第3話 自己紹介
先生に出席番号順に自己紹介しろと言われ、廊下側の席の一番前の生徒が渋々といった感じで立ち上がる。
逆立てた赤髪にギラついた目、着崩した制服などどこを見てとっても不良と表現するしかなさそうな生徒である。身長も180センチ後半はありそうなほどで、肩幅も大きく大柄な生徒だ。
玲音の前例がある故に見た目だけで判断はしないがそれでも関わり合いにはなりたくない風貌をしている。
「俺は赤月迅だ。異能は"身体能力強化3倍"だ。趣味とかは特にねえけど、喧嘩が大好物だ!喧嘩売る奴がいるなら喜んで買ってやるぜ!」
身体能力強化3倍の異能か。
強化系能力者の中でも強い方だろう。
普通の強化系能力者は身体の一部分しか強化できない人が多いが、身体能力強化という事はおそらく全てにおいて強化されるんだろう。
その上、赤月の性格が戦闘狂っぽいので関わると厄介なことになりかねない。
俺は平穏な学生生活を死守する為に絶対に赤月とは関わらないようにしよう。
赤月のインパクトが大きすぎたせいかしばらくはパッとするような自己紹介はなかった。
俺は眠気を堪えながら自己紹介を聞き流していると、明るい声が耳に飛び込んできた。
「あたしは中山礼奈。異能は"家事全般"だよ。戦ったりは全くできないんだけど、基本的な家事ならなんでもできるよ。一応モデル活動もしてるから、興味あったらあたしの載ってる雑誌とか買ってみてね。まぁ自己紹介はこんくらいかな。これからよろしくね」
俺が先ほど指差していた金髪ポニーテールの美少女だ。
なんと完璧な自己紹介だろうか。
彼女みたいな美少女の異能が"家事全般"という女らしい異能なのはまさに神にでも愛されているのだろうか。
実際、このクラスのほとんどの男子生徒は彼女に夢中であり、目がハートになっていそうな生徒も存在する。
俺はというと彼女が美少女だとは思うが、そこまでの興味はないしすぐに視線を逸らし前を向いた。
前の席の玲音もあまり彼女に興味ある風には見えず、大きな欠伸をしている。
最初に自己紹介した赤月に至っては最前列の席だというのに大爆睡をかましている。
それからの自己紹介をボーッと聞き流してるとこのクラスの中では比較的聞き慣れた声が聞こえてきた。
「俺様の名前は山神玲音だ!異能は"雷纏"。特技は体を動かすことだ。現在彼女募集中だからよろしく!」
どうやら玲音が自己紹介をしたらしい。
クラス内の反応は、「・・・・・・俺様?」だったり「・・・・・・自己紹介で彼女募集中とか言うの?」だったりで様々だが好意的に思ってる人間は少なそうだ。というより女子からの軽蔑な目線がすごい。
玲音は鈍感なのかその視線に気づいていないっぽいが、女子たちのあの視線が俺に向いたらと思うとゾッとする。授業初日から女子に変な印象を持たれるのが怖くないのだろうか。
先生も苦笑している。
おそらく何も考えていないであろう玲音のことは置いておいて最後は俺の自己紹介の番だ。
最後に自己紹介するのは大トリという事もあり少し緊張するが、たかが自己紹介で大トリなど気にしていたら仕方がない。
俺はその場で立ちあがり大半の人間と同じように平凡な自己紹介をする。
「俺は龍崎一樹。異能は"瞬足"だ。特技や趣味などは特にないが、勉強は得意な方だと思う。これからよろしくな」
当たり障りない自己紹介になったんじゃないだろうか。
チラホラと拍手をしてくれてはいるが、平凡すぎる自己紹介をした故に皆の記憶には残らない人間となっただろう。
俺が平穏な学生生活を過ごす為には目立たない方がいい。
俺の前の席に座ってる悪目立ちした奴は呑気に机に突っ伏してぐっすりと眠っている。
ちなみに俺の本当の異能は"瞬足"ではない。
"瞬足"を騙った理由は身体能力だけで補うことが可能だからだ。
俺の本当の異能は危険すぎる故にあまり人に知られたくないのだ。
全員の自己紹介が終わるのを確認した先生が教壇に立つ。
「さてと、それじゃあ早速だけど簡単に授業の説明をするね。この学校の授業には中学までに習った英語や数学といった基本科目以外に異能の団体訓練があるよ。団体訓練では他クラスと合同練習になっていてクラス対抗の模擬戦って感じでやるのが一般的かな」
なるほど、他クラスとの合同訓練か。
確かにチーム戦術を鍛えるという意味ではうってつけの訓練だろうな。
しかしそれだと一つ疑問も残ってしまう。
「先生、質問いいですか?」
手をまっすぐに挙げて言葉を発したのは先ほどの自己紹介で天上院光輝と名乗っていたイケメンだ。異能は"聖光"。
金髪碧眼であり顔立ちも整っていた為印象に残っていた。それに女子たちがキャーキャー騒いでたのも記憶に新しい。声も穏やかであり優男って感じがする。
「それだと非戦闘系の異能の子は参加できないと思うのですが、その辺はどうなんでしょうか?」
俺が思った事と同じことを発言してくれた。
天上院の言ったように、クラス対抗の合同訓練は非戦闘系の異能力者は戦う力がない為に活躍どころか参加しても危険である。
だから先生の話を聞いた時最初に俺は疑問に思ったのだ。
「うーん、確かにそうなんだけど今時魔物襲来なんてよくあるよね?非戦闘系の子もさ、戦える力は身につけた方が良くない?異能は戦闘の役に立たないかもしれないけど、武器は使えるわけだしさ、他にも体術を身につけたりしたらいいんじゃないかな?」
なるほど、それがこの学校の方針というわけか。
非戦闘系の異能力者であったとしても戦力として使えるように育成する。
確かにそれが出来れば戦力増強に繋がるだろう。
天上院はあまり納得していないような表情で席に座った。
「それで、団体訓練は毎日午後からあるからね。ちゃんと飲み物は持ってくるように。ちなみにこの学校の授業で取り入れてるのは団体訓練のみだから異能の練習とかは各自でやるんだよ?あと長期休暇前の1週間はクラス対抗の大会があるからね。基本的に毎年三年生が勝つんだけど、一位〜三位のクラスには豪華賞品もあるから頑張るんだよ」
この学校なかなか面白いものを実施しているようだ。
賞品を出す大会があるなら、生徒たちのモチベーションも高まることだろう。
この後は一年間の行事予定に話が変わり、俺は先生から視線を外し、窓の外を見る。
そこには誰一人いないグラウンドが広がっているだけだ。
そんな寂しいグラウンドを見ながら思う。
平穏な学生生活、俺はそれを送りたくてこの学校に入学したんだ。
だから俺の異能が絶対にバレるわけにはいかない。
何故なら俺の異能が人々には恐れられてしまうものだと言う事を過去の経験から俺は知っているからだ。