『憧れ』
これと言って問題なくクエストは進んだ。
と、言っても採集クエストなのだ。
『甘岩』と呼ばれる、岩塩の砂糖バージョンの石を規定数集めるだけで良い。
出現する『魔獣』も、程度の低いものばかり。
猪や狼、と言っても小さいものばかりで、まさしく初心者向け。
『Bランクダンジョン』である理由は、『ダンジョンマスター』と呼ばれるボス。 それが、最低ランクのCランクダンジョンに比べてかなり強いからと言うだけ。
ダンジョンマスターに出くわさない限りは、楽なダンジョンなのだ。
ダンジョンマスターは、最下層にしか出現しない。
最下層に潜らない限りは安全に進められるのだ。
このダンジョンで最下層に潜るのは、ダンジョンマスターをコンプリートしたいか、レアアイテムの『超々甘岩』を狙う者か、調子に乗った初心者かである。
『甘岩迷宮』。
『最下層』の1つ上のフロア。
『最下層』入り口近く。
「そろそろいいんじゃないか?」
パンツァーが『ダストボックス』の面子に提案する。
それぞれの、背負っている鞄は岩でパンパンである。
「そうね~・・・。 規定数は集まってるし! 戻りましょうか!」
メンテもそれを肯定する。
「それじゃあ、1度休憩しない? 疲れたわ!」
アタランテが近くの岩に腰を下ろす。
「そうしましょ。 あ、そうだわぁ! せっかく『甘岩』を採ったし、パンに塗って食べましょう!」
「お、それは良いな!」
クチーナの提案にパンツァーが喜ぶ。
「あ! そういえば僕、『超甘岩』を採ったんだ!」
言いながら鞄から、白っぽい通常の『甘岩』に比べると、若干黄ばんでいる『超甘岩』を取り出した。
「さすが『運値』極振りだな!」
「パンツァー! 汚いわよ!」
「う~んち! う~んち!」
「メンテさん!?」
わちゃわちゃするパンツァーとアタランテ、メンテ。
若干引くフォカラー。
極振り。
ステータス値に補正値を全て振る事である。
この世界には補正値と言うものが存在している。
モンスターを倒せば補正値が入る。
大抵のモンスターは倒せば補正値を1つ貰える。 ダンジョンマスターなんかは別だが。
また、その補正値は、ステータスに好きに振ることが出来る。
大抵は目指したい職業や、今必要な能力に合わせたものに振っていくが。
「運に補正値を振りきるのは聞いたことがないな」
フォカラーは呟いた。
補正値を触れるステータスは、多岐にわたる。
と、言うのも大まかには体力や筋力、知能等、大まかに分ける事が出来る。
しかし、ややこしいのはここから。
例えば筋力。
めんどくさい事に、全身の筋肉1つ1つに補正値を割り振れるのだ。
本当に自分に必要な物だけに振ることができる。
と、言えば聞こえは良いかもしれないが、割り振るのは結構な労力となる。
他のステータスも似たようなもの。
知能は計算処理能力や言語理解能力など。
体力だって、心肺機能を心臓と肺の筋力を均等に振らないとつかない。
とにかく、面倒くさいのだ。
ストックすることが出来るのだけが救いだろう。
普通の『冒険者』は、参考書を元に自分にあった補正値を割り振る事になる。
極振りは確かに楽ではある。 しかし、あまりにも振る範囲が広く、限定的であるため、思いどおりに動けずに自分の首を絞める事になるのだ。
普通は日々の勉強をしっかりしながら『補正値』を振るのだ。
だが、その中で唯一、1つに振れば1つが向上するステータスがある。
それが、『運』。
しかし、『運』の値に振っても、返ってくる結果は、運が本当にちょっと良くなる程度。
確かに、振れば振るほど『運』が良くなる。 だが、それにわざわざ振るくらいなら別の方に振り、確実性の取れる身体能力を伸ばした方が合理的だし、自分自身の生存率にも繋がる。
だから、『運』に振りきるのは聞いたことがなかった。
「だが、フォルは振りきっている」
「そうなのか」
と、パンツァーとフォカラーが話していたときだった。
「うわぁああああ!!!」
下の『最下層』から悲鳴が聞こえた。
「なになに!?」
立ち上がるアタランテ。
「まさか、『最下層』ぉ!?」
クチーナが慌てる。
「不味いんじゃないか!?」
パンツァーも、立ち上がって盾を手に取った。
「そうですね~! 助けに行きましょう!」
メンテが杖をとって立ち上がった。
「よ、よーし! 頑張るぞ!」
フォルも気合い十分である。
「いや、どうして助けに行くんだ? 下に潜ったのが悪いだろ?」
全員がフォカラーを、向いた。
残念そうな顔である。
(なんだよ。 何も間違ったことは言ってないだろ)
露骨な態度にムッとするフォカラーに、アタランテが吐き捨てた。
「あんた、最低ね」
怒りではなく呆れの表情と共に振り返り、『最下層』へと走り去っていった。
「待て!」
パンツァーが追いかけ、クチーナとフォルもそれに続く。
残ったメンテがフォカラーの前に来た。
「フォカラーくんの言う事は正しいです。 『最下層』の『ダンジョンマスター』は、とっても強い。 情報を知らない『冒険者』はいないと思います。 初心者だって、知ってますから。 だから、潜ったのは自己責任。 死ぬのも自己責任です」
「じゃあどうして」
フォカラーの問いに微笑むメンテ。
「私は、私を追放したあいつらと同じでいたくありませんから」
強い言葉。
微笑みの下にある、確かな怒りと侮蔑。
フォカラーが固まる。
「あいつらって・・・」
「はい、あいつらはクズでカスでゴミです。 私は、あんなのと同じになりたくありません」
入り口の方を振り返るメンテ。
「それに、やっぱり憧れるじゃないですか! これでも『冒険者』なんです!」
「何に?」
「伝説の『勇者パーティ』ですよ!」
背中を向けたまま語る。
メンテの憧れ。
『勇者パーティ』。
それは本来、英雄のようなパーティにつけられる称号。
『冒険者』なら誰もが憧れる称号。
現在のように、Aランクダンジョンを何度もクリアできるようなパーティに送られ、それなりに増えてしまった希少価値が下がってしまった現在の称号になる前は、もっと崇高で誰もが羨む称号だった。
「私は、あんな『勇者パーティ』を『勇者パーティ』とは認めません。 認めるわけがないんです。 だって、伝説の『勇者パーティ』は、かっこよくて、優しくて、素敵なパーティのはずですから! それは、ほかの『ダストボックス』の皆さんも思っている事なのです!」
入り口を睨むメンテ。
「だから、私たちはなるんです」
杖を握りしめる。
「私たちが憧れた、伝説の『勇者パーティ』に!」
メンテの言葉にフォカラーは震えた。
彼女たちは、本気で目指しているのだ。
Sランクダンジョンを踏破し、『魔王』を倒したあの伝説の『勇者パーティ』を。
「なって証明してやるんです。 私たちは、ゴミじゃないって」
メンテは最後、小さく独り言ちて走り去っていった。
取り残されたフォカラー。
(伝説の『勇者パーティ』)
頭によぎるのは幼少期。
誰もが英雄と称えた伝説の『勇者パーティ』の冒険譚。
『魔王』を打ち倒し、数多くのSランクダンジョンを踏破し、多くの人々を救った、英雄たち。
最初は、そんな伝説の『勇者パーティ』になりたかったのだ。
そうだった。
(俺がなりたかったのは、そんな『勇者パーティ』だった)
変わらない毎日の中で、生きるために精一杯の人生で、忘れてしまっていた。
拳を握る。
左手で『魔法』を発動。
『ダストボックス』のメンバーが忘れていった荷物を土の『魔法』で覆い隠す。
腰から黒い直剣を抜く。
「俺も、そんな『勇者パーティ』になりたい」
1人、呟いて今度はオリジナルの『魔術』を発動する。
バフを自身の体に施す。
「行くぞ」
バゴンッと地面を蹴り、『ダストボックス』を追いかけて『最下層』に向かった。