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24.眼差しから滲み出る

 

 三人でパーティーを楽しむこと三十分。

 ジェシカへの視線がまばらになった頃、彼女は「デザート取ってくる!」と言ってオーウェンとメイのもとを離れた。


 オーウェンはそんなジェシカの後ろ姿を眺めながら、隣にいるメイに声をかけた。


「……珍しいね。ジェシカに付いて行かないの?」


 ジェシカはオーウェンたちから目に見える範囲のところにいる。

 今のところ、ジェシカに悪口を言ったり、変に絡んだりしてくる者もいないので、少しくらい彼女を一人にすることは構わないのだが、メイの行動に違和感を覚えたオーウェンは疑問を呈した。


「ええ。少し、オーウェン様にお聞きしたいことがありまして」


 周りにあまり聞かれたくないのか、やや小さな声で、それでいていつになく真剣な声色だ。

 オーウェンは相変わらずジェシカを目で追いながら、「何?」と素っ気ない返事をした。


「オーウェン様、貴方は何者ですか?」

「…………どういう意味?」

「実は、我が家の援助について助力してくださった時から、おかしいと思っていたんです。王族や上位貴族でもなく、しかも帝国民であるオーウェン様が、あんなに早く事態を収拾できるのはどうしてなのだろう、と」

「…………」


 口を開かないオーウェンに、メイはこう続けた。


「それに、ジェシカ様にお渡しした二着のドレス。一着目の方は私も事前に拝見しましたが、あれも選ばれた貴族しか着ることができない一流のものですよね? ネックレスや髪飾り、靴も全て、ほとんどの貴族では簡単に手が出ない代物のはずです。それをおよそ一週間の間に二組も手配するなんて……いくら帝国が豊かでも、一介の貴族に成せることとは思えません」

「……なるほど」


 メイの話に耳を傾けつつ、こちらに向かって手を振ってくるジェシカに対し、オーウェンは手を振り返す。

 メイもジェシカに手を振り返してから、隣に立つ姿勢の悪い男に再度問いかけた。


「オーウェン様、もう一度伺います。貴方は、何者ですか」


 ジェシカがデザートを取り終わったのか、笑顔でこちらに向かってくる。

 オーウェンは幸せそうなジェシカの様子にふっと微笑んでから、彼の漆黒の前髪に隠れた目がメイを射抜いた。


「詮索は無用だ。君も貴族の端くれなら、分かるだろう?」

「……っ、でも」 

「安心して良いよ。俺は今もこれからもジェシカの味方だし、それが揺らぐことはないから。……ほら、ジェシカが戻ってくるから、その真剣な顔やめたら? ジェシカが心配するよ」

「……ハァ。分かりました」


 メイはそう言うと、「ジェシカ様〜〜!」といつもの明るい様子でジェシカに駆け寄った。


 すると同時に、会場内に先程までよりも大きな生演奏が流れ始めた。


「え、何? 何か始まるのかな?」

「ああ、今からダンスタイムが始まるんだと思いますよ。ジェシカ様はどうされますか? 今日は同性で踊ることも可能ですから、私がリードしましょうか?」

「いや、私は──」


 今世でダンスの経験はなく、前世でも幼少期に盆踊りを踊った覚えくらいしかない。つまり、ジェシカはダンスの嗜みがゼロと言っても差し支えなかった。


(そんな私がメイと踊ったりして、この子に恥をかかせるようなことになったら嫌だもの)


 それに、もとよりダンスは見るもので踊るつもりはなかったジェシカは、メイの提案をやんわり断った、その時──。


「ジェシカ、せっかくだから踊ろう。おいで」

「え!?」


 オーウェンに手を握られたジェシカは、目を見開いた。


「オーウェン、私、全然踊れないんだってば!」

「うん。だから、バルコニーで踊ろうよ。あそこならそんなに注目されることはないし、音も聞こえるから」


 珍しく押しの強いオーウェンにジェシカは頷こうとするも、メイの提案を断った手前、すぐに返事をすることはできなかった。


「ジェシカ様、どうぞ行ってきてください! オーウェン様! 今日だけはジェシカ様のことを貸してあげますわ!」


 しかし、当人のメイがこう言ってくれたので、ジェシカはオーウェンの手を握り返した。注目されないのなら、せっかくの機会だ。


「メイ、ジェシカは君のじゃないけど、今日のところは感謝するよ。ジェシカ、ほら、行こう?」

「う、うん! メイ、すぐ戻ってくるからね……!」



 それからジェシカたちは人を避けながら、閑散としたバルコニーにやってきた。

 夜のくっきりとした空気が肌を包み、会場の熱気を冷ますのにちょうどいい。


「はい、ジェシカ。右手はこっち、左手はこっちね」

「うん」


 オーウェンに促されるように彼の体に触れれば、滑らかな生地越しに自分とは違う筋肉の硬さを感じた。


「今更だけど、オーウェンって見た感じよりがっしりしてるよね。鍛えてるの?」


 ジェシカはそう言いながら、興味本位で指先でオーウェンの肌を撫でる。

 布を挟んでいるというのに、オーウェンはそんなジェシカの行動に、切なげに眉を顰めた。


「あのねぇ、男にあんまりそういうことしないの」

「え、ごめん。嫌だった?」

「……嫌とかじゃなくて……まあ、良いや。ほら、音楽が始まったから、踊ろう」

「でも、私本当にステップの一つも分からないんだけど……。オーウェンの足もギッタンギッタンにしちゃうかも」


 なんせ、今ジェシカはヒールの靴を履いている。それほど高さはないが、これに踏まれて「痛みはないよ。羽のようだ」と言える人はやべぇ奴だと思うくらいには痛みが想像できた。


「……はは。それは怖いね」

「でしょう?」

「けど、上手く避けるから大丈夫。ほら、俺に任せて」

「うわっ」


 腰に回されたオーウェンの手に引き寄せられ、音楽とともにジェシカは彼と密着した。

 そして、互いの顔を見合いながら、足と手をゆったりと動かしていく。

 ダンスのためか、ぴしりと姿勢を正したオーウェンのリードは的確で、自然と足が運べた。


「オーウェン、私、意外と才能あるかもしれない! それっぽい動きできてない!?」

「できてるよ。上手上手」


 子供をあやすようにくつくつと笑うオーウェンと、無邪気にダンスを楽しむジェシカ。二人の周りを、これ以上ないほどに優しい空気が包み込む。


(色々あったし、オーウェンやメイには迷惑をかけちゃったけど、パーティーに参加できて良かったなぁ)


 ジェシカは自分よりも頭一つ分以上高いオーウェンを見上げ、溢れんばかりの笑みを浮かべた。


「あははっ! オーウェンと一緒だったら、慣れないダンスも楽しいね! 誘ってくれてありがとう、オーウェン!」

「それなら良かった。ジェシカが幸せそうで、俺も嬉しい。……それと、いつももそうだけど、今日は一層綺麗だよ」

「オーウェン、褒めすぎ──わっ」


 その瞬間、バルコニーにはぶわりと澄んだ風が吹いた。


「……今のは結構強かったね……って……」


 僅かに乱れたオーウェンの前髪。

 そこから見えた、こちらを射抜いて離さない銀色の瞳。きりりとして冷たそうなのに、その眼差しは疑いようのないほどに優しくて、それでいてどこか、熱っぽい。


「……っ」

「どうしたの、ジェシカ」

「ううん、何でもない!」


 熱に浮かされそうになるくらい、体中が熱くなる。

 オーウェンの瞳を思い出すだけで、心臓が飛び出してしまいそうなほど、激しく脈打った。


(……いや、いやいやいや、そんな、わけ……)


 これまで時折、オーウェンの言動に胸が高鳴ることがあった。

 これは何だろうと思いながらも、本能的に深く考えてはいけないと思って、知ろうとしなかったけれど、今、その答えが直ぐ側まで迫ってきていた。


(私……まさかオーウェンのこと──)


 答えの扉を開けようとした手を、ジェシカは引っ込める。


(……ううん、違う。だって)


 オーウェンは友として、ジェシカの未来のために協力してくれているのだ。そんな相手に、こんな感情を抱いて良いはずがない。


 ──この感情は全て、勘違いだ。

 それにジェシカには、恋愛にうつつを抜かす暇なんてないのだから。


「……ジェシカ? 本当に、大丈夫?」

「! だ、大丈夫! ごめんね、ボーッとして! さっ、続き踊ろう?」 

「うん。俺が支えるから、好きに動いて良いよ」

「……ありがとう、オーウェン」


 ジェシカはその後、オーウェンとダンスを楽しんだ。

 自分の恋心をそっと胸に秘めたまま。

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