第5話 団体訓練(前編)
昼食を食べ終えた俺たちは、男子更衣室で体操服に着替えてから運動靴を履きグラウンドに出た。
グラウンドには既に生徒たちが沢山おり、午前中に窓の外から見た寂しさはどこにもなかった。
俺たち三人は、グラウンドの手前である校舎側に立っている早乙女先生を見つけ、その付近に天上院や中山がいることも確認し、その近くまで寄った。
玲音と瞬が最近流行ってるゲームについて話してる横で俺の耳に近くの会話の内容が飛び込んでくる。
「あたし、全く戦った事ないんだけど。"裁縫"の異能でどう戦えってのよ。針でもぶっ刺せばいいわけ?」
「マジそれ。この授業、非戦闘系能力者に厳しすぎ。あたしも"家事全般"なんて異能で戦えるわけないし」
「確かに〜。桃なんかれなちんの下位互換みたいな異能の"料理"だからね。戦うのとか絶対無理〜」
どうやら会話してるのはクラス内で一番目立つグループの中山礼奈、間宮美香、桜井桃の三人のようだ。
クラス内でまだ名前覚えてない人が多い中、あの三人の雰囲気は目立つから自然と名前を覚えてしまった。
間宮は朝玲音がタイプだと話していた青髪の長髪を靡かせていた女だ。異能は"裁縫"らしい。
そして桜井の方はというと、身長が低く桃色に染まった髪の毛をツインテールにしている女子生徒だ。見た感じ一人称が自分の名前だったりと少しあざとそうな印象を受けた。
個人的にあざとい性格の女は少し苦手だ。
それはひとまず置いとくとして、やはり非戦闘系能力者にとっては次の訓練は嫌なもののようだ。
俺は辺りを再度見渡し、また別のグループに目をつける。
「マジ面倒くさいんだけど、次の授業。俺戦うのとか嫌いだし」
「何言ってんだ、マコ。俺は逆に好きだぜ?なんなら今すぐ戦いたい気分だ」
「戦闘狂の意見とか聞いてないっての。光輝はどう思う?次の授業」
「僕は戦う事自体は結構好きかな。体動かすのは楽しいしね」
「えー、マジかぁ。光輝もそっち派なのかよ」
天上院のグループは男子の中で一番目立つグループだろう。
休み時間の度にクラス内の空気を明るくしていたムードーメーカー的な立ち位置の二宮真、一見不良だが話してみればそこまで怖くはなさそうな赤月迅、顔や行動全てにおいてイケメンであり女子人気が高い天上院光輝。
三人とも違ったタイプだと思うのだが、何故だか一緒にいる。
俺が女子と男子の目立つグループの会話を盗み聞きしている間に時間は過ぎ、既に早乙女先生の隣にガタイのいい男性教師が立っていた。
おそらく団体訓練の担当教師なのだろう。
校舎の方から五限目の始まりを告げるチャイムが鳴り響くと同時に、ガタイのいい男性教師は口を開いた。
「それでは今から団体訓練を行いたいと思う。俺は1年3組の担任、真島篤人だ。合同訓練は毎日1年3組と1年4組で行う予定だ」
なんというかすごく規則に厳しそうな先生である。
「早速訓練を行なっていくが、まず全員にこの腕輪を配る。この腕輪は団体訓練開始時に毎回担任の教師の手によって配られる事になっている。1年4組の生徒は早乙女先生から受け取ってくれ」
そう言うと、二人の教師は順に腕輪を配り始める。
しばらくすると俺にも早乙女先生から腕輪を渡された。
腕輪はちょっと太い事以外はなんの変哲もない腕輪だ。これは一体なんなんだろうか。
俺のその疑問に答えるように真島先生が口を開く。
「この腕輪は装着者のダメージを吸収してくれる腕輪だ。限界まで吸収したら腕輪は壊れる仕様になっている。これを装着して訓練に臨んでもらいたいと思う。この訓練では1年3組対1年4組のクラス対抗戦という形で行う。勿論の事だが、腕輪が壊れた者は即座に退場するように。それでは今から5分間各クラスの作戦会議を行う時間にしよう。5分後には戦えるよう準備しとけ」
終始仏頂面で説明を終えると、真島先生は腕時計で時間を計りだした。
それを合図に天上院が呼びかける。
「みんなちょっと僕の周りに集まってもらってもいいかな?作戦を決めようと思うんだけど」
指揮官という役目は団体戦において一番重要な役割である。
大抵の人間はやりたくないであろうその役割を自ら進んでやろうとする天上院は尊敬に値する人物だと思う。
俺たち三人も天上院の近くに行き、天上院の言葉に耳を傾ける。
「まず今日は僕が指揮するって事でいいかな?勿論他にやりたい人がいるなら譲るつもりだし、僕が指揮するの反対な人がいたら推薦にしても構わないよ」
天上院は自分から指揮したいなんて名乗り出る人がいない事を分かってる上であえて保険をかけてるんだろう。
この保険をかける事によって統率力が高まるであろう事は確かだ。自分は指揮したくないが天上院が指揮する事も反対なんていう都合のいい事はまかり通らないのだ。
天上院は一度全員を見回して誰も意見しないのを確認してから言葉を続けた。
「それじゃあ今日は僕が指揮をするね。それで、僕もみんなもまだお互いの異能についてよく分からないと思うから簡単な作戦しか立てられないけど、まず迅を筆頭に近接戦闘に特化した異能力者は最前線で沢山敵を倒して欲しい」
名指しされた赤月は右手と左手の拳を打ちつけてやる気満々のようだ。
「次に自然系の異能力者は近接戦闘してる人たちを支援して欲しい。そして遠距離系の異能力を持ってる人は相手の隙を窺いながら攻撃して欲しい。悪いけど非戦闘系能力者の人たちはさらに後ろの安全なところに避難してくれるかな?」
作戦としては無難なところだ。
流石に初日の戦闘において完璧な指示など出せるわけがない。故に穴だらけの指示であろうとないよりはマシだ。というか今ある情報の中でこれ以外の指示は俺も思いつかない。
中山たち非戦闘系能力者は少しホッとしたような顔をしている。逆に玲音や赤月と言った奴らは今すぐに戦いたくてウズウズしているようだ。
話し合う時間自体はすぐに終わり、余った残りの時間は皆雑談をしている。
1年3組の方はというと、俺たち4組と比べて真剣に話し合っているようだ。
もうそろそろ5分経つ頃だろう。真島先生も腕時計を確認している。
「話し合いはそこまでだ。ちょうど5分が経過した。武器を使う奴はそこにある中から好きに持っていけ。さっさと団体訓練を始めるぞ。準備ができてる奴から配置につけ」
真島先生は相変わらずの仏頂面で淡々と言い、皆が準備完了して配置についたのを見届けてから声を張り上げた。
「それでは制限時間10分の団体訓練を開始する。始め!」
そうして俺たちにとって初めての団体訓練が始まった。