20.学園パーティーへのお誘い
◇◇◇
今日も今日とて、オーウェンとメイは仲が悪い。
「いくら魔力量の微調節が高度なことで手ほどきが必要なことだとしても、ジェシカ様に近づき過ぎではありませんか!? オーウェン様!」
「うるさいよ、メイ。今はジェシカと話してるんだから、邪魔しないでよ」
ここは、よく訪れる魔法訓練室B。
三人で一緒にいる時間が増えてからもう十日が経つ。
既に、ジェシカはメイに様々な理由から魔法を極めようとしていることは話してある。友だちなのだから、当然だ。
そして、昼休みに三人で昼食を摂ったり、放課後に三人でガゼボや図書館で勉強したり、魔法の練習をしたりして青春を送っているのだが……残念なことに、オーウェンとメイの口喧嘩がなくなることはなかった。
いつの間にか互いの呼び方の距離は詰まっているというのに……。
「二人とも、喧嘩はおしまい! オーウェンは私の修行を見てくれる約束をしてたし、メイは今日の授業の復習がてら魔法のコントロールの練習をするんでしょう?」
「ごめん、ジェシカ。続きやろうか」
「ごめんなさい、ジェシカ様……! 将来、ジェシカ様と同じ環境で働けるよう、私も精進いたします……!」
とはいえ、基本的に二人の口喧嘩はすぐに終わる。
まさに、ジェシカの鶴の一声のおかげだ。
(全くもう。本当に毎日飽きることなく喧嘩するんだから……。まあでも、いっか。二人が本気でいがみ合ってる感じはしないし)
前世の記憶も含めれば、ジェシカはオーウェンたちよりも二倍以上の年月を生きている。
経験値から、二人の口喧嘩を本気で心配することはなかった。喧嘩するほど仲が良い、とも言うし。
(よし、二人のことは一旦置いておいて、練習頑張ろう!)
人生を左右する魔法検定試験までは、もう二ヶ月を切っている。
オーウェンのサポートのおかげで、筆記も実技もかなり向上したが、まだまだ油断ならないのが現状だ。
(他を圧倒しないと、権力に潰されちゃうかもしれない。気を引き締めなきゃ!)
ジェシカは内心で意気込むと、以前よりも放出する魔力量を増やしての魔法のコントロールの練習を再開した。
それからしばらくして、三人が休憩のために床に腰を下ろすと、「そういえば!」とメイが話し始めた。
「ジェシカ様、来週行われる学園パーティーに、一緒に参加しませんか?」
「ああ……もうそんな時期なんだ……」
ジェシカは遠い目をしながら、学園パーティーの記憶を頭から引き出した。
メイの言う学園パーティーは、学園の顔である生徒会が主催となって執り行われる。
学園の全生徒に参加資格があり、皆その日ばかりは学業のことは忘れ、音楽やダンス、食事を楽しむことを目的としている。
(という名目だけど、本当は貴族たちが家同士の新たな繋がりを作るためのものなのよね……)
確かゲームでは、婚約者を探すために参加する者もいた。二十歳で行き遅れになってしまうこの世界では、当然の流れなのだろうが。
(まあ。それは良いとして)
このパーティーでは、乙女ゲーム特有のイベントが発生する。
ヒロインと攻略対象たちの距離がぐっと近づき、プレイヤー的には「さっさとくっつけば良いのに! どう見ても両思いじゃん!」レベルのイチャイチャが描かれたイベントだ。
(ストーリーもスチルもよくて、個人ルートは何回も周回したなぁ。……でも、確か逆ハールートでは、攻略対象たちの中で誰が一番先にヒロインであるジェシカと踊るかを揉めるのよね)
ジェシカはあまり逆ハールートが好きではなかったため、各キャラのセリフまでは覚えていないが、それは間違いない。
(逆ハーだとしても、こんなパーティーの最中にヒロインを置いて男たちで喧嘩しないでよ……と思った記憶がしっかり残ってるもの)
とはいえ、この世界でのヒロインポジションは現在ラプツェが担っている。
ジェシカがその喧嘩の中心になることはないのだけれど、憂いはそこではなかった。
「ごめんね、メイ。私は遠慮しておこうかな。パーティーに参加して、万が一にもラプツェ様やアーサー殿下たちと関わりたくないの」
「あ……。申し訳ありません、ジェシカ様。私、そこまで考えが至ってなくて……」
「ううん! 謝らないで。メイは何も悪くないからね。あ、でも、メイやオーウェンは私のことは気にせず参加してきてね! 貴族なんだから、ああいう場はとても大切でしょう? 後でパーティーの様子を教えてよ〜〜!」
ジェシカはできるだけ笑みを浮かべて、明るい声色で二人に向き合う。
(本音の本音は、ちょっとだけ参加したい……)
オーウェンやメイの正装姿を見てみたいし、三人で音楽に触れたり、ダンスしたり、あれが美味しいこれが美味しいと食事を楽しんだり、せっかくだから楽しみたいという思いがないわけじゃない。
けれど、パーティーに参加して、ラプツェや攻略対象たちに大勢の前で罵倒されたり、誹りを受けるのは嫌だ。
それに、もしもオーウェンやメイにまで攻撃が飛んできたら、我慢できる気がしない。
(何より、この前のガゼボでのイベントで、オーウェンに怪我をさせてしまったから……)
自分の無茶な行動や考えのなさから、これ以上友を傷付けるのは、嫌だったのだ。
「ジェシカ」
できるだけ笑顔を浮かべるジェシカの頬に、オーウェンの大きな手がスッと伸びてくる。
指先で優しく触れられ、ジェシカは驚きから心臓が激しく脈打った。
「嘘は良くないよ。本当は参加したいって、顔に書いてある。自分が参加したら俺やメイに迷惑をかけるんじゃないかって考え、我慢してるんじゃないの」
「……!」
「ほ、本当ですか、ジェシカ様! って、オーウェン様、手! ジェシカ様から手を退けてください! いや、今はそのことよりも本当は参加したいのですか、ジェシカ様!」
動揺から焦りを見せたメイとは対照的に、オーウェンの声色には確信めいたものがあった。
おそらく、そんなことはないと否定しても大人しく引き下がってくれないだろう。
「何で、分かるかなぁ。そこは気付かないふりをしてよ、オーウェン。格好つかないじゃない」
困ったように笑うジェシカの頬に伸ばされたオーウェンの手が、今度は彼女の耳に触れる。
顔の横の辺りの髪を優しく耳にかけられたジェシカは、またもや胸がドキリと疼いた。
(な、なんか最近、オーウェンの様子が少しおかしいような……)
メイの一件が解決した辺りからだろうか。
オーウェンはこれまでもよく頭に触れてくることはあったが、最近はややスキンシップが激しくなっている気がする。
話す時に距離が近かったり、声色が以前よりも優しかったり、言い出すと切りがないくらいには変化しているように思う。
「ジェシカが他人想いなのは良いことだけど、俺たちに気を遣わなくていい。俺はもとから周りに不気味がられてるし、メイはジェシカ以外に友だちがいないから、周りになんて思われても構わないだろうし」
「オーウェン様の発言は頗る失礼ですけれど、事実ですから仕方ありません……! ジェシカ様、ともにパーティーに参加しましょう!」
「二人とも……」
何にせよ、オーウェンが優しいことには変わりない。メイという心強くて、優しい友ができたことも、変えようのない事実だ。
──こう言ってくれているし、二人に甘えよう。
ジェシカはそう決心すると、再び口を開いた。
「それじゃあ、私も学園パーティーに参加しようかな。二人とも、迷惑をかけるかもしれないけど、よろしくね」
メイはパァッと満面の笑みを浮かべると、ジェシカにギュッと抱き着いた。
「やりましたわ! ジェシカ様と一緒にパーティーに出られるなんて……楽しみ過ぎて眠れる気がしません!」
「それなら、パーティー当日に寝坊すると良いよ。俺がジェシカをエスコートするから」
「オーウェン様? 喧嘩売ってますか? 売ってますよね? 買いますよ?」
それからというもの、オーウェンとメイの間には火花が散り、再び口喧嘩が始まった。
ジェシカが二人の喧嘩の仲裁に入ると、ふとオーウェンの最近の変化について思い当たった。
(……もしかして、私とメイが急に仲良くなったから、オーウェンは寂しいのかも)
これまで、ジェシカとオーウェンはずっと二人きりだった。
それなのに、メイがジェシカが二人で話が盛り上がったり、女同士だからこそできるスキンシップを取っていたりしたことで、オーウェンには疎外感が生まれたのではないだろうか。
(だから、前よりもオーウェンは私との距離を詰めているのかも……。ううん、そうとしか考えられない。ごめん、オーウェン……!)
ジェシカは心の内でオーウェンに謝罪した後、メイとオーウェンの仲を取り持ち、三人でもっと仲良くなれるように意識しようと心に決めたのだった。
 




