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一話 彼の者は理想郷から最も遠い地獄へ追放された

モフモフヒーロー祭の参加作品です!


ただし一つ問題が。


"一話なのにモフモフヒーローが出ない!!"

「アメリア様、貴方の神格特性(センダント)を判定することができました。貴方の神格特性(センダント)は──」


 十四歳の春、私アメリア・カリスバーンはエステイラ王国の由緒正しき歴史のある、神格特性(センダント)を判別する儀式を受けて……


「ルシフィエルです」

「……え?」




 死刑を言い渡された。





────



 この世界で選ばれた人達(ネームド)はそれぞれ神力(ギフト)を宿している。神格特性(センダント)とはその宿している神力(ギフト)の属性の事であり宿している神の名前でもある。


 選ばれた人達(ネームド)……男性なら神子と呼び女性なら巫女と呼ぶが、その人達は十四歳辺りで初めて宿している神の名を知ることができるのだ。


 多くの者、いや全てのネームド達はこの儀式を得て更なる祝福を受ける事になる。


 当然だろう。

 魔法の才が素晴らしく凡才では扱えない特別な力を呼吸の様に使用できる。しかもその全てが人類の発展と幸福に活用できるのだ。

 希望の可能性を秘めた者達を支援しない理由が無い。だからこそ、エステイラ王国で最良とされた『希望の巫女アメリア』も将来の明るい未来を待ち焦がれていた。





 だが現実はどうだ。





「アメリア様のセンダントが終末の悪魔だと!?」

「どう言う事だ。あの優しいアメリア様だぞ、あの方に限ってそんな事があるはずが……!」

「しかしっ! 事実、最高神の判決はそう出ている。創造たる主人の言葉に間違いは無いのだっ!」


 残酷な事実を受けとれず放心しているアメリアの周りを、乱心した貴族達が声を荒げている。

 ショックのあまり腰まで掛かる金色の髪の事すら気にせず膝から崩れ落ちた。彼女の蒼い瞳の奥には絶望ともう一つ、これからの暗い未来に対する恐怖だ。


「ど、どうする……神聖な儀式でルシフィエルが関わるなどもっての外だ」

「うむ………………」


 神聖な儀式によってこの場で光を当てられているのは、センダントが終末の悪魔と判明したアメリアのみ。それ以外は全て暗闇だ。

 最初は黄金同然の髪を持ち光を反射する白銀のドレスを着た、もはや輝きの塊同然の巫女の神聖さを表していたが、今では孤立している哀れな巫女を表している様だった。暗闇から聞こえてくる恐怖が混じった声がより強調する。


 先程まで自分の子供の様に優しく慕っていた貴族達が化け物を見る様な目でこちらを見ている。温かい視線から急転して冷たい視線へ。

 心の動揺が声になって現れていた神官達のどよめきから数分。アメリアにとっては五分にも三十分にも感じたそれは、代表の神官の言葉で幕を閉じた。


「アメリア様。とにかくこの判決については後でまたご報告させていただきます。今はご自身のお屋敷に戻り心を癒してくだされ」

「…………分かりました。今回は神聖な儀式をして頂き、有難うございました」


 アメリアは貴族の生まれ。心情を表に出す事自体、貴族にあるまじき失態だが事情が事情だったから許された。しかしこれ以上は許さないと海の底に沈み切った失意を、強引に引き上がらせて丁寧なお辞儀を見せる。

 

 僅かな時間で心を切り替える姿勢は流石。だが彼女の背を見る神官達の目は……冷たいままだった。


 暗闇の中で開かれた縦長の扉をアメリアが通れば、古く重厚な木の音を鳴らしながら扉は閉められていく。

 閉まり切るまでの動作は緩やかなものだったが、結局、神官達の目が変わることは無かった。





────





「あのネームドの話、聞いたかしら?」

「えぇ、アメリア様が……」

「嘘でしょ、なら彼女は人の世に終末をもたらす……」

「最近は活発している()()()()はもしかして──」

「やめろ……! その名前を言うのは」



 おかしい。おかしい。

 心無しか足を前に出す動作が早くなっている彼女は、そう心情をこぼす。

 場所は神殿のままでアメリアの住んでいる屋敷はまだ遠くにある。



 悪い話題というのは早く広がるものだ。



 嫌な汗をかきながら見送られた儀式の間を出てから数分。既に他のネームドがコソコソと話している。わざとなのかそれとも巫女であるアメリアの耳が良いのか、自分が終末の巫女だと疑っている話が聞こえてしまう。


 終末の巫女。

 エステイラ王国に古くから伝われている神話『エンデ』に登場する人の名称だ。

 

(ルシフィエル……伝説の狼と共に太古に栄えていた人類の文明を滅ぼした悪魔が私に……)


 厳密に言えばエンデをとある狼と共にバッドエンドへ導いた悪魔ルシフィエルを、この世に甦らせる未来の巫女として出てくる女性だ。


(人類の敵が私……そんなの、)


 エステイラ王国が信仰する宗教においてルシフィエルとは、人類を守る為に絶対に殺さねばならない存在で、終末の巫女も同じ。

 神官達も家に帰って心を癒せと言ったが創造たる主人の言葉は絶対なのだ。

 つまり終末の巫女と判決を下されたアメリアは……


(違う違うっ! 私はお母様と同じ終末の巫女の対──祝福の巫女よ!)

「アメリア様、お待ちしておりました。先程からよからぬ噂が聞こえてきますが」

「ヲイド。馬を出しなさい。儀式は終わった。家に戻ります」

「……はっ! アメリア様が出発なさる!」


 神殿を出れば馬車と十人程の兵士達が待っていた。みんな護衛の為に気が張っているが、アメリアは彼らを見て少し気分が落ち着いた。やはり信頼している人達を見れば少しは心が安らぐらしい。

 兵士によって開けられた馬車の扉を焦らず通る。白で塗られた金属の箱の中に入れば兵士達はすぐ様、馬車を出発させた。


(どうすればいいのかしら)


 心が穏やかであらずとも姿勢はしっかりと、ただ外を見ているアメリアはこれからの事を考えていた。

 幸福な未来など決してあり得ない。暗く辛い未来になる事が決まってしまった以上、彼女はとことん抵抗するつもりだ。


(本来ならすぐ殺されても仕方がない。でも今回は例外中の例外だからアチラもすぐに行動が移せなかった)


 ()()()()()()()()()()としてルシフィエルに関わる者は全て排除される。例外無く。


 例えそれが貴族だろうが子供だろうがだ。


「隊長、霧が濃くなりましたね。通る道の近くには()()もありますし、どうしますか……?」

「……いや、アメリア様の状況もある。全速力を維持して通る。馬に補助魔法を使え!」

 

 終末の巫女の反対。祝福の巫女を代々産んで来たカリスバーン家の子がそうだったのが、あまりにも衝撃的すぎて対応が遅れているだけ。


(私に残された時間は今日だけ……いえ恐らく家に帰るまでの間ね。なら)


"メッセージ"


 何の動作もしないで高等魔術を発動する。遠く離れた相手に会話ができる魔術は、先代の祝福の巫女とアメリアを繋げた。


『アメリア。この魔術を使ったという事は何かあったのね』

『はい。お母様』


 繋いでから程なくして、優しくよく聞いた声が脳に響く。常に自分の味方だった人の声を聞いて心が緩みそうになるが何とか止めた。今はそんな事をしている余裕は無い。

 とにかくお母様なら一緒に戦ってくれると信じて、最重要情報を伝えようとする。


『一番伝えたい事を先に言います。儀式によって私にルシフィ──』

「伏せてくださいアメリア様!!」


  

 だがセンダントの名前は最後まで言えなかった。



 気が付けば少女の視線は逆さまになっていたからだ。

 天井が床に床が天井に入れ替わってしまったと、宙ぶらりんになりながらアメリアは呑気に思ってしまう。

 けれども現実はすぐに戻ってくる。

 空高く吹き飛ばされた鉄の箱の中で、何度も壁に打たれながら地面へ落下した事によって。


「アメリア様をお守りしろ!」

「おらよっ、死ねネームドさんよぉぉーー!!!」

「お前達は一体何者だっ……ぐっ!?」

(一体何が……?)


 鉄箱から草原に投げ飛ばされたアメリアの側で、さっきまで護衛についていた兵士達が戦っていた。太陽は雲に遮られ、周りは霧に囲まれている。 

 

「傭兵の奇襲だ! 一人で戦わず複数で戦え!」

「報酬はたんまりだ。一生遊んで暮らしてぇなら死ぬ気で殺せぇ!」


 しかし彼女は兵士達が、二倍以上いる敵と戦う姿が僅かに見えていた。霧が囲まれている中で炎が揺らめいているから。

 霧の中に炎がある事自体、おかしな話だが敵の魔法だと思えば辻褄が合う。


「数は二十程度だ。我らなら勝てる。アメリア様をお守りしろぉ!」

「けっ、こいつら強いぞ……!」


 草原に雨が降ってくる音に混じって彼方此方から鉄と鉄が交わる音が聞こえる。それどころか魔法の音まで……。  


 何が起きているのか分からない。咄嗟に魔法で防御したとは言え、鉄の壁に何度も頭や体を当てれば意識は混乱していた。



 ドサッ



 流石に生首が目の前に落ちて来たら、それも冷めるものだが。


「─────ゥ、おぇ……!?」


 兵士の首が落ちて来た。

 首の下から垂れている血がアメリアの髪を汚し、近くの草原を赤くして、生気のない目と視線があって意識は現実に。這い上がってくるそれを反射的に留められたのは単なる奇跡だった。


 ただ残念な事に。


 視線が生首に囚われていた彼女は首の後ろから迫って来ている刃物に気付いていない。

 二メートル程の暗殺者が音と気配を消して後ろから迫っていた。黒の服に黒マスクの男は何の躊躇もなく切り捨てようとする。彼にすればこんな行為は今まで何度もやって来た事であり流れ作業に等しい。


「アメリア様!」


 刃物がアメリアの首を切る一秒前。

 彼の流れ作業を邪魔するものが現れた。

 真後ろから聞こえた金属の音に反応してアメリアが振り返れば、片腕を失った兵士が一人、割り込んでいる。


 馬車に乗る時に声を掛けてきた隊長だ。


「ヲイド!」

「……ほぉ。致命傷を負いながらも邪魔してくるか。普通なら痛みと損傷で動く事すらままならない筈だが」

「私はアメリア様とその一族に忠誠を誓っている。この程度で止められると思うな……!」


 息もままならない隊長だが威勢はまだ残っている。消える直前の蝋燭の日のようにメラメラと燃えている。ただの火事場の馬鹿力なのか、それもあるだろうが理由は他にもある。


 それに、と兵士が話を続ければ周りの炎の渦が消えた。


 見えてくるのはアメリア達を護衛した兵士達。

 皆、傷を負っているがまだまだ戦える。そして見えた人達の中に、アメリアを襲った不届き者は居なかった。


「……少し見くびっていたな。あれだけの数の差がありながら、ここまで生き残るとは思っていなかった」

「だろうな。奴等の練度は見るからに低かった。カリスバーン家の精鋭相手に随分と舐められたものだ」

「…………そうか」


 隊長の指示を聞く必要も無い。

 鍛えられた部下の兵士達が強化魔法を施して突撃する者、遠距離から魔法で援護する者、回復魔法に専念する者に分かれて行動し出した。

 洗練された個人の強さに奇襲されても柔軟に対応するスピード。確かにその辺りの傭兵程度では練度が低いと言われるのも分かる。


 この護衛達は間違いなく、エステイラ王国の中で強者と言えるだろう。

 

 

「そうだな。コイツらは行商人を襲うだけの大した事のない傭兵だ。お前が正しい。だがだ……そもそも前提が違う叛逆者」

「……っ!? お前達さがれぇ!!!」



 だが悲しい事に。



「私は粛清をしに来たのだよ。人を襲うゴミ共も終末の巫女も……この国には必要ない」



 たった一振りで兵士達の半分を切り殺す黒の暗殺者は、この国で五本指に入る強者だった。



 距離はあった筈だ。少なくとも五メートル以上は。なのに突撃した兵もその後ろに控えていた魔法兵と回復兵も、皆等しく肉片に変わってしまった。


 残っているのは斬撃を防いでみせた隊長とその後ろにいた()()だけ。


「アメリア様、お逃げくださいっ!」

「失礼します!」

「っえ、待ってヲイド!?」


 隊長が一本腕で突撃するのと入れ替わりで、保険として待機させていた生き残りがアメリアを担ぐ。

 比較的傷が浅い男が全力で走れば暗殺者達との距離も開く。勿論ヲイドの命懸けの行動もあってこそだ。

 暗殺者と彼の実力差は大きく隔てている。だが命を犠牲にすれば僅かな時間稼ぎにはなる筈だ。



 具体的には兵士がアメリアを担いで走り始めて──



「ぐっ!?」



 ──十二歩進める程には。



「カイアス!?」

「あいつ……大剣を投擲しやがっ……グフッ」


 ヲイドが稼げた時間はそれだけ。

 十三歩目を踏もうとした瞬間にカイアスの腹は剣に貫かれていた。


 さっきまで主人を守ろうとした勇姿を見ようとすれば無惨な姿で地に伏せていて、その前に立つ暗殺者は無傷。

 最悪な形で勝敗は決していた。


 もう暗殺者は次の投擲の準備をしていた。一度目で精度や位置を確認したからか、少し上へ向けているのが見える。

 

 今度は兵士ごと私を殺す。


 敵の黒く鋭い殺気を感じてアメリアは確信した。事実彼はそうしているし、その術から逃れる方法は無い。


 死に体である兵士が居なければの話だが。


「アメリア様……また失礼、します、ねぇ!」

「え、うわぁ!?」


 火事場の馬鹿力の如く、最後の力を振り絞ってカイアスと呼ばれた兵士は腕に力を込める。

 やる事は単純。めいいっぱい上へ放り投げるだけ。


 彼の最後の仕事だ。

 タイミングは良し。自分が刺さる直前に彼女を投げればほら、胴体を貫通した剣はアメリアの下を通って行った。これで次の剣が投げられるまでの間は安全だ。


 ただ一つ懸念点があるとすれば。


 カイアスは死にかけだった事と周りの霧が濃すぎる事。この二つが原因でどこへ投げたか分かっていない事だった。


 すぐに来る衝撃に備えてアメリアは地面を見た。どこで着地するのか、刹那という短い時間で把握してすぐに逃げなければならない。兵士達の犠牲を無駄にしない為にも。 

 迫る心の悲しみを退いて行動に移そうとするが、ようやくそこで彼女はとんでも無い所へ行く事に気づいた。



(底が……ない?)



 自分が落ちるだろう場所に地面が無かったのだ。霧で見間違えた訳では無い。霧の奥底が妙に黒ずんでいる。そう、目線の先は谷の奥底だったのだ。

 普通の谷なら問題はない。けれどもここは"アレ"があった筈。




 "淵底の底"が。




「……落ちたか」


 アメリア殺害を邪魔してきた兵士達を始末した大男暗殺者は歩く。霧は濃くなる一方で魔法の炎も予想より早く消えている。

 お陰で一メートル先すら見えない状態だが彼は迷わず歩いていると、崖の一歩手前で止まった。


「どけ」


 魔力を纏った言葉を放てば周りの霧が消え去る。

 緑の草原も近くに倒れている死体も……そして暗殺者の一歩前にある底の見えない、終わりのない闇が蔓延る谷も良く見えるようになった。



 殺害対象だった彼女は居ない。

 数百メートル、いや一キロ以上あるとされるこの谷へ落ちたのだ。仕事としては彼女の死体を確認すべきだろうがあの高さで生き残れるとは思えない。


 それに……


「……………………」


 じっと底にある闇を見ていた彼が裏へ歩き出せば、転がっている死体達は突如、魔法の炎で焼き尽くされた。魔法の炎なら草に移ることもなく数分後にはいつもの草原が広がっているだろう。

 燃える人だったナニカに目もくれず彼は去っていく。


 暗殺者は次の事を考えていた。

 これから変わる王国の内政事情や上司に報告する内容の事、そして王国で始まる『エンデ』の続きを。

 最大の懸念点は始末したが問題はいくらでも残っている。己の夢を果たす為にはまだまだやるべき事が多いと彼は思った。


(粛清するゴミ共はネームドも含めて沢山いる。少しでも早く動かなければ……ん?)


 死体だろうが無関心な彼が、それを感じ取って動きを止めたのは奇妙な話だった。静かに左下を見ればなんて事のない、震えている左手が見えただけ。


 恐怖? 


 まさか。圧倒的な強さと淡々と人を殺せる感性を持つ彼がそんな事で手が震えるわけがない。


「あぁ、そうか」


 震えていた原因はすぐに分かった。





「今日は、妙に寒い……」





 その言葉を最後に暗殺者は霧の中へと消えた。





──────





「痛い……」


 暗い暗い谷の奥底で血だらけになった巫女は苦しんでいた。血反吐を吐き地面で這い蹲っている。

 落ちるまでに何度も壁にぶつかった。それを何十回も受けているのに、最後にトドメだと言わんばかりに地面へ激突した。推定一キロ千メートルの高さからの落下だ。


 だが生きてはいた。

 重症になっても致命傷にはならなかった。

 暗殺者は希望の巫女と呼ばれた彼女の実力を見誤っていたのである。


 とはいえ巫女の姿は痛々しい。綺麗に施されていた彼女のドレスは所々破れており、そこから見える肌は岩肌に刺さった跡や斬られた跡が残っている。お世辞にも綺麗とはいえない。

 出血も酷いもので白銀のドレスは破れていてその上で血の破片が付いているから台無し。ボサボサになった金髪にも点々と赤が目立つ。


「ここは……地獄?」


 周りは紫色に染まった怪しげな巨木ばかり。地面は死骸の後で形成されていて、死臭に似た臭いが漂う。

 周りが見える程度に光はあるが全体は薄暗く、今この状況でも誰かに見られている嫌な感覚が彼女の心を削りに来る。

 最後に全てから感じる死の魔力。感じ取るだけで気持ち悪くなる精神の毒同然の自然が隙間なく漂っていた。

 


 地獄とは赤くてマグマのような赤い池がある場所と聞いていたが、ここだって罪人がたどり着く先としては充分すぎた。



 ならここにいる自分は?


 王国で持て囃されていた白く透き通っていた凛々しい彼女の姿はどこにも無い。

 ここに居るのは地獄に堕ちた血だらけの魔女だ。






「いいえ……まだよ」

 


 しかし彼女はこんな事でへこたれない。



『アメリア、ついて来れるか?』



 彼女は叶えたい約束がある。



『ずっと貴方のお役に立てるよう頑張ります。アメリア様』



 守りたい人達がいる。



『それが貴方の意思なら止めない。行きなさいアメリア』



 ただ単純に譲れない意思というかプライドがある。



 

 プライドがあるから今の情けない自分が許せない。

 手に力を入れて地面を掴む。骨が割れるような痛みに襲われるが意地でそんなの吹き飛ばして体を少し浮かす。

 浮かして出来た小さな空間に無理やり肘を入れようとすれば、今度は足の感覚が鈍い。怪我のせいで力が入りづらくなっているが根性というゴリ押しで脚を動かす。

 何とか立てる態勢まで持ってきた。


 最後は力が抜けそうになる所を我慢して、立ち上がれば────頭にノイズが走った。



『ル◯◯ィエ◯よ、お前を追放する』



 

 あまりの痛みに意識が飛びそうだ。




「──ッァァァァアアアアアア!!!!!」




 淵底の闇を震わせる雄叫び。

 もはや巫女と呼ぶには似つかない勇ましい声で己を奮い立たせる。地上から天を睨むように叫ぶ。

 そうやって彼女は頭の割れる痛みを跳ね除けて、心の意地だけで瀕死の体を立たせた。



「はぁ……ハァ、ハァ…………!」


 苦しい。息を吸え。お腹を全力で膨らませるように、見苦しくても肩を動かして息を吸え。鼻から口からどこでもいい。空気を吸えるなら全ての体力を使ってでも体に取り入れる。


 そうして今ある生を受けて魔力を循環させろ。


 彼女は希望の巫女と呼ばれた、回復や守りならエステイラ王国随一のネームドだ。

 荒かった息は穏やかになっていき、忙しなく動いていた肩の動きは激しいものから静かな物へ。


 身体中の怪我を時戻しのように無くしていく。



 時間にして一分足らず。

 彼女の体は完治した。



「さて……体は治りましたが問題は山積みのままです。まずはここからどう脱出するか」


 混乱をなくす為に声を出して今の状況を整理する。

 話した様子だと体は大丈夫そうだ。所々痛みは感じるが行動を制限するほどでは無い。


「私の予想が当たっているならここは淵底の闇。エンデにおいて、あのルシフィエルが追放された先の理想郷から最も遠い場所……」


 顔を上げれば遥か上に青い空が見える。だと言うのに彼女から見える青空は豆粒のように小さい。

 岩の壁を自力で登るのは無理だとすぐに理解した。

 ならやはり。少し嫌というか物凄く嫌だが、ある程度の間はここに住む事を覚悟しなければならない。


 淵底の底を危険足らしめる何かに殺されるか、自分が人類初の帰還者になるか。何にせよ苦しい戦いになるだろう。


(…………苦しい戦い? そんなのいつも通りだわ)

 

 一瞬浮かんだ言葉に嘲笑する。

 苦しい戦いなんて今まで何度もあったじゃないか。命の危険なんて祝福の巫女になると決めてから覚悟しているし、そもそも王国にいる時から体験している。今回が初めてじゃない。


 具体的な原因を言えばアメリアが祝福の巫女になると都合が悪い貴族とか、アメリアの才能とやらに嫉妬している貴族とか、あと何か後ろめたい事してる貴族とか……。


 毒殺なんて日常茶飯事。

 直接暴力を振るってくる事もしばしば。


 試練を与えられる度に、最良の神子と呼ばれた王子様や、平民から出てきた優しい女の子や、アメリアのお母様と助け合いながら乗り越えてきた。



 なら今回もいつも通り乗り越えてみせる。


「とりあえずドレスが邪魔すぎるわね。素材も良くていろんな場面で使えそうだし……短く切っておきましょう」

 

 そうして気持ちと状況を整理した彼女は、ちょっとした魔法を活用してドレスを切り始めた。

 普通の人間ならここに居るだけで恐怖に殺されるか発狂するはずだが、そうならないのは彼女が優秀な証拠である。

 




 ただし。


 アメリアは一つ致命的な事を忘れていた。

 淵底の闇は地獄と表現される事が多い。それはルシフィエルが追放されたからのもあるが、最もシンプルな理由があるのだ。



『──ガァァァァ!!!』

「ッ!!?」



 ここは人間が太刀打ちできない巨大な化け物の巣窟だからだ。即ち人間はアリンコのように潰される、人間が生きていくには絶望的すぎる場所なのがここだ。


 落ちただけならまだ気づかなかっただろう。

 渾身の雄叫びをしてしまったから……気づいたドラゴンがアメリアの背後に降り立ってしまった。



 二十メートルは超える大きさに長さ四十メートルはありそうな二本の翼。体の鱗は闇の魔力を吸い取ったアンチオリハルコンで出来ており、羽から胴体に足まで全てが禍々しい黒で彩られている。

 そんな中で一際目立つように光る赤い目は、奴に正気がない事を表していた。



 名をハイエンドドラゴン。

 闇を多く吸い取ってしまったドラゴンの成れの果て。

 地上なら小国一つぐらい滅ぼせる化け物で伝説に乗れるほどの上位モンスターだ。


 淵底の闇では少し強いだけのモンスターだが。


 

「……マズイ!!!」



 兵士達の死を悲しむ時間すら無い。

 アメリアは地獄に落ちてから早々、命懸けの追いかけっこを始める羽目になった。

 

次は……出ます

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