『新しい1日』『後編』
ぼろ屋だが、庭がある。
狭いが確かに庭だ。
俺、フォカラーは、『ダストボックス』の『ギルドハウス』での仕事が見つからず、諦めて庭へ鍛練に来たところだった。
ふと、端の切り株に腰かける『聖女』が目に入った。
静かに祈りを捧げている。
その横顔が綺麗で思わず見惚れてしまう。
「ん~?」
俺の存在に気づいたのだろう、メンテが目を開けた。
「ふあ~・・・」
大きなあくび。
まさか、寝ていたのか?
「おはようございます~。 フォカラーくん」
寝ぼけ眼を擦りながら挨拶してくるメンテ。
幼い仕草と表情にちょっと、ドキッとした。
「あ、あぁ。 おはようメンテ。 朝からお祈りか?」
「はい~! これでも『聖女』ですからね! と、言っても習慣づいてしまってて、この時間にこのポーズをしないと落ち着かないからやるだけなんですけどね~・・・」
いつもの微笑みで空を見上げた。
朝焼けの空。
「ま、神に祈りを捧げるなんて事、しばらくやってませんけど!」
「・・・え?」
耳を疑った。
おい『聖女』?
「だって、神様は救ってくれませ~ん! 自分を救えるのは、結局は自分。 あるいは、大切な存在です~! フォカラーくんもそう思うでしょ~?」
その通りだとは思うが。
「おいおい、『聖女』がそんなこと」
「ふふっ! ま、そんなことより迷える子羊くん? 貴方がここに来たのはなぜでしょう?」
片目を閉じ、いたずらっぽく聞いてくるメンテ。
話を露骨に逸らされた。
つまり、これ以上は触れられたくないのだろう。
で、あればだ。
乗っかるとしよう。
「はぁ。 えぇと・・・。 あぁ、『聖女様』。 私に『ダストボックス』での仕事は無いのでしょうか。 このままでは落ち着きません」
片ひざをつき、黒剣を側に置き、両手を合わせて握る。
・・・たしかこうだったと思う。
「あぁ、可哀想な子羊。 自身に仕事が無いことで追い出されてしまうのではないかと不安なのですね」
「・・・っ」
図星だった。
その通りだった。
折角、世話になりたいと思えたギルドだ。
また、追放はされたくない。
「ふふっ! フォカラーくん! 大丈夫ですよ! 皆同じでしたから!」
頭を上げる。
優しい微笑み。
「私もそうでしたから、気持ちがよ~くわかります。 と、言うことで~! フォカラーくんには大切な仕事を与えましょう!」
「あるのか!?」
俺は立ち上がる。
素直に嬉しかった。
「えぇ、勿論です! それは~」
「それは?」
「朝のゴミだ「それは、メンテさんの仕事でしょ!?」
勿体ぶった挙げ句、自身の仕事を押し付けようとした『聖女』は、アタランテによって阻止されてしまった。
いつの間に帰ってきてたのだうか、アタランテは、行きとは違うカゴと桶を持って、庭の入り口で眉をつり上げていた。
「うへ~、アタランテちゃ~ん! 私には、お庭のガーデニングが~」
「それはメンテさんの趣味!」
「ふえ~ん! アタランテちゃんの天使! ツンデレ! 意地っ張り!」
「うっさい! 悪かったわね!」
「悪くないよ~! 全部可愛いところだよ~!」
「はぁ!?」
アタランテの顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。
「ふふ~ん。 アタランテちゃんは、押しによわ~い。 私の勝ち~!」
「適当言ってないで早くゴミ出し行ってください!」
なかなかキツイ物言いと睨みにメンテは泣き真似をする。
「ふえ~ん! ごめんなさ~い!」
立ち上がって、俺の脇を駆け抜けていった。
「あれ? そう言えばアタランテちゃん? 今日のお洗濯はなんだか早いですね?」
アタランテの隣で足を止めたメンテ。
「・・・それは」
アタランテが俺を見つめてくる。
まだ怒っているのだろうか?
「ん!」
途端、カゴと桶を差し出してきた。
俺は側による。
「それは?」
「ふん! 男分の洗濯物よ! 分けといたわ! やること無いなら、男の子の分の洗濯物でもやってなさいよ!」
「アタランテ・・・っ」
俺は感動のあまり、目の前が潤んだ。
「なっ! 止めなさいよ! 気持ち悪い! 泣く暇があったらこれ見て、私へのちゃんとしたバフでも考えなさいよね!」
俺の様子に焦ったのか、慌ててポケットから『冒険者カード』を取り出した。
鉄製のプレートには、名前と年齢、性別と職業や立位置以外にも、補正値の細かい振り分けや、筋力などの割合値も書かれていた。
「・・・なんだこの、『素早さ』の割合値」
素早さ『1005699』
「なによ? 悪い?」
「いや、驚いただけだ」
他の数値が酷いのを見るに、『素早さ』に極振りしていると言うことだろう。 パンツァーの『素早さ』バージョンだ。
「あ~! アタランテちゃん、や~さ~し~い~!」
抱きついて頬ずりしはじめるメンテ。
「や、やめてください! それより早くゴミだし!」
「ふえ~ん!」
ギルドハウスの中に消えていったメンテ。
俺は気を取り直してカゴと桶を受けとる。
「ありがとうアタランテ。 嬉しいよ。 バフも考えておくな」
「・・・いいのよ。 私も楽になるし。 良くして貰うだけのいずらさはわかるから」
言いながら『冒険者カード』をポケットに戻すアタランテは、普段見ない優しい表情をしていた。
「アタランテは優しいんだな」
「な! 意味わかんない! それかっこいいと思ってんの!? 気持ち悪いからやめてよね!」
顔を真っ赤にしたアタランテがずんずんと家の中に消えていった。
今のは真に受けるべきか、アタランテの照れ隠しととるか。
真に受けてしまったら、しばらく立ち上がれなさそうだが・・・。
「照れ隠しですよ!」
ひょこっと家から出てきた、両手にゴミ袋を持つメンテが言う。
「じゃあ、そう捉えておくよ」
「はい~! そうしましょ~! それより、フォルくんとパンツァーさんが雨漏りを直したいから手伝ってくれって言ってました! 洗濯が終わったら聞いてみてください。 それと、クチーナさんが料理の幅について聞きたいって言ってましたよ~! なんの事かはわかりませんけど、フォカラーくんにはわかりますよね?」
「え?」
「そして、アタランテちゃんが居ぬ間にこれをどうぞ」
俺はカゴと桶を抱えた左手と反対の右手にゴミ袋を1つ渡される。
「一緒にゴミ捨てに行きましょ~! ふふっ! フォカラーくん、モテモテですね~!」
メンテのいたずらな笑みに思い至る。
みんなで俺の仕事を作ってくれたのだ。
本当に優しい人たちだ。
『ダストボックス』として、頑張ろうと思った。