『新しい1日』『前編』
フォカラーが、『ダストボックス』に加入してから3日が経った。
フォカラーはベッドから立ち上がる。
男部屋の窓を開けると、気持ちの良い風が吹き込んできていた。
フォカラーは、振り返る。
彼の視線の先では、まだすやすやと可愛い寝顔で眠っているフォルがいた。
パンツァーは今日もいない。
クチーナと一緒に、外の宿屋で過ごしているのだ。
フォカラーは部屋を出て、下の洗面台に向かった。
「あ、おふぁおう。 ふぁあいおえ」
歯ブラシ中のアタランテが洗面台にいた。
洗顔のためか、ヘアバンドで前髪を上げていて、額が露になっている。
珍しい姿だ。
「あぁ、おはよう」
フォカラーは挨拶を返しながら自分の歯ブラシを手に取る。 鏡の前で、アタランテと2人、並んで歯を磨く。
アタランテがコップを手にとってうがいをすませ、洗顔をしてタオルで顔をふき、肩にかけて、近くの洗濯物が溜まったカゴの中にヘアバンドを入れる。
そのまま、そのカゴと、隣に立て掛けてあった桶を持って洗面所を後にした。
自身の仕事である洗濯をするのだろう。
フォカラーは、歯ブラシと洗面をぱぱっとすませて、何か手伝えないかとそれを追いかけた。
◻
フォカラーがたどり着いたのは近くの川。
この世界に洗濯機は無い。
しかし、石鹸はある。
アタランテは、川で桶に水を組み、桶の水を取り替えながら服を洗っていた。
6人分である。 中々の重労働だ。
「俺にも手伝わしてくれ」
「わひゃあ!?」
驚いた声を出すアタランテ。
フォカラーの存在に気づかなかったらしい。
「な、なんのつもりよ!?」
「あ、いや、俺にも出来ることがないかと思って。 ほら、もう、3日も世話になってるし、このままと言うわけにもいかないだろ?」
「あ、そう。 そういうこと・・・。 でも、洗濯はいいわ。 私の仕事だもの」
「でも、さすがに多くないか?」
「いいの!」
「遠慮するなって」
「いいって言ってるじゃない!」
「いや、俺、洗濯も出来るから、オールラウンダーだから」
「パンツァーに教えて貰った言葉でいい気なるんじゃないわよ!」
「むっ! 良いから貸せ!」
「あ! ちょ! やめ!」
フォカラーは無理やりカゴから適当に衣服を取る。
これが失敗だった。
ピンクの、サラサラした手触りの布。
まぁ、言ってしまえばパンツ。
それも、アタランテの物だった。
「あ」
「だから言ったのよ! 洗濯はいいって!!」
パンッと、目にも止まらぬ素早い平手打ちが左頬に入った。
「でっ!」
速度の割に力が無かったのは救いだったのだろう。
まぁ、フォカラーは十分痛がっていたが。
◻
失敗に肩を落としながら『ダストボックス』に戻ったフォカラー。
中には、クチーナとパンツァーが戻っていた。
パンツァーは、テーブルに向かって座り、新聞を読んでいた。
クチーナは台所で料理中だ。
「クチーナ、料理を手伝わせてくれ」
フォカラーは台所に入ってクチーナに頼む。
「あ、えとぉ・・・」
困り始めるクチーナ。
「なんだ? 俺、料理も出来るぞ? 器用だからな」
フォカラーは、腕まくりをする。
「いや、そうじゃなくてぇ」
なんだ?
なんでそんなに困った顔をするんだ?
と、不思議そうな顔のフォカラーに、パンツァーから横やりが入った。
「フォカラー。 すまんが、料理はクチーナに任せて貰えないか?」
「なんでだ?」
「うーん・・・。 クチーナ。 話しても良いか?」
首を振るクチーナ。
「・・・ううん。 私から話すわ」
言いながら鍋をかき回しはじめる。
料理の手は止めないのだ。
「私、自分のデバフを制御できないって言ったわよねぇ?」
フォカラーは頷く。
確かに言っていた。
「私、子供の頃から料理で、家族を笑顔にするのが夢だったの」
察しはけっして悪くないフォカラーである。 料理を任せて欲しいと言う理由をなんとなく理解する。
「ふふっ。 本当の家族は私の扱いに困って捨てたわけだけどね。 それでも、いつか、お母さんみたいにお料理で皆を幸せにしたかった」
「・・・それが、叶ってると?」
「えぇ。 パンツァーのおかげでねぇ。 『ダストボックス』の皆限定だけれど、私の料理で笑顔になってくれるのよ」
遠い目で微笑むクチーナ。
「つまり、料理はクチーナの夢でやりたい事ってわけか」
フォカラーが確かめるように言う。
「そうよぉ」
「・・・そうか。 わかった。 出すぎた真似だった。 ごめん」
クチーナの発言に、自信の軽率な発言を反省した。
「謝らないで? ふふっ。 貴方がここに初めて来たとき、私のご飯を食べて笑ってくれたの、とっても嬉しかったのよぉ?」
「・・・わかった。 ありがとう。 だが、皿洗いくらいはさせてくれ。 後、やっぱり手伝えることがあったら言ってくれ。 料理は人がいれば幅が広がることもあるからな。 ・・・っと、ごめん。 しつこいな。 朝食、楽しみにしておく」
「・・・幅が広がるねぇ。 ふふっ、考えておくわ。 皿洗いは大丈夫よ。 パンツァーがやってくれるわ」
「すまないな、フォカラー」
パンツァーの謝罪にフォカラーは首を振った。
フォカラーは居間を後にして、2階に向かう。
後、出来ることと言えば掃除くらいだが・・・。
フォルは起きているだろうか?
もしかしたら掃除にもそれなりの理由があるかもしれない。
聞いてみるとしよう。
と、1人頭の中で、考えを巡らせていた。
◻
男部屋に入る。
「え」
朝のグシャグシャだったベッドは美しく整い。 汚れは消え去り。 ピカピカの室内になっていた。
「あ! お兄ちゃん! おはよう!」
あれから慣れたフォルは、フォカラーの事をお兄ちゃんと呼ぶようになった。 なんでも、大好きだった頃の兄に似ているらしい。 自身を捨てた時の兄については、フォカラーに話していない。
フォカラーとフォルの間には、まだまだ信頼関係が出来ていないのだと言うことなのだろう。
「おはよう・・・。 すごいな。 これ全部フォルが?」
「うん! 僕の仕事だしね! それに、見てよこれ! 出てきたんだ!」
フォルは、掃除の途中で見つけた、小銭や、ダンジョンで取れる宝石の欠片等をポッケから出して見せてくれた。
「・・・なるほどね」
フォカラーはフォルが掃除をしている理由を察した。
フォルは運に極振りしている。
掃除をしていたら出てくるのだろう。
運良く、探し物や無くし物、知らぬ間に持ってきていたダンジョンの物などが。
掃除の腕も良い。
「どうしたのお兄ちゃん?」
覗き込んでくる可愛いフォル。
「あぁ、いや。 手伝える事はないかなと思って。 ほら、俺、万能だし」
言ってて悲しくなってきたフォカラーである。
「う~ん。 掃除は僕のお仕事だし、女部屋にお兄ちゃんを入れるわけにはいかないし。 お風呂とトイレ掃除もパンツァーが不思議な石鹸でしっかりやってくれるし。 ごめんね? 思い付かないや」
「そっか・・・」
フォカラーは肩を落とす。
(家事全般は全滅か)
「わかった。 諦めて外で剣振ってるから、何かあったら教えてくれ」
手伝いを諦めたフォカラーは、自分の漆黒の直剣を持って外に出たのだった。