15.メイに突撃
これまで、何度もメイに避けられてきた。
そのため、この提案も断られるかもしれないと、ジェシカは考えていた、のだけれど……。
「よ、よろしくお願いします……。アーダン様、ダイナー様」
「え? 良いんですか?」
「は、はい。私はあまり魔力が多くなく、技術もそれほどないのでお役に立てないかもしれませんが、精いっぱい頑張ります」
予想に反し、メイは手を掴んでくれた。
おそらく今が授業中で、チーム探しに難航するくらいならば……と考えたのだろうが、ジェシカはそれでも嬉しかった。
(やったよ! オーウェン!)
ジェシカが目でそう伝えれば、オーウェンはふっと口角を上げた。
「あ、あの、お二人とも……?」
すると、メイが困惑した顔で口を開いた。
ジェシカは未だに疑問を抱きながらも、今はまず授業に集中しなければと、メイに笑いかけた。
「あっ、すみません! チームに入ってくれてありがとうございます! 頑張りましょう!」
「え? あ、はい……。よろしくお願いします」
「俺もよろしく、アドフィニス嬢」
それから三人は、全員がチームを組み終わるまでの間、自分の魔力量や属性や、魔法の射程距離、何が得意で何が苦手かなどを話した。
それをもとにオーウェンが、今回はジェシカをチームのメインの攻撃ポジション、メイをジェシカのサポート、自分を指示係に置き、ざっくりとした作戦を立てていく。
「──と、まあこんな感じかな。とりあえず、三人で一体ずつ確実に倒していくこと。それと、ジェシカは魔力量に頼って大雑把に魔法を使うんじゃなくて、コントロールを意識すること。いい?」
「了解!」
「分かりました」
作戦会議が終わる頃、ちょうど皆チームが固まったらしい。
教師はチームごとに集まるよう伝えてから、皆を見回しながら話し始めた。
「チームができたようだな。では早速始めよう。戦闘時間は五分。三チームずつ前に出て、戦い方を見せてもらう。残っているチームは、他のチームの戦い方などを見ておくように」
「「「はい!」」」
「では、まず──……」
そうして始まった、チームでの実践授業。
ラプツェとアーサーたちが率いるチームとともに一番に名前を呼ばれたジェシカたちは、緊張の面持ちで前に出た。
◇◇◇
「オーウェン! 今日の合同授業、なかなかの出来じゃなかった?」
「うん。俺たちのチームが一番評価高かったしね」
放課後になり、ジェシカとオーウェンはよく使う魔法訓練室Bに向かいながら、合同授業についての話に花を咲かせていた。
授業の課題は、教師が水の魔法で作り出したスライムのような敵を倒すこと。
ジェシカたちは見事その課題をクリアし、好成績を収めていた。
「オーウェンの作戦も、アドフィニス様のサポートもめちゃくちゃやりやすかった! 先生にも褒めてもらえたし、ラプツェ様やアーサー殿下の驚きと悔しさに満ちた顔も見られたし、大満足!」
「ははっ、確かに。周りのあの信じられないって顔は、なかなか良かったね」
オーウェンは座学では優秀だが実技は平凡。メイは魔法の技術やサポート力は高いが、これまで目立った成績はなし。ジェシカは類稀なる魔力量の持ち主であるが、魔法の技術やコントロールが未熟で、これまでの授業でそれほど好成績を収めたことはなかった。
そんな三人が、どのチームよりも速く、そして的確に敵を殲滅した姿は、皆に衝撃を与えたのだ。
「でも、結局アドフィニス様とゆっくり話す時間はなかったなぁ。他のチームの戦闘や戦術なんかを観察してたら、いつの間にか授業が終わっちゃった」
更に、授業が終わってからは、メイはすぐさま教室に戻ってしまった。やはり避けられているのか、何か急ぎの用があったのかは分からないけれど。
「仕方ないよ。他の人の動きなんかを見るのも勉強だから」
「……ま、そうだね! オーウェン、訓練室に着いたら今日の復習しようね!」
「分かった分かった」
仕方がないなぁと言うように笑みを漏らすオーウェンにジェシカもつられるように微笑む。
すると、訓練室の扉を開こうとした二人は、近くの保管室から出てくるとある人物の姿を視界に捉えた。
「あれって、アドフィニス様、だよね?」
「そうだね」
保管室から手ぶらで出てくるということは、何かを保管室に返し終わったのだろう。
「アドフィニスさん!」
用件が終わったあとならば、話をするチャンスだ。
これは千載一遇のチャンスなのかもしれないと考えたジェシカは、メイに駆け寄った。
「……! アーダン様とダイナー様が、どうしてここに」
「私たちは魔法の自主訓練に! アドフィニス様は、返却か何かで?」
「ええ、そうです。先生に頼まれて。……では、私はこれで。さようなら」
「あっ、待ってください……!」
ジェシカは、足早に去ろうとするメイの手を咄嗟に掴む。
メイはどこか申し訳無さそうに眉尻を下げた。
「すみません……! 手を掴んでしまって……! ただ、少しだけお話したくて」
「……っ、何なんですか! 最近頻繁に話しかけてきて! 先程は授業中でしたので同じチームになりましたが、私はアーダンさんとお話することはありません。私がラプツェ様のお側にいることを、知らないわけではないですよね?」
メイの言葉に、ジェシカは改めて自分の立場を思い知らされた。
(そうだ。私はジェシカで、ゲームの中ではヒロインだったけれど、今は悪女なんだ……)
それこそ、ラプツェの側にいるメイからすれば、ジェシカは宿敵とも呼べる存在だろう。
どれだけジェシカがメイを心配して話しかけていたとしても、彼女からすれば困惑はおろか不快な気持ちになるのも当然だった。
(私は、ラプツェに何もしていない……)
けれど今、メイに説明して信じてもらえる可能性は低いだろう。
それに、ジェシカは自分が無実であることを伝えるために、メイに話しかけようと思ったわけではないから──。
「アドフィニス様を不快な思いをさせてしまったことは、申し訳ありません。貴方が望むなら、これからは話しかけないと誓います。ですから、これだけは聞かせていただけませんか?」
「……何でしょうか」
「ラプツェ様や、彼女とともにいるご友人たちと一緒にいて、アドフィニス様は毎日が楽しいですか……? 幸せですか……?」
「……!」
ジェシカには、そうは思えなかった。
対等な友人関係には見えず、何ならメイが良いように使われているように見えた。だから、何度も何度も話しかけたし、どうしてラプツェのそばにいるのか、大丈夫なのかと尋ねようとした。
それでも、メイがそれを望んでいるのなら、幸せだというのなら、ジェシカは引くつもりだった、のだけれど……。
「ねぇ、メイはどこに行ったのかしら?」
「そういえば見かけませんわねぇ」
「「「……!」」」
突然聞こえてきた、ラプツェの取り巻きと思われる女子生徒たちの声に、メイは体を硬直させた。
ジェシカとオーウェンはそんなメイを心配そうな面持ちで見つつ、少し離れた場所にいるラプツェの取り巻きたちの声に耳を傾けた。
「まあでも、いてもいなくとも構わないわよ、あんな子」
「確かにそうよね。ラプツェ様のお家に援助をしていただかなければ潰れてしまいそうな男爵家の令嬢が、私たちと一緒に歩けるなんて普通に考えておかしいもの。荷物を持たせてあげたり、課題を代わりにさせてあげたりすることで役割を与えてあげているのだから、感謝してほしいくらいだわ」
そして、聞こえてきた言葉の数々。
メイを馬鹿にするような発言に、当人であるメイは下唇をぐっと噛んでいる。
そんな彼女を見たジェシカは、記憶が蘇る前までのジェシカの苦しみと、メイの苦しみを重ね合わせ、激しい憤りを覚えた。
「……っ、こんなの、許せない」
あまりの苛立ちに、ジェシカは取り巻きたちのもとに向かおうとした。
しかし、その手はオーウェンに捕われてしまい、その間にラプツェの取り巻きたちはその場を去っていった。
「……ジェシカ、落ち着きなよ」
「オーウェン、何で止めるの……!」
「腹が立つのは分かる。自分たちの低俗な行いを、さも彼女のためだと言わんばかりの物言をするのは、聞いていて不快だ。俺も同じだよ。……でも、今はいちばん大切なのは、あの人たちに苦言を呈することじゃないでしょ」
「……そう、だね。ごめん」
オーウェンの言葉に冷静さを取り戻したジェシカは、何度か深呼吸をしてからメイの目の前まで行き、俯いている彼女の顔を覗き込んだ。
「アドフィニス様、大丈夫ですか……?」