06.友人ができました!
まさか気付かれているとは思わず、ジェシカの額には冷や汗が流れた。
(ど、どうしよう!)
この学園にはいくつか厳格なルールが存在する。
その中で最も強く掲げられているのが、戦闘の授業以外で魔法を使用した際、いかなる理由があっても他者に怪我を負わせてはいけないということ。
これを破った者は悪意がなかろうと、退学等の厳しい処罰を加えられるのだ。
(さっき、私は女子生徒たちの髪の毛を乱すために風魔法を使った。彼女たちが絶対怪我をしないように威力も調整したし、今回の件はルールに該当しないはず、だけど……)
もしも、オーウェンがジェシカの行動を過剰な表現で教師に報告したら……。
(わ、私、まさか退学!?)
この学園自体に未練はないが、そんなの両親に悪過ぎる。……とはいえ、退学ならまだいい。両親には謝って、平民らしく別の人生を送れば良いのだから。
けれどもし、退学以外の罰なら?
それこそ、就職先を勝手に決められたり、今回のことを問題にしない代わりに、死ぬまで最悪の労働環境で働くことになったら?
(それだけは嫌〜〜! 絶対嫌! もう前世のようなブラックなところで働きたくない〜〜!)
ジェシカが顔を真っ青にしながら頭を抱えていると、オーウェンが急いで口を開いた。
「一応言っておくけど、さっきのことは誰にも言うつもりはないから。理由を聞いてみたかっただけで」
「え? ほ、本当ですか?」
「本当。別に彼女たちはかすり傷一つ負っていないし、教科書をこんなふうにされたんだ。正直、あれくらいやり返したって構わないと俺は思うけど」
「ダイナー様って、本当に良い人〜〜!」
あまりに感動に、ついオーウェンの手を握りそうになったジェシカだったが、ハッと我に返った。
(落ち着きなさい、私! いくらダイナー様が良い人だとしても、まともに話してまだ数分! しかも相手は貴族!)
ジェシカが落ち着きを取り戻すと、オーウェンは「それで、理由は何なの?」と再度問いかけてきた。
異世界転生だなんて摩訶不思議なことを話せるわけがないと考えたジェシカは、そのことだけは隠すことを決め、ほかは素直に話すことにした。
「……私は国の支援を受けてこの学園で学ばせてもらっているんですけど、この教科書は両親が用意してくれたもので」
「アーダンさんのご両親って確か……」
「そう、平民です。毎日の生活でかつかつなんですけど、これくらいはって頑張ってくれたんです……。そんな教科書をあんなふうにされたから、私、我慢ならなくって」
「そうか……。なるほどね」
納得したのか、うんうんと首を縦に振るオーウェンだったが、おもむろに口を開いた。
「そもそも、アーダンさんはフリントン公爵令嬢に嫌がらせなんてしてないのにね」
「そう! そうなんです! そうなんですよ! ……って、ダイナー様は、私の無実を信じてくれるんですか?」
こうして声をかけ、力になってくれようとしたことから、ラプツェや攻略対象たちの言葉を完全に鵜呑みにしているわけではないだろうと考えていたが、まさかこんなにはっきり言われるとは思わなかった。
素早く目を瞬かせるジェシカに、オーウェンは思い出すように語った。
「そりゃあ、各授業の間には教室で勉強して、少し時間ができたら図書室の魔法書を必死に読み漁ってるような子が、わざわざ公爵令嬢を敵に回すとは考えづらいからね。メリットがない。それに俺、君が嫌がらせをしているところを見たことないし」
「ダイナー様……」
これまでのジェシカの頑張りを見てくれていたことが嬉しい。無実だと信じてくれていることが嬉しい。それをこうして伝えてくれたことが嬉しい。
(卒業までは、誰とも深く関わるつもりなんてなかったけど、自分を信じてくれる人と出会えるのって、こんなに心にくるものなんだなぁ……)
胸がジーンと温かくなる。お酒が入っていたら泣いていたかもしれない。
「ありがとうございます。ダイナー様にそう言ってもらえて、だいぶ救われました」
「……救われたって言っても、公爵令嬢やその周りにいる王太子殿下たちには腹が立たないの? 無実の罪を着せられて、嫌がらせまでされてさ」
「それはもちろん、腹は立ちますけど……」
前世でもっと肉体的にも精神的にもくる職場で働いていたんで……とは言えない代わりに、ジェシカは事実を淡々と述べ始めた。
「正直、平民の私が何を言ったって、公爵令嬢と王太子殿下たちの前では無意味だと思うんです。むしろ、過剰に反発したら今よりも状況が悪化するだろうなって思うので、卒業まではある程度大人しくしておくつもりです」
「つまり、泣き寝入りするってこと?」
「まあ、そうとも言えるかもしれませんが……私はそう考えていません。これは、幸せな未来を掴むためだから!」
「……? というと?」
それからジェシカは、自分が転生したことを除き、オーウェンに説明した。
攻略対象たちが何をしても、自分が高待遇の職場につけるよう、そして両親に恩返しができるように、魔法の勉強や修行を頑張るのだと。そのため、邪魔をされないためにもラプツェやアーサーたちにはできるだけ関わらないように、残りの学園生活を過ごすのだと。
「ほら、どうにもならない状況って絶対あるじゃないですか。それなら、そのことに腹を立てるだけじゃなくて、良い未来になるように努力するほうが建設的かなって!」
ニカッと白い歯を見せて笑うジェシカに、オーウェンは少しの間黙り込んだ。
「あの、ダイナー様?」
もしかして引かれてしまったのだろうか?
不安に思ったジェシカがオーウェンに話しかけると、彼は突然「あはは」と口を大きく開いて笑い始めたのだった。
「!? 突然どうしました!? 私、変何か変なことを……!?」
「……はは、いや、違うんだ。この状況で絶望するでもなく、復讐心に囚われるわけでもなく、今が変えられないなら最善な未来のために動くっていう考え方が新鮮だなって」
「え? そう、ですか? 普通じゃありません?」
「普通じゃないよ。人間は弱い生き物だからね」
人間は弱い生き物だ、なんて若人とは思えない達観した意見だ。やはり貴族というのは、平民に比べると人間の様々な部分を見てきているのだろうか。もしくは、帝国の人間だから?
「でも、本当に良い未来を望むなら、今日みたいにクラスメイトに風魔法を食らわすのはやめなよ? 俺以外が気付いてたら、ちょっとまずかったかもしれないし」
「そ、そうですね! 本当に気を付けないと……!」
「……まあ、これからは何かあったら俺もフォローするから、そんなに心配いらないよ。あ、ジェシカって呼んでも良い? 俺のことはオーウェンって呼び捨てで良いから。敬語もなしでいいし」
「じゃあ……ありがたく敬語はやめるけど……。それと、呼び方は何でも良いよ……って、ん? 待って? フォローって、つまり──」
きょとんと目を丸くしたジェシカに、オーウェンはニッと口角を上げた。
「俺、ジェシカの考え方が気に入ったから、君が最高の未来を掴めるように、できる限り協力するよ」
「本当に!? ……でも、私と頻繁に話したり、一緒にいる時間が増えたら、ダイナーさ、じゃない、オーウェンまで嫌がらせされたりしない?」
「俺はもともと気味悪がられてるし、一部の生徒は俺に何かしたら呪われるとか話してるから、そんなに心配しなくても大丈夫じゃないかな。それに俺、ジェシカに魔力量では敵わないけど、魔法の応用技だったり、筆記の方は教えられると思うよ」
彼の表情をはっきりと見ることは叶わないが、楽しげに口角を上がっていること、声が弾んでいることから、致し方なく提案している感じはないことがわかる。
どころか、とても乗り気そうだ。
「嫌がらせはされなくても、好奇の目に晒されるかもしれないよ……?」
「人から見られるのには慣れてるから大丈夫」
確かに、オーウェンは不気味な風貌だと他者から怪訝な目を向けられているけれど……。
「本当に良いの? 後悔しない?」
「しないよ。むしろ、これまで何もしなくてごめんね」
「いや、そこはオーウェンの事情もあるだろうから、本当に気にしないで! むしろ、今こんなふうに言ってくれたことが、本当に嬉しいから!」
「それなら、はい。ジェシカの協力者になってもいい?」
オーウェンはジェシカに向かって、スッと手を差し出した。
この手を握ったら、協力者になるのを許諾したということになるのだろうが、ジェシカはその手を掴むのを躊躇った。
(そりゃあ、オーウェンが魔法の修行や勉強を手伝ってくれたらとっても助かるし、私が隣国からの留学生のオーウェンと一緒にいるって知れ渡れば、直接的な嫌がらせも減るかもしれないけど……)
なんだか、オーウェンを利用しているみたいで気が乗らない。
オーウェンが良い人だからこそ、一方的に協力してもらう関係性になんて、なりたくないのだ。
「あっ、そうか!」
あーだこーだ考えていたジェシカだったが、名案が思いついたと笑みを浮かべた。
「? どうしたの、ジェシカ」
「ねぇ、オーウェン! 協力者じゃなくて、友だちになろうよ!」
「えっ」
ぐいと顔を近付けてそう話すジェシカに、オーウェンはたじろいだ。
「オーウェンは良い人だから、協力者じゃなくて友だちがいい! ほら、友だちなら助け合いが基本でしょ? オーウェンが困るようなことがあったら、できるだけ私も助けてあげたい! だから、オーウェンは友だちとして、私のこと助けてくれる?」
「……あ、うん。分かった。そういうことなら、友だちになろう」
「やった〜! ありがとう! オーウェン!」
ジェシカはオーウェンから顔を離すと、彼の手を力強く握った。
(恋愛は疎か、青春も諦めてたけど、まさかこんなに早く友だちができるなんて! ふふ、嬉しいな〜)
前世ではアルバイトに勉強に仕事に忙しく、友だちと呼べるような人がほぼいなかったため、本当に嬉しい。
今にも小躍りを始めそうなほど喜んでいるジェシカを見て、オーウェンはポツリと呟いた。
「変な子だなぁ……」
その声がジェシカに届くことはなかったけれど、その声色はなんだか柔らかかった。
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