14. 3クラス合同魔法授業
それからしばらく、ジェシカはメイと接触を図る機会を探った。
オーウェンはああ言ってくれたものの、できるだけ彼に迷惑をかけたくない。そのためには、メイが一人でいるところを話しかけ、ラプツェたちとの関係性に問題はないのか聞こうと思っていた、のだけれど……。
「全然話せない……」
昼休み。
学園の北側にあるガゼボのベンチに腰を下ろしたジェシカは、ため息をついた。
因みに、以前アーサーがオーウェンを殴った一件から、彼らがここに来ることはない。
「ああ、アドフィニス男爵令嬢、だっけ? 話しかけても、逃げられてばっかりだね」
「そうなの! 一人でいるところを狙って話しかけてるから、怖がらせてるかな」
「……どうかな。怖がっている感じには見えないけど」
そう。たまに話しかけられそうな状況があっても、メイはジェシカの姿を見ると逃げてしまうのだ。
他の取り巻きのように、敵意を剥き出しにしてくるのなら分かるのだけれど……。
(何でそこまで私のことを避けるんだろう? 関わろうとするのは迷惑かな? でも、相変わらず荷物を持たされたり、なんなら課題を代わりにやっているところも見かけたし……)
ジェシカもジェシカで魔法の修行に勉強と忙しく、常にメイを張っているわけにはいかない。彼女に避けられる意味もはっきりとは分からない。
どうしたら良いんだろうと項垂れていると、正面に座るオーウェンが口を開いた。
「困ってるジェシカに朗報だよ」
「何……?」
顔を上げれば、オーウェンはにこりと口角を上げた。
「午後から外で行う魔法の実技授業、フリントン公爵令嬢とアドフィニス男爵令嬢のクラスと合同で行うってさ」
「え!? 本当に!?」
「うん。運が良ければ、話しかける機会があるかも。授業中だから、彼女も逃げられないし」
いつもラプツェのそばにいる四人の女子生徒はラプツェともメイともクラスが違う。
更に、ラプツェはアーサーとクラスが同じであるため、おそらく彼女はアーサーのそばにいるだろう。
メイが一人になる可能性は、比較的高い。
「ありがとう、オーウェン! それにしても、よくどのクラスか知ってたね? 先生言ってたっけ?」
「……まあ、うん。偶然、知り合いが教えてくれてね」
オーウェンはそう言って、一瞬真上を見上げた。ガゼボの天井部分しか見えない。
「どうかしたの?」
「いや、何でもないよ。早くご飯食べよう」
「あ、うん!」
そう促され、ジェシカは食事を始める。
(というか、この学園にオーウェンに知り合いとかいたんだ)
これまでオーウェンが誰かと連絡事項以外で話しているのをほとんど見たことがなかったジェシカは、失礼ながらそんなことを思った。
◇◇◇
三クラス合同、魔法の実技授業の時間になったため、ジェシカはオーウェンとともに野外魔法訓練場Aに来ていた。既に多くの生徒が集まっており、ジェシカとオーウェンの登場に厳しい視線が向けられる。
(この視線にも慣れたものよね)
ジェシカは意に介さず、オーウェンとずんずん前に進む。
(うわぁ、これだけ大人数が揃うとカラフルだなぁ)
学園から支給されている、運動用の制服。女子は赤色、ピンク色、オレンジ色から男子は黒、青、緑色から好きな色を選べるようになっている。
このカラフルな見た目こそ、なんとも乙女ゲームの世界らしい。
「ジェシカ、見つかった?」
辺りを見回していると、隣にいるオーウェンに話しかけられた。
因みに、オーウェンの服は黒色。ジェシカは赤色だ。
「ううん、まだ……って、あ、いた」
訓練場の端に一人でいるメイの姿を見つけたジェシカは、「あっちあっち」とオーウェンに伝える。
授業が始まるまでもう少し。
今から話しかけに行こうかと思っていると、そのタイミングで教師が現れた。
「今日の授業は実践形式で行う。僕が用意した敵を倒してもらおう」
そう言って、教師は水魔法でスライムのようなものを何体も作り出した。
各々に魔力を込め、これだけ自由自在に動かすには、相当な魔力とコントロールが必要なはず。
「この子たちはかなりすばしっこい。そこで、三人一組のチームを作り、協力してこの子たちを倒してほしい。一チーム三体が目標だ」
教師はそれだけ言うと、生徒たちに自主的にチームを作るよう促した。
強い者と組むのもよし、仲の良い者同士で組むのもよし、自分にはない属性を持つ者と組むのもよし。
チーム分けに関しては、完全に自由らしい。
「ジェシカ、最近の練習の成果の見せどころじゃない? 素早い敵を倒す方法はいくつかあるけど、コントロールが良いに越したことはないからね」
「頑張る! オーウェンは知識が豊富だから、チームの司令塔の役目をするでしょう? だから、どんどん指示出してね!」
さも当たり前のようにジェシカがそう言うと、オーウェンは口元に柔らかな笑みを浮かべた。
「ははっ。俺とジェシカが組むのは決まりなんだ?」
「え!? 違うの!? 私の片思い……!?」
大袈裟なほどに頭を抱えれば、オーウェンはやや困った声色でこう話した。
「……っ、紛らわしい言い方しないの。冗談に決まってるでしょ」
「オーウェン〜〜! 意地悪しないでよ〜〜! って、待って!? 三人一組ってことはさ……もう一人必要ってことよね?」
「そうだね」
しかし、学園中に悪女と思われているジェシカと、見た目で気味悪がられているオーウェンの二人に声をかけてくる者などいない。
反対に、ラプツェとアーサーは人気のようで、彼らと組みたいと生徒たちが列をなしている。
一部では既にチームが出来上がっているようで、作戦会議のようなものを始めているところもあった。
「ま、まずいよ、オーウェン! どうする!?」
「何をそんなに焦ってるの。むしろ、この状況はチャンスじゃない?」
「チャンス?」
「ほら、彼女見てみなよ」
オーウェンが指さした先にいるのは、おろおろとした様子のメイだ。
彼女の周りにいた生徒たちがいち早くチームを決めたものだから、おそらく焦っているのだろう。
(分かる……。焦る……焦るのよねぇ)
だが、こちらとしては好都合!
ジェシカは深く考えることなくオーウェンの手を握ると、「行こう!」と言ってメイのところへ歩き出す。
「ちょ、ジェシカ! 手!」
「だって、私があの子に声をかけに行ってる間に、オーウェンが誰かに連れて行かれたら嫌だもの!」
「俺誘拐されるの? 子供なの? とにかくそんな心配いらないから!」
「あははっ! まぁまぁ、とりあえず行こうよ!」
「〜〜っ」
ここまで声色が焦っているオーウェンは初めてだ。
なんだか新鮮だなぁ、なんて思いながら、ジェシカは足早にメイに近付いた。
「メイ・アドフィニス様、こんにちは」
「……! な、何ですか……?」
話しかけるたびに避けられてきたけれど、さすが授業中だからか、彼女は逃げなかった。
守ってあげたくなるような華奢な体。小さな顔に対比するような、大きな眼鏡。
美しい瞳に困惑を滲ませてしまうのは申し訳ないとは思いつつ、ジェシカはメイに手を差し出した。
「私とオーウェンと、チームを組みませんか?」