第4話 授業初日
先生が一通りの説明を終えるとようやく授業が始まった。
一限目は担任の先生である早乙女先生の担当科目である現代文だ。
朝の自己紹介やら学校説明やらで少し長引いてしまっていて一限目の時間が半分を過ぎたくらいで授業が始まった。
今日は初回だからか特に教科書を使うことなく授業の説明だけをするようだ。
どうやら次回から漢字テストが毎回あるらしい。20点満点中8割である16点未満の点数を取った場合、その日の放課後に追試を受けさせられるらしい。
早乙女先生は優しいように見えて案外教師としてしっかりしているのかもしれない。
比較的漢字が得意な俺はいいが、前の席の山神玲音とかいう奴は大丈夫なんだろうか?テストという単語を聞いただけで机に突っ伏していたが。
それは置いとき、俺は学校始まる前に購入した漢字の単語帳をペラペラと捲る。
見た感じほとんどが常用漢字のようで最低限勉強していれば追試を受ける必要もないだろう。
俺は漢字の単語帳を閉じ、顔を上げて先生の方へと向き直る。
漢字テストについての説明が終わったら、授業の進行の仕方を簡単に説明していた。
これは特に聞かなくてもいいことだろう。
次回からの授業で自ずと分かってくることだ。
高校最初の授業はあまり先生の話を聞かずにボーッと過ごしてたらいつのまにか終了していた。
二限目の英語では、アメリカ出身のクリス・ブラウン先生というイケメン男性教師が授業をしてくれるそうだ。
日本語もペラペラであり、生徒から人気が出そうな先生だった。
英語の単語テストが毎回あるらしいがこちらもあまり問題ないだろう。ちなみに前の玲音は、いやこれ以上は言わないでおこう。
三限目は地理の授業だった。この学校の社会科は一年生では地理を学び、二年生の前期に日本史と世界史の選択、後期に公民を学び、受験シーズンである三年生では全科目から一科目だけ選択するそうだ。
それで地理の先生はというと渡邊真奈美先生というらしい。眼鏡をかけた女の先生である。
今年の一年生の学年主任を任されているようで、第一印象はキツい感じの女の先生って感じだった。
歳も50を超えていそうで大ベテラン教師なのだろう。
ぐっすり寝ていた赤月がいきなり叱られていたのを見ると、やはりキツい先生なんだろう。というか先生の目の前の最前列の席に座っていながら眠るという神経は普通に凄いと思う。
あまり目をつけられないように気をつけよう。
ちょうどお腹が空いてきた時間帯である四限目の授業は化学だった。
担当は白衣を着た増谷弘和という高齢の男性教師だった。
おそらく生徒にそれほどの興味がないのだろう。淡々とした口調で授業を行っている。
生徒が寝ていようがこっそりスマホを触っていようが注意すらしない。
そんな化学の授業も終わり、ようやく昼食の時間がやってきた。
実は四限目の途中からずっと腹が鳴っていて、授業の途中からこの学校の食堂のことしか考えていなかった。
この学校には二か所に食堂が存在し、両方メニューは同じだ。学校紹介のパンフレットに書いてあった限りでは、ここの食事はそれなりに美味しいらしい。
俺が食堂の料理に何があるのか楽しみにしていると前の席から声がかけられた。
「お前、飯はどうする?」
「俺は食堂に行こうと思ってる」
俺の返事を聞くと玲音は嬉しそうにする。
「んじゃ、一緒に行こうぜ。俺様も食堂で飯食おうと思ってたからな」
もう既に教室にも人が少なくなっている。
俺と玲音が食堂に向かう為に動き出そうとすると声をかけられた。
「ちょっといいかな?」
声をかけてきたのは銀髪に青い瞳の美男子だった。天上院と同じくらいのイケメンだ。
確か名前は藤村瞬だった気がする。朝の自己紹介の時に天上院以外にも女子たちが騒いでた奴がいた記憶がある
「俺様たちに何か用かよ?俺様たちは腹が減ってんだ。用事があるならさっさと済ませろ」
「じゃあ単刀直入に言うけど、僕と友達になってくれないかな?」
「なんで俺たちなんだ?他の男子じゃダメだったのか?」
「えっと、他の人ってもう既にグループが出来てる感じがして入りにくかったんだけど君たちはまだ二人だけだったしね」
「まぁ俺様は歓迎だぜ。ダチは多い方がいいしな」
「俺も友達になっていいぞ、これからよろしくな藤村」
俺と玲音が色よい返事をすると藤村は笑顔を見せてきた。
「うん、よろしく。でも僕のことは下の名前で呼んでくれて構わないよ、友達なんだからさ」
「じゃあ俺様も玲音でいいぜ」
「俺も一樹で構わない」
「そうだ、二人ともRAIN交換しようぜ。せっかくダチになったんだしさ。この3人のグループも作ったりしてよ」
RAINとはスマホのアプリの一種でチャットや電話などで連絡を取り合う事ができるアプリだ。今時の若者なら大半はこのアプリを入れているだろう。
俺たちはお互いのスマホを向け合ってRAINを交換した。
「それじゃ、飯食いに行くか」
玲音の声を合図に俺たち3人は教室を後にするのだった。
この学校の食堂は正門から見て右手側の校舎の一階に二つ存在している。
手前が一年生と二年生の五組までの生徒と教師が利用できる第一食堂、奥側にあるのが二年生の六組以降のクラスと三年生の生徒と教師が利用できる第二食堂だ。
この学校の生徒は人数が多い為、食堂も二つに分けられておりそれぞれの食堂の入り口に駅の改札みたいなのがある。そこに学生証をかざすと通り抜ける事ができる。
多分だが、俺たちの学生証で第二食堂に入る事はできないのだろう。
俺たち3人は他の人たちと同じように学生証をかざして第一食堂に入った。
第一食堂の中はそれなりに広くショッピングモールにあるフードコートの半分くらいの大きさだった。
入り口のすぐ横に六台もの券売機があり、そこで昼食の券を買うのだろう。
しかしどの券売機もそれなりに並んでいて自分たちの番が来るまで時間がかかりそうだ。
「俺様が先に席取っといてやるよ。一樹、親子丼定食の券買っといてくれ。これお金な」
玲音はそう言うと、親子丼定食の値段である640円を俺に渡すと席を探しにどこかに行った。
結構気がきく奴だ。
だが今日初めて話した俺に金を渡すというのは信頼されているのが分かるから嬉しくはあるが、少し心配になってくる。
俺は玲音から受け取ったお金を握りしめ、瞬に話しかける。
「確か朝の自己紹介で異能が"瞬間移動"って言ってたよな?」
「そうだけど、それがどうかした?」
「いや、他の異能に"転移"とかあるだろ?それに俺の異能も"瞬足"だからな。"瞬間移動"って"転移"や"瞬足"と何が違うか気になっていたんだ」
「あぁ、それはね、僕の異能である"瞬間移動"は僕自身を一瞬で移動させる以外にも物体を高速で移動させる事ができるんだよね。"転移"の場合は、座標を指定してそこに向かって転移するんだけど、"瞬間移動"はあくまで高速で走ってるって事になるね。体力の限界までしか走れないし。"瞬足"は確か足を強化する異能でしょ?体力は"瞬間移動"みたいに使わないって聞いたけど逆に自分以外の物体にも使えないんだよね?」
「まぁ、そうだな」
「僕は"転移"と"瞬間移動"と"瞬足"の三つのスキルを比べたらやっぱ"転移"だけ頭一つ抜けてると思うよ。てか一樹は"瞬足"の異能を持ってるのにそういうこと調べなかったの?」
少し声を抑える形で瞬が笑う。
普通であれば自分の異能を自覚してくる小学生の頃に自分の異能について調べるから、俺が自分の異能の事で瞬に質問したのがおかしかったのだろう。
だが変には思われていないようだ。
俺はこの異能を騙る上で"瞬足"にできる事など細かく把握しておいた方がいいからな。
新たにできた友人たちを騙しているという気持ちは少し心苦しいが俺はそれでも秘密を言うわけにはいかない。
俺が瞬に質問していた間に列も進み、俺たちが券を買う番がやってきた。
まずは玲音から受け取った640円を券売機の金銭投入口に入れて親子丼定食と書かれたボタンを押す。
「俺は味噌ラーメンにでもするか」
財布から500円取り出して投入し、味噌ラーメンと書かれたボタンと麺大盛りと書かれたボタンを押す。
味噌ラーメンが380円で麺大盛りが120円だからちょうど500円というわけだ。流石学食である。値段が安い。
「じゃあ僕は醤油ラーメンにしようかな」
俺は瞬が券売機に380円を投入して、醤油ラーメンの券を買うのを見届けてからカウンターの方を指差した。
「じゃああっち行くぞ」
「そうだね」
瞬と共に歩き出しそれなりに混んでいるカウンターの列に並び出した。
回転自体は思ったよりも早く、すぐに俺らの番が来た。
俺と瞬が券を渡すと手際よく注文品を作り、お盆の上に乗せ
てくれた。
俺が右手に味噌ラーメン、左手に親子丼定食を持ち、瞬が醤油ラーメンのお盆を両手で持つのを確認すると玲音を探す。
思った以上にすぐ見つかり、カウンターの近くに座っていた。
見た目不良だがやはり気がきく男だと思う。
「待たせたか?」
「いや、それほど待ってねえよ、それよりありがとな」
「玲音も席を取っといてくれてありがとな、おかげでスムーズに座る事ができた」
「確かに玲音には礼を言わないとね、ありがとう」
瞬も俺に続く形で礼を述べる。
玲音は礼を言われ慣れてないのか少し顔を赤くしていた。
「そ、それより早く食べようぜ!昼休みもあと30分しかないんだしよ!」
ちょっと早口になっている玲音を見ながら俺はフッと少し笑うと自分の味噌ラーメンを啜り始めた。
学食にしては結構美味しいな、この味噌ラーメン。
玲音や瞬も美味しそうに自分の昼食を食べ進めている。
そんな二人を横目に俺は次の授業の事を考え、少し憂鬱になる。
俺の異能"瞬足"は嘘の塊だ。
俺が平穏な学生生活や過ごすためについた特大の嘘だ。
初めての異能を使う訓練、絶対に嘘がバレるわけにいかない。
俺はそう改めて決意するのだった。