01.ヒロインの現実
新連載スタートです!
なにとぞよろしくお願いします……!
「平民出身のあんたごときが、ラプツェ様を苦しめてるなんて許せない!」
少女の脳内にありとあらゆる記憶が流れ込んできたのは、水を頭にぶっかけられた時だった。
「……つっめたぁ! ……って、あれ? ここって……」
水をかけられた少女は、顔にベッタリと張り付いた前髪の隙間から状況を把握する。
ここは、アワーレ王立魔法学園にある裏庭だ。
生徒たちがあまり立ち寄らず、基本的には貴族たちの逢引きに使われる場所。空が茜色に染まっていることから、夕方なのだろう。
空になったバケツを持つ女子生徒の周りには、こちらを嘲笑う複数の女子生徒の姿があった。
彼女たちの顔には見覚えがある。そう、悪役令嬢ラプツェの取り巻きで、彼女の代わりにこうして優秀なヒロインを虐めて学園から追い出そうと──。
「え? 待って? もしかして私がヒロイン?」
「ひろいん? 貴女なにをすっとぼけたことを言っていますの!?」
少女は目の前の女子生徒を無視して、自身の制服を確認する。
貴族令嬢は可愛らしいピンクのリボン。
対して、平民出身のヒロインにはくすんだ青色だったのだけれど……。
「この独特な青色! やっぱり私ヒロインに転生してる!?」
「ちょっと! 貴女ついに頭がおかしくなりましたの!?」
「あ、すみませんが手鏡を拝借しても?」
「うぎゃーー!!」
少女の考えが正しいならば、この学園に通う貴族令嬢は、制服の内ポケットに必ず小さな手鏡を入れているはず。ご令嬢は身だしなみのチェックを欠かさないのだ。凄い。
一応自分の制服の内ポケットは確認したのだけれど、どこにもなかったので、バケツを持っている女子生徒から勝手に拝借し、少女は自身の顔を確認した。
翡翠色の美しい瞳に、亜麻色の長い髪。鼻は小さくて唇はぷっくり。
芸能人顔負けのつるりとした陶器のような肌の、絶世の美女だ。
「わぁお……。本当に、ジェシカ・アーダンだ……」
見間違えるはずはない。鏡に映っている人物こそヒロイン──ジェシカ・アーダン。つまり自分だ。
(……ってことは、ここはやっていた乙女ゲームの世界!? それでもって、私はヒロインに転生したってこと!?)
──『魔法の乙女と六人の心の鍵』
この世界の元となる乙女ゲームの名前である。略して『マホロク』だ。
中世ヨーロッパ風の世界観。貴族だけが魔力を持つ世界に、突如として生まれた膨大な魔力を持つ平民のヒロインが、王立魔法学園に入学するという設定だ。
魔法の勉強をしながら、六人の攻略対象と恋愛を楽しめるというシミュレーションゲームである。
(つまり、そのヒロインに転生したということは、もしかして攻略対象たちに会える!? あの美しいお姿を拝見できる……!? ひゃ〜〜!)
思い出される、このゲームをしていた時の当時の記憶。
ジェシカは前世、超絶ブラック企業に勤めるOLだった。
安月給は当たり前。終電で帰れたら良い方。睡眠時間は長くて三時間から四時間で、徹夜、徹夜、徹夜……なんてこともあった。
これが一週間続くと、どうやって職場に行ったか覚えていないくらいには頭が働いていなかった。
この世界にいるということは、もとの世界では死んだのかもしれない。
水をかけられて記憶を思い出したので、おそらく、帰宅後にお風呂に入って『マホロク』をしていた時にでも意識を失ったのだろう。我ながら残念である。
……ともかく。どれだけ仕事が忙しくても、『マホロク』をプレイすることをやめられないくらい、このゲームが好きだった。
学びに対してひたむきなヒロインが、徐々に攻略対象たちと距離を詰めていく姿。更に、ヒロインの優しい言動が攻略対象たちを癒していく描写。
決して派手なゲームではなかったけれど、それらがたまらなく好きで、何度も何度もプレイした。
(唯一の心残りは、隠しキャラを見つけられなかったこと……。って、待って! ここは『マホロク』の世界で、私はヒロインなんだから、隠しキャラを探し出せる可能性あるよね!? 頑張ろう……!)
せっかくヒロインに転生したのだ。
攻略キャラとの恋愛なんて恐れ多いから望まないにしても、攻略キャラたちと接点を持ちたい。
なにより、プレイヤーだった頃は出会えなかった隠しキャラに出会い、彼がどんな人物なのかを知りたい。
まずは、情報収集だ。
「鏡ありがとうございました……! では!」
「は!? ちょっとお待ちなさい──……」
思い立ったら即行動。ジェシカは虐めてきていた女性生徒たちに別れを告げる。
それから、前世でのゲームの知識と今までのジェシカが魔法の授業で学んだ知識を踏まえて呪文を唱える。
前世を思い出す前のジェシカの記憶は一部朧気だけれど、無事に魔法が発動した。
風魔法と火魔法の同時使用。つまりドライヤーの要領で、濡れた体を乾かそうと考えたのだ。
「おお……! さすがジェシカ……! 本当に魔法が使えた! しかも複数の属性の魔法を同時に使うのはとても魔力を使うのに! さすが……!」
──ビバ、ジェシカ! ビバ、ヒロイン!
今までのジェシカの努力を無駄にしないよう、魔法の勉強も頑張ろう。攻略対象たちの美しい姿をこの目で見て、隠しキャラも見つけたい。
そして、充実した学園生活を送るんだ、とジェシカはそう思っていたというのに……。
「ジェシカ・アーダン! またラプツェを虐めにきたのか!? 平民ごときがこの学園にいるだけでも不快だというのに、貴様という女は……本当にクズだな!」
「え?」
悪役令嬢を守るようにしてこちらを睨みつける攻略対象たちに、ジェシカは目を丸くした。
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