口を開けて――。
「――冗談っ! 冷静に考えて、あの連中に教育効果なんて見込めないからね。精々、神にお祈りするスキルが向上するくらいじゃないの? まぁ、上がったところでどうせ死ぬんだけど」
「む……」
先んじた少女によって煙に巻かれ、男は出掛けた言葉を引っ込めて唸るより他になかった。
少女はその様子を愉快げに笑って見届けると、ため息交じりに前を向く。今しがた死んだ化け物より引き出した、旧人類側要塞の地下十数キロにまで及ぶ巨大な『営巣地』の情報を、人間離れした思考能力を駆使して詳細に分析しながら。
営巣地の構造は、蟻などの真社会性昆虫のそれに比較的類似している。最深部中央に位置する生産用の繁殖室から、各種用途に特化した専門室、運び込まれた物資の集積室、そして無数に存在する働きアリや兵隊アリ達の居室など、崩れた外見に反して、巣の内部は意外なほどにシステム化された整然たるものだった。
「――ん、大体いつもと同じだね。こいつら、どこの巣も似たような構造で作るから、わかりやすいんだよねぇ……」
「……」
「ところで、さ」
「はい」
「有害な蟻の巣を見つけたら、どうする?」
「水を流し込んで殺します」
「うん、正解! 百点満点っ! ……じゃあ、やろうか!」
少女が満足気に微笑むと、双方の思考空間内に周辺の地形情報にオーバーレイされる形で表示された、営巣地周辺のマップが想起される。大部分を化け物――ちなみに、先程の個体は兵隊の一種に分類されるタイプだった――から抽出された情報で構築し、細部をこれまでの経験や知識に基づく推定で補足したそれは、現時点において最も正確な状況分析と言えた。
「見ての通り、目標の巣の構造や兵力分布は類型の域を出ない。女王体の繁殖室は要塞の中央司令塔の直下、地表より約十八キロ地点に存在しており、そこを中心軸にして周囲半径約三十キロ圏内に三重の防衛線が敷かれている」
「……」
「最外周が三十キロ地点、早期警戒型の兵隊を中心に、歩兵型と下士官型からなる警邏部隊が主に駐留。長距離遠征戦闘団も幾つか存在してて、さっき待ち伏せしてた連中はソレみたいだね。推定兵力は約三万前後」
少女の説明に合わせて、連結された思考空間内のマップが変化する。
男は時折頷きながら黙って耳を傾け、次いで中間部の敵防衛線が点滅した。
「中間部が二十二キロから二十五キロ地点。どうやら、ここが敵の主戦力集積エリアと見て良い。士官型と下士官型、兵隊型の標準構成戦闘群が配置されてて、今も定期的に兵力増強が続いてる。現状の推定だと約二ヶ月ほどで一杯になって、巣の拡張期に入るよ」
「……」
「推定兵力は約百八十万前後。バカ多いね、あの国王はこの数字を見て神に縋り付きたくなったのかなぁ? なーんて、彼らの技術で分析できる訳がないんけどさ! 意地悪いじわるっ!」
「……」
軽妙な語りと嫌味を交えながら、説明は続く。
点滅は最後の防衛線に移り変わった。
「そして、最内周。ここは主に輸送型と砲撃型だね、セオリー通りの配置してる。兵站については特に言及すべき点がないけど、砲撃型は大部分が対地火力支援仕様の構成になってるよ。航空戦力がほとんど存在しないから、環境に適応した結果と考えて問題ないね」
「……」
「推定兵力は約十万。加えて、巣の本体には労働型やら大量に詰まってるだろうけど、そっちは無視しても問題ない」
「了解」
「……さて!」
一通りの説明を終えた少女は、芝居がかった動きで両手を大きく広げる。その顔に楽しげな、どこか獰猛な気配のする表情を滲ませながら。
「この巣の弱点は明白だ、馬鹿でもわかる! 作戦『211』、準備をお願いね! あとは臨機応変に――楽しもうっ!」
「了解、配置に着く」
思考結合を解くなり移動を開始し、急速に遠ざかっていく男の姿を目で追いながら、少女は腕を組んだ。
そこには隠しきれない興奮と、相反するような冷静さがある。まるで状況を主観的に楽しみながら俯瞰的に観察しているような、どこか奇妙な精神性。その挙動は、時に道化染みて大袈裟に明るく、時に憤怒とも憎悪ともつかぬ揺らぎを湛えるもの。
「最初の狼煙だ。盛大な宣戦布告をくれてあげよう、化け物共」
- - -
茫漠とした砂混じりの荒野を埋め尽くさんばかりに、それらは群れを成していた。小さくとも常人の二倍はあろうかという巨躯に、悪意を篭めて人を異形化させたような、見るからに人間の域を外れた――しかし、人間の要素を多く残している外見。どこまでも醜悪で、生理的な嫌悪感を掻き立てる様相。
地に根ざした人々は、突如として空より降り落ちた災厄の権化たちを『魔の物』と呼び、その侵攻と蹂躙に抗うべく戦いを繰り広げた。
だが、結論から言えば、彼らの戦いは羽虫の抵抗に過ぎない。名だたる英雄や将帥らは、数多の名もなき戦士たちは、圧倒的な物量と生物としての性能差の前に力負けし、ある者は鎧袖一触に、ある者は一握の武勇と意地のみを遺して、その尽くが敗死していった。
では、彼ら死は無意味だったのだろうか。
決まり切った滅亡を、僅かばかり先延ばししたに過ぎなかったのだろうか。
その答えは今、示される。
「うぅ゛ぅう゛う――う、ぎきっ……」
群れなす異形のうちの一頭。歪な頭部に巨大な眼球を持つ斥候型の個体が、不意に動きを止めるなる、砂丘上のある一点を凝視し始める。
その視線の先には、輝きがあった。晴天下の太陽の如き目を焼かんばかりの発光が、今この瞬間も急速に増大し――光芒となって、爆ぜる。
「――」
ソレは速やかな死を迎えた。
無論、ソレだけではない。大地にひしめく無数の化け物を刈り取るかのように、ドロドロに赤熱した亀裂が数キロにも渡って地面に刻まれていた。膨大な熱量の集束と放射による破壊――即ち、超高出力の光学兵器による掃射の結果だった。
膨張した大気が嵐を吹き乱れさせる砂丘の上、一人の男が立つ。全体としては人型のシルエット。だが、フードが外された頭部は只人のそれに非ず。展開された多面体がレンズ状の砲身を形成し、開放されたスリットからは急速冷却に伴う白煙を棚引かせていた。
地を穿ち、施設を蒸発させ、万を数える化け物の群れを一瞬で薙ぎ払ったレーザーが、この男の頭部から照射されたモノだろうことは、誰の目にも明らかだった。もっとも、それを行うことの出来る目など、少なくとも敵としては存在しなかったが。
『外周部、二号陣地を掃滅。これより前進する』
『上から見てたよ、お見事! 引き続き派手にお願いね』
『了解』
少女との通信を終えるなり、男はその体を宙に踊らせた。
通常なら歩行も困難だろう並外れた巨躯と重量。しかし、砂に接触した両脚は沈み込むこともなく、偏向された重力場を纏いながら飛ぶように地上を滑走する。
「ご武運を……」
誰にともなく呟かれた言葉は、巻き上げられる膨大な量の砂塵と、両腕の装甲が開放される機械駆動音にかき消された。
行く手には幾重もの敵陣。蠢くは無数の化け物の群れ。彼は、腕に搭載された多目的投射機内蔵型複合レーザー・ブレードを構えると、一切の躊躇なく敵集団に突撃を敢行した。
- - -
「派手にやってるねぇ……! やっぱアイツの戦い方、カッコいいな……男のロマンみたいな?」
彼方の地上より噴き上がる戦炎を眺めながら、少女は空を舞う。地表から一万メートルを超える高空を、何の装備も持たず、風も慣性も重力も何もかもを無視して思うがままに。
混雑を極めた地上に比べて、空の旅は実に快適なものだった。碌な防空能力を持たない敵の迎撃は疎らで、稀に混じった対空仕様の砲撃型が撃ち上げて来ては、意にも介さない少女の不可視の一撃によって消滅させられている。敵を相手にするというより、羽虫を払う程度にも満たない気安さで、あまりにも一方的に。
「――」
だが、違法建築を極めたような魔改造が施された旧要塞の――今は化け物共の巣となった尖塔が見えてきた刹那、それまでとは比べ物にならないほど巨大な質量の塊が、少女の眼前を過ぎった。
不正確な照準故か目標を素通りした物体は、しかし、一向に勢いを衰えさせることもなく遥かな天空に消えていく。打ち上げられたロケットのように、速く、遠く、猛然と。
「……来たか、デカブツ! そろそろじゃないかと思って、楽しみにしていたッ!」
ニヤリと音が立ちそうな深い笑みを浮かべて、少女は発射地点を瞬時に逆算した。
その眼差しの先には、全長一キロほどの巨大な肌色の肉塊から、金属光沢を放つ灰色の砲身が突き出したような――あまりにも異様な外見の生物が蹲るようにして身を震わせている。
砲撃型と称される長距離攻撃特化の個体の中でも特に大柄な、文字通りの意味での生物兵器。生体電気と金属細胞から構成される超大型のレールカノンは、高層ビルほどもある射出体を第二宇宙速度超まで加速可能な驚異的性能を誇る。
化け物共が自らの巣を守るために配置した最終防衛線。この惑星に存在する本来の文明からしてみれば、オーバーキルとしか言いようがない超兵器。
だが、通常であれば有効なはずの兵力配置は――。
「キミのことは大好きだよ! なにせ……デカくてウスノロだからねっ!」
最悪だった。
火力を最優先に取り回しを犠牲にした超長距離戦用の兵器と、超高速で空を飛び回る人の域を遥かに逸脱した能力を持った人間。結果など戦う前から見えている。
仮に、これが通常の人間相手ならば話は変わっただろう。単純なサイズ差で一方的に圧殺できた筈だった。仮に、これが通常の軍隊相手ならば話は変わっただろう。圧倒的な火力が猛威を奮い、一方的な殺戮が繰り広げられていたはずだった。
しかし、戦場で『もしも』を論ずることに意味などない。
「ほらほら、ご自慢の巨砲はどうしたんだ? 早く撃たないと終わりになっちゃうよ!」
現実として戦う前から勝敗は決し、現実として化け物は一方的に嬲り倒されていた。
あれほどの威容を誇っていた生体金属の砲身は、少女の右手から生じた白熱する光剣のようなものに斬り裂かれて見る影もなく、小山ほどある本体はあちこちに深い切り傷を刻まれて、溢れる体液に溺れんばかりにのたうち回っている。
それを行う少女は嗜虐的な笑みを隠さず、通じないと承知の上で言葉での煽りも欠かさない。篭められたのは明確な敵意そのもの。戦場は最早、蹂躙の場と化した。
「あーあ、残念……」
そして、終わりは唐突に訪れる。
巨獣に纏わりつく小さな捕食者のように、光剣で敵の全身を斬り尽くした少女は、虫の息といった様相の相手を見下ろすように高度を上げた。
位置は丁度、崩壊しかけた砲口付近。撃てるものなら撃ってみろと言わんばかりに数秒の間を持たせるや、持ち上げた光剣の切っ先を砲身奥の暗闇に向けて――剣身を巨大化させる。巨獣の全身をたやすく串刺しにする長大さへ。
「終わっちゃったねぇ……ハハ、ざまぁみろ」
光剣、或いは光槍から放出された膨大な熱量が巨獣を内側から焼き切り、金属細胞をドロドロに融解させ、体内で形成途上の射出体を液化させ、構成する肉の一欠片までも業炎で包み込む。
少女はただ、その光景を眺めていた。嘲笑を唇に張り付かせながら、冴え冴えと輝く双眸に冷たい色を宿して。
「……おっと、仕事の続きをしないとね。ギャラリー共も煩いことだし」
不意に思い出したように、そして何でもない雑務を終わらせたように光槍を剣に縮めると、彼女は振り返った。
目に入った光景は、凄まじいばかりの波濤。周辺に展開する百万を超える化け物の軍団が、巣の危機を前にして泡を食ったように押し寄せる姿だった。
だが、数えるのも馬鹿馬鹿しい程の数を目の当たりにしても、少女が狼狽えることはない。こんな状況は慣れていると語るように、悠然と仰ぎ見る先には巣の中央尖塔。その最高点に位置する、突端部がある。
「あいつも随分、頑張ってくれている……そろそろ死んで貰おうか、化け物共ッ!」
言葉と共に少女の体は急加速し、急停止する。
眼下に歪な形状の超高層建造物を捉えながら、抜き払ったのは光剣――ではなく、最初から腰に差していた豪奢な装飾長剣だった。
一見、いかにも仰々しく謂われ有りげな姿。事実、召喚者達は始祖伝来の宝物だの、神より賜りし聖剣だのと崇めてはいたが、その本質は『ただ大袈裟な見た目をしているだけのナマクラ』に過ぎない。切れ味だけなら、そこらの町鍛冶屋に数打にすら劣る程度の代物。
「折角の貰い物だ、私が星を救った聖剣にしてあげようっ――!」
そして、地上に光が生まれた。恒星の輝きにも似た眩さが、少女の手によって掲げられた聖剣に灯る。
同時に装備へ施されていた偽装が解け、簡素なブラウスとスカートだったものが、全身を防護する形状の戦闘服へと変化する。白を基調に機能性と装飾性が高い次元で調和したデザインは、剣より迸る光芒と相まって、少女の姿をより一層神々しく見せた。
「接続、承認。出力既定値、範囲設定標準。目標、固定」
――やがて、その時が来る。
『――撃つッ!』
投擲された聖剣はほとんど光速で尖塔に突入し、本来ならば極めて高強度な巣の構造材を無視するかのように裂くと、僅か十数キロの距離を一瞬で踏破して繁殖室に到達。狙い違わず炸裂し、効力を発揮した。
展開された超高エネルギー領域が設定された範囲を覆うと、剣に付与された『ゲート』属性を通じてリクエストが送信され、高次元時空経由での事象改変が実行される。それらは現状の物理的諸条件より実現可能性の高い事象を選択的に引き起こし、結果として、巣や化け物を含めた範囲内のあらゆるものは最小単位まで分解された。
――たった二人の例外を除いて。
『……よし、終わり! 後片付けは頼むよ、プラネータ!』
ふと、素粒子の雨が降りしきる世界に、暗がりが落ちた。
いつからそこに存在していたのか、何故存在していないように思われたのか。球状に抉られた大地を影で埋め尽くすような巨艦が、その瞬間には遥か上空に存在していた。
『二人とも、お疲れ様。回収作業を開始する、その場を動かないで』
『了解』
少女や男とはまた違った女の声が精神に聞こえた時、二人以外の全ては完全に動きを止めた。
そして、消滅する。
正確には移動――本来ならこの星に存在すべきではない外敵を、その痕跡すら残さず完全に除去するため、艦内の保管施設へ移送する行為だった。
『収容完了。次はあなた達だけれど、済ませるべきことはある?』
『……あ、ちょっと待って!』
帰還を促す声に少女は答える。
取り出したのは手のひらサイズの金属球で、その表面にペンで何事か書きつけると、無造作な仕草である方向にぶん投げる。超人的な身体能力で投球された金属は、音速を軽く突破して一直線に吹き飛んでいき――。
『終わり!』
『……提督として一応確認するけど、いま投げたものは何?』
どこか呆れを含んだ問いかけに、少女は愉快そうに笑った。
『ただの伝言! 当分救いには来ないから、後はアンタたちで頑張ってやれ――ってね!』