02.浮ついた心を捨てた瞬間
(え? どういうこと……?)
隠しキャラを抜いた、攻略キャラは五人──この国の第一王子、筆頭公爵家の息子、騎士団長の息子、宰相の息子、筆頭魔法使いの息子。彼等は皆、生徒会に属している。
彼らが放課後に生徒会室で会議がてら茶を飲んでいることをゲームの知識から知っていたジェシカは、急いで生徒会に向かった。
もちろん、乗り込むためじゃない。迷惑をかけるつもりも、ましてや話しかけるつもりもなかった。
ただ、ひっそりと。本当に攻略キャラたちがいるのかと、その目で確認したかっただけ、なのだけれど。
『ジェシカ・アーダン! またラプツェを虐めにきたのか!? 平民ごときがこの学園にいるだけでも不快だというのに、貴様という女は……本当にクズだな!』
『え?』
さきほどの暴言が、脳内で再生される。
偶然にも生徒会室を見ていることがバレてしまったジェシカに待っていたのは、第一王子からの突然の罵詈雑言だった。
そんな第一王子──アーサーの後ろには隠しキャラを除く他の攻略者たち。
そして、アーサーの隣には、瞳を潤ませた悪役令嬢──ラプツェ・フリントンの姿があった。
(なんで悪役令嬢のラプツェが、アーサー様たちと一緒に……)
『マホロク』においてラプツェの立ち位置というのは、ヒロインと攻略対象の恋路の邪魔をするというものだ。
その過程でラプツェは、ヒロインであるジェシカを取り巻きを使って虐めさせたり、悪評を流したり、公爵令嬢という権力を使って様々な意地悪をしたり、果てには暗殺者を送ったりする。
しかし、ジェシカと攻略キャラは困難に負けることなく互いを愛し、ラプツェはいくつかの方法で断罪される……はずだったのだが。
(こ、この状況って、むしろ私が悪役令嬢で、ラプツェがヒロインでは?)
いや、そもそもジェシカはラプツェを虐めていないのだけれど。
自分が転生する前のジェシカがどのように生きていたかはまだおぼろげな部分はあるものの、彼女が真面目に、そしてひたむきに生きてきたのかだけはしっかりと覚えているので、それは間違いない。
「アーサー様、それに皆様も……。ジェシカ様をあまり睨まないであげて……。きっと、ジェシカ様は皆様と仲良くなりたかっただけですのよ。ほら、皆様って、とっても素敵な殿方ばかりだから……。だから、私に嫉妬して……」
「ああ、ラプツェ……なんて優しいんだ」
「ラプツェさんは本当に素晴らしい女性ですね……あの女と違って」
ほろり。ラプツェの頬に涙が伝う。
それを目にしたジェシカは、おぼろげだった部分の記憶が完全に蘇った。
(そうだ……。この世界のラプツェは……。こんな大事なことなんで忘れたんだろう)
前世で『マホロク』をプレイしていた時の設定では、ラプツェは何不自由のない暮らしを得ながらも、両親からの愛がもらえなかったことで、承認欲求お化けと化したとあった。そのため、王族を含めた目ぼしい貴族男性の全員に愛されたいと思うようになり、攻略対象たちから愛される、ヒロイン──ジェシカが憎くてたまらなかった、のだと。
しかし、この世界のラプツェは少し違った。
風の噂で聞いた話では、今から二年ほど前までは悪役令嬢そのものだったのだが、ある日突然庇護欲を掻き立てるような女性へと性格が変わったらしい。
更に、ぐりんぐりんに巻いていた髪の毛はゆるやかなウェーブになり、濃かった化粧はナチュラルなものに、服装も露出を控えたドレスを着るようになったとか。
そこから攻略対象たちは一気にラプツェの改心に心打たれ、虜になったようなのだ。
──ゲームの時間軸は、約九ヶ月前の入学式。
つまりその時には、既に悪役令嬢に攻略対象を攻略されていたことになる。
そして、問題は学園に入学してから。
ラプツェは入学式の日早々に、ジェシカに悪口を言われただの、ぶたれたなどと嘘をついて、陥れたのだ。
攻略対象たちは全員ラプツェに完落ちなので彼女の言葉を信じ、無実のジェシカに罵詈雑言を浴びせた。
(……私に向けるクラス全体の視線が冷たいなと思ったけど、そういうことね。そりゃあ、公爵令嬢のラプツェと、アーサー殿下率いる凄い地位の人たちが私のことを悪と言うなら、そりゃあ便乗するよね)
それに、女子生徒に水をかけられた時も、彼女はラプツェが苦しめられているといったような発言をしていた。おそらく学園中が、ジェシカの敵なのだ。
(それにしても、二年前にラプツェの態度が急変したことが気になる)
もしかして、ラプツェも異世界転生者で、その頃に前世の記憶を思したのだろうか。
それとも、何か心境の変化があったのだろうか。
自分の身に起きたことからも前者の可能性が高い気はするが、この状況で確かめる術はない。
「……それに、今それはどうでもいい……」
ラプツェが改心しようが、異世界転生者だろうが、幸せになりたいだけならば、悪役令嬢としての断罪を回避するだけならば、こうしてジェシカを苦しめる必要なんてない。
それなのに、今の状況に陥っているということは、ラプツェはジェシカに対して悪意があるのだろう。
「許せない……」
「おい貴様、何をボソボソ言ってる!」
眉間にしわを寄せる騎士団長の息子に、ジェシカは鋭い視線をぶつけた。
「高圧的に話せばいいと思わないでください」
(騎士団長である父上には手も足も出ないくせに)
心の声に留めておいたのは、後に自分の発言を問題にされないためだ。
「何だその態度は……!」
ラプツェに味方する攻略対象たちもだ。
きちんとした調査もせず、ラプツェの言葉にだけ耳を傾け、ジェシカを苦しませるなんて……。
(『マホロク』はゲームとして大好きだった。でも、ここは大好きだったゲームとは違う。真面目でひたむきな少女に悪意を向けたラプツェはもちろん、傷付けた彼らも許せない……)
ジェシカは一度深呼吸をすると、軽く頭を上げる。
それから、ニコリと微笑んで再び彼らに向き直った。
「すみません。ついつい本音が。……でも、平民ごときの戯言なんかに、高貴な方がお怒りになるはずないですよね? そんなに心が狭くないですよね? ……ね? ラプツェ様」
「……っ、え、ええ、そうに決まっていますわ! 皆様、そんなに怒らないであげて……?」
「ああ、ラプツェちゃんは、本当に天使だね……!」
「ラプツェは優しいな……」
戯言なんて聞いてられないと、ジェシカは「では」とだけ言うとその場をあとにした。
(攻略対象に会いたいだとか浮かれてたけど、それはもうおしまい。私は今この瞬間から……)
この世界で幸せになれるように動く。
読了ありがとうございました!
子どもたちの手足口病が移りました……あ、足の裏の発疹が痛くて歩けない……( ;∀;)
そんな作者を是非応援してください……!良ければブクマと評価をよろしくお願いします(´;ω;`)♡